3.灰色ラブレター
高杉は神楽から奪った眼鏡を自分の席で眺めていた。
分厚いレンズに、華奢なフレーム。
そんな眼鏡が持ち主である神楽を彷彿させる。
小さな体にデカイ声。
屋上で一目見て、そのギャップに興味がわいた。
銀魂高校きっての不良である自分に臆することなく張り合う姿や、あの神威の妹と言うこと、何よりも眼鏡の下に隠された素顔。
今までには無い新しさ。
初めて出会う未知の存在。
高杉はそんな神楽についての情報をまだまだ欲しているのだった。
教室へ戻った神楽は、机の上に置かれている眼鏡にほっと胸を撫で下ろした。
いつの間にか高杉の姿は消えており、教室にはいつもの雰囲気が戻っていた。
土方を見れば登校してきた風紀委員の連中と談笑をしており、神楽のいなかった間に特に何も起きなかったようだった。
「神楽ちゃん、さっき聞いたんだけど……不良に絡まれたの?大丈夫だった?」
神楽は登校してきたお妙に飛び付くと、ようやく安心出来た気がしていた。
「でも、大丈夫だったネ。ありがとう」
全部言ってしまおうか。
お妙に話したら少しラクになれるだろうか?
だけど、神楽はどうやって説明すれば良いか分からなかった。
何よりも、まだこのフワフワした気持ちを自分ですら把握出来ないでいた。
神楽はお妙の胸の中で深呼吸をすると顔を上げ、ニッコリ笑ってみせた。
「そう言えば、今日は漢字の小テストだったネ!一緒に勉強しようよっ」
神楽は机の上の眼鏡を手に取ると顔に掛けた。
ボヤけてた視界がはっきりとして、教室内がよく見えるのに、神楽は出来るだけ何も目に映さないようにと、さっさと国語の教科書を取り出して、テスト勉強を始めたのだった。
大して料理は出来ないが、自分が作らなければ何も胃に入らないと言うこともあり、家に帰った神楽は一人で夕飯の支度をしていた。
まだ父親も兄貴も家に帰ってはおらず、神楽は制服を着たまま台所に立っていた。
「ただいま」
珍しくこの時間に玄関のドアが開いたかと思えば、神威が帰ってきた。
神威は台所に立つ神楽の周りをうろつくと、つまみ食いの機会を伺ってるようだった。
「珍しく早く帰ってきたら邪魔しに来ただけかヨ!手伝えバカ兄貴!」
神楽はいつもに増してキツい口調でそう言うと、神威はつまらなさそうにダイニングのイスに座った。
「何ピリピリしてるか知らないけど、手伝って欲しいなら跪いて足でも舐めてよ」
「じゃあ、絶対食べるナヨ」
神威は嘘々と冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと、グラスも使わずにそのまま飲み始めた。
神楽はあーあと首を振ると、神威を無視して包丁を持つ手を動かした。
「そう言えば、高杉ってお前と同じクラス?」
神楽はその言葉に神威を振り返り見た。
何か知ってるのか?
神楽は体に緊張が走った。
だけど、余計な詮索をされては困ると、出来るだけ普通を装った。
「確か……一緒ネ」
「ふぅん」
しかし、予想に反して、それ以上何も言ってこない神威が変に気になってしまった。
「なんでアルカ?」
「いや、高杉がさ、お前の話をしたから」
神楽はまた神威に背中を見せると手を止めた。
マズイ――
額にジワリと嫌な汗がにじんだ。
神威にいつもと挙動が違うことを悟られれば、全て終わりだと神楽は思っていた。
ラブレターの件は勿論、神楽の知られたくない事を一つ残らず知られてしまう恐れがあった。
「ふぅん」
神楽は適当に返事をすると、背中の向こうの神威が何も企まない事を祈った。
だけど、高杉が神威にどんな話をしたか気にならないワケではなかった。
もしかすると、もう既にラブレターの件は筒抜け?
何を話したんだろう。
これ以上、話を掘り下げないようにはしたが、実際はあの高杉が何について話したのか聞きたいとも思っていた。
「ってか、高杉って変わった奴だよね」
何も知らないのか、それともわざとなのか、神威が何も言わない神楽の背中に喋り続ける。
「だってさ、ご飯とか全然お代わりしないし、不良のくせに長ラン着ないし、そろばん塾とか通っちゃうし」
「オマエもたいがい変わってるけどナ」
神威はトントンと包丁を動かす神楽の背後に立った。
そして、にこやかに神楽の肩に手を置くと声量を落として言った。
「あー、あとそれと、女の趣味が悪い」
神楽の心は凍りついた。
顔も緊張のせいか強張り、何も言葉なんて出てこなかった。
高杉の女?
それって……誰?
「俺なら、もっと強いオンナを選ぶけどな」
神楽の肩に置かれた神威の手にグッと力が入り、神楽はそれによろめきそうになった。
そのせいか、握る包丁が神楽の白く細い指に赤い雫を滴らせた。
「いたっ」
神楽は直ぐに流水で洗い流そうと怪我をした指を――
しかし、気付いた時にはその雫も指も、神威の口へといざなわれていた。
「何してッ」
「ねぇ、神楽」
自分の指を躊躇いもせず口に含む神威に、神楽はどうすれば良いか分からなかった。
ドクドクと脈打つ指が麻痺をするような感覚。
神威の舌は神楽の指に絡まると、傷口をいたぶるように舐め上げた。
神楽はその気持ちの悪い感覚に顔を歪めた。
そして、自分を見下ろす瞳に高杉のものとは違う別の恐怖を見つけたのだった。
「か、神威?」
「お前弱いだろ?ちっとも……強くなんてない。俺と同じ血が流れてる事を恥じなきゃ」
神楽は急いで神威の口から指を抜くも、直ぐに手首を捕まれた。
「離せヨ!」
「あっ、そうだ!今度高杉を家に呼ぼう」
ニッコリ笑った神威は神楽から手を離すと、何事もなかったように自室へと向かったのだった。
神楽は血のにじむ指を直ぐに流水で洗い流した。
兄ちゃんはどこまで、何を知ってる?
神楽はグツグツと沸騰し出す鍋の火を急いで止めると、神威の発言について考えた。
「高杉を……家に?」
考えるだけで心臓が高鳴って、どうしようもなくなる自分がいた。
そんなワケない。
そう何度も心で否定をしているのに、胸が何かを知らせるように鼓動を速める。
高杉は神威の妹である自分を面白可笑しくからかっているだけだろう。
そうなんだから、いちいち真剣に受け合わない事。
神楽は逸る気持ちに強く言い聞かせた。
ご飯支度が終わった神楽は着替える為部屋へ戻った。
脱ぎ捨てた制服のポケットが膨らんでおり、まだそこにはラブレターが入ったままになっている事を思い出した。
くしゃくしゃに丸まめられた捨てられない手紙の宛名には、間違いなく土方十四郎の名前が書かれてあった。
それを土方へ渡すことはきっともう無いはずなのに、ゴミ箱へと投げることが出来ない。
それはすごく中途半端で、ズルくて、弱い。
仮に神威がこの事を全て見抜いた上でさっきの発言をしたならば、神楽はそれを認めなければいけないような気になっていた。
“ちっとも強くない”
神楽がその言葉を良い風に思えないのは、神威にバカにされてる事もあるだろうが、それ以外の理由が強いように見えた。
言い寄られて、流されて――たとえ、いくら弱っていたとしても、不良なんかに惹かれてしまうのは弱い人間だからだろう。
そんな風に思っている神楽は、どうしても自分を弱いと認めたくなかったのだ。
だけど、高杉の事を考えると鼓動が速まるのは事実だった。
今朝の出来事が神楽に高杉の存在を強烈に印象付けていた。
「ううん。あんな不良、無視すればいいだけネ。きっと」
慣れない相手だから体が緊張して勘違いしているだけ。
神楽は絶対にそうだと決め込んだ。
そう思い込む事が、一番自分らしく生活出来るだろうと思っていたのだった。
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