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15.決着/土方

 

俺は近藤さんと少し話し合ってから会議室を出ると、直ぐに総悟を捜しに行った。

誤解だと、あの写真はお前が思ってるようなものじゃないと言いに行きたかった。

まさか、あんなものが撮られてるとは思わなかった。

一体、誰だ……

だが、それよりも今はチャイナに暴言を吐いた総悟が気掛かりだった。

あいつのさっきの言動。

間違いなく、総悟はチャイナが好きだったんだろう。

あんなに苛立ちを見せるなんて興味あるからこそだろう。

俺がした事は全部あいつの事を想ってやった事だった。

総悟が女を好きになるなんて珍しくて、俺はあんなバカな奴だからこそ、芽生えた気持ちを守ってやらなきゃなんて思ってた。

それが間違ってたんだよな。

バカは俺の方だった。

赤ん坊でも、いい加減ガキでもないあいつにワザワザ世話焼いてやることはなかったんだ。

俺は階段を駆け上がると、薄いアルミのドアを開け屋上で寝転がる総悟を見つけた。

いつものふざけたアイマスクと、耳からは伸びるコードが見えており、俺の存在には気付いてねェはずだった。

だが、俺が隣にしゃがみこもうとした時だった。

 

「マヨネーズくせぇんだよ」

 

アイマスクをずらして俺を見る奴の視線が冷たく突き刺さった。

俺は用意していた言葉をあっさりと忘れてしまった。

 

「ふざけんな。テメェが分かるほど今日はマヨネーズ使ってねェんだよ!」

 

直ぐにまたアイマスクを着けると総悟は俺を視界から消した。

耳も貸さなきゃ、目も閉じる。

コイツには今は何を言っても通じない事が伺えた。

だけど、俺は言わずにはいられなかった。

俺は勘違いされたままで良いとして、勘違いで暴言を吐かれたチャイナはどんな気分だ?

普段なら掴み掛かるあのチャイナが真っ青な顔で震えていた。

それをコイツは知っても平気でいられるんだろうか。

確かめてみたかった。

俺は総悟の気持ちを。

ハッキリとさせたかった。

何もかも――

俺は寝転んでる総悟の胸ぐらを掴んで無理矢理に起き上がらせた。

その勢いで耳からイヤホンは外れ、割りとデカイ音量の音楽が漏れていた。

 

総悟はアイマスクを頭の上に上げるとウザったそうな顔で俺を見た。

 

「なんで俺がこんな仕打ちされなきゃなんねーんだよ」

「テメェ、本気でそう言ってんならな、俺はお前を殴らなきゃなんねェんだよ!」

「ふざけんのは味覚だけにしてくだせー。俺をあんな下らねー事に巻き込むんじゃねぇ」

 

シラケた顔で俺を見る奴の目は、どういうワケか少し楽しそうに見えた。

意味がわかんねェんだよ。

 

「テメェが吐いた暴言のせいでチャイナがどう思ったか考えねェのかよ。勘違いされた上にテメェに暴言吐かれてよ、お前マジで嫌われんぞ」

 

その言葉にそれまでヤル気を見せたなかった総悟が途端に殺気立つのが分かった。

 

「何が言いたいかハッキリ言ったらどうなんでさァ。勘違いって何の話しだか。俺はただ不特定多数の男とフラフラしてるアイツが……不潔だと思っただけだ」

 

その言葉に俺の中の何かがプツリと切れた。

本心で言ったか知らねェが、テメェがチャイナについてとやかく言えんかよ!

俺は気が付くと総悟に殴り掛かっていた。

ズサッと倒れたアイツがいて、俺の右の拳が痛みを伴っている事に気付いた。

我に返った俺は総悟に声を掛けようと近付いた。

 

「グハッ!」

 

腹に痛みを感じ、直ぐに次は背中に痛みが走った。

総悟は既に俺の上で胸ぐらを掴んでいた。

それに黙ってやられてる程大人しくなかった俺は、総悟の手を掴むと胸元から引き離した。

 

「口の中が切れてらァ。土方さん、あんたマジだな」

「テメェこそ、二発入れるたァ反則だろ」

 

口の中の血を吐き捨てた総悟は口元を袖で拭うと、俺をニヤリと見た。

それに背筋が寒くなるのが分かった。

 

「土方さん、あんた何か勘ぐってんだろうが、別に深い意味なんてねぇよ」

「テメェこそ、あの写真見て何を思ったが知らねェが、ただチャイナが間違えて持って帰った俺の教科書を取りに行っただけだ。」

 

総悟はまた空を仰いで寝転ぶと、目を閉じて話し始めた。

 

「自分で気付いてないかもしれねぇが、そんな熱くなってマジになって。好きなんだろ」

 

その言葉は俺に向けて言っているのだろうか。

それにしては力なく、弱々しく聞こえた。

さっきまでの強気な姿勢は影を潜めたようで、どこにも見当たらなかった。

俺は隣に座ると普段は我慢していた煙草を加えた。

そして、ただ黙って話を聞いた。

 

「俺にはわかりまさァ。大して女に興味ないアンタがチャイナだけは……特別だろィ」

 

俺は何も答えずにただ煙を吐いていた。

とっくに授業は始まっていて、校庭は静かだってのにアイツの声は全くって程響かなかった。

 

「桂にアンタに銀八……随分と守備範囲が広いな」

「そこにテメェは入ってねェみたいだな」

「フン、その顔触れに並べられちゃたまんねでさァ」

「そうだな。女にモテるもんな」

「…………」

 

明らかに不機嫌になった総悟に、俺は反撃のチャンスかと煙草を消した。

 

「女にモテると言われて、機嫌が悪くなる奴も充分“その顔触れ”の仲間だろ。それよりテメェはチャイナにとって自分だけは特別でいたいのかよ。大丈夫だ。悪い意味でテメェは特別だろうよ」

「二発入ったこと、まだ根に持ってんのかよ」

「チャイナの顔見たか?あの白い顔が真っ青だったぜ。どSもここまでくれば勲章もんだな」

 

総悟は自分でもう気付いてるはずだ。

チャイナにだけ感情が掻き乱される理由。

他の野郎を許せねェ理由に。

総悟はもう何も言わなかった。

もう、気付いてるはずだ。

そう、全部に。

 

「譲るとかそんな話しじゃねェ。ただアイツを救ってやれるのはお前だけなんだよ。ずっと見てきたから分かる」

 

いつだって、チャイナはお前だけを真っ直ぐに見つめてた。

俺じゃダメなんだよ。

あの日、チャイナの家に行った時もそうだ。

明らかになんか悩んでるあいつに、俺は何も言ってやれなかった。

気の利いた言葉で励ましてやる事も出来なけりゃ、どっかの馬鹿みたいにケンカを吹っ掛けて転げ回ってやる事も出来なかった。

俺は遠くから見てるしかなかった。

冷静に頭が働けば働く程に気軽には近寄れなくて、総悟の事が頭に浮かんで仕方がなかった。

だから、俺はいいんだ。

とにかく今はあいつを苦しめる犯人を捕まえて、あいつの味方でいてやる事。

それしか出来なかった。

 

「今、素直にならねェでいつなるよ。妬いてあんな暴言吐いたこと、本当は味方でいてやりてェこと。言ってやれよ」

 

俺は総悟に背を向けるとアルミの薄いドアを開け、屋上を後にした。

少し喋り過ぎたか。

だが、後悔はしてなかった。

アイツにはあれくらい言ってやんねェと伝わらない。

それが言えるのも俺くらいのものなんて思っていたりもした。

ここから先はあいつの行動しだいだ。

とりあえず、俺のやるべき事は終わった。

後は犯人を暴いて捕まえてやるだけだ。

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16.days

 

私は次の日、学校を休んだ。

どうしても家から出たくなくて、熱でも出ないだろうかなんて思っていたら本当に熱が出てしまった。

 

「38度かぁ」

 

私はパジャマ姿のまま居間に行くと、銀ちゃん先生に電話を掛けた。

 

「うん、だから休むアル」

「そうか。学校終わったら寄るけど何かいるか?」

「いいヨ。また何か言われるネ」

「風邪引いて休んでる生徒ん家に家庭訪問なんて、教師の仕事だろ」

「うん、そうアルナ。じゃあ、プリン食べたいネ」

 

銀ちゃん先生は相変わらず心配してくれていて、やっぱり凄く安心出来た。

でも、昨日の帰り際に言われた事が引っ掛かっていて、何となく緊張しながら話していた。

 

「じゃあ、待ってるネ」

 

そう言って電話を切った私はとてつもなく寒気を感じた。

熱が少し高いのもあるかもしれない。

だけどそれだけじゃない。

居間の入口に立っている神威のせいだった。

久々にこんなに明るい時間に顔を合わせて、私もびっくりしたけれど神威も驚いてるみたいだった。

 

「学校休むの?」

「オマエこそこんな時間まで家に居て良いアルか?」

 

神威は面倒臭そうに髪を結いながら私を見ていた。

 

「俺が何しようがオマエに関係ないだろ」

「学校行くためにここに来たんじゃないのかヨ!」

 

神威に何があったか分からなかったけど、学校に行かない事は私にはすごい罪に思えた。

何のために日本に来たのか。

私は神威が退学させられるんじゃないかと心配になった。

そう言えば神威に対して緊張はしてるけど、そんなに怖くなくなっていた。

時間の経過のお陰か、それとも明るい陽射しのお陰か、理由は全く分からなかった。

神威は髪を結い終わると、台所で牛乳を飲んでいた。

そして、フラッとどこかへ出掛けて行った。

学校じゃないのは明白だった。

制服を着てなかったから。

私はとりあえず何か食べようと冷蔵庫を開けたけど、何も入ってない事に目が回りそうだった。

違う。本当に目を回して倒れてしまった。

 

「あれ?」

 

目を覚ました私は自分の部屋のベッドにいて、台所で倒れてからの記憶が無かった。

額に置かれているタオルが生ぬるく、熱がだいぶ高いみたいだった。

 

「グルルルル」

 

それでも胃腸は元気らしく、朝ご飯を食べてない体は限界が来ていた。

怠いけど何か買ってこなきゃ。

そう思って体を起こした時だった。

部屋に神威が入って来た。

 

「えっ!」

「えっ?タオル替えないと」

 

驚いた私に、更に驚いた神威は不思議そうな顔をしていた。

手には絞られたタオルを持っており、その言葉のまま額のタオルを取り替えに来たようだった。

どうやら神威が倒れていた私をベッドまで運んだらしく、私の看病をしてくれていた。

でも、確か神威はどこかへ出て行ったはず。

意味が分からないでいると神威は言った。

 

「雑炊作ったけど食べる?」

 

話を聞けば、神威は食料品を買いに出て行っただけだった。

私は神威の言葉に素直に頷いた。食べたいと。

そんな私にどこか嬉しそうな神威は、お盆に乗せたいい匂いの雑炊を持ってくると、自分は椅子に腰掛けて私に食べさせようとした。

さすがに驚いた私はそれを断った。

 

「自分で食べられるネ」

「倒れてた癖に。こんな熱いもの持って溢したら大変だろ?」

 

確かに私の体はフワフワしていて、頭はボーッと熱かった。

ホラ、とレンゲに乗せた雑炊を神威は息を吹きかけて冷ますと、私の口へと運んだ。

いい加減、ガキじゃないのに。

だけど、神威の兄貴らしいところが久々に見れて、私は何だか嬉しかった。

 

 

すっかりキレイに雑炊を食べ終わった私は、神威が絞ったタオルを額に乗せて、また体を横にした。

神威は私に布団を掛けてくれて、そんな光景に何だか胸が温かくなった。

 

「あ、ありがとナ」

 

私は何となく照れ臭くなりながらそう言うと、神威は少し驚いた顔をした。

そんな神威と私は昔に戻ったみたいだった。

私は優しい兄ちゃんが好きだった。

あの日々が戻って来たみたいだった。

でも、私は神威の首に不穏な傷痕を見付けてしまった。

多分、あれはキスの痕。

最近、夜に出掛けるようになった事。

こないだのお酒を飲んで帰って来た日の事。

神威がやけに髪を解くようになったのは、これが原因だと思った。

 

「彼女いるアルか?」

 

私は口から勝手に出た言葉に驚いた。

もちろん、訊かれた神威はもっと驚いた顔をしていた。

私の視線に気付いたのか、首元をさりげなく隠した。

 

「お前こそ彼氏はいないの?」

「私はいたとしても、そんな事――」

 

急にあの雷の夜を思い出した。

首元に這わされた舌の感触、荒い呼吸、抗えない力。

私は心臓が激しく脈を打ち、目眩がきつくなった。

 

「出ていって!」

 

それには神威も何も言わずに部屋を出て行った。

バタンと静かにしまった戸が、私達の間を隔ててる壁みたいだった。

戻れると思ったのに。

戻れそうだったのに。

多分、神威はもうあんな事はしないように見えた。

確信はないけど、そう感じた。

なのに私は歩み寄ろうと頑張ってる神威をまた拒絶してしまった。

兄ちゃんの事は嫌いじゃないのに……

私はまた息が苦しくなった。

でも、神威は恋人を作ったから少し落ち着いたのかな。

だったら私も恋人が出来たら、何か今の状況が変わるのかな。

そんな事を考えた。

そのせいで、昨日、ヅラに言われた言葉が頭に浮かんだ。

 

“付き合ってみないか”

 

興味はあった。

付き合うってどういう事?

キスってどんな感じ?

だけど、誰かを好きだとかって気持ちは――

私が想像してるよりも、楽しくて幸せな気持ちとは程遠かった。

昨日、サドに言われた言葉は私を粉々に砕いた。

どうでも良い人間の言葉なら、私はこんな寝込む事もなかった。

多分……じゃなくて、絶対に私はサドが好き。

あんなにケンカして、ムカついて、だけど構っていたくて。

素直に好きなんて絶対に言いたくないのに。

アイツの隣に居たいって思う気持ちは強かった。

なのに、もう嫌われちゃったから、それも叶わないんだろうか。

もう、二度とサドと触れ合えないのかな――

私は布団に潜って声を押し殺して泣いた。

久々に涙を流した。

色んな事がありすぎた。

いっぺんに私にのし掛かって来て、生き埋めになってしまいそうだった。

誰かに助けて欲しかった。

少しだけど、誰でもいいなんて思ってた。

それくらい、もう限界だった。

きっと、優しく手を差し伸べられたら、すがってしまいそうで。

そんな私はやっぱり弱いのかな。

頭が痛いアル。

とにかく今日は何も考えず、ゆっくり休もうと私は目を閉じた。

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