next [MENU]

11.days

 

爽やかな朝の教室も、今日の私には最悪だった。

昨日の喧嘩以降、サドと私の机の距離は必要以上に空いていた。

もちろん、私だっていつまでもガキじゃないから、アイツが謝ってきたら許すつもりでいた。

なのにアイツは謝るどころか私にこんな事を言った。

 

「よぉ、桂神楽さん」

 

どこの落語家アル!

私はその言葉に青筋を立てた。

 

「いつまで下らない事を覚えてるアルか!オマエとは同じ空気も吸いたくないネ」

「じゃあ呼吸するなよ。絶対に俺の出した二酸化炭素吸うなよ」

「キモいアル!」

 

そして、いつもの取っ組み合いになった。

でも、なんだか少しホッとしている私がいた。

なんて言うか、隣の席だしいつまでもツンケンしてるのもしんどいし。

こうして面と向かってケンカ出来るのは、見えない相手と闘うよりもずっと気楽だった。

揉み合って教室の隅で倒れた私達は、口で罵り合う程憎み合ってなかった。

目で分かる。

何度も今までぶつかって来たから、サドが本気じゃない事も、私がもう止めたがってる事も、お互いに伝わってるはずだった。

 

「ホラ、授業始めるぞ」

 

銀ちゃん先生が教室へ入って来て、私とサドの絡まっていた体はようやく離れた。

 

「神楽、高校生にもなってやめとけ。パンツ見えるぞ」

 

先生は席に着いた私の横を通り際にコソッと言った。

何となくそう言った先生の視線は冷たくて、私は次にケンカする時にはスカートの下にジャージを穿こうと思った。

 

 

昼休みに私は売店へと向かった。

持ってきたお弁当だけじゃ全然足りなくて、パンか何かを買おうと思っていた。

売店では人気の焼きそばパンの争奪戦が繰り広げられており、私も参戦しようかと腕捲りをしてる時、頭の上に何かが乗った。

 

「焼きそばパンならここにあるぜ」

 

見れば馬鹿サドがどういう風邪の吹き回しか、私の頭の上に焼きそばパンを乗せたのだった。

驚いた顔で私が見ていると、サドはいらないのかと聞いてきた。

なワケないダロ!

私はサドから焼きそばパンを奪うと、近くのベンチへ腰を掛けた。

ギシッと音を立てたベンチは、私とサドの体重を何とか支えていた。

 

「何でくれたネ?」

「ごちゃごちゃ言うなら俺が食べるからな」

「!」

 

私は急いでパンを頬張った。

それをサドは何処と無く嬉しそうな顔で見ていた。

やっぱり、ヘンな奴。

サドの魂胆は分からなかったけど、少しは昨日の事も今朝の事も反省してるのかなと思った。

 

「本当に食い意地張ってんな」

「うっさいネ。パンも私に食べてもらえて幸せアル」

 

サドは紙パックのジュースにストローを刺しながら適当に返事をしていた。

不思議だけど、サドに対する苛立ちなんてすっかり消えていて、今も同じベンチに腰掛けてる事が凄く自然だった。

私もパン一つでスゴく単純なのかもしれないけど、サドもいつもならこんな事しなかった。

いつものケンカと何かが少し違ったのかな。

 

「噂になってんのは知ってんのかよ」

 

突然言ったサドに私はパンを喉に詰まらせた。

 

「んっ!んっ!くるひぃ!」

「オ、オイ!これ!」

 

サドは私の口にストローを突っ込むと、自分の飲んでいたジュースを勢いよく押し出した。

 

「ゴホ、ゴホ、鼻に入ったダロ!」

「助けてもらってそりゃねーだろ」

「オマエが変な事言うから……」

 

サドが言った“噂”って銀ちゃん先生と私の事なのかな。

思わず口を滑らせてしまいそうだったけど、スグに口をつぐんだ。

 

「変な事じゃねぇ。結構噂になってるらしいぜ。桂と付き合ってるんじゃねぇかって」

 

私は思わずベンチから立ち上がった。

まさかそんな噂が流れてるなんて知らなかった。

勝手にサドが言ってるだけだと思っていた。

 

「オマエ、それ信じてるアルか?」

「家にも連れ込んでんだろィ」

「誰が言ってたアルか!ヅラが家に来たことなんてないし、全く全然、付き合ってもいないアル」

 

否定した私の言葉は力強くて、はぐらかしたり嘘を吐いたりしてるワケじゃない事が充分伝わったと思う。

サドは私からパックジュースを取り上げると、ストローを軽く噛みながら言った。

 

「悪かったな」

「別にもういいヨ。その代わりもう言うのやめてよネ」

 

サドが小さく頷いたから私も全部許してやることにした。

それにしても、何でヅラと私がそんな仲だって噂が流れるんだろう。

一緒に勉強してるから?

ただ、それだけで?

噂って……サドはなんでそれを信じたのかな。

ベンチに座る私達の距離はいつもよりも離れているのに、ずっと傍にいるように思えた。

いつも隣に居て慣れてるはずなのに、何となく落ち着かない。

そう言えば――

 

「あっ」

「なんだよ」

 

さっき、アイツと間接キスしちゃったネ。

私はそれに気付いた途端、顔が熱くなるのが分かった。

サドを見れば、私がさっきまで口を付けていたストローを特に何も変わりなく加えていた。

サドは何にも思わないのかな。

私だけがなんか意識してしまってるのかな。

それもそうか。

サドはわりと女子に人気があった。

だから、私とのソレなんて何ともないんだろうな。

 

「何でもないアル」

「ふーん」

 

サドの整った顔と運動神経の良さは女子に人気があるらしかった。

私の周りの友達にはいなかったけど、たまにサドといる時に感じる視線がそれを表していた。

今だって遠巻きに眺めてる女子のグループがいくつかあって、さっきから少し落ち着かなかった。

 

「オマエこそ知ってるアルか?」

「何を?」

「さっきから女子が見てることネ」

「どうでもいいや」

 

サドは飲み終えた紙パックをゴミ箱に投げ捨てると立ち上がった。

そして、私を見下ろすと少し柔らかく笑った気がした。

その顔を私はどんな風に見てたのか。

サドからはどんな風に映ってるのか。

サドの背中をそんな事を思いながら見送った私は、ゆっくりベンチから立ち上がると教室へ戻って行った。

二つの机はもうすっかりいつもの距離にあって、しばらく離れることはない。

私はそう思って午後の授業を受けたのだった。

 [↑]

 


 

 

 

[MENU]

12.記憶/神楽

 

何でもない日々は失ってから気付くのかな。

思い出せば思い出すだけ、あの日に帰りたいなんて思ってしまう。

少し前まで、私達は皆で笑いあってたのにネ。

 

 

「コラ!神楽ァ!」

 

私の早弁に気付いた先生が大きな声を挙げた。

急いで口の中にお弁当の中身を掻き込むけれど、怒られるのを避けられそうにもなかった。

先生は私の机の横に着くと頭をぺしっと軽く叩いた。

 

「証拠はしっかりお前の口の周りに残ってんだよ」

 

私は急いでポケットから取り出した鏡を見ると、先生の言う通り口の周りにはご飯粒が残っていた。

 

「先生ェ、これはお昼までとっておくつもりアル!」

「バカヤロー」

 

そう言って先生は私の顔へ手を伸ばした。

そして、私についたご飯粒を取るとペロリと食べてしまった。

 

「あああ!私の大事な昼食が!返すアル!」

 

そう言って先生に詰め寄るも勿論相手にはされず、そのまま何事もなく授業は再開した。

むくれた私が黒板を睨み付けてると椅子がガタッと揺れた。

椅子の脇には隣の席から伸びてきた足が置かれており、どこぞのドSバカによって椅子が蹴られた事を意味していた。

 

「なにアルか」

 

頬杖を付ながらこっちを見ている男にも一応人間らしい名前が付いていて、沖田と皆は呼んでいた。

でも、私は絶対にそれを呼んでやりたくはなかった。

 

「学習能力ゼロかよ。毎回毎回、授業中に早弁してお決まりのこのパターン。お前バカだろ」

 

こんな事を平然と言ってのけるから、私は絶対に絶対に名前を呼んでやりたくないアル。

 

「私はあえて授業中に食べてるアル。そんな事も分からないオマエがアホネ」

 

そう言って私は仕返しとしてサドの椅子を二回、ガッガッと蹴ってやった。

するとすぐに私の椅子はヤツに蹴られ、大きく体が揺さぶられる。

 

「オマエ……私を怒らせない方が良いアルヨ」

 

私はまた仕返しとしてサドの椅子を激しく一度蹴飛ばすも、サドは相変わらずの表情でそれに耐えてみせた。

 

「そんな蹴り方じゃあ甘いでさァ」

 

サドの足が私の椅子を蹴り飛ばす瞬間に私は椅子から下りると、軽くなった椅子は中に舞い上がり、真面目に授業を受けていた男子の隣にドスンと落ちた。

 

「……ありゃ」

 

私をはじめクラスの皆が驚いてると、椅子を蹴った当の本人は悪びれる様子もなくサラリと言った。

 

「残念……もう少し右に落とすべきだったかねィ」

 

それに青筋を浮かべた被害者男子はサドに向かって声を荒げる。

 

「テメェ!俺を殺す気かッッ!」

「土方さん、今度は外さないよう気をつけるんで、もう一度やらせて下せィ」

「ふざけんな!」

 

もう、こうなったら教室内はぐちゃぐちゃで、サドとトッシーのケンカの仲裁にゴリが席を立ち、銀ちゃん先生は誰も注目してないのを良いことに雑誌を読みだす始末だし、ここぞとばかりに空いた教壇に立ち熱弁を振るうヅラはいるし……

他にも色々とこの騒動に乗じて動き出す生徒が殆どで、こうなったら中々収拾がつかなかった。

だけど、私はこんな3zが大好きで、ずっとコイツらと騒がしく過ごしていけたらと思っていた。

この時、私は知らなかった。

こんな日常があんなに簡単に崩れてしまうなんて。

心なんてちょっとしたキッカケですれ違ってしまうなんて。

どんなに良い眼鏡を掛けてても、見えないものがあるんだって。

まだ何も知らない私は、賑やかな教室の一員だった。

ワクワクして二つ目のお弁当箱を取り出すと笑みを浮かべてみせた。

 

「これでやっとゆっくり味わえるネ」

 

私は次こそは味わって食べられると安心しきっていた。

それはとんだ誤算で、間違いだらけだった。

 

「神楽、アウトー。あと沖田、土方もな」

 

先生の声に教室は一気に静まり返った。

先生の方を見れば、廊下の方を指差したまま雑誌に夢中になっていた。

それはつまりどういう事かと言うと……

 

「テメェらのせいで俺まで廊下に立たされただろうが。どーしてくれんだよ!」

 

トッシーは私の頭上を通り越してサドを睨み付けた。

サドは私の隣で相変わらず悪びれる様子もなく突っ立っている。

私はそんな両脇のバカ共にため息が出た。

 

「私なんてケンカしてたわけじゃないのに立たされたアル。完璧オマエらのせいネ!どーしてくれるアルか?」

「お詫びに土方さんが面白いもん見せてくれるらしいぜ」

「ハァ?何勝手言いやがる!」

 

また廊下で掴み合いのケンカが始まって、それに気付いた先生がだるそうな顔を廊下の私達に向けた。

 

「神楽、何で止めねぇんだよ。ケンカやめねぇならな、お前ら全員国語1だからな」

 

先生はそれだけ言うとドアを閉め、また授業を再開した。

私は先生の言葉に理不尽さを感じずにはいられなかった。

なんで私がこんな目に合わなきゃならないネ。

 

「オマエらがケンカ続けると私はずっと留年して、母国にも帰れなくなって、仕方ないからどっちかのお嫁さんになるしかなくなって、日本に永住することになるアル。それでも良いならケンカ続けるヨロシ」

「…………」

 

すっかり大人しくなった両脇のバカ共を私は交互に睨み付けた。

サドはつまらなさそうな顔をして目を逸らせ、反対のトッシーはうんざりした顔をして額に手をあてていた。

 

「それで良いアル。オマエらもやれば出きる子ネ」

 

そう言って私はポケットにしまっていた小さな赤い箱を取り出した。

箱を開ければ酸っぱい匂いが辺りに立ち込め、私は中から一枚の酢昆布を取り出して口に加えた。

 

「……酸っぱいネ」

 

私の声だけが響く廊下はどこか肌寒く、気温まで下がってしまったのかと思った。

薄暗い蛍光灯が照らす灰色の壁に、センターラインが禿げてしまったウグイス色の廊下。

窓の外も太陽が顔を隠していて、パラパラと雨が降り始める。

少しだけ、騒がしかったさっきまでが恋しくなった。

サドをチラリと見上げれば、いつの間にか用意したアイマスクを付け、教室のドアにもたれていた。

こんな所でも眠れる神経を疑った。

いくら何でも立たされてる癖に寝るなんて、反省しないにしても程がある。

なんだか腹が立って、小突いてやろうかとゆっくりとサドの肩に手を伸ばそうとした時だった。

制服が引っ張られた気がして振り向けば、トッシーが首を横に振りながら私に止めておけと言っていた。

 

「また騒ぎでも起こしたら、さすがの銀八も今度こそは冗談で済ませてくんねェだろ。それとも、テメェはどっちかの嫁になる覚悟があんのかよ」

「な、何言ってるアルか!」

 

すっとんきょうな声を上げる私にトッシーは眉を寄せた。

慌てて教室を見れば嫌な顔をした先生がこっちを見てはいたけれど、特に何も注意はされなかった。

私はフゥと息を吐くと、下を向いて立ってるトッシーに近付いて小さな声で言ってやった。

 

「さっきのは冗談に決まってるダロ。誰が廊下立たされ隊の嫁になるアルか。それくらい分かれヨ」

 

これだからバカは困るネ!

すぐ真に受けてしまうから。

そう思って呆れた顔をしてる私を見るトッシーの顔は、私以上に呆れていた。

 

「なにヨ」

「いや……何でもねェよ」

 

トッシーが何を言いたいかなんて私にはちっとも分かんなかったけど、少しだけ息苦しさがマシになった。

それでも黙って静かになんて、私には息苦しい以外の何物でもなかった。

ケンカしてバカやってる方が私には居心地がいいのかななんて思った。

普通に会話が出来ない事もなかったけど、今までケンカばかりだったから“普通”の距離感が私には掴めなくなっていた。

まだこの学校に来て間もないけど、クラスにも馴染みだしたし、お妙ちゃんや九ちゃんも優しいし、何一つ不満なんてなかった。

なのになんでネ。

隣の男を見てるとイライラする。

小突いてやりたくて仕方なくなる。

アイマスクの下の表情がどんなものかは知らないけれど、それに“参った”なんて言わせたくなる。

そうやってモヤモヤしたよく分からない気持ちは、放課を伝えるチャイムと共に何処かへ運ばれた。

 

「ようやく座れまさァ」

 

そう言ってアイマスクを外したサドと目があった。

だけど、それは想像してるようなものとは全然違った。

本当に全然違った。

息が、鼓動が全て止まってしまうかと思った。

そんな事を思ってるなんて隣のトッシーにも勿論、サド自身にも……誰にもバレて欲しくなくて私は急いで教室へと戻った。

next  [↑]