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7.days

 

今朝の張り紙騒動のせいか、今日は調子が悪かった。

早弁なんてもちろん出来なくて、隣のサドもそのせいか、いつもみたいに絡んでは来なかった。

私は休み時間になると机へクタッとへたりこんだ。

 

「今日は体調でも悪いの?」

 

聞き慣れた優しい声が聞こえてきて、私はゆっくり顔を上げた。

そこには心配そうな顔をしたお妙ちゃんや九ちゃん、新八がいた。

私は急いで首を振るといつもの元気な私を装った。

 

「大丈夫アル!ちょっと寝不足なだけネ」

「そう。ならいいんだけど。神楽ちゃん朝から元気がないみたいだし」

「お妙ちゃんも僕も心配していたんだ」

「ごめん……」

 

私は皆が心配してくれる事が凄く嬉しかった。

だけど、いつまでも元気になれない自分に苛立っていた。

 

「神楽ちゃん、何かあったらいつでも言いなよ」

 

新八がそう言って笑いかけてくれたのに私は何にも言えなかった。

誰に相談したらいいんだろう……

予鈴が鳴って、私が最後に少しだけ笑うと皆も席へ戻って行った。

 

「嘘がヘタでさァ」

 

突然、隣のサドが私に言い放った。

 

「人の話し聞いてたアルか!私、嘘なんて吐いてないネ」

 

私は出来るだけ普通を装って答えた。

だけどサドのすました顔は私をジッと見つめると、ぶれる事なくまた言った。

 

「ほら、嘘がヘタ」

 

私を見つめるその瞳は全然冗談なんかじゃなくて、私の心を読もうと必死に見えた。

本当にサドが私の嘘を見抜いてるか分からなかったけど、私は何がなんでも隠し通さなきゃいけなかった。

 

「意味分かんないネ。嘘なんて吐いてないアル」

 

サドはそれにも動じずまだ私を見続けていた。

もしかして何かを知ってるアルか?

私は目を逸らせばそれが嘘を吐いてる証明になる気がして、サドの目から逃れられないでいた。

 

「…………」

「あー、つまんねぇ。ハッタリも効かねぇなんて、やっぱり今日のチャイナは変でさァ」

 

サドは諦めたらしく先に私から目を逸らせた。

私はそれにホッとするも、スグに睨み付けた。

 

「私だって寝不足の日くらいあるネ」

「そうだな」

 

案外素直にそう言ったサドに私は驚いた。

だけどスグに私の事をまた澄ました顔で見るとこう言った。

 

「桂の野郎と仲良く登校だもんな」

「だったら何ヨ」

「昨晩アイツ泊まったのかよ、なぁどうなんだよだから寝不足なんだろ」

 

言葉を失った。

どういう意味ネ――

私は自分の顔がみるみる内に赤くなっていくのが分かった。

恥ずかしいんじゃない。

今、すごくムカついて腹が立って悔しいんだ。

私は授業が始まってるのに構いなく、隣のサドに飛び掛かった。

今日一日感じたストレスやさっきの言葉。

色んなものが爆発したようだった。

胸ぐらを掴んで殴り掛かかれば、サドの癖にどこか嬉しそうな顔を浮かべた。

コイツはマゾ?

私は驚き怯んでしまった

その隙を突いてサドは私から逃げ出そうとする。

だけど私は逃がすなんて許せなく、スグに体勢を立て直すとサドの脚を蹴り跳ばした。

それはもう喧嘩ではなかった。

サドは倒れたまま私に何もせず、一方的に私が殴りかかっている状態だった。

 

「オイ!おまえら止めろ!」

 

黒板に文字を書いていた全蔵先生が漸く止めに来たみたいだけど、もうその必要は無かった。

私の下で涼しい顔をしてるサドは、簡単に私の繰り出した拳を受け止めていた。

 

「だよな。こんな野蛮なテメーが男とどうかなんてあるわけねぇよな」

 

起き上がったサドは制服の埃を払うと、全蔵先生に言われたまま廊下に立たされた。

私はと言うと――ポタポタと頬を伝う涙が視界を霞ませていて、何が自分に起きてるか分からなかった。

 

「オイ、志村妙。悪いが神楽を保健室に連れて行ってくれ」

「はい」

 

静まり返る教室は3zとは思えない程に重い空気なのが分かった。

お妙ちゃんは私をゆっくり立たせると教室を出た。

私はその時に横目で廊下のサドを見たけど、何にも分からなかった。

今はただ、どうして私自身が泣いているのか。

それだけが頭を悩ませていた。

 

 

お妙ちゃんは私を抱えるようにゆっくり歩いてくれた。

関係ない友達にまで迷惑を掛けてしまって、私は本当に申し訳なく思った。

それで謝ろうとした時だった。

 

「怒っていいのよ。誰だってそっとしておいて欲しい時があるもの」

「えっ」

「男子にはわからないのよ。神楽ちゃんが涙を流すなんて……辛かったんだね」

 

お妙ちゃんは私を優しくギュッとしてくれた。

それがいつかの銀ちゃん先生とは違って、もっとずっと柔らかな温かさがあった。

 

「ごめんアル。本当に迷惑かけてごめんアル」

「私はね、全然迷惑だなんて思ってないのよ。むしろ神楽ちゃんに、もっと頼ってって思うの。変かしら?」

 

私はこんなに親切な友達をもってスゴく幸せなんだと思う。

なのに……ううん、だから絶対に言えないヨ。

今日あった事や今までの経緯とか、私を悩ます事なんて。

嫌われたくないヨ。

私はお妙ちゃんにお礼を言うと、後は自分で行けると伝えた。

お妙ちゃんもそれには何も言わなかった。

せっかく頼ってと言ってくれてるのに、頼れない自分が悔しくて、また涙が出そうになった。

それから、長い廊下を歩いて階段を降り、私は保健室のドアの前に立った

そしてノックしようとした時だった。

先に中からドアを開けられた。

 

「先生ェ……」

「どうした。珍しいな」

 

サボってたのか分からないけど漫画雑誌片手に銀八先生が出てきたのだった。

 

「ちょっと調子が良くなくて、落ち着くまで休みたいアル」

 

どうも保健の先生は職員室にいるみたいで、代わりに銀ちゃん先生がベッドを整えてくれた。

 

「今朝、遅刻したのと関係あんのか」

「違うアル」

 

先生までヅラと私が何かあったって疑ってるんだろうか。

ヅラと私を疑うよりも、先生と私の方がずっと問題なのに。

やっぱり先生は今朝の張り紙の事を知らないみたいだった。

言うべきなのかな。

私は先生に今朝の騒動を言った方が良いのか分からないから、結局黙ったままだった。

 

 

先生が保健室を出ていく時に、こっそりと一枚の紙を私の枕元に置いて行った。

体を起こして見てみれば、それは先生が私宛てに書いた手紙だった。

内容は読まずとも分かった。

張り紙のこと、先生も知ってたんだ――

だけど、手紙に書かれていた内容は私が想像してるものとは全く違うものだった。

 

“最近、誰かにつけられてないか?気を付けろ”

 

それがどういう事なのか私は分からなかった。

ましてやワザワザ先生が手紙――筆談する意味が。

私はまだ知らなかった。

この時既に少しずつ色んな人との関係が歪み出してる事に。

私は先生が忠告した事を理解出来ないでいた。

説明が欲しかった。

だけど、それはスグに思いも寄らない形で明らかになっていった。

私と男子生徒が一緒にアパートから出てきた一枚の写真が、また私を苦しめる事になった。

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8.記憶/土方

 

良かれと思ってする事が、全て裏目に出てしまう。

俺のとった行動は間違いだったんだろうか。

これだけは言わせてくれ。

そんなつもりは微塵も無かった。

俺は予測が出来なかった。

こうなる事も自分の事も。

 

 

 

珍しいと思った。

人を……特に女子を寄せ付けない総悟が、誰かの相手をするなんて。

昔からアイツは馴染みのある俺等としか関わりを持ちたがらなかった。

女子に至っては全く関心がないのかと言うくらい、殆ど会話を交わす事がなかった。

だが、総悟自身はそうかもしれなかったが、周りはそうじゃなかった。

誰が好きだとか誰が付き合っただとか、噂話は連日のように学校のアチコチで飛び交っていた。

その中に総悟を好きな女子がいる話もあったし、実際に告白されてる所に居合わせた事もあった。

しかし、それに舞い上がる素振りをみせないのはもちろん、相手に全く興味がないのかバッサリと斬り捨てていた。可哀想だと思うくらい冷徹に。

それでも野郎の人気は衰えることなく、後輩がファンクラブを作っただとか、バレンタインにはチョコで溺れ死にそうになるだとか……とにかく、何故かモテるらしかった。

それがチャイナだけは違って、取っ組み合いのケンカだってする。

近藤さんも山崎も気付いてなさそうだが、さすがに俺には分かる。

総悟はチャイナの事を――

 

「トッシー、教科書忘れたネ。見せて欲しいアル」

 

五時間目の始業のチャイムが鳴り終わると隣の席のチャイナが言った。

久々の移動教室で、俺はまだ隣のチャイナに馴染めなかった。

 

「他のクラスの奴から借りてねェのか」

「う、うん。私、3zにしか友達居ないアル……」

 

そう言ったチャイナの横顔に少し気まずくなった。

そうだよな。

コイツ、留学してきてまだそんなに経ってねェし。

 

「次、忘れたら俺は知らねェからな」

 

俺は教科書を机の中から出すとチャイナの机に放ってやった。

 

「え、二人で見ないアルか?」

 

チャイナはそう言うと俺の机に自分の机を引っ付けだした。

 

「何してんだよ」

「だって、ふっつけなきゃ二人で見れないアル」

「だから、俺はいいからお前一人で見ろよ」

「忘れたのは私なのになんかおかしいヨ」

 

ガタガタと机を引っ付けたり離したり、いつまでも諦める気配がないチャイナに、俺はいい加減折れてやった。

 

「好きにしろ」

 

チャイナは二人の机の真ん中に教科書を広げると、教科書の余白に何やら書き込みやがった。

 

“ありがとう(はぁと)”

 

口で言えばいいものを。

俺は今までにないくらい近い距離にいるチャイナの顔を見た。

それは何だか照れ臭くなるくらいの笑顔で、一体コイツは何を考えてるのかと思った。

 

“次は忘れんなよ”

 

俺は教科書の隅に殴り書いた。

するとまたチャイナは何か書き出した。

 

“でもきっと、また見せてくれるでしょ”

 

こいつはハイって言えねェのかよ。

俺はチャイナの言葉へ突っ込んだ。

 

“忘れる前提かよ”

 

“そうじゃないけど、もしまた忘れたら見せてね(はぁと)”

 

チャイナはハートを書くワリには、ほくそ笑んだ顔で俺を見ていた。

 

“知るかよ”

 

“優しい十四郎くんですね~”

 

チャイナが俺の名前を当たり前にサラッと書き込んだ事に俺は驚いていた。

知ってたのかよ。

“よく名前知ってたな”と書き込もうとして――そう言えばと慌てて総悟の方を見た。

俺達よりずっと前の席の総悟は、全くこの騒動に気づいてないようだった。

それに安心した俺はその後、教科書には何も書き込まず普通に授業を受けた。

ただし、最後まで自分の名前が、可愛らしい字で書き込まれた教科書を覗き込む事はなかった。

 

 

「あ!」

 

授業は全て終わり、委員会へ行こうと鞄の中に教科書を入れていた時だった。

五時間目の移動教室で使った教科書だけが見当たらなかった。

マズイ。もし仮にあの教科書が総悟の手に渡って、チャイナの書いたアレが見付かれば……確実に勘違いされる。

俺は急いで授業を受けた教室に戻るも教科書はなく、職員室にも聞きに行ったが届けられていなかった。

どこいきやがった。

俺は焦る気持ちを落ち着かせながら教科書の行方を探した。

そういえばと、よくよく思い出してみた。

移動教室で教科書を見たのは始業時の書き合いをしてた時くらいで、後はずっとチャイナが見ていた。

って事はもしかすると――

俺は下駄箱まで走って行きチャイナの靴を調べた。

 

「遅かったか」

 

既に今日は下校していて、チャイナは帰ってしまったようだった。

最近、居残って桂と何かしていたが、今日は用事でもあったんだろうか。

仕方ネェ、明日にでも返してもらうか。

俺は教科書を諦めて委員会へ向かおうとした時だった。

携帯が胸ポケットで震えていた。

着信は見知らぬ番号だったが俺は特に気にせず電話に出た。

 

「誰だ?」

「トッシーアルか?」

 

俺は心臓が飛び出る程驚いた。

まさかチャイナから俺の携帯に電話が掛かってくるとは予想もしていなかった。

 

「なんで番号知ってんだよ」

「銀ちゃん先生に聞いたアル」

 

と言う事はチャイナも教科書の件で俺に電話を掛けてきたんだろう。

話を聞けば案の定、教科書の件だった。

チャイナがいつもの要領で俺の教科書だと言う事を忘れ、持って帰ったようだった。

 

「家は学校に近いから今すぐ持って行くアル」

「いや、いい。明日――」

 

それを言いかけて俺は止めた。

俺が教科書をチャイナから受け取る所を見られでもし、もしあの落書きが見付かりでもすれば……

チャイナが書いたハートが今の俺にはどんな物より危なく思えた。

 

「やっぱり、取りに行く。テメェは家で待ってろ」

「場所分かるネ?大江戸マートの隣のアパートアル」

「もう走ってるからスグに着く。部屋番号は?」

「201ネ」

 

俺は5分程でチャイナが住んでるであろうアパートに着いた。

急いで階段を駆け上がれば、201と書かれた部屋番号を確認した。

 

「一番端か……」

「遅かったナ」

 

チャイナはドアを開けて待っていたらしく、走ってきた俺に遅いと文句を垂れた。

 

「だいたいテメェが間違えるからだろッ!」

 

息がまだ整わない俺をチャイナは引っ張ると家の中へと招き入れた。

 

「教科書返すだけだろ。玄関で充分だ」

「ダメネ。私のミスでトッシー走らせたアル。まぁ、お茶でも飲んで行けヨ」

 

チャイナは台所で俺をもてなすお茶を淹れてるらしく、俺はしばらく一人で待たされた。

勢いで上がってしまったが、俺や近藤さんの部屋とは比べ物にならないくらい片付いており、意外に女らしい家の中に俺は落ち着かなかった。

ピンクのカーペットや変なペンギンのぬいぐるみなどが置いてあり、普段総悟にメンチ切ってる女には思えなかった。

悪いとは思いながらぐるりと部屋を見渡すと、写真立てに一枚の写真が飾られてるのに気が付いた。

そこには笑顔のチャイナの隣で同じような顔で笑う男が写っていた。

 

「お茶、よかったら飲めヨ」

 

そう言って台所からお茶を運んで来たチャイナは、俺が写真を見てた事に気付いたのか、写真立てを伏せると俺の前に湯呑みを置いた。

 

「見たアルか?」

「あ……いや、わりぃ」

「別にいいアル」

 

そう言ったわりには引きつったような表情で、あまり詮索して欲しくなさそうだった。

そりゃ、まぁ、誰にだって色んな面があって、学校でのチャイナと家のチャイナが必ずしも同じだとは言えなかった。

ましてや、あまり関わりのない俺には分からねェ事がいっぱいあるだろう。

だから、俺は今さっき見た物を忘れる事にした。

 

「で、教科書は?」

「あ、はい、ごめんアル」

「分かったなら次は忘れんなよ」

 

俺は教科書を鞄に突っ込むと、まだ熱い湯呑みに軽く口を付けた。

 

「あちっ」

「熱いに決まってんダロ!」

 

チャイナにはさっきまでの強張った表情はなく、既にいつも見慣れた明るい顔をしていた。

俺はそれに安心すると、いつまでもここには居られないと学校へ戻る支度をした。

 

「委員会アルか?オマエも意外に忙しい身分アルナ」

「テメェだって、いつも教室に残って忙しそうだろ」

「本当ヨ、本当。テストなんて制度、私の国には無かったアル」

「嘘つけ!」

 

チャイナはテストに対する文句を言いながら、玄関の外まで俺を見送りに出てくれた。

そのまま2人でアパートの一階へ続く階段を降りてる時、チャイナが小さな声で俺に言った。

 

「写真のこと、誰にも言わないでネ」

「ん……あぁ」

 

俺はやっぱり見ちゃ不味いもんだったかと申し訳なく思った。

どのみち、誰にも言うつもりの無かった俺はチャイナに約束をした。

 

「誰にも言わねェよ、忘れる」

 

アパートの一階へ着くと、見送りはここまでで良いと俺はチャイナに別れを告げた。

チャイナも頷くとまた明日と軽く手を振った。

俺はそれに何となく手を振り返せなく、軽い会釈だけしてスグに学校へ戻った。

いつもと違ったチャイナの雰囲気。

初めて行った女子の家。

俺の心臓は珍しく鼓動を速めていた。

この時、俺は自分の今日とった行動が、積み上げられた関係を壊す引き金になるとは知りもしなかった。

蹴り上げられた机や、歪んだアイツの顔。

俺はあの日、あの教室で生きた心地がしなかった。

まだ何も知らなかった俺は、チャイナが返してくれた教科書が入る鞄を持って、忙しくまた学校へと戻って行った。

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