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2.灰色ラブレター

 

翌朝、3zの教室は普段にはない緊張感に包まれていた。

張りつめた空気とやけに静まり返った室内が、暑い季節だと言うことを忘れさせてくれるようだった。

 

「おう!新八おはよ!」

 

登校してきた神楽は入口から入って直ぐの席に座る新八に挨拶をした。

しかし、新八は苦笑いで会釈だけすると教室から出て行ってしまった。

 

「へんなヤツぅ」

 

神楽は唇を尖らせて廊下を歩いてく新八の背中に文句を垂れた。

しかし、すぐに自分へ向けられる視線がある事に気が付いた。

教室へ入った時の違和感。

それと、何処と無く感じる威圧感。

一際、異彩を放つ眼帯姿に神楽は思わず顔をしかめた。

 

「なんで……来てるアルカ……」

 

停学が明けてもずっと教室へは顔を出さなかった高杉が、わざわざ今日は朝から教室へと登校していた。

ずっと来てなかったんだから、一生来なければいいのに。

神楽はその胸の内を隠す事なく顔で表していた。

 

神楽は何も知らないフリして自分の席へ着くも、いつ高杉が暴れて黒板に“神楽の好きな人は~”などと書きだすかとヒヤヒヤしていた。

いや、派手好きの高杉のことだ。

どうせするなら、もっと大規模に私の青春を破壊してくれるんじゃないかと、神楽は額に汗を掻いた。

校内放送をジャックして全校に発信するかもしれないし、もしかすれば全校生徒を味方につけ、手の込んだマスゲームでバラされるかも知れなかった。

もうそうなれば、壊されたのか告白の手助けなのか分かったもんじゃない。

神楽はまだ起こりもしない事を想像するのはやめ、高杉がこのまま大人しくしてくれる事を祈った。

 

「オイ」

 

突然、机の横で声が聞こえ、神楽は飛び上がった。

神楽は自分の隣に立っている男を恐る恐る見上げたのだった。

そこに居たのは高杉晋助ではなく、同じクラスの風紀委員副委員長――土方十四郎であった。

神楽は表情を少し和らげると、どうしたのか尋ねた。

 

「昨日は悪かったな。急に委員会の召集がかかっちまって。しばらく放課後は委員会で空きそうもねェ。何の話しだった?今で良いなら……」

「もう、良くなったネ」

 

神楽は慌てて断った。

土方への用事はタイミングと勢いを見失い、もう二度と果せることはなさそうであった。

キリっと痛む胸に神楽はとても切なくなった。

自分の想いを言葉にするのはおろか、胸に留めておく事も苦しくて仕方が無かったのだ。

こんなに近くにいるのに……

神楽は不思議そうな顔で自分を見る土方に、本当の事を言えたらどんなにラクだろうと思えて仕方が無かった。

その時だった。

急に神楽の頭が重くなった。

誰かが神楽の頭に背後から肘を乗せ、体重をかけてるらしかった。

そのせいか、神楽の正面に立ってる土方の顔付きが、急に鋭いものに変わったのだった。

 

「オイ、何のつもりだ」

 

神楽が後ろを見れば高杉が立っており、神楽を挟み土方を薄ら笑いを浮かべて見ているのだった。

神楽は焦った。

何故、ここにいるのかと。

もし、ここで高杉が口を滑らせでもしたら……想像するだけで卒倒しそうだった。

 

「ちょっ!オマエッ……」

「何のつもりたぁ、どういう意味だ。おめぇの女か?」

 

高杉は神楽の言葉には耳もくれず、土方を軽くおちょくるように言葉を吐いた。

これには土方も苛立ったのか、まんまと高杉の挑発に乗ったのだった。

 

「どうもこうもねェ。面倒起こしてェなら表に出ろ」

「暗に認めてんのか?自分の女だってことを」

 

この二人の不穏な雰囲気に、遠巻きで見ていた連中も次第に焦り出した。

しかし、仲裁に入るものはおらず、ただ固唾を飲んで見守ってるだけだった。

 

「テメェがチャイナをどうしようが勝手だが、仮に無理矢理に何かしてみろ。風紀委員が黙ってねェからな!不純異性交友なんざ風紀の乱れ以外の何物でもねェ!」

 

神楽は土方のその言葉にグッと胸が締め付けられた。

告白なんて初めから上手くいくはずなかったんだと。

この人は風紀委員で、男女の交際をよく思ってなくて、何よりも私が高杉に何されようが個人的にはどーでもいいんだ。

今の言葉でそれが分かると悲しくて情けなくて、何だか馬鹿らしく思えた。

何こんなに苦しんでんだろうと。

 

「もう、やめろヨ」

 

神楽のその言葉は両者に向けられているようで、ほとんど土方への言葉に聞こえた。

土方も高杉もその言葉に口をつぐむと、睨み合い牽制したまま動かなかった。

しかし、高杉は神楽の言葉で喋るのを止めたわけではないようだった。

また薄ら笑いを浮かべると、片方だけ見えてる目を光らせ、土方に詰め寄った。

それには土方も眼光を鋭くし、高杉を睨み付けた。

だが、そんなものに勿論怯むわけもなく、高杉は静かに口を開いた。

 

「なら、不純じゃなけりゃいいんだな」

 

その言葉に土方は額に汗が滲むのが分かった。

コイツ、本気で言ってんのかよ――高杉の表情からそれを汲むことは難しかった。

 

二人の間に挟まれたまま席から立つことも出来ない神楽は、どうして高杉が自分に絡んでくるのか、その理由を探していた。

やはり神威の事が関係してるのか。

もしかすると、神威の妹である自分を不良グループに勧誘に来たのか。

悪い予感ばかりがしていた。

正直、高杉なんて不良と自分がつるんでるような勘違いをされたくなかった。

特に風紀委員の土方には。

もしかしたら既に勘違いをされてしまってる?

神楽の真っ青な顔は土方へと向けられた。

 

「チャイナ、大丈夫か?顔が真っ青だぞ」

 

神楽はゆっくりと今度は高杉の方を見た。

オマエは何がしたい?

私がトッシーを好きだって言わないアルカ?

神楽は訴えかけるような目で高杉を見た。

しかし、高杉に何のダメージも与える事が出来ず、むしろ高杉は残酷な目で神楽のこの様子を楽しんでるようにさえも見えた。

もうダメだ。

このまま自分の学生生活は高杉に支配され、もう二度と楽しい時間なんて巡ってこないかもしれない。

そんなのは絶対に嫌だった。

しかし、そんな風に諦めかけていた神楽だったが、考えていたら段々とイライラとしてきた。

なんでコイツに自分を支配されなきゃいけないんだと。

殴り飛ばすは出来ないにしろ、言いたいことは言っておかなくちゃと、神楽は勢いよく机に手を突き立ち上がった。

 

「オマエ!神威の……兄ちゃんの事が関係してるなら、私じゃなく直接兄ちゃんとこに行けヨ!」

 

高杉は自分に噛みついて来た神楽に目を細めるとクククと笑った。

 

「な、何が可笑しいネ!」

 

何を考えてるか分からない高杉を神楽は不気味に思った。

全く読めない表情や片方だけ晒された目。

いや、全てが他の人間にはない不気味さを感じた。

冷たく、決して神楽を見下ろす目は優しいものではない。

なのに、神楽はその瞳から逃れる事が出来なかった。

高杉はそんな神楽の眼鏡に手を掛けると眼鏡を外し、耳元でニタリと笑い囁いた。

 

「いつ俺が神威に興味あるなんて言った?」

 

抑揚のない、低くぞくりとした声。

体がドクンと大きく跳ねるような、神楽は今までに感じた事のない衝撃を受けた。

高杉はそれだけを言えば、神楽の眼鏡を持ったまま、自分の席へと戻って行った。

 

「オイ、チャイナ?」

 

放心したような神楽の様子に土方は神楽の顔の前に手をかざした。

しかし、神楽はそんな土方を見ることが出来ず、教室を飛び出した。

手洗い場まで走って行けば蛇口をひねり、頭を流水に突っ込んだ。

そこまで冷たさはない水ではあるが、神楽の頭をほどよく冷ました。

しかし、神楽は蛇口を更にひねると目を瞑った。

 

まるで、何かに射ぬかれたよう――

神楽はドキドキとまだ静まらない心臓に何が起こったか分かっていた。

分かっていたけど、それを認められなかった。

あんな危険な匂いのする不良なんて……

だけど、高杉が耳元で言った言葉が離れずに、頭の中でリバーブしていた。

あの言葉が何を示しているか。

 

「高杉が興味があるのは……」

 

神楽は水道を止めると顔を上げ、鏡を覗いた。

水が髪から睫毛から、全て下へと滴り落ちていった。

鏡の中の神楽は相変わらず真っ白い顔をしていて、青い瞳がゆらゆらと揺れていた。

まるで、それは神楽の心を表してるようで。

表情を歪めた神楽は、水道の水を手にすくうと鏡に向かって勢いよくぶっかけたのだった。

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