21.決着/沖田
今日、久々にチャイナと言葉を交わした。
たった一言ではあったが。
緊張しながら声を掛けてきたアイツに、俺はどんな顔をすればいいか分からなかった。
ただのケンカならこんなにギクシャクしねぇ。
謝る気もない割に、胸の中から殴り付けるもう一人の俺がバカ野郎と叱責していた。
“淫乱女”
あんなことを言うつもりじゃなかった。
土方の馬鹿にグダグダ言われたが、俺だって分かっていた。
チャイナが傷付いたことも、俺がなんであんな言葉を吐いたかも。
本当はもう全て終わらせたい事も。
意地になっていた。
でも、少しは心の隅の方で俺は悪くねぇなんて思っていた。
だってそうだろィ。
やきもち妬かせたのは紛れもなく、チャイナなんだから。
俺は委員会の集まりで放課後、会議室に来ていた。
最近はチャイナの件以降なんとなく居心地が悪かった。
俺を見る奴等の視線が気に食わねぇ。
「まるで俺が犯人とでも言いてぇ視線だな」
それには誰も答えずに、俺から視線を外すと黙々と自分等の作業に没頭し始める。
何なんだよ。
俺の苛立ちはピークに達していて、すぐ隣の山崎に殴りかかりたい衝動に駆られた。
そんな俺の苛立ちを察知したのか近藤さんが口を開いた。
「チャイナには謝ったのか?」
「…………」
「謝ってないのか。あれはお前が悪いんだからな」
そんな事は言われなくても分かってるんだ。
俺は益々苛立った。
「元はと言えば俺は関係ないだろィ。犯人があんなことしなけりゃ、俺だってあんなこと……言わなくて良かったんでさァ」
「まだテメェはそんなふざけた事を抜かしてんのか」
土方が俺を睨み付けるように言った。
それが合図だったように近藤さんは立ち上がると、入り口に突っ立ってる俺の元まで来た。
「総悟。もう、強がるな。分かってんだろ。チャイナはなお前の事……」
「近藤さんまで何だよ。俺が悪いって言いたいのかよ!」
「違う。総悟、悪い悪くないを俺は判断するつもりはねぇ。ただチャイナがお前の言葉に酷く傷付いた。その事実に平然としていられるか?いられねぇだろ?お前はよ」
だったら何なんだよ。
謝る方法や、この意地をぶっ壊す方法を知らねぇ俺にどうしろってんだよ。
「アイツが笑った顔を最近見たか?」
「知らねぇでさァ。犯人が捕まれば元に戻んだろ」
そう言った俺に山崎が写真を突き付けてきた。
やたら強気なコイツの態度に腹は立ったが、とりあえず写真に目をやった。
そこには見たこともねぇ女子達が写っていて、山崎が何を言いたいか分からなかった。
俺がそれを質問する前に、山崎は答えを俺に教えてきた。
「それが犯人です。犯人はもう捕まってるんです」
「はぁ?これ女だろィ」
そう言った俺に土方はどこか得意気に話した。
「女だってストーカーになんだろうが。好きな男と親しくしてる女にだとか」
「好きな男?」
「そりゃ、テメェのファンの女だ」
次々与えられる情報に俺の頭は処理しきれなかった。
俺のファン?
チャイナをストーカー?
どれも俺にはふざけた単語にしか聞こえなかった。
だが、次第に整理がついてくると身体中が冷たくなっていくような気がした。
俺のファンがチャイナにいやがらせを……
ちょっと待てよ。俺のせいなのか?
チャイナが俺と親しくしてたから、あんな目に遭ったってのか?
もしかして、俺がチャイナと絡まなけりゃ、今回の事件は起きなかったのかよ。
事件さえなかったら、俺にあんな言葉を吐かれる事もなければ、傷付くこともなかった?
どれもこれも全部、俺のせいなのかよ。
犯人が捕まった後も笑顔なんて戻らなくて、アイツの怯えたような目には光が無かった。
それも全部俺が悪いのか?
「分かったなら余計な意地はもう張るな」
近藤さんが固まってる俺の肩に手を置いた。
奴等はこれで一件落着とでも思ってるんだろうが、俺は目の前が真っ暗になった。
悪いのは俺でしかなかった。
チャイナはただの被害者なんだ。
ようやくそんな事が分かるなんて、自分の馬鹿さ加減にヘドが出た。
マジで失踪してしまおうかと思った。
でかい口叩いて何が“俺は関係ない”だ。
俺が要因だろ。
自分の思い通りにならなくてチャイナに当たって、他の野郎と一緒にフレームに収まるチャイナに苛立って、俺には甘えた顔も見せないチャイナに悔しくなって――俺はどれだけアイツを独占したいんだよ。
「まだ手遅れじゃねェだろ」
土方が俺を小突いた。
ニヤッとした顔で近藤さんは俺を見ている。
普段はムカつくコイツらの態度に俺は少し救われた気がした。
俺はどうするべきだ?
分かってる。
素直になって行動すればいいだけだろ?
深刻じゃねぇ。
もっとずっと簡単なんだ。
俺達はまた向き合えるだろうか。
不安は俺をキリキリと痛めつけるけど、手遅れになっちまう前に。
誰かに拐われちまう前に。
俺はアイツに言うべき事がある。
「近藤さん、用事を思い出したから先に帰らせてもらいまさァ」
俺は会議室を出た。
ケータイに目をやれば、まだそんなに遅い時間じゃなかった。
教室に桂の野郎と勉強してるはずだ。
俺はチャイナの居る3zの教室を目指した。
重なる手にときめいたのは事実。
あのまま、ヅラの手を払いのけずに見つめあったのも私の意思。
そして、その後に目を瞑ったのも私の――
ガタッと教室の後ろで音がして、急いで私とヅラは体を離した。
だけど、もう遅かった。
そこには私達二人を見下ろす視線があった。
その瞬間、耳元で何かが崩れる大きな音が聞こえた気がした。
私は立ち上がると、直ぐに鞄に教科書を片付けようとした。
だけど、恥ずかしさと動揺とで体が震えて、思うように手が動かせなかった。
それに見かねたヅラが、机の上に広げてあった教科書類をしまい込んでくれた。
そして、私の手をひくと教室から飛び出した。
最後に振り返り見たサドの顔は私の胸を深くえぐった。
もう、元に戻れないんだネ……
私はヅラに握り締められた手を急いで振りほどいた。
それに驚いた表情で振り返り見たヅラに、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ご、ごめんアル」
「……いや、謝る必要はない。俺の方こそ済まなかったな」
下駄箱まで走って来た私達は、いつになくぎこちなく会話をすると、靴を履き替えトボトボと歩き出した。
見慣れた校門はいつも以上に寂れて見え、頭上の雲も今まさに雨を降らせようとしていた。
隣を黙って歩くヅラは何を思っているのかな。
さっきの教室の事を思い出すと顔中が熱くなった。
「リーダー」
「なぁに」
「今度から、その……俺の家で勉強をしないか?」
「えっ」
さっきの事があって、放課後に教室を使えそうもなかった。
だけど、まだ震える体がヅラの家に行く事を受け入れられるとは思えなかった。
どうしたらいいネ。
私は答えをすぐに出せそうもなかった。
「ちょっと、考えさせてヨ」
「そうだな。わかった」
ヅラは少し暗い表情で頷くもスグに私に柔らかく笑い掛けた。
それに私はどんな顔をしたんだろう。
上手に心を隠せてるとは思えなかった。
「じゃあ、また明日」
「うん、バイバイ」
私はヅラと別れると家へと走って帰った。
分からないけど、じっとなんてしてられなかった。
雨がポツリポツリと降り始め、次第に激しいものへと変わった。
私は何をしたいんだろう。
どうしたらいいんだろう。
この震える体や泣きそうな思いは、誰かに見られたからじゃない。
サドに見られたからなんだ。
やっぱり、私はサドが好きなんだ。
やっぱり、私はどうしようもないくらい好きで……
ヅラと手が重なった時、無理に逃げなかった私は覚悟を決めた筈だった。
この人に頼ってみようかなって――
でも、やっぱり無理だった。
強張った体が無意識にヅラとのソレを拒んだから。
私は鞄からアパートの鍵を取り出すのをやめると、昇った階段を急いで降りた。
こんな中途半端が一番いけないって分かってるから。
だれも幸せになれないって分かってるから。
私は記憶を頼りに、ずぶ濡れになりながらもヅラの家を目指して走った。
既に街灯が灯り始める道は薄暗く、私の不安を更に大きくさせた。
だけど、今ならハッキリと見えるから。
私はどんな道を進みたいか。
“桂”と書かれた表札の家に着くと私は呼吸を整えた。
立派な門構えの家が私に変な圧力をかけてくる。
だけど、大丈夫。
流されたりしない。
私は意を決するとインターホンのボタンを押した。
少し高い音のチャイムは、激しくアスファルトを打ち付ける雨音に掻き消された。
「はい、どなたですか」
ヅラの声が聞こえてきた。
緊張している私はぎこちなく答えた。
「神楽です。同じクラスの」
直ぐに玄関の灯りがついて、重厚そうなドアが開いた。
そこからヅラが驚いた顔を覗かせると、急いで私のいる門扉まで来た。
「どうした?何かあったのか」
門を開けると私を家の中へと入れてくれようとした。
だけど、私はこれ以上そういうのは止めようと思っていた。
こんな事も断れないようじゃ、きっとまた私はヅラに甘えてしまう気がした。
「大丈夫。すぐに帰るから。だから話を聞いて欲しいネ」
「……リーダー」
「あのネ、私。やっぱり、お前とそのっ、そう言う仲にはなれないアル。でも、お前に揺らいだ心は本当アル。このまま、どうにかなっても良いやって少し思ったアル。だけど、やっぱり私……諦められなくて」
私と同じようにずぶ濡れになってくれてるヅラは、顔色を変える事なく話を聞いていた。
「だから、ごめんなさい」
ヅラは何も言わずに私を見ていて、私は思いっきり頭を下げてはいるけど、全然謝り足りない気持ちでいた。
寂しさを埋める為に利用したも同然で。
ヅラがいい奴なだけに、私の中の罪悪感は大きかった。
「リーダー。顔を上げてくれ」
私はその言葉に恐る恐る顔を上げた。
殴られる覚悟も出来ていて、歯を思いっきり食い縛った。
だけど、私を待っていたのは柔らかく笑ったヅラの顔だった。
「リーダーが選んだ道ならば、俺はその背中を押すだけだ。フラれた事に悲しくはなるが、友達の縁が切れるわけでもなかろう」
相変わらずの優しい言葉。
それに私は感動した。
「ありがとうナ」
そう言った私の頭をヅラは撫でてくれた。
「もう、行くヨ。雨の中、ごめんアル」
「いや、リーダーの本心をハッキリと聞けてよかった」
「オマエ、やっぱり良い奴アルナ」
私は手を振ると雨の中、また走って家へと向かった。
そんな私を見送るヅラはやっぱりどこか切なそうで、あんな顔に私がしてしまった事に胸が痛んだ。
気持ちってすれ違うとこんなに痛いんだね。
振ったから、振られたから。
そんな事に関係なく、心は痛くなる。
明日、私はサドに言わなくちゃ。
たとえ、聞く耳を持って貰えなくても、格好悪く頭下げてお願いして……私の話を伝えたい。
次の日、私はいつもと同じように家を出た。
神威は最近、学校にまた行きだしたようで、ちゃんと制服を着て家を出ていた。
それが関係してるのか、神威との会話も元に戻りつつあって、少し気分が軽くなった気がした。
「おはようアル!」
学校に行く途中の交差点で、スクーターで信号待ちをする銀ちゃん先生に出会った。
「職員会議、遅刻アルか?」
「ちげーよ、今日はアレがアレでアレになって……」
変な言い訳をする先生を尻目に私は先に学校へ向かう。
交差点の信号は青から赤へと変わりそうで、私は急いで横断歩道を渡った。
「危なっかしいな」
後ろから聞こえた声に振り返れば、柔らかく笑っているヅラがいた。
「先に行くぞ」
凛とした様は昨日あんな事があった人には思えなかった。
素直に素敵だと思えた。
強い人だって。
だけど、脇道から飛び出て来た風紀委員の連中に追い掛けられると、高笑いをしながら学校まで走り去った。
私もそろそろ歩くスピードを速めなきゃと駆け出した。
下駄箱で靴を履き替え、階段を駆け上がって、3zの教室に入れば、アイツの隣に滑り込む。
無視されるかもしれない。
軽蔑されるかもしれない。
もしかしたら、もうすっごく嫌われてるかもしれない。
だけど、私は覚悟を決めていた。
「オイ!オマエ!私と放課後、決闘するヨロシ!」
サドの顔はやっぱりいつもと全然違った。
だけど、その割にいい返事が貰えた。
「上等だ、クソアマ。受けて立ってやるよ」
あとは全部きちんと、包み隠さず話すだけ。
それでダメならその時に考えればいい。
私は私自身にケリを着けるべく、放課後の屋上にサドを呼び出すのだった。
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