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10.黒白を争う

 

今なら言える。

この勢いがあれば俺は、神楽にずっと誤魔化してきた想いを真っ直ぐに伝えられるような気がしていた。

そのせいか俺は駆け足で万事屋へと伸びる階段を上がっていた。

身体中の先と言う先が痺れて、まんまヘンな感覚。

力加減が上手く出来ず、手に掛けた玄関戸が勢いよく開いた。

ガシャンと激しい音に驚いたのか、定春が珍しく玄関まで迎えに出てきた。

 

「神楽、寝てんの?」

 

定春はクゥンと鳴いただけで、何て言ってるか俺には分からなかった。

だが、まだ居間の方は明るく神楽は起きてるようだ。

俺は泥まみれの着物も気にせず、ブーツを適当に脱ぐと小走りに居間へと向かった。

 

「神楽っ」

 

居間へ入れば、ソファーでうつ向き座っていた神楽がパッと顔を上げた。

その目は赤く、さっきまで泣いてた事が窺えた。

その理由を俺は汲み取る事が出来なかったが、今何をするべきか、それは体が分かっていた。

 

「銀ちゃんッ?」

 

俺は神楽の傍らに膝をつくと、思いっきり神楽の体を抱き締めた。

安心して欲しいのと、俺が安心したいのと、それから何だったか理由は忘れたが、とにかく俺は神楽を離したくなかった。

神楽も最初は戸惑ってたのかただ慌てていたが、突き飛ばす事もなく、いつの間にか俺の背に腕を回していた。

でも、ちょっと痛ェんだけど。

それでも神楽の心地よい温もりと全てを忘れさせてくれる匂いに、今はただ体を引っ付けていたかった。

 

「なぁ、神楽。銀さん、新八殴って来たんだけど許してくれる?」

 

それまで大人しく静かな神楽だったが、俺を見ると怒ったような表情になった。

 

「だから、銀ちゃんには言うなって言われてたアル」

 

そんな事を口にした神楽に、真選組の鬼の副長が俺に口止めした理由が大体分かった。

あの余計なお世話は、どうも俺が新八とやり合わないようにするものだったらしい。

鬼の副長の癖に、随分と平和的に解決しようとしたみてぇだなと鼻で笑った。

だが神楽に色仕掛けさせようってのは、どうもいただけなかった。

モテる男の考えってのは、解せない上に好きじゃねぇ。

 

「心配すんな。俺も同じだけぶん殴られたから」

「そう言う事じゃないアル!」

 

俺は神楽を逃がしたくなかったが、神楽は俺の腕の中で離れようともがいた。

こうも嫌がられては俺もさすがに離れないワケにはいかず、仕方なしに神楽を解放してやった。

多少、傷つきはしたもののめげてられねぇと、神楽の隣にわざとらしく腰掛けた。

神楽はと言うと、ソファーの上で膝を抱えて小さく丸まっていた。

 

「結局、新八……京へ行くんダロ?」

 

その不安げな声はか細く、いつもの覇気はなかった。

 

「あぁ、何がなんでも行くんだと」

 

俺はそう言って神楽の頭に手を置いくと軽く叩いた。

心配すんなと言う想いを込めて。

新八を止める事は出来なかったが、この先何があっても俺は後悔はしないだろう。

あいつの意志は真っ直ぐでブレてない。

そんなに真面目に熱くなれるものがあるのに、お前の命が大事だからと言って引き留める事は誰もやっちゃいけねぇんだよ。

それに新八はそんな簡単にくたばったりしねぇ。

信じるなんて言葉を使う時があるならば、きっとそれは今なんだと思った。

 

「大丈夫だ。あいつを信じてやろうぜ」

 

俺がそう言うと、神楽はコロンと転がるように俺の肩に頭を乗せた。

 

「なにアルカ。男同士で勝手にケリつけちゃって。意味分かんねーヨ」

「何だよ。お前こそキスだセックスだって勝手にケリつけようとしてただろ」

 

神楽は顔を一気に赤く染めると、抱えていた膝を伸ばしバタつかせた。

 

「違うアル!あれはアイツがッ」

 

見えてる神楽の耳は赤く、俺の腕にしがみつくと顔を隠すように埋めた。

 

「自棄になったか知らねぇけど、冗談でもあんなこと言うもんじゃねぇ」

 

何も反応を見せない神楽に俺は不安になった。

え、なに?

あれはガチだったの?

いつまでも顔を埋てる神楽に、どうなんだよと見えてる赤い耳を突っつけば、神楽は膨れっ面で俺を見上げた。

 

「自棄にもなるアル!」

 

自棄になったのは本当だったか。

よくよく思い出してみれば、さすがに俺もデリカシーがなかったかと反省した。

あの雰囲気の中で言うべき台詞はアレじゃなかったんだ。

遠回しに好きな奴がいることを確認してどうすんだよな。

そうじゃなくて、だからアレだよ。

俺がどうなのかって。

俺が神楽をどう思ってるのか伝えねぇと、神楽はいつまでも幸せになれねぇんだよな?

そうなんだろ?ぱっつぁんよ。

 

俺はそれまで神楽の目を中々直視できなかったが、この瞬間だけはと真っ直ぐに見つめた。

多分、既に頬は赤いはず。

なんせ顔がすげぇ熱いから。

神楽もそんな俺の熱視線に気付いたのか、膨れっ面をやめて目を瞬かせていた。

俺はソファーの上で正座をすると、神楽も俺から体を離し同じく正座をした。

 

「いや、まァなんだ……お前は俺から見れば、ずっとずっとガキ臭ェんだけど」

 

俺のその言葉に神楽の顔が分かりやすく曇った。

 

「あ、待てって。ちゃんと続きを聞け」

 

神楽は唇を尖らせながらもうんと頷いた。

 

「今だってホラ、待てが出来んだろ?犬並みにはお前も成長して……」

「一発殴っていいアルカ?」

 

俺は違う違うと首を振るも、やっぱり俺には無理だと、改まって言葉にするのはやめにした。

照れ臭いわ、緊張しておかしくなるわ、回りくどくなるわで、こういう堅苦しいのは俺らに向いてねぇんだよ。

それが分かったら、ソファーの上で正座して向き合ってるのが可笑しく思えた。

新婚初夜かよ、なんてな。

 

「なァ、神楽。悪い。もうひと押し、あとひと押し頂戴」

 

そう言って俺は神楽に飛び付き、抱き締めた。

本人に頼むことじゃねぇんだろうが、あと一歩の勇気が足りない。

そんな俺に呆れることなく、神楽はクスクス笑って情けないアルとなじった。

 

「じゃあネ、一つ銀ちゃんに良いこと教えてやるアル」

 

そう言って神楽は俺の耳に唇を寄せた。

どれくらいぶりだろうか、この距離は。

心臓は高鳴っていた。

その桜色の唇を耳じゃなく、俺のモノに引っ付けてくれねぇかなんて思ってしまった。

俺の身も心も神楽を強く欲してる。

今の流れなら言えそうだ。

お前が大切だって。

誰にも渡したくないって。

もっと引っ付いてひとつになって、もう離れたくないなんて事を。

 

「銀ちゃん、あのネ」

 

神楽の熱い吐く息のが耳に掛かって、俺は自分を抑える事が出来なくなった。

神楽のしなやかな髪を指に絡め、熱い頬に手を添えて、熟れて今にも崩れ落ちてしまいそうな唇を親指でなぞった。

柔らかい唇はくちゅっと淫らに歪んで、神楽の上気した顔に誘われる。

 

「銀ちゃん」

 

神楽の唇が開いて他の誰でもなく、この俺を呼ぶ。

もう余裕はなかった。

呼吸も荒い。

呼ばれたって事はつまり、そう言うことだよな?

俺は神楽にゆっくりと顔を近づけて目を瞑って、それで――

唇が塞がる前に一言だけ言葉を口にした。

 

「好きだ」

 

そう言った次の瞬間には、神楽の唇の柔らかさを体に感じていた。

想像以上に柔らかく、溶けてなくなっちまいそうだ。

調子に乗ってその柔らかな唇を軽く吸い舌でなぞってみたら、もっと欲しいと体が欲張りやがった。

神楽の舌や唾液。

それだけじゃ足りねぇ。

甘い香りや、時折漏れる初な声何もかも。

その全てを俺は独占してしまいたかった。

俺は神楽の体をそのままソファーへ寝かせると、上から覆い被さるようにキスを続けた。

 

 

 

どれくらいの時間が経ったのか。

今が何時なのか。

ただ分かるは決して短くない時間、俺と神楽は唇を重ね合って繋がってると言うことだった。

頭の隅っこの方では色々と冷静に物事を考えてるらしく、泥のついた着物を洗濯に出さないとだとか、明日は何時に依頼者がくるだとかグルグルと巡っていた。

何も考えずにこのまま朝を迎えたい。

そうは思っても変なところ真面目で、名残惜しさはもちろんあったが、俺は神楽から離れると体を起こした。

 

「このままだと朝までやっちまいそうだわ」

 

神楽は照れてるのか何なのか、仰向けのまま目を腕で隠してしまった。

 

「やっちゃえば良いのに」

 

濡れてる神楽の唇がゆっくりと動いて、俺はまた顔がカァと熱くなる。

そして、体の奥底が俺を突き動かそうと疼き出す。

今度はキスだけで済む気がしない。

神楽を見下ろす俺の目は、もうすっかりと神楽を女として見ていた。

喉もさっきからずっと煩い。

ソファーに横たわってる神楽が俺をそうさせる。

 

薄手のパジャマのせいで身体の線がはっきりと浮かび上がっていて、 神楽の成長に追いついてないのか随分と窮屈そうだ。

特に胸の辺りは危なげで、布が伸びきっていて綺麗な丸みを帯びていた。

それに触れることが出来たなら、俺は何をしでかすか分かったもんじゃなかった。

揉んで、舐めて、かじって、つまんで。

想像するだけで、ホラまた体が……

俺は腰の帯を解くと、泥のついた着物を脱ぎ捨てた。

それに神楽は気付いたのか、顔の上から腕を退けると大きな目で俺を見た。

 

「銀ちゃん?」

「ちがっ!待て待て!違うから!泥ついてるから洗濯に……」

 

神楽はまた目を腕で隠してしまうと唇を噛み締めた。

きっと俺の下心に気付いたんだろう。

どんなに取り繕っても荒い呼吸や血走る目が全てを物語っていた。

隠せるわけねぇよな。

でも、こうなんのも仕方ねぇだろ?

そりゃ、やっぱり許されるなら触れてみたい。

触りたいし、触られたい。

キスだけで満たされるかと言えば、寧ろキスが起爆剤だ。

本当、次引っ付いたら朝まで離さねぇかも。

そんな事を思いながら、俺はくしゃくしゃに丸まった着物を抱えて突っ立っていた。

 

「別にダメなんて言ってないアル」

 

ソファーで横たわってる神楽は俺を見ずに小さく言った。

その言葉に俺は抱えていた着物を落とすと、神楽を上から覗き込んだ。

 

「マジで言ってんの?」

 

神楽は俺を睨み付けると、うつ伏せになってワァと騒いだ。

 

「冗談でこんな事言わないアル!」

 

だよな!

俺は寝転んでる神楽を寝室へ運ぼうと抱えあげた。

 

「だったら、好きって言ってくれても良いんじゃね?」

 

抱えた神楽の顔がすぐ近くにあって、俺の姿をその瞳に映していた。

そう言えば昔からずっとそうだった。

こいつの目はいつでも恥ずかしいくらいに俺を見ていた。

きっと口に出してないだけで、神楽は何十回と言ってたのかもな。

好きだって。

それでもその声で俺は聞きたかった。

 

「なぁ、好きって言えよ」

「……後でナ」

 

顔を背けた神楽は照れてるらしく、やっぱり言ってはくれなかった。

なら、後で嫌って程言わせてやると、俺は神楽を布団の敷いてる寝室へと連れ去った。

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