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9.黒白を争う

 

少しの沈黙があって、そして新八がふて腐れたように投げやりに言った。

 

「そんなの、全部知ってますよ。僕も近藤さんも」

 

新八が言う全部って言うのはつまり……一橋派の事や沖田の代わりだと言うことか。

本当に全部だろうか?

 

「なら、なんで行くんだよ。返り血浴びる覚悟があんのか?」

 

そう言ったら新八の野郎、笑いやがった。

 

「それ、木刀携えてる人の言う言葉じゃないですよね」

「はぁ?うるせーよ!俺はテメェらと違ってアレだ……」

 

新八は話を聞いてねぇのか、畳を叩きながら笑っていた。

そんなに愉快か?

意味わかんねぇよ。

でも、俺はそんな新八に気分が良かった。

なんだ、まだこうやって俺らは笑い合えるんじゃねぇかと。

 

「……全部謝ります。ごめんなさい」

 

新八は散々笑った後に、俺に頭を下げた。

侍がそう簡単に頭なんざ垂れるもんじゃねぇのに、今日だけでもう二人目だ。

いい気分じゃねぇ。

 

「謝るくらいなら行くなよ」

「どうしても……たとえ危険な目に遭おうとも行きたいんです」

 

新八は正座の状態から土下座に体勢を変えると、額を床に擦り付けた。

 

「近藤さんは普段あんな感じですけど、ここでは大将として僕の想いを汲み取ってくれました。強くなりたいんです!デカイ男になりたいんです!近藤さんの側でもっと勉強したいんです!」

 

だから、謝るのかよ。

俺の側じゃデカイ男になれねぇってか。

ずっと背中で語って来たつもりだったが、いつの間にかコイツは俺とは違う背中を見てたんだな。

 

「……そうかい。随分と遠くに行っちまったもんだな」

 

俺は静かに立ち上がった。

もう、俺には無理だと……いや、誰にも新八を止めることは出来ないと悟った。

こいつらの大将がくたばろうが、こいつが誰かに刺されようが俺にゃ関係ねぇんだ。

映画だってリアルだってそうだろ?

望んで戦地へ赴く兵士を、家族の愛で引き留められた試しがあったか?

ねぇんだよ。無理だ。

 

「京の美味いもんでも土産に買ってきてくれよな。アイツも……神楽も喜ぶだろうから」

 

新八は神楽と言う言葉に反応したのか、顔を勢いよく上げた。

 

「最後になるかもしれないんで……聞いてもいいですか?」

 

冗談じゃねぇ。

なんて事を言うんだと思ったが、その言葉から新八の覚悟が窺えた。

俺は小さくあぁと頷くと新八の言葉を待った。

 

「銀さんは神楽ちゃんをどう思ってますか?」

 

またソレか、などと無粋な事は思わなかった。

俺もいい加減、その質問に対する答えを出さなきゃなんねぇと思ってた。

新八が万事屋を去って1ヶ月ほど経つが、俺の神楽に対する見方は随分と変化していた。

だが、どう思ってるか。

それを言葉に当てはめるなら何なのか、俺はずっと悩んでいた。

 

「正直、銀さんの事が憎いです」

「はァ?」

 

突然の新八の告白に俺は拍子抜けした。

憎いってなぁ、オイ。

 

「嫌いになりたいんですけど、なれないんですよ。だから、ムカつくって言うか」

「気持ち悪いなオマエ。何その矢沢あいの漫画みたいなセリフ」

「分かってないんですね。本当に」

 

新八は立ったままの俺を厳しい表情で見つめ上げた。

何が分かってねぇって?

訊いてみたかったが、本当のところを知るのが怖かった。

 

「ま、まぁ、野郎に憎まれるくらいなんて事ねぇーよ」

「あぁ、もう本当にこんな適当な人のどこがいいんだろ」

 

うんざりとしたように言った新八は、立ち上がると俺に詰め寄った。

その身長はいつの間にか伸びてたらしく、俺の想像してる新八よりずっと大きく感じた。

多分、身長だけじゃねぇんだろ。

新八は男としても、しっかりと成長してるようだった。

 

「神楽ちゃんはね、どんなに僕が傍にいても、その瞳に僕を映してはくれませんでした」

 

新八はそう言うと俺の両肩に手を置き、肩を強く掴んだ。

 

「しかも幸せそうに笑っちゃって……この惨めな気持ちが分かりますかコノヤロー」

「何の話だよ!つか、お前なにすんの?ちょっと!ヤメテ!」

 

新八は力の限り俺の体を持ち上げると、障子目掛けてぶん投げやがった。

 

「オイ!コルァ!新八ぃぃいい!」

「掛かってこいよ!銀さん相手だろうが今なら負けませんから!」

 

理不尽にも投げられた俺は、青筋を浮かべずにはいられなかった。

しかも挑発と来たもんだ。

売られた喧嘩を買わないわけにはいかなかった。

 

「表出ろ!コノヤロー!」

「上等だ!鈍感野郎!」

 

俺と新八は揉みくちゃになりながら転がるように部屋から飛び出した。

 

「鈍感って何だよ!鈍感なわけねぇだろ!」

「じゃあフリか?神楽ちゃんの気持ちを少しは考えろよ!」

 

互いに髪を引っ張り合いながら、暴れながら転げ回った。

本気でやりあっちゃいねぇが、遊びでもなかった。

俺も新八も口から溢れる言葉が冗談ではなかったからだ。

 

「神楽の気持ちが分かったら苦労しねぇよ!いくつになっても毎回初恋なんだよ!オッサンの気持ちがお前にわかるか!」

「オッサンの気持ちなんて分かるわけないでしょ!気持ち悪い!でも、神楽ちゃんの気持ちは……」

「オイ!お前ら何してる!」

 

この辺りでさすがに他の隊士共が集まってきて、俺らは無理矢理引き剥がされた。

それでも俺も新八もヒートアップしていて、なかなか争いは収まらなかった。

 

「銀さんは逃げてる!僕はそれが許せない!」

「逃げてねぇよ!慎重になってるだけだろ!怖ェんだよ!嫌われたくねぇんだよ!」

 

互いに羽交い締めにされながらも、今まで言えなかった事をぶつけ合った。

そして、次第に冷静になってくる。

周りの呆れたような視線。

沖田の何か企んでる顔。

泥まみれの着物。

新八の曲がった眼鏡。

何やってんだ。

俺はそこでようやく体の力を抜くと抵抗を止めた。

それが分かったのか、後ろにいた隊士も俺を押さえ付ける力を緩めた。

正面を見れば新八は解放されたらしく、全身の土を払っていた。

そして、曲がった眼鏡を直すと俺を真っ直ぐに見た。

 

「答えろ。答えたら僕は許す。だから、銀さん教えて下さい。銀さんは神楽ちゃんをどう思ってますか?」

 

新八の言葉は最後には懇願するようにさえ聞こえた。

そんなに聞きてぇのかよ。

つか、こんな場所で?

ちょっと待てよ。

だが、新八の真剣な眼差しに、俺は答えないわけにはいかない事を悟った。

ここでまた背中を見せりゃ、俺は一生新八と笑い合えないような気がした。

 

“神楽の幸せ”

新八が万事屋を去ったのは、それを願ってのはずだ。

なのに、いつまでもそれが叶えられずにいる事に腹が立ってんだろう。

勝手だな。

だから、お前はいつまで経っても童貞なんだよ。

恋愛なんざ、誰かが身を引いたところで上手く行くとも限らねぇんだよ

オッサンが想いを口にするのにどれ程の勇気がいるか若造にはわかるまい。

俺だって勢いや後先考えずにやれるもんなら、思いのままやっちまいてぇよ。

 

神楽をどう思ってるか。

ンな事はすっかり俺自身が分かっていた。

繋がずにいられなかった手や、抱き締め返した腕。

俺は毎日神楽を求めていた。

それは仲間だからじゃない。

神楽のことを俺は――

 

俺は体を捻って隊士から離れると、新八のすぐ正面に立った。

そして、新八の望む答えを口にした。

 

「神楽は俺の家族だ」

 

周りで聞いていた隊士共はもっと別の答えを期待していたのか、これを聞くと散り散りに戻って行った。

だが、新八は違った。

ニヤリとした笑みで生意気そうに俺を見ていた。

 

「逃げませんでしたね」

「うるせぇよ」

 

俺はそれだけを別れの言葉にして、新八に背中を見せた。

新八もそれで納得したらしく何も言葉を掛けてはこなかった。

 

俺の家族。

新八にはこの言葉だけで全てが伝わったはずだ。

だから、ようやくニヤリと笑ったんだろう。

アイツが使った“家族”と言う単語と、俺が使った“家族”と言う単語。

どうやら手にした辞書が同じだったらしい。

意味は、たった一つだけだった。

 

「つまんねぇや。旦那、もっと少女漫画っぽくいけばよかったのに」

 

最後まで縁側に腰かけて見物をしていた沖田が呑気にそう言った。

俺はそんな沖田を鼻で笑うと通り過ぎ様に言ってやった。

 

「生憎俺は少年漫画の主人公なんだよ。てめぇも少年漫画のキャラならそれらしく、大将護りに突っ走れよ」

「言われなくとも今はそのつもりでィ」

 

最初から俺になんか頼るんじゃねぇよ。

そう思ったが、あの野郎も少し大人になったんだと気が付いた。

大人になると突っ走れなくなる。

気が付けば助走がマラソンだ。

踏み切る頃にはヘトヘトに疲れて、たった一段の跳び箱すら飛び越える事も出来なくなる。

そうなる前に、勢いがある内に俺は神楽と向き合う必要があった。

もう傷付くのも、傷付けるのも怖がってられない。

誰かのものになる前に、神楽が俺から離れていく前に、ちゃんと伝えねぇと。

自分の望むものが何なのか、それがようやく分かったんだからな。

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