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1.one day

 

トクントクンと鳴る心臓が、出会ったあの日を思い出させた。

期待と不安と少しの予感

見つめる先のあなたの瞳が急に柔らかい色を帯びる。

そんな優しく私を見ないで。

息が詰まってしまいそうヨ。

二人ぼっちの教室は広々としてるハズなのに、なんだかとっても息苦しくて、私は窓を大きく開けた。

風が強く吹き込んで、カーテンがフワッと揺れる

遮られる視界。

そして浮かび上がるあなたのシルエット。

“ずっと好きだった”

そんな言葉を呟くあなたに私の心臓が激しく震える。

今ようやく口に出せるよ

私も好きって――

 

 

 

ここのところ、放課後は専ら国語の教科書とにらめっこだった。

日本に来る前から日本語は勉強してたし、日常の会話も全然平気なのに、いざテストとなると……赤いバツ印があちらこちらにちりばめられていた。

 

「なんであんな紙一枚で今後を決められなきゃダメアルか。そんなの、婚姻届けだけで充分ネ!」

 

私は広げた教科書を見ながら、前回のテストで間違えた所を一つずつ、きちんと意味を理解しながら復習していた。

勿論、一人じゃない。

だからって先生が教えてくれてるワケでもなくて

担任の銀ちゃん先生は国語の教師なんだけど、いつも勉強を見てくれるのは髪の長い学級委員長――桂小太郎だった。通称ヅラ。

普段はふざけてるのか何なのかは知らないけど、間違った方へと一生懸命で、バカだななんて思ってるけど、こうして毎日のように付き合ってくれる所を見れば、中々イイ奴かもしれない。

 

正直、知らない事がいっぱいだから、ヅラが本当はどんな奴かなんて私には分からなかった。

 

「よし、リーダー。今日はこれくらいにしよう。またあの猿共にごちゃごちゃ言われるのも癪だからな」

「そうアルナ!終わるネ」

 

私は早く帰ってドラマの再放送が観たかったので、ヅラが少しでも早く切り上げてくれるのが嬉しかった。

開いてた教科書を閉じ、急いで鞄に詰めていた時だった。

閉められていた教室のドアが勢い良く開き、うるさい音がした。

ヅラも私も思わずその音に飛び上がってしまった。

 

「なにビクビクしてんでさァ。やましい事でもしてたんじゃねーだろうな?例えば、土方さんの机に一週間放置してたカビパンを入れるとか」

 

風紀委員の馬鹿サドだった。

最近何があったのか、サボり癖のあるコイツが放課後、校舎の見回りを真面目にしていた

 

「総悟!テメェだったのかカビパンの犯人!つーか桂ァ!今日こそウザったいその髪、切らせてもらうぜ」

「フン、猿の分際に何が分かる!リーダー、じゃあ俺は行く!さらばっ」

「待ちやがれ桂ァ!」

 

サドの後からやって来た風紀委員の副委員長のトッシーに追い掛けられながら、ヅラはあっと言う間に帰って行った。

切れと言われる長い髪を振り乱しながら。

教室に残された私は急いで帰る支度をするも、さっきからジロジロとこっちを見てる視線に一言いってやりたくなる。

ドアを塞ぐようにして立ってるサドは、何か言うワケでもなくただジーっと私を見ていた。

 

「なんか用アルか?」

「戸締りするから早く出ろィ」

 

意外にも普通の返答が来て、私は調子が狂ってしまった。

でも、そう言った割にはドアを塞いで立っていた

 

「邪魔アル。退けヨ」

「…………」

 

何も言わないでドアを明け渡すサドに私は身震いをした。

いつもなら嫌味の一つや二つを平気で言ってくるところなのに。

どことなくいつもの雰囲気との違いに戸惑った。

 

「なんでィ。帰らねーのかよ。それとも俺と課外授業でも……」

「はい、はい、今すぐ帰るアル!じゃあナ」

「…………」

 

やっぱり私の思い過ごしで、くだらない事を言うサドはいつもと一緒だった。

私はサドの横を通り過ぎると教室を後にした。

変な奴――

サドは初めて出会った日から変な奴だけど、最近は特によく分からなかった。

さっきもそうヨ。

人のこと、何も言わずにジロジロ見て。

何だかあんなの落ち着かないヨ。

教室のある二階から下駄箱へと階段を下りてると、下駄箱付近でうろつくトッシーが見えた。

既にヅラには逃げられた後らしく、教室に戻るところみたいだった。

 

「今日も逃げられたアルか?」

「“今日も”は余計だろ」

 

トッシーは階段を下る私を睨みあげると、いかにも面白くなさそうに言った。

 

「だっていつも捕まえられないネ」

 

残り六段の所で私はトッシーの元まで飛び降りた

 

「俺達にゃ捕まりたくないんだと。誰かさんには簡単に捕まる癖によ」

 

そう言って私を見たトッシーは溜め息を吐いた。

人の顔見て溜め息吐くとは失礼な奴アル。

 

「じゃあ、その誰かさんに捕まえてもらったらいいジャン」

「はっ?」

 

風紀委員がヅラの長髪を切りたがるのは分かるけど、正直私にはどうでも良かった。

どっかの猫と鼠みたいに、仲良くケンカしてるようにしか見えなかった。

二階へと上がるトッシーと別れると私は下駄箱へと向かった。

 

「仲が良いからケンカするアルか……」

 

私は下靴に履き替えると、少し暗くなってきた空に焦燥感を煽られた。

何でだろう。

なんだか苛立つ。

ドラマの再放送は既に始まってしまってるだろう

今更急いで帰ってもきっと間に合わないだろう。

どこか気持ちは逸るけど、体は反対にゆっくりと帰り道を歩いた。

 

「ただいまヨ」

 

誰もいないアパートに着くと着替えもせずに台所へ向かう。

これはいつもの癖で、とりあえず冷蔵庫を開けてみる。

 

「やっぱり空っぽネ」

 

買い出しに行かなきゃご飯にはありつけないみたいで、ギュルルと鳴るお腹がヘルプミーと言っていた。

 

「こんな事なら帰りに寄ってこれば良かったネ」

 

仕方なく近所のスーパーに買い物に行こうと玄関に立った時だった。

薄い玄関のドアがガタンと揺れて、何かが倒れる音がした。

 

「風……アルカ?」

 

私はスコープからドアの向こうを覗いてみたけど真っ暗で何も見えなかった。

どっちみち、このドアを開けなきゃ外には出られない。

鍵を開け、ノブに手を掛けた。

ガチャンと音が鳴り、ドアは外から引っ張られるように……いや、思いっきり引っ張られて開いたのだった。

 

「キャア!」

 

驚いたのは勝手にドアが開いたからと言うのもあるけど、何よりも開いた瞬間に、人が倒れ込んできた事の方がより私を驚かせた。

 

「オ、オマエ……」

「久しぶり」

 

倒れ込んで来たのは、数ヶ月も姿を眩ましていた私の兄貴だった。

血こそ出てないものも、どこかで激しくやり合ったらしく既にフラフラだった。

 

「オマエ、ずっとどこ行ってたアルか!ギュルル…」

「神楽が心配してくれるなんて珍しいな。ギュルル…」

 

とにかくケンカでフラフラになったと言うよりは、お腹が空いて足元がおぼつかないようだった。

 

「買い物に行かなきゃなんも無いネ」

 

神威は制服のポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出すと私に握らせた。

 

「それでデリバリーのピザでも頼んでよ」

 

紙切れを広げて見てみると全部それは一万円札だった。

 

「それで足りなきゃ、まだあるよ」

 

次々に取り出すお金に私は恐怖さえ覚えた。

 

「こんな金……何して稼いだ金アルか!」

「言ったって分かんないだろ」

 

神威は私にもたれかかっていた体を起こすと、フラフラしながら部屋の奥へと入って行った。

久々に出会った神威は前となんら変わらなく見えた。

ケンカばっかりの毎日で遊び歩いて。

そして、いつも急アル。

出て行く時も、戻ってくる時も。

 

「ねぇ、神楽。適当に注文するよ」

「うん」

 

何を考えてるんだろう。

どうして、出ていったんだろう。

そして、どうして戻ってきたんだろう。

本当は気付いてた。

神威が出て行った理由に

だけど、それすら思い出せないのか、私の頭は急のことに混乱していた。

私は玄関のドアに鍵をかけると神威のいる部屋へと戻った。

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2.記憶/沖田

 

知らない方が楽に生きれることもある。

ただ、俺はそれを選ばなかっただけだ。

どのみち苦しみが待ってるなら、最初から苦しくたっていい。

自分さえ虐げるのはSの性分なんだろうか――

 

 

 

チャイナが留学でこの学校に来てから、俺の日常は騒がしいものになった

いや、掻き乱された。

いつもなら静かに眠ってられる授業中も、隣のチャイナのせいでぶち壊されるし、売店で買ってきたパンはいつのまにか食われるし、休み時間はアイツのお喋りに奪われる。

だからその度に言ってやる。

 

「うぜぇ」

 

その言葉に見事に反応したチャイナは、小憎たらしい顔を俺の真正面に向け食ってかかる。

 

「それはこっちの台詞アル!」

 

いつの間にか取っ組み合いで、気が付けば元に戻ってる。

でもまぁ、そんな日常にも慣れた。

そこまでイヤな気はしてなかった……多分。

何だかんだ言って、アイツとは良好な関係に思えた。

ムカつくし、バカだし、品の欠片もなかったが、アイツと居る時は何故か飽きることがなかった。

一々が俺には新鮮だった

俺に従順になるわけでもないし、甘えた声を出すわけでもない。

媚びないところがどこか腹が立って……何よりもそんなアイツを服従させてやりたくて仕方なかった。

 

 

俺は放課後の廊下を土方と見廻りをしながら歩いていた。

 

「引っ張って連れて来なくても良くなったところを見りゃ、改心でもしたか」

 

サボり癖のある俺を土方のバカは皮肉を込めて褒めてくれたようだった。

 

「改心なんてヤだなぁ。僕は初めから良い子ですよ」

「気持ち悪っ」

 

自分のマヨネーズに対する執着の方が気分悪いのに、それを棚に上げて俺の事を言う神経を疑った

 

「まぁ、明日もこの調子で来てくれりゃ、俺もテメェのケツを蹴りあげなくても済むのによ」

「男のケツ叩くたァ、さすが土方さん。いい趣味してますねィ」

「あのなぁ……」

 

俺達風紀委員の仕事の一つに、放課後の見廻りがあった。

各教室を覗いては、下校時刻を過ぎて残ってる生徒に声かけをしていた。

そして、開いたままの教室があれば戸締まりをして、何かあれば委員長の近藤さんへと報告をしていた。

 

「そういや近藤さんはどこでさァ」

「あぁ、近藤さんなら校門で――」

 

丁度通り掛かった窓から近藤さんのいる校門が見えた。

 

「あれ、何してんだ」

 

女子のスカートの丈を計ろうとして(少し中が見えたりしないかなんて期待して)拒絶され、しまいには袋叩きにあってるように見えた。

いや、見えたんじゃねぇ

間違いなくそうだった。

 

「そんな事しなくても見せてくれって言やいいのに」

「総悟……お前なぁ」

 

俺達は近藤さんの醜態を見なかった事にすると見廻りを再開した。

 

「近藤さんもあんな回りくどいやり方じゃなく、もっとストレートにやんねぇとな」

「そんなもんストレートにやってる奴見たことねェよ!つーか、犯罪だろ!」

 

俺は一度チャイナがこっちに背中を向けて立ってる時に、スカートを捲りあげた事があったが別にこれと言って何もなかった。

ただ、スグにそれに気付いたチャイナに回し蹴りをされて鼻血が出ただけだった。

 

「ありゃ犯罪だったのか」

「何か言ったか?」

 

俺はいやと首を振ると見廻りの最後にあたる3zまで一気に歩いた。

教室にはまだ電気が煌々と点いており、教室からは何人かの女子の話し声が聞こえた。

 

「まだ残ってんのかよ」

 

そう言って教室のドアに手をかけた土方を俺は急いで止めた。

 

「なんだよ」

「しーっ」

 

そう言って俺は女子達の話に耳を澄ました。

それに気付いた土方も大人しく息を潜めてるようだった。

確かに俺は耳にした。“神楽”と言う単語。

俺には関係ないはずなのにどうしてか、何の話か知りたくなった。

聞こえてくる声は公子や阿音達のものらしく、いつも色んな噂話をしてるグループだった。

どこで情報を手に入れるのかは知らなかったが、どうせ飽くまでも噂だろうなんて興味本意だけで聞いていた。

 

「マジで!」

「うん、隣のクラスの子が見たんだって。神楽がアパートから男と二人で出てくるところ」

「その男子うちの学校?」

「わかんない。案外、桂だったりして。ほら、さっきまで二人で仲良く勉強してたじゃん」

 

桂?

いや、チャイナが男に興味あるとは思えなかった

アイツはその辺の女子とはちげぇ……色気より食い気だ。

だってそうだろィ。

今日だってアイツは俺の視線なんて気にもしねーで……

 

「見つめ合っちゃったりしてさ、良い雰囲気だったよね。付き合ってるんじゃない?」

「案外ありえるかもー!」

 

そこまで聞いて俺は教室のドアを思いっきり、勢いよく開け放った。

 

「下らねぇ話してる暇があるなら、テメーらもそのオツム少しでも働かせて勉強してみたらどうだ」

 

俺は苛立ってる事が自分でも分かっていた。

興味本意であんな話し聞くべきじゃなかったんだ

 

俺は近くにあった机を蹴りあげると、飛んできた土方の野郎に制止された

 

「総悟!やめろ!」

 

それまで驚いて固まってた女子達は、悲鳴をあげると一斉に教室を出ていった。

 

「なんで……俺がキレてんだよ」

 

俺を掴む土方の腕を払い除けると、蹴り飛ばした机を元に戻した。

さっきは苛立ちのままに行動して気付いてなかったが、蹴った机は自分のものだった。

 

「何やってんでィ。俺ァ」

 

土方の俺を見る視線が痛く突き刺さる。

きっと馬鹿にされんだろう。

いや、あの人は口にはださねぇが心でそう思うにちがい違いない。

 

こんな醜態、まだ近藤さんのがマシに思える程だった。

 

「毎日、来いよ。見廻り」

「言われなくても来てやりますよ」

 

土方がどういう意味で言ったかしらねぇが、俺は真剣に明日から見廻りをしようと思っていた。

噂は噂だと分かってる。

あのチャイナが男に興味なんてあるかよ。ましてや、あの堅物の桂に。

 

「土方さん、その代わり一人で見廻りさせてもらえやすかィ?」

「別に構わねェが、サボんじゃねーぞ」

 

土方は俺を怪しむ様子もなく、特に何も言って来なかった。

土方がバカで本当に良かった。

俺は空っぽになった3zの教室を見渡し、さっきまでチャイナが勉強してたであろう机を見つめた

俺の隣じゃ大人しくしてられない癖に、桂の野郎になら従順になんのかよ。

大抵の女は俺に跪き、俺を主人だと崇める。

だけどチャイナは違う。

それが俺を執着させる原因だと思っていた。

そう、あの日まで――

まだ、つまんねぇ噂に苛立ってはいたが、明日から見廻りをすればそれが嘘か本当かハッキリする。

俺と土方は3zの教室の鍵を閉めると職員室へ向かった。

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