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02:陰と陽

 

「隊長、万事屋のチャイナさんが門のところで――」

 山崎が非番の俺にそう伝えに来た時、俺はまだアイマスクを着けたままで、はだけた寝間着に辛うじて身を包んでいた。

 チャイナの奴、マジで来たか。

 俺の中ではチャイナは来ないだろうと8割方思っていた。

 本気で旦那を諦めるつもりか?

 面倒だと思う気持ちもあったが、自分が言った事だと急いで身支度を済ますと、腹が減った体でチャイナの元へと向かった。

 玄関を出れば、チャイナが門柱にもたれながら俺を待っていた。

「てめぇ、本気なんだな」

 俺の声に気が付くとチャイナは柱から体を離し、俺の方へ正面を向けた。

「別に。変われるとも思ってないけど、ちょっと暇つぶしに来ただけアル」

 強がってんのか、気が変わったのか。チャイナ自身もそれを分かってないようだった。

「男に溺れる意味、分かってんだろうな?」

 暇つぶしで男に溺れに来たなんて、この女は何を考えてるか分からなかった。

 もしかしてヤケでも起こしたか?

「少し黙って大人しくしてりゃ、その辺の男なら一生離さず大事にしてくれんだろィ。そんな男に惚れりゃ、てめぇも辛くねぇ」

「いい案だろ! とか思ってんじゃねーヨ」

 

 そう言うわりには、チャイナの目は泳いでいた。

 すがれば良い。人間なんて弱い動物は、素直にそれを認めて楽な方へ流れればいい。

俺はそんな他人を見るのが妙に快感だった。

「ついてきなせィ」

 チャイナはその言葉通りに門をくぐり、敷地内へと足を踏み入れた。

俺は外で竹刀を振り回し、稽古している隊士共のところへチャイナを連れて行ってやった。

「沖田隊長! おはようございますっ!」

「構わねぇ、続けろィ」

 俺はチャイナに目配せすると、チャイナは何も分からないのか眉間にシワを寄せた。

「こいつらは入隊したての新人だ。女で遊ぶほどの金も持ってねぇ。てめぇを大事にしてくれる野郎ばかりだ」

 チャイナはあまりにも驚いたのか、硬直したまま俺を見ていた。

 そうだろィ。こんなにも乱暴でじゃじゃ馬なテメーを大切にしてくれる男がいるんだ。

驚かねぇ方が――

「いてっ!」

 突然、チャイナに腹を殴られた俺は、思わずよろめいた。

「いてぇだろィ! 何しやがる! くそアマ!」

「ふざけんナヨ! もっとまともなプラン立てられないアルカ? 人の人生何だと思ってるネ!」

「だからって殴んなよ。それだからてめぇは、引き取り手が現れねぇんだろィ。何が不満か知らねぇが……」

「せめて、なんかもう少し知ってる奴が良いアル」

 チャイナのその言葉は意外だった。てっきり顔馴染みじゃない方が良いと思っていたからだ。確かにチャイナのこの……良く言えば、天真爛漫過ぎる性質を少なからずは知ってる野郎の方が面倒な手間が省けそうだった。

「だったらアイツが良いな」

 俺は目の前で忙しなく動き回ってる男に背後から飛び掛かると、猪木の如くコブラツイストを決めてやった。

「肋骨がぁぁああ!」

「オイ、山崎。ちょっとこっち来い」

「た、隊長ぉお? いたっ、いたたたた!」

 俺は山崎をチャイナの元へ連れて来ると、二人を向かい合わせにした。

「こいつアルカ? 他にもっとマシなのいなかったアルカ?」

「こんな地味で大した取り柄のない山崎に何の不満があんだよ。山崎、見せてやれ! チャイナになんか適当に寝技かけろ」

「俺をこき下ろす為に呼んだんですかッッ!? ってか、普通に連れて来て下さいよ!」

 女の前で虚勢を張っているのか、やけに反抗的な山崎に腹が立った。

 俺は山崎の体を背後から抱え上げると、思いっきり体を反らし、勢い良く地面へと叩きつけた。

「うぉお! 綺麗にジャーマン極ったネ! 私もやりたいアル!」

 その言葉に反応する前に体がフワリと浮いたかと思えば、俺はいつの間にか真っ青な江戸の空を眺めていた。

 アレ? 俺ァ、何してたんだっけ。思い出せねーや。まぁ、いいか……

「オイ、総悟! てめぇ、何やってんだ!」

 耳障りな声に意識を戻せば、俺はチャイナにジャーマンを決められていて、山崎が倒れてる傍らに誰かの足が見えた。

「プロレスごっこなら他でやれ! テメェら邪魔だ!」

 体を起こせば、相変わらず煙草臭い男が一人立っていた。

「おい、チャイナ。土方さんはどうでさァ」

「こいつアルカ? そうアルナ。ジミーとよりは強そうネ」

 どうやらチャイナ的には、男が強いかどうかが重要らしかった。旦那と比べるとどうかは微妙だが、確かに山崎よりは地位が上の土方さんの方が強いだろう。

「だったら土方さんに決めちまえよ。きっと土方さんならネチっこく、いつまでもずっとチャイナを縛り付け続けてくれんだろ。なぁ、土方さん」

「一体、何の話だ」

 チャイナは土方のバカを舐めるように眺めると、俺の方を見て首を振った。

 なんの不満があるのか。確かに土方さんは旦那と比べて……同じくらいヘタレだし、味覚もおかしい。

「よし、チャイナ。土方さんに溺れろィ。旦那ほど女にだらしなくねぇだろう」

「溺れるってなんの話だ?」

 チャイナが変わるキッカケを俺は作ってやろうとしてる。何度も言うが、それは優しさじゃねぇ。一種の実験みてぇなもの。コイツの旦那を慕う思いがどれだけ強いのか。それとも、自分を包み込んでくれる存在がいれば誰でもいいのか。自身に“一途で純情な乙女”

チャイナがそんな幻想を抱いているなら、俺はそれを打ち砕いてやりたいと思っていた。

「……いやアル」

 その言葉にやっぱりコイツは、旦那を諦めきれないと知った。

「じゃあ、旦那以外は無理ってことだな。だったら、てめぇはずっと苦しみ続けろィ」

 面白くなかった。俺に助けを求めておいて、結局は大した辛さでもなかったのかよ。

 大袈裟でさァ。これだから、他人の色恋に首を突っ込むのは嫌なんだ。苛立って仕方がねぇ。

「違うアル。煙草臭い奴、私はいやネ」

 どうやらチャイナは、ただ単に土方さんが嫌だっただけで、まだ男探しを諦めてないようだった。

「あぁ、なるほど。土方さん、女に振られた気分はどうですか?」

「はぁ? なんで告ってもねェのに俺がフラれなきゃならねェんだよッ!」

「じゃあ、告れよ。土方ぁ」

「そうアル。告白してこいヨ」

 結局、土方さんは俺らを無視して煙を燻らせながら何処かへ行ってしまった。となると、あと俺が紹介出来る男はたった一人だけだった。だが、既に俺は望み薄だと言うことが分かっていた。チャイナが好まない以前に、相手がチャイナを好まないからだ。

 つーか、顔馴染み同士なんて余計に無理だろィ。

「近藤さん、ちょいと良いですか」

「どうした総悟! お妙さんでも見つけたか?」

 やっぱり。

 近藤さん(このバカ)にチャイナはどう考えても無理そうだ。

「おい、サド野郎! ゴリなんて論外アル! せめて人間紹介しろヨ」

「近藤さんに向かってなんて事言うんでさァ。舐めた口叩くとバナナ突っ込むぞ! ほら、近藤さんもウホウホ言ってないで言い返して下さいよ」

「総悟! 俺、一言もウホウホ言ってないからね!」

 涙目の近藤さんを見ていたら、これ以上チャイナを近寄らせない方が良さそうだった。

 さて、どうするか。こうなったら、最終手段に出るしかなさそうだ。

「団子屋にでも行かねぇか?」

 チャイナは黙って俺の後に続くと、二人で団子屋へと向かった。

 

 

 

 チャイナは旦那とは本当に結ばれねぇのか。チャイナは本人に想いを打ち明ける気はないのか。どっちにしても、何一つ俺には関係ない。だから、俺は自分が飽きるまで、ただ単に暇つぶしでしかなかった。

「で、なんでお前だけ食ってるアルカ! 私にも食わせろヨ!」

「誰が奢ってやるなんて言った? 本当にてめぇは厚かましい女でさァ」

 俺に掴みかかって来たチャイナはもう団子の事で頭がいっぱいなのか、ちっとも辛そうになんて見えなかった。所詮、それくらいの辛さなら、俺に助けなんか求めるな。

 チャイナがいやしく、俺の食い終わった串を見てヨダレを垂らすもんだから、一応世間体を気にして、俺は団子を食わしてやった。

「どこが辛いんだよ」

「お前には分からないアル。私の……」

 チャイナが口の動きを止めたから、何事だと俺もチャイナの視線の先を見た。

 

「昼間から何してんだ、アノ人」

 俺は思いもよらない光景を見た。

 今まで街でスレ違ったって、あんな光景は一度足りとも見たことがなかった。昼間からどこの店の女かは知らなかったが、けばけばしい女と仲睦ましく歩いている旦那を見つけた。

 あれは間違いなく溺れてしまった男の横顔で、何がキッカケかは知らなかったが、旦那があんな安っぽいイミテーションのような女と並んで歩く事が、俺には解せなかった。

 そんな旦那から視線を逸らせ隣のチャイナを見れば、また昨日のように表情を歪めていて、団子が串に刺さってるのにも構わず皿に置いた。

「分かってるヨ。銀ちゃんだって、大人の男アル。大人の女としっぽりしたって、私には関係ないって」

 関係ないなんて言葉を発したところで、チャイナの動揺は隠しきれないでいた。それは一番関係ない俺にまで伝わってくる。

 それにしても、旦那も悪い男だ。どう考えても、チャイナが旦那を“そういう対象”で見てる事は分かってる筈だろィ? 俺でも気付いたんだ、旦那が気付かないワケねぇ。だから、もういい加減――

「旦那に言っちまえよ」

「無理アル。万事屋にいられなくなるダロ」

「だったらどうすんだよ。山崎も土方の野郎も、どの男も嫌なんて、ワガママもいいとこでさァ」

「うっさいアル。無理なもんは無理アル。オマエに頼ってしまったのは甘えだって分かってるネ。だけど、もう分かったアル。私は誰にも変えられない、変えられたくないって」

 チャイナは強い口調で俺に言い放つと、傘を差して駆け出した。

 残された俺は珍しく、何一つ悪い事なんてやってないのに、いい気分じゃなかった。

 チャイナは一体どこへ向かうのか。

 俺はチャイナの食べかけの団子を、勿体ないからと口に運んだ。すると、なんとなくチャイナが考えている事が分かった気がした。

「自分勝手な女でさァ」

 俺はチャイナの望むがまま、動いてやろうと思った。

 何度も言うが、優しさじゃねぇ。アイツがどんな顔をするか興味本位で見てみたいだけだ。

 全ての期待を裏切ってやる。

 そんな事を考えると、俺も席を立った。