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19.決着/桂

 

俺は決まって昼休みは屋上にいた。

まだ暖かくない気温のせいか人がおらず、伸び伸びと読書が出来るからだ。

そんな静かな昼下がり。

突然、誰かによって邪魔された。

激しく開いたドアの音と、こっちに向かって走ってくる足音。

俺は体を起こし、読んでいた本を閉じるとその誰かの方に目をやった。

 

「リーダー?」

 

小走りにこちらに向かってやってくるリーダーは、俺の元まで来ると乱れる呼吸を整えながら言った。

 

「犯人……捕まったアル」

 

リーダーの指す犯人と言う言葉にすぐに何の話しか思い出せなかったが、リーダーの差し出した写真を見て思い出した。

俺とリーダーを写した写真は、それはそれはよく撮れていた。

何も言われなければ“ただの御学友”には見えなかった。

 

「そうか。判明したか」

「女子生徒だったアル」

 

リーダーが明かした犯人に俺は正直驚いた。

思い描いていた犯人像からかなり遠く、ただ女子の犯行だと聞いて、なるほどなと思った部分もあった。

 

「たまには風紀委員の連中も役に立つな」

 

明るい声で言った俺とは裏腹にリーダーの顔色は冴えなかった。

 

「どうした?まだ何か問題を抱えているみたいだな」

「…………」

 

リーダーは俺の隣に座ると言い出し辛そうな表情を浮かべた。

その表情は俺にこの間の放課後を思い出させた。

あの日、リーダーが素直に俺の質問に頷いてくれていたら、肩でも抱いてやることが出来たのにな。

動かすことの出来ない腕に無力さを感じた。

 

「なぁ、今から起きる事、誰にも言うなヨ」

 

突然、リーダーが俺に恐い顔をして言った。

今から起きる事?

俺は分からなかったが頷いて、リーダーから視線を逸らせた。

それに気付いたのかリーダーは眼鏡を外し、そして下を向いた。

暫くして、小さな嗚咽が聞こえてきた。

俺はそれに知らないフリをして、読みかけの本を手にとった。

俺が泣かせたワケでもないのに、気持ちはすごく焦っていた。

どうしてやるのが最良か。

正解がない問題を手探りで解いてるような気分だった。

 

「悲しみとは、心がすれ違い生まれる感情。誰かとすれ違ったか」

 

本に視線を注いではいたが、意識はずっとリーダーにあった。

リーダーが誰を想ってるのか。

俺には分からなかった。

銀八なのか、風紀委員の誰かなのか、それとも他の人間か。

まぁ、誰でも良い。

俺の役割はリーダーの涙を拭いてやる事じゃなかった。

それはリーダーの想い人がやってやる事だ。

俺じゃ気休めにもならない事を知っている。

だが、それでも寄り添ってやりたいなんて思うのは、俺自身すっかりと心奪われてるからなのだろうか。

リーダーは暫く何も言わず涙を流し続けた。

震える肩や漏れる声がとてもか細く、今にも消えてしまいそうに思えた。

既に犯人は捕まり、リーダーの身に危険が迫る事はもう無いだろうが、俺がリーダーを守りたいと言う思いは変わらずにあった。

だがリーダーは強い女性だ。

俺が守るなどと思うこと自体が甚だしかった。

 

「私、わかんないアル。ワケが分からなさすぎて、なんか腹立つアル」

 

泣き止んだのか、リーダーは顔を上げると俺に語りかけてきた。

 

「だって、見るだけで胸が苦しむのに……どうして私はそれを好きって感情だと思うアルか?苦しくて体は痛め付けられてるのに、なんで好きだって判断するのヨ?私の心は」

「そうだな。何故だろうな」

「本当ヨ。なんでこんなに苦しくて、悲しくなるのに……嫌いになれないアルか」

 

リーダーは恋が上手くいっていない。

充分にそれが伝わってきた。

このリーダーをこんなに悩ませる人間が俺は少し羨ましかった。

それと同時に、俺ならばこのような顔をリーダーにはさせない自信があった。

この間の放課後に言った言葉。

リーダーには断られてしまったが、俺は結構マジだった。

いや、非常に切望していた。

付き合って欲しいと――

断られた今もまだ諦めきれていない。

リーダーが俺を見ていなくても構わない。

ただ俺は傍にいてやりたいと思うのだ。

 

「無理に嫌いになる必要はない。ただ、恋の痛手は恋でしか治せない。臆病にはなるなよリーダー」

「……恋でしか治せない?」

「失恋で傷ついたなら、新しい恋を始めてみるのも手だ」

 

だから、俺と付き合ってみないか?とは言えなかった。

人の弱味に漬け込むのは卑怯な人間のする事。

だが、俺も堅物や真面目などとは言われるが、剥き出しになった心は下心で溢れている。

飽くまでも俺も十代の男子。

可愛い子猫が隣で泣いていれば、どうにかしたくなっても仕方がないだろ。

 

「きっと、リーダーを泣かせたりしない男だっているはずだ」

「そうかもナ」

「それも意外に近くだったりする」

「近くにかァ」

 

リーダーが割り切れるような人間なら、ここで俺はあからさまにアピールしたかもしれん。

だが、リーダーは俺が知る女子の中でも抜き出て“純粋”だった。

この状況に慰められて喜ぶ女子もいるだろうが、反対にリーダーは傷付いてしまいそうで、俺は何も出来なかった。

 

「そしたら私、幸せになれるアルか?」

 

リーダーの言う幸せが何を指しているのか。

泣かない事か?

笑っていられる事か?

どちらにせよ、俺を選んでくれない限りは答えようがなかった。

気休めでもいい。

利用されたって構わない。

俺は毎秒毎秒リーダーを好きになって、惹かれていった。

辛い時に傍に居てと言うなら居てやろう。

元気になったからじゃあねと言われたら立ち去ってやろう。

都合のいい男だと思われていても、傍にいられるならどんなにいいか。

こんな事、リーダーだから思うのであって、他の誰かにならこんな気持ちにはならなかった。

 

「リーダーを幸せにしたいと言う奴がいて、リーダーもそいつと幸せになりたいと思うなら、きっとなれるだろう」

 

少し赤い鼻先で俺に微笑んだリーダーは、もうすっかり泣き止んでいて、そしていつもより大人に見えた。

 

「なんかちょっと吹っ切れたアル!」

 

リーダーは急に元気よく立ち上がると天を仰ぎ、空に向かって大声で叫んだ。

 

「バァカヤローッ!」

 

その声はとてもよく響き、きっとあの山の向こうまで届いたことだろう。

俺は何もしれやれなかった。

しかし、それが俺のポジションだと分かった。

リーダーに何かしてやるわけでもなく、だが見離すわけでもない。

傍らで全てを見届けてやりたい。

俺が選ばれなくても、きっとその気持ちが枯れない限りずっとだろう。

 

 

休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、俺は本を閉じ立ち上がった。

リーダーもすっかり顔色が良くなっており、やや照れ臭そうな表情で俺に言った。

 

「私に出来る事を一生懸命にやってみるヨ」

 

俺はそれに目を細めて頷いた。

リーダーが自ら選んで進む道なら、俺はそれを見守るだけだ。

もし仮に途中で進めなくなって俺を頼るなら、喜んで頼られよう。

ただ、そうは言うものの、やっぱりリーダーの白い肌に触れたいなんて俺は思っていた。

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20.days

 

ヅラに話を聞いてもらって、私は少し自分を取り戻せた気がした。

サドには誤解されたままで、まだまだ問題の根本的な部分は解決出来てないけど、私はちゃんと向き合おうと思った。

今までずっとサドを避けてきた。

多分、このままじゃ私はきっと後悔してしまう。

今はどうせドン底なんだ。

だったら、もう失うものもないはずだから。

だから、頑張れるはず。

私から声を掛けられるはず。

教室へと戻った私は席に着くと、震えそうになる心臓を無視してサドに声を掛けてみた。

 

「数学の宿題出来てるアルカ?」

 

何気なくを装ったつもりだったけど、私の声は上擦っていて明らかに緊張していた。

サドには勿論バレていて、私のことを変なものでも見るような目で見ていた。

そうアルナ。

久々に喋り掛けて余計に変ネ。

サドは暫く私をジーっと見ていた。

何も言われない事がこんなに苦しい事なんて思ってなかった。

息が詰まりそうになるけど、私はひたすらに耐えてみた。

 

「やってねぇのかよ」

 

サドはぶっきらぼうにそう言ってノートを見せてくれた。

 

「ありがとうネ」

 

私はまさかサドがノートを見せてくれるなんて思ってなくて、人から見れば小さな事なんだろうけど嬉しくて仕方がなかった。

妨げられていた私とサドの間の道が、また繋がったような感覚だった。

だけど、それ以上の会話は続かなくて、結局その日はそれしか喋れなかった。

でも、私にすればそれは大きな一歩だった。

サドと仲直りが出来ればいい。

ただ、そう思っていた。

 

 

放課後、いつも通りに居残って勉強してる時に、私はヅラへと報告をした。

勇気を出したらサドと話せた事を。

 

「私なりに頑張ってみたアル。そうしたら、ちょっぴり道が開けたネ」

 

ヅラは私の報告を黙って頷いて聞いてくれた。

それに私は銀ちゃん先生とは違う安心を感じた。

居心地が良くって、私はヅラの何ってワケじゃないのに、この居場所を失いたくないなぁなんて思った。

図々しいにも程がある。

 

「さぁ、勉強!勉強!」

「リーダー」

 

私を真っ直ぐに見るヅラに首を傾げた。

黒い瞳が私を吸い込んでしまいそうで、思わず見とれてしまった。

そんなんなのに、ヅラは手持ちぶさたに赤ペンを机に叩き付けるのをずっと繰り返している。

だから、私は尋ねた。

 

「なにアルか」

 

するとヅラの手の動きが止まって、私を見る目が厳しいものに変わった。

 

「一生懸命にやって、一体どこへ向かうつもりだ」

 

それは勉強に対して言ったんじゃなくて、さっき私が報告した事を指しているのが分かった。

どこへって、そんなのは決まっていた。

 

「勘違いで嫌われちゃったから、仲直りしたいネ」

「相手にそのつもりがなかったらどうする」

「そんなワケないじゃん。皆、ケンカしたら仲直りするヨ」

「仲直りが出来れば満足なのか?」

「言ってること分かんないアル」

 

仲直りしたいのは本当だし、アイツだってそう思ってるはず。

だって、ケンカしたままなんて苦しいじゃん。

……もしかして、サドはやっぱり本心であんなことを言ってて、私だけが仲直りしたいんだろうか。

それに、犯人の事もあるけどサドは女子に人気だし、私なんて多数の中の一人でしかないだろう。

もう、気軽に近付いちゃダメなのかな。

そうだとしたら、やっぱり辛いネ。

確かなものじゃないだけに、少しの意見に左右される。

それまで、頑張ろうって思えていた気持ちは一気に萎んで、私は自分の中の灯り始めた光が消えそうになるのが分かった。

 

「そうかもナ。オマエの言う通り、私だけが仲直りしたいなんて思ってるかもナ」

「すまない」

 

突然、ヅラが私に謝った。

何をしたのか?

私は謝られた意味が分からなかった。

だけど、ヅラの表情は真剣で冗談じゃない事は伝わって来た。

 

「正直に言う。俺は意地が悪い。リーダーの幸せを願うなんて思っていたが、実際は自分以外の奴と親しくされるのが心苦しかった。それで厳しい意見を投じてしまった……情けない」

 

私の鼓動が段々とうるさくなって行くのが分かる。

耳が熱くなって、顔も熱くなって。

そんな私に構わずヅラは続けた。

 

「何もせず、自分を押し殺して、リーダーを応援しようなんて思っていた。だが俺もまだまだガキで、触れられる距離にいるリーダーを諦めるなんて心が無理だった」

 

ゾワゾワっと鳥肌が立って、私は自分が興奮してるのが分かった。

緊張する――だけど、どこか心地が良い。

 

「俺ならばリーダーを悲しませる事はしない。いつだって傍にいてやれる。なんだって俺は、リーダーの事が好きで仕方がないからな」

 

少し照れ臭そうに頬を染めたヅラに私まで恥ずかしくなった。

だけど、誰かに好きだなんて言われたのは初めてで、こんなに満たされた気持ちになるなんて私は知らなかった。

私は正直、揺れていた。

サドの顔が頭にちらつくのに、今のこの鼓動の速さや私の震える心は紛れもなく真実で、ヅラの想いを嬉しいなんて思っていた。

もし、今ここで嫌いじゃないなんて答えたら、私は幸せになれるのかな?

こんな時、どうしたらいいの。

楽な方に流れてしまいそうになる自分が怖かった。

サドへの私の想いは、それこそ錯覚だったのかな。

鉛筆を持つ私の手はガタガタと震えていた。

 

「き、急にオマエがそんな事、い、言うから間違えちゃったネ」

 

無理に笑って繕ってみたけど動揺は隠せなくて、震える手は落ち着く気配を見せなかった。

間違えた箇所を修正しようと消しゴムを取ろうとした。

だけど、消しゴムは私の手から逃げる様に机の下へと落ちていった。

 

「あっ」

 

私はガタンと音を立てて立ち上がると机の下を覗き込んだ。

 

「あれ?確かここに落ちたと思ったネ?」

 

ヅラも椅子から下りると、私の消しゴム探しを手伝ってくれた。

そんな普通の事が優しいなんて思えてしまった。

なんか私、ダメだね。

 

 

床の上を這って2人で探してると、落ちた場所から跳ねたのか少し離れた場所に消しゴムが落ちてるのに気が付いた。

私が手を伸ばして消しゴムを取ろうとした時だった。

私の手に温かい大きな手が重なった。

ハッとして手を引っ込めようとしたけど、ヅラはそれを許してくれなかった。

思わず見たヅラの顔はやっぱり真剣だった。

深い色の瞳にまた吸い込まれそうになる。

汗ばむ体が緊張を表していたけど……身を委ねて楽になりたいなんて思っていた。

サドの事を忘れられるなら、この胸のモヤモヤを吹き飛ばせられるなら、目の前の差し伸べられた手にすがってしまおうかと思った。

だけどこの時、私はすっかり忘れていた。

決してここは2人だけの世界じゃないことを。

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