13.days
今日は昼休みに銀ちゃん先生に呼び出されて、私は先生の居る準備室へ向かった。
準備室へ入れば、先生は既にお昼を食べ終わっていて、窓際で煙草を吸っていた。
「何アルかぁ、暇そうアルナ」
「何じゃねぇよ。あれからどうよ?兄貴」
「まぁ、会話はないし、会うこともあまりないから大丈夫アル」
「だったら良いけどよ」
あれから家への電話は全然ないけど、先生は私の事を心配してくれていたみたいで嬉しくなった。
先生は窓の縁に腕を置き頬杖をつくと、ボンヤリと中庭を眺めながら言った。
「ガキ共は気楽でいーね」
「先生も充分、気楽そうネ」
「馬鹿言っちゃいけねぇな。俺がどんなに重いもん背負ってるか」
そう言った先生の背中がとても寂しそうなものに見えたから、私は躊躇わずそれに寄り掛かった。
温かくて、大きくて――
いつも私の味方でいてくれる先生だから、私も先生の力になりたいって思ったんだ。
「だったら半分くらいは私も背負ってやるアル」
すると先生はクスッと笑った。
「テメーのその小せぇ背中でそれ以上、何背負えるってんだよ。テメーの背中借りるくらいなら……潰れる方がまだマシだ」
そう言って煙草を口に加えた先生は、私の頭を軽く撫でた。
だからきっと頼りないって意味でそう言ったんじゃないんだね。
すごくそれに安心できた。
「なぁ、神楽。お前、彼氏作る気ねぇの?」
突然、何の前触れもなく先生がそう言って私は少し驚いた。
なんて答えればいいんだろう。
慣れない質問にいつもみたいに軽い感じで答えられなかった。
「つーか、もういたりすんの?」
「えっ?」
サドにも言われたけど、もしかして先生もヅラと私が付き合ってるって思ってるのかな。
私はブンブンと首を横に振った。
「だよな。じゃあ好きな奴は?いんの?」
私はこういう質問は苦手だった。
嘘がヘタなのもあったけど、何よりも恥ずかしくて、少し自分でも幼いのかなと思っていた。
黙り込む私に先生は煙草の煙を吐き出すと言った。
「って事はいるんだな」
「違うヨ!いないアル!」
急いで否定をしてみたけど、変に空元気な私の声が部屋に響き、余計に怪しかった。
「別に隠すもんでもねぇだろ。それくらいの歳なら、好きな奴の一人や二人いんだろ」
「……あっ、でも先生のこと好きアルヨ!銀ちゃん先生こそ彼女いるのカヨ」
先生はそれまでダルそうな顔で窓にもたれかかっていたけど、急に姿勢を正すと私の目をしっかり見た。
そんな先生は初めて見た気がして、私もヘラヘラ笑ってた顔を元に戻した。
「そう言う冗談ノリの好きとかいらねーし」
「えっ、怒ってるアルか?別に冗談じゃないヨ」
「じゃあ、キスやHが出来んのか?」
先生は真面目な顔でそう尋ねてきた。
私を見つめる瞳は真剣で、少し苛立っているのを感じた。
「意味わかんねーヨ」
「だから、出来るか出来ないか聞いてるだけだろ。まぁ、俺はお前とは出来ないっつーか、したくねぇっつーかぁ」
「なんだヨ!益々分かんないネ!」
銀ちゃん先生が私になんて答えて欲しかったのか、全然分からなかった。
その前になんでこんな質問をしたのかが理解出来なかった。
「そんなんだから彼女出来ないネ!」
「うっせぇ!誰彼構わず好きとか言うんじゃねぇ!女はスグに好きでもねーのに、メールにハートマークとか入れて気を揉ますからな」
「私に全然関係ないネ!それに誰彼構わず言ってないダロ!」
そう言ったら先生は急に大人しくなった。
「ガキは気楽でいーよな。ホラ、休み時間終わんぞ。行った、行った」
そう言って先生は私を準備室から追い出した。
急に追い出された私は少し怒っていたけど、確かに昼休みはあと少しで終わりそうだった。
出ていく間際に見た先生の顔は勝負に負けたような、どこか悔しそうな顔に見えた。
「そういう好きじゃねぇんだよ。そういう好きじゃ……」
先生が一人でポツリと呟いたその言葉は、昼休みの廊下を駆け抜ける私の元へは届かなかった。
「神楽ちゃん」
教室へ戻ると新八が私に声を掛けた。
「何アルか?」
「さっき、近藤さんが捜してたんだけど、教室に戻ってきたら二階の会議室に来るように言って欲しいって」
「私アルか?」
何の用事だろう。
ゴリが私に用事なんて滅多にない事だった。
私は疑問に思いながらも、まだ休み時間に余裕があったので会議室へと向かう事にした。
「オイ、人をこんな所に呼び出すとは何事ネ」
ゴリが待っていた部屋は、風紀委員が普段活動に使っている会議室らしく、何となく運動部の男子の部室のような感じだった。
一人で私を待っていたらしく、他には誰もいなかった。
手元には茶封筒が一通あり、それが用件なんだろうとスグに分かった。
「そんな飾りっけのないラブレターお断りアルヨ」
そう冗談で言った私にゴリは苦い顔をした。
図星だったのかな。
もしくは全然違う――
ゴリは厳しい表情をすると、いつになく真面目な声色で私に言った。
「実は俺に……風紀委員宛にこんなものが届いてな」
ゴリが私に見せたのは、更なる問題を収めた数枚の写真だった。
今朝、ゴリの下駄箱に一通の茶封筒が入っていた。
差出人もなく、下駄箱に入ってる事からゴリも初めは、飾りっけのないラブレターと思ったらしい。
舞い上がる気持ちを抑え、トイレの個室に駆け込んだ。
そして、ゆっくりと封筒の中を覗いてみると――
「こんなもんが入っててな。まだチャイナにしか見せてねぇ」
私は震える心臓で三枚の写真を手に撮った。
一枚目は私とヅラが教室で勉強をしてる写真だった。
だけど、悪意に満ちたアングルで、私とヅラがまるで見つめ合ってる様に見える写真だった。
二枚目は銀ちゃん先生と私がコンビニで買い物してる写真だった。
これはこないだの張り紙の件もあり、誰かに見られれば疑われても仕方がなかった。
そして最後の三枚目は、私の家からトッシーと2人で出てきてる写真だった。
「誰が一体……」
「あと、こんなもんも一緒に入ってた」
ゴリに手渡されたそれは、パソコンで印刷された文章が書かれてる紙だった。
“風紀委員の皆様へ。同封した写真の通り、3zの神楽と言う生徒は不特定多数の男性と交際をしており、当学校の風紀を乱す、不健全な生徒です。直ちに退学又は男性との一切の接触を禁じるべきではないでしょうか。仮に風紀委員の皆様がそれらの処置を施さない場合は――学校全体で問題に取り組める様に、これ以上の写真をばら蒔きます”
書かれていた内容に、さすがの私も体を震わせずにはいられなかった。
一体、誰が。
やっぱり、つけられていたのは本当だったアルか。
「とりあえず、トシも呼んだ。さすがに他人事じゃねぇだろうし。ここに書かれてる事について俺は何を言えばいいか分からんが、俺はちゃんと説明が欲しい」
「……分かったヨ。でも、この中の誰一人付き合ってないし、これを撮った奴が思ってるような関係じゃないネ」
ゴリは頷くとトッシーが来るのを2人で待った。
それから直ぐにドアは開かれてトッシーが入って来た。
「なんだよ近藤さん。チャイナも居るなんて聞いてねェ」
「まぁ座れ」
長机とそこに並べられた椅子。
ゴリと対面する形で私とトッシーは並んで座らされた。
まるで警察にでも取り調べられる様に話は切り出された。
「トシ、これを見てくれ」
トッシーは机の上に置かれた写真と文章の書かれた紙を食い入る様に見つめていた。
「そりゃ、お前とチャイナで間違いねぇな?」
「ちょっと待てよ、近藤さん!これは一体なんのつもりだ!これは偶々チャイナん家に教科書を取りに行っただけで……まるで毎日出入りでもしてるような言いぶりだな。どこのバカの仕業だ!何が退学だ、くだらねェ!」
トッシーは苛立ってるのか声を荒げて話していた。
無理ないネ。
でも私は怒りよりもずっと恐怖の方が強かった。
誰かに憎まれてる。
一体、誰に……?
退学なんて事になったら、私はどうすればいいんだろう。
それに、一緒に写真に撮られた奴等は何一つ悪くない。
私のせいでコイツ等にまで迷惑を掛けてしまった。
私は罪悪感から、ただ下を向く事しか出来なかった。
「この犯人の方がずっと風紀を乱してんだろ!チャイナをつけ回して。完璧にストーカーだな」
「いや、俺はお妙さんだけしかストーカーしてないからね!それに俺のストーカー魂に誓って俺はこんな悪質なことしないからね!」
「確かにそうネ。ゴリはこんな陰湿じゃないけど、もっと厄介なストーカーネ。私、ストーカー捕まえたいアル」
自分の安全な生活を取り戻す為にも、私はストーカーを捕まえたかった。
何より、誰が何の為に。
それを暴きたくて仕方がなかった。
「そう言うと思ってた。チャイナならな!」
ゴリは少し頼もしい顔でニヤリと笑った。
「とりあえず、既にザキと総悟も呼んである。人数は多い方がいいだろ!風紀委員でこの犯人、絶対に捕まえてやる!」
頼もしい言葉なのに、私の心臓は痛みを感じた。
サドも呼んでる?
ここにある写真は全て偶々撮られたもので、文章の内容もでたらめなのに、私はそれをサドには見られたくなかった。
「いいヨ、私達だけで何とかなるネ」
「近藤さん!そ、総悟は関係ねェだろ!アイツに見られちゃ――」
「なんでィ。土方さん。そんなに俺に見られちゃマズイもんでもあんのかよ」
部屋の入口には不敵な笑みを浮かべたサドが立っていた。
ツカツカとこっちへ向かって歩いてこれば、机の上に散らばってる写真に手を伸ばした。
「へぇ、随分とたぶらかしてんだなチャイナ。で、これの何が俺に見せちゃマズイって?」
そう言ったサドは私を蔑んだ目で見ていた。
違う!私、違うネ!
泣き出しそうな私に、更に追い討ちをかける様にサドは言葉を吐き捨てた。
「淫乱女」
その侮辱の言葉にガタンと椅子の音を立てて立ち上がったのは、私じゃなく隣に座っていたトッシーだった。
「総悟、チャイナに謝れ」
立ち上がる事も出来ない私は、詰め寄る2人を息を飲んで見ているしか出来なかった。
今にも殴り掛かりそうな2人をゴリは引き離すと、強い口調でサドに言った。
「お前はこの件には参加しなくていい!チャイナに謝るなら話は別だが」
ふて腐れた顔のサドは私をチラリと見たものの、全く反省してる素振りは無かった。
そして、結局何も言わずに会議室を飛び出した。
「総悟!」
ゴリは出て行ったサドに驚いていた。
アイツが私に謝ると思ってたのかな。
苛立った面持ちで椅子に座ったトッシーを見れば、ポケットに手を突っ込んだまま、うつ向くように背もたれに体を預けていた。
「チャイナ、すまなかった」
ゴリが私に謝った。
サドの代わりアルか?
「いいネ、別に」
ゴリに謝られたところで、私のこの張り裂けてしまった心が元に戻る事はなかった。
トッシーも少し苦い顔をしていて、私と同じ気持ちに見えた。
私に謝りたくなかったからサドは出て行ったんだろうか。
それとも、あの言葉通り、私を軽蔑して気持ち悪くなって出て行ったんだろうか。
昨日、売店の前で2人で交わした会話や、笑いあった事が遠い昔のように感じた。
「なぁ、チャイナに何か処罰を施さねェと写真をばら蒔かれるんだよな?」
トッシーは真剣な眼差しで文章の書かれた紙を見ながら言った。
「私、トッシーともヅラとも先生とも何もないし、ばら蒔かれちゃ困る写真を撮られてるとも思えないネ。他の写真もたぶんその三枚と変わらないヨ」
「いや、いくらでも手を加えて、ありもしない事実を作る事だって出来る。まぁ、脅しってところだろうな」
「チャイナ、お前の周りを暫くザキにうろつかせようと思う。尾行を尾行させるって手立てだ」
「分かったアル」
いい案だろと言わんばかりの顔で言ったゴリだったけど、また直ぐに腕を組んで何か考え込み始めた。
そして、厳しい表情で私を見た。
「しばらく、男子と関わらない方が良いのかもな。この事は俺達から銀八には伝えるし、桂は――」
「ヅラには私が言うヨ。元々ただ勉強してるだけアル。やましい事なんてないネ。家に誰か入れたりしない限り、大丈夫ヨ。たぶん」
私はそんな事よりも、もうずっとずっとサドの事だけが気になっていた。
嫌われたのかな。
そんな言葉だけが頭の中をグルグルと回って私を苦しめている。
絶対にサドの誤解をときたい。
写真は事実だけど真実ではない。
それを分かってもらいたい。
でも、きっと無理かな。
私はゴリとトッシーより一足先に会議室を出るも、3zの教室へ向かう事が出来なかった。
すれ違い始めた私達はどんどんと離れて行き、言葉を交わすことも難しくなって行った。
サドがなんであんな酷いことを口走ったのか、私はどうしていつもみたいに飛び掛かれなかったのか。
分かり始めたハズなのに、触れ合えないもどかしさに私は胸が詰まりそうだった。
そんな事を思いながら教室へ戻るとサドはいなくて、私とサドの机の距離はもう二度と埋まる事はないように思えた。
放課後、いつもの様に私はヅラと2人で国語の教科書を覗いていた。
だけど、頭になんて全然入らないし、誰かに見張られてるかと思うと、普段のように振る舞えなかった。さすがのヅラもそれには気付いたらしく、手に持っていた赤ペンを置いて訊いてきた。
「具合でも悪いのか?」
「ううん。そうじゃないネ」
「だが、全然手に付かない様に見えるぞ」
私はヅラに話さなきゃいけない事があるのに、気分が重く切り出せないでいた。
でも、いつまでも黙ってるワケにもいかないから、私は静かに例の写真を取り出すと机の上に置いてみた。
ヅラはそれを目を細めて眺めるとゆっくり手に取った。
「これは盗撮か」
「うん」
「まだ懲りずに。こんなものまで」
“まだ”と言ったヅラに私は疑問に思った。
何が前にあったんだろう。
私がそんな事を思っているのが分かってるか、ヅラは話し始めた。
「前に一度訊かれてな。俺とリーダーが交際してるのかと」
「オマエもね!」
私はまさかヅラ本人の耳に入ってるとは知らなかった。
だってそれに関して何も言ってこなかったから。
もしかして、気遣ってくれたアルか?まさか……
「リーダーの耳に入っていたとはな。くだらぬ事と思い相手にしてなかったが、まさかこんな事にまで発展するとは。この写真はどこで手に入れた?」
私は昼休みに会議室であった事を話した。
他にも写真があったこと、印刷された無機質な文章、陰で犯人を突き止めるべく風紀委員が動いていること。
ヅラはその話を聞くと、首を傾げながら目を瞑って考え込んだ。
私には無い考えをヅラなら持ってるはず。
巻き込んでしまって申し訳なかったけど、銀ちゃんの次に相談出来る相手だった。
ヅラは静かに目を開けると真面目な顔と声でこう言った。
「噂ではなく、本当に俺と付き合ってみないか」
あまりにも突然で唐突で、今までにないくらい真剣な雰囲気に私は呑まれてしまいそうだった。
熱くなる顔と落ち着かない心臓が何を表しているか分からなかった。
「正式に俺と交際していれば、放課後に2人で何してようが文句は言われん。それに俺がリーダーを……守る事だって出来る」
「いっ、いいヨ。これ以上迷惑掛けられないアル」
「これも自らの行いが招いたこと。俺も一因ではある。リーダーこそ迷惑じゃなければ、俺は交際したいと思ってる」
そんな事を恥ずかしげもなく、私の目を真っ直ぐに見て言うから、これがどこまで本気なのか私には分からなかった。
交際したいって言うけど告白には全然聞こえないし、でもふざけてる様にも見えなくて。
「付き合うって……ちゅうとかするアルか?」
「リーダーが望めばな」
「私は、そんなのいいアル!全然しなくていいアル!」
「俺はただ、自分の責任を取りたいだけだ」
その言葉で分かったけど、ヅラの言う交際には“恋愛感情”が無かった。
割り切った考え方が出来るなら、私も自分の身を守る為にヅラと交際するべきなのかなと思った。
「もし仮に俺と交際する事になれば、他の男子との接触は断つ方がいい。俺と交際した上に、他の男子とも交友関係があるのがバレると、更にエスカレートする危険性があるからな」
「でも、その代わりにオマエが守ってくれんダロ?」
「あぁ。それは約束する」
ヅラが考えるに盗撮の犯人は、私が多数の男子と仲良くしてるのが気に入らない人間だろうとの事だった。
それだったら、いっそのこと誰かと付き合ってしまって、一人の男子に絞れば相手も大人しくなるだろう。
そう考えていた。
でも、私はいくら頭でそれがいい作戦だって分かっていても、誰かと交際なんて心臓が破裂しそうだった。
ましてや、友達と思ってる人と付き合うなんて、どうしたら良いか分からなかった。
「やっぱり、自分でどうにか出来るヨ。付き合わなくたって、他の奴等と必要以上に仲良くしなかったらいいだけだし」
ヅラは少し黙って私を見ていたけど、フゥっと息を吐くとそうかと言って視線を逸らせた。
ヅラの気遣いはすごく嬉しいけど、誰かと付き合うなんて私には想像出来なかった。
それでも、ヅラの優しさに、いつもにはない気持ちになった。
「おい、お前そろそろ帰れよ」
銀ちゃん先生が珍しく放課後の教室へ入って来た
それに気付いた私達は教科書をパタンと閉じた。
「今日はもう終わろう」
その言葉を合図に鞄を持って教室を出ると、すれ違い様に先生は私に小さな声で言った。
「付き合っちまえば良かったのにな」
私は鼓動を速める心臓に胸を押さえると、早足で下駄箱まで降りて行った。
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