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3.days

 

バタバタと日常は過ぎていき、銀魂高校での生活にもすっかり慣れてきた頃だった。隣の席のサドは相変わらずムカつくけど、授業に関してはイイ感じだった。

いつもヅラと放課後に残って勉強してる成果は充分に出てるみたいで、銀ちゃん先生もそれは素直に褒めてくれた。

この間も先生のアパートに行った時、頑張ってるご褒美として先生は、私に鮭茶漬けを食べさせてくれた。

 

「美味そうに食うね。つーかお前、分かってんのかよ。当たり前みてーに俺んちに来るけどなぁ」

「入れる先生が悪いアル」

 

先生はベランダに出て煙草を吸いながら、私がお茶漬けを食べてるのを見ていた。

学校以外で会うようになってからどれくらい経っただろう。

ここへ来ちゃダメな事は分かってた。

だけど、他に私は逃げる場所が無かった。

先生には本当に感謝していた。

一人ぼっちになった私を救ってくれて、助けてくれて。

家族がバラバラになってしまって悲しかった時も、先生がいてくれたから私は頑張れたんだ。

 

「おかわり!」

「もう、無ぇよ!どんだけ食えば気が済むの?ご褒美って度合い過ぎてるよね!ねぇ!」

「仕方ないアルなぁ。次の小テストは満点取って、もっと食べさせてもらうからいいネ」

 

先生は険しい顔をしながら一生懸命に首を横に振っていた。

その顔がおかしくって笑ったら、先生は拗ねたような顔をして私に背中を見せた。

ほんっと子供みたい。

そんな先生の背中を見ながら私は立ち上がると、食べた後のお茶碗を持って台所へ向かった。

もう、すっかり勝手の分かってる台所。

初めてここを訪れた日が遠い昔のように感じた。

だけど、まだそれを思い出すと苦しくなる胸が、あの日からどれくらいも経ってない事を表していた。

 

「そろそろ帰れよ」

 

背後で声がして振り返ると、煙草を吸い終わったのかすぐ後ろに先生が突っ立っていた。

何だか少しびっくりした

私を見下ろす視線が、少しだけだけど苦手な感じがしたから。

あの日のアイツみたいな――いや、気のせいよ。

 

「うん、もう洗い終わったし帰るネ」

 

時計に目をやると時刻はもうすぐ午後8時になろうとしていた。

私は鞄を持つと先生に挨拶した。

 

「じゃあネ」

 

そう言って玄関で靴を履くも私の体は重く、この部屋から出ていこうとはしなかった。

ドアの前でいつまでも立ったままの私に先生も気付いていた。

 

「何だよ、忘れ物か」

 

私はきっと明るい生徒だった。

学校ではバカサドと殴り合いの喧嘩もするし、ご飯はいつでもモリモリ食べるし、バカみたいに元気に笑ってるし。

先生から見てもきっと明るい生徒だった。

だけど、それは3zでの話しネ。

一歩学校を出たら私は生徒でもなく、明るくもなかった。

今も教室では絶対に見せないような顔をしてるはず。

だって、私を見る先生の顔がおかしいんだもん。

 

「アイツが帰って来たのか?」

 

私はその質問に静かに頷いた。

初めは自分一人で解決出来ると思ってた。

なのに家に帰ると私は全く落ち着けなかった。

アイツはもう居ないのに

もし、アイツが帰ってきたら私はどうなってしまうんだろう。

想像しただけで息苦しくなった。

どんなに普通でも元に戻りたくても、あの夜を思い出して体が強張る。

つい先日の事だった。

突然、アイツが――神威が帰って来た。

あまりに昔と何にも変わらなくて、私も急の事で神威を普通に受け入れてしまった。

だけど、夜になるに連れて私は吐き気が酷くなった。

家なのに休まらない。

眠りたいのに眠れない。

そんなのが数日続いて私はもう限界だった。

唯一、事情を知ってる先生にしか私は頼る事が出来なかった。

それを甘えだと言われるなら言われても構わなかった。

だけど、ほんの少しだけだから。

だから、許して欲しかった。

先生に頼ってしまう事を

 

先生は私の持ってる鞄を取り上げると適当にその辺りに置き、私の眼鏡までも取って外してしまった。

そして、先生は私を思いっきり抱き締めた。

 

「わかった。ここに居ろ」

 

勿論、こんな事は予想もしてなくて凄くびっくりはしたけれど、緊張やドキドキよりも私をとても安心させた。

 

先生の匂いが近くに感じて、改めて抱き締められてる事を実感した。

あの日、初めて抱き締められた時も私はすごく安心したのを思い出した。

どんな言葉より、ずっとずっと先生の温もりが私を安心させた。

 

「ごめんアル……9時までで良いから」

 

先生は何も言わずに、ただ強く私を抱き締めた。

それは9時以降も居て良いって意味なんだろうけど、私もいつまでも甘えていられないのは分かってた。

だから、必ず9時には帰ると――

 

「もう、帰りたくないヨ」

 

私は言えなかった。

弱さだったのかな。

私はすがるように先生の背中に腕を回してしまった。

あんまり大人じゃない私でも分かってる。

こんな事、しちゃいけないって。

先生はもっと分かってるはず。

絶対にしちゃいけないって。

だからかな?

先生の体がガタガタ震えていた。

季節は初夏で寒さなんてあり得なくて。

何も言わない私と何も言えない先生は、ただ強く抱き締め合った。

どれくらい経った頃だろう。

先に先生が口を開いた。

 

「やっぱり、話し着けに行くか」

「ダメ!アイツ、何するか分かんないヨ」

 

私は首を必死に横に振った。

先生はそう言う私の頭に手を置くと体を離し、目を見て言った。

 

「大丈夫だ。俺の可愛い生徒を困らせるバカは懲らしめてやらねーとな」

 

そんな先生が頼もしくて、心強くて。

普段は頼りなく見えるのに、全然そうじゃなかった。

パピーにも友達にも言えない事。

とんでもない秘密を私と先生は共有していた。

この部屋で話す会話の意味なんて誰も知らなくて、誰にも理解されたくなかった。

裸足で家を飛び出したあの日。

私には先生しかいなかった。

今だって私には先生しかいないヨ。

 

「ありがとうナ、先生」

「珍しく素直じゃん」

「いつも素直ダロ」

 

そうやって笑い合った私たちだけど、体はまだガタガタ震えていた。

 

「泊まっていくなら、また布団貸してやるから」

「大丈夫ヨ。9時には帰るから」

「9時過ぎりゃ大丈夫なのか?」

「うん、毎日どっか出ていく」

「そうか」

 

先生はまたベランダへ出ると煙草を吸い出した。

さっきよりも外は暗くなっていて、それが私を安心させた。

こうして見る先生の背中は、さっきよりもずっと頼もしくて大人に見えた。

私はいつまでこうして先生に頼るんだろう。

ずっと守ってもらわなくちゃいけないのかな。

それじゃダメだね。

ただの教師と生徒なんだから。

強くなりたい。

 

 

その日、私は先生の家を9時には出て真っ直ぐあの家に帰った。

自分のアパートに着くと、部屋に灯りが点いてない事を確認してから階段を上がった。

真っ暗な部屋はさっきまで誰かが居た事を示すような生暖かさがあった。

ふと目についた写真立てはいつからか伏せたままで、私とアイツが一緒に収まった写真が入ってた

どうしてこうなっちゃったんだろう。

私が考えたところで答えが導き出せる問題じゃなかった。

それでも、頭の中から消える事はなく、私を苦しめ続けた

 

「でも、私には銀ちゃん先生がいるネ……大丈夫」

 

私は部屋の壁に掛かっている鏡に向かって微笑んでみせた。

意外に上手に笑えていて、まだもう少しやっていけそうだった。

今日は珍しく早く眠れそうだ。

それは銀ちゃん先生から貰った安心感が大きく影響をしていた。

ほんの少しギュッとしてもらっただけでこれなら、もし一緒の布団に入ったらどんなに安心して眠れるかな。

私はそんな事を考えてた

そんな事はあるはずないのに。

だって私と先生はそうなっちゃイケナイ関係だったから。

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4.記憶/銀八

 

正しい事をするつもりは毛頭ないが、間違いを犯す気もない。

それは後々面倒だからってのが大部分だが、もしかすりゃただ守りたかっただけかもしれねぇ。

 

結局、自分のことさえ何一つわかっちゃいねぇんだよな――

 

 

 

窓の外の雨が激しくなり、夜風が古びたアパートをガタガタと揺らす。

仕事終わりの一杯でもと、俺は風呂上がりに冷蔵庫から缶ビールを一本だした。

明日は休みでこれと言った予定もない。

普通の教師ならもう少し忙しくやってんだろうが、生憎俺はその“普通”とは無縁だった。

だが、ふと気づいた。

テレビをつけてビール片手に流れてくる映像に、俺は愛想笑いを浮かべていた。

安らいでるなんて思ってはいたが、どうやら自分も疲れてるんだとそんな事で認識した。

眼鏡を外し、霞む視界が少し現実離れしていて、実はもう眠っててコレは夢の中なんじゃねーの?なんて思える程で。

そんなよく分からない状態でソファーに横になろうとした時だった。

インターフォンが鳴った。

時計を見れば22時を回っており、こんな時間に訪ねてくる女がいるわけでもなく、俺は何となく気味悪くなった。

 

「オイオイオイ、誰だよ……」

 

恐る恐る俺はドアを開けてみた。

今思えば、やっぱり開けるべきじゃなかったんだよな。

居留守でも使って無視するべきだったんだよ。

それかもっと強く言って、中途半端にやらかす前にどうかすりゃ良かったんだ。

俺は開けたドアの向こうに立っている白い女を見た。

一瞬、叫び声をあげそうなくらい驚いたが、すぐにその女が俺の知ってる女だと気付いた。

雨に打たれて裸足で走って来たのか酷く震えていた。

 

「オイ、なんの冗談だよ!こんな時間に……」

 

女はフラフラと二、三歩前に進むと俺の胸に顔を埋めた。

この時、漸く震える体は寒さのせいだけじゃないことに気付いた。

俺はアパートの廊下に誰も居ない事を確認すると女を自分の部屋へと引き入れた。

濡れた体はすっかり冷えていて、俺はとりあえず風呂場に女を連れて行った。

 

「何があったか知らねぇが、部屋濡らされちゃたまんねーわ。風呂入ってあったまれ」

 

女は顔を伏せたままコクンと頷くと、素直に従って風呂に入った。

俺はその間に温かい飲み物でも飲ましてやろうと、イチゴ牛乳をレンジで温めた。

そんな事をしながら今の状況を冷静に考えた。

教師である自分の部屋に自分のクラスの女子生徒がいて、こんな時間に風呂に入ってる。

 

「何やってんだよ、バカか」

 

だが、今更もう帰れとも言えず、アイツが風呂から上がったら話を聞こうと俺は机の上にほったらかしになったままのビールを飲み干した。

それにしても気の抜けたビールのマズイこと。

俺は缶を握り潰すと不貞腐れてソファーに寝転んだ。

 

「銀ちゃん先生」

 

軽く寝てたらしく、俺はその声に目を覚ました。

 

「風呂あがったのか」

 

俺は目を擦りながら体を起こすと、目の前の神楽を見て言葉を失った。

バスタオル一枚を巻いただけの姿で突っ立っていた。

 

「なんて格好してんだよ!服どうした!」

「どうしてヨ。濡れちゃって服も下着もないアルヨ」

 

俺はどうしたもんかと頭を抱えたがいつまでも神楽を放っておくワケにもいかず、とりあえず俺はタンスから使ってないTシャツ……いや、トレーナーとジャージを取り出すと神楽に投げた。

 

「しゃーねーからそれ着とけ」

「うん」

 

神楽は素直にそれに着替えて来ると、濡れた服と下着を部屋に干した。

ようやく一息吐いた俺は神楽をソファーに座らせると、出来るだけ普通に尋ねてみた。

 

「説明出来るよな?」

 

神楽は俺の隣でまだ半乾きの髪を揺らしながら、マグカップに口を付けていた。

 

「…………」

「出来ねーのかよ。あのな、俺はなぁ」

「兄貴が出て行った」

 

俺はこっちを向かずにそう言った神楽に思わず険しい顔をした。

兄貴ってあの兄貴か?

 

「で、一人になって寂しくて俺に泣きついてきたのか」

 

他に男を作れと言いたかったが、あの兄貴がいる以上作る機会もなさそうだった。

本人は気付いてないんだろうが、その端正な顔のせいか男子に人気があった。

神楽が作ろうと思えばいくらでも出来るだろうによ。

そんな事をボヤっと考えていた。

 

「私、先生しか頼れるところないネ」

「なんでだよ、いくらでも友達いるだろ」

 

神楽はそれまで一切俺を見ていなかったが、静かにマグカップを置くと俺の顔を見た。

その顔に俺は目を背けたくなった。

真っ赤な目は涙を溜めて、今にも溢れ落ちそうな雫が揺れていた。

 

「友達には……話せないアル。兄貴と私のことなんて」

 

その瞬間、俺はコイツが抱えてる問題のでかさに怖くなった。

きっと俺が思ってる以上にキツイ現実を、神楽は必死に一人で耐えてたんだと。

思わず抱き締めた体の細さに、よく今まで壊れてしまわなかったと俺は思った。

 

「私、兄貴を受け止めてやれなかった。だから、出て行ったネ……き、嫌われちゃったかな」

 

そう言う神楽は本当に健気で俺が兄貴だったなら、こんな風に慕ってくれる妹を――吐き気がした

 

「私が悪かったアルか……」

「なワケねぇだろ」

「私、嫌だって言って蹴飛ばしたネ」

「蹴飛ばしたお前は偉いだから、もう何も言うな」

 

俺はいくらダメだって分かってても、雰囲気に流されたりしないだろうか。

そんなもん俺には分からなかった。

 

「誰にも言わねぇから」

 

そう言って頭を撫でると、落ち着いたのか神楽は泣き止んだ。

相変わらず外の雨は酷く、時計を見ればもう明日がすぐそこに迫っていた。

今夜中に神楽を帰すのは無理そうだった。

 

「もう寝ちまえ。寝たら少しくらい忘れられんだろう」

「もし、ずっと忘れられなかったら?」

 

そん時は適当に男にでも抱かれりゃ忘れられんだろと、俺はいつもの調子で答えてしまいそうだったが、冗談で済まされそうもなかったから口をつぐんだ。

 

「俺の布団で寝ていいから」

「じゃ、先生はどこで寝るネ」

 

俺はソファーを指差してここだと教えた。

 

「先生、ありがとナ」

 

不意にそう言った神楽に俺はむず痒くなった。

 

「なんだよ、礼言うくれーなら、俺も布団で寝かせろよ」

 

冗談でそう言った俺にきっと神楽も冗談で答えたはず。

 

「いいヨ。狭いけど」

 

それから神楽はおやすみとだけ言って、寝室と居間との仕切りの襖を閉めた。

今のは冗談だったはず。

もしかすると本当は全部を忘れたくて、神楽は俺に抱かれたかったのかもしれねぇ。

いや、仮にそうだとしても、俺は手を出すべきじゃないんだろう。

ましてや、俺に救えるとも思えねぇ。

別に教師だから、生徒だから。

そんな事は微塵も考えちゃいねぇ。

ただ単に俺に救うなんて大それた事が出来るとは思えなかった。

ソファーに横になると、テレビの明かりだけがチカチカと部屋の天井を照らしていた。

それがやけに閉鎖的で神楽の気持ちを表してるように思えた。

誰にも言えない悩みをずっと一人で抱えてたんだろうか。

神楽は雨の中、何を思いながらあのドアの前に立ったんだろうか。

閉じられたまんまの神楽の心を、俺が汲み取る事は難しかった。

いや、助けを求めに来たんだからそこは汲み取ってやらなきゃなんねぇんだよな。

 

「…………」

 

だけど、俺のボヤけた視界は晴れそうもなく、この先しばらくボヤけたままだった

ハッキリと見える日が来るとは分かっていても、それがいつで、どんな状況なのかは検討もつかなかったが。

 

「面倒くせー」

 

そうやって口に出してみたが、自分の心ん中との差が益々浮き彫りになった。

人間には相手を救えないとわかっていても、何とかしてやりたい時がある。

今がそれならどうするべきか。

俺は開くことのない襖を眺めながら考える。

どうするべきか――

明日の朝には何もなかったように神楽を帰す。

俺に出来るのは、ただそれだけだった。

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