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11.ひとつだけ

 

神楽は言った。

ただの好きじゃないんだと。

大好きだと。

また神楽は言った。

家族ではこんな事しないと思ってたと。

 

「じゃあ、お前の父親と母親はどうやってお前を生んだんだよ」

 

俺がそう言うと、神楽はそっかと笑って足元で丸まってる毛布を手繰り寄せた。

 

あれから。

寝室へと向かったあの後、俺らは2人で散々好きだと囁きあった。

体の熱に任せてしまえば、あれだけ口にするのが難しかった言葉も簡単に溶け出しちまった。

それが2人をたったひとつの存在へと変えて、それで……

まだ余韻に浸っていたい俺は布団の中で微睡んでいて、なのに神楽は機嫌が良いのか隣で陽気に喋っている。

 

「ねぇ。私達、恋人アルカ?」

 

体がダルくてその質問に適当に返事をしようと思ったが、曖昧には出来ないなと真面目に向き合った。

恋人なんて甘ったるい響きは大好きだったが、俺はそんな気は更々なかった。

新八に宣言したんだ。

神楽は俺の家族だってな。

神楽だってそうは思って今までやってきたんだろうが、俺が言ってるのは“家族ごっこ”じゃなくマジもんの家族だった。

今言うべきか一瞬悩んだが、神楽が思ってる以上に俺が真剣だと言うことは、どうしても伝えておきたかった。

 

「なぁ、神楽」

 

俺は毛布にくるまる神楽を自分の元へ引き寄せると、背後から抱き締めた。

まだ火照ってる肌が赤みを帯びていて、そんな神楽に俺は鼓動を速めた。

 

「なにアルカ」

 

無邪気に笑う神楽は、俺が今から話す内容を全く分かってないらしかった。

ちょっとは真面目な声色に察してくれても良いんじゃねーの?

そんな事を思いながら、俺は神楽の髪を指で掬うと、引き寄せられるがまま唇を引っ付けた。

 

たったひとつだけ。

仮にたったひとつだけ、神楽に伝える事が許されないなら、俺は間違いなくこの言葉を選ぶだろう。

いや、仮じゃなくて、本当に今伝えたい。

 

「お前と結婚したいんだけど」

 

もう誰にも渡したくなくて、情けねぇんだろうけど恋人なんて関係じゃ俺は満足できなくて。

戸籍とか難しいことは正直あんまり分かんねぇんだけど、神楽を独り占めしたくて堪らなかった。

 

「……返事はいつでも良いから。明日だろうが一年後だろうが十年後だろうが」

 

今は俺が真剣に愛してる事さえ伝われば上出来だろう。

答えを出すのは神楽だから。

いくら俺が望んだところで、神楽の気持ちがこっちに向いてなけりゃどうしようもなかった。

 

神楽は俺の胸元でピクリともせずに、ただじっとしていた。

そんな様子に実は聞こえてなかったんじゃないかと不安になる。

それともあれか?

実はそろそろオヤジと宇宙に戻らなきゃならねぇとかか?

何も反応を見せない神楽に俺は不安になった。

 

「まさかお前、遊びだとか言うなよ。オッサンをここまで本気にさせといて」

 

スゥスゥと妙な音が聞こえてきて、その音に神楽を覗き込めば、ムカつくくらい幸せそうな顔で眠ってやがった。

 

「え、マジで聞いてなかったわけ?」

 

拍子抜けした。

さっきまでクスクス笑ってたと思えばこれだ。

なんつーか、神楽らしいと言うか……

俺は気が抜けたせいか、急に眠気に襲われた。

もう、寝てしまうか。

俺は脱ぎ捨てたままになっていた寝巻きに袖を通すと、神楽にくっついて目を閉じることにした。

 

 

 

今日俺は小さな喫茶店で待ち合わせをしていた。

どうも依頼人はまだ来てないようで、とりあえず俺はパフェを頼んで待っていた。

大して賑わってる店でもないのに中々来ないパフェに多少苛立っていたが、俺は入り口からこちらに向かって真っ直ぐに歩いてくる依頼人に思わず頬が緩んだ。

 

「待ちましたか?」

「あぁ、そりゃもう。一週間程」

 

相変わらず冴えない男は、眼鏡のズレを片手で直すと俺の正面に座った。

 

「おかえり」

「……ただいま」

 

新八は頭を掻くと少し照れ臭そうに笑った。

そして、小包を俺の前に差し出すと真顔になった。

 

「神楽ちゃんに渡してください。それが僕の依頼です」

 

新八がわざわざ依頼者として神楽にこれを渡すって事は……さすがに無神経に直接渡せよとは言えなかった。

 

「あぁ、分かった。報酬はパフェ一杯な?」

 

新八は小さく二回頷くと、懐から一万円札を出した。

それをテーブルに置くと直ぐに席から立ち上がった。

 

「もう行きますね。まだやっぱりダメみたいなんで」

「……そうか」

 

まだ俺を素直に許せてはなさそうだった。

そのせいか新八の俺を見下ろす目は、決して澄んでなどいなかった。

 

「近藤さんの計らいで京で他のヒトと……そう思ったんですが無理でした」

 

俺はそれ以上何も言えなかった。

どんな顔をして新八を見ればいいかなんて分からなくて、思わず下を向いた。

すると新八はフッと吹き出して笑いやがった。

 

「やだなァ、銀さん。そうは言っても僕は誰よりも神楽ちゃんの幸せを願ってるんです。2人の幸せを。選ばれなかった事と、銀さんを憎むことは違いますから」

 

割と明るい声に新八を見上げれば、既に先ほどの陰りはなく、その表情は随分と大人くさいものだった。

そんな新八に俺は背筋を伸ばした。

 

「神楽とちゃんとやるから。だから」

 

話の途中にも関わらず、新八はじゃあと言うと帰って行ってしまった。

丁度そこに注文していたパフェが届いたもんだから、俺は追い掛けずにその場に留まった。

 

結局、言えずじまいだったな。

ただ俺が言いたかったのは、たまには万事屋に顔を出せよって……社交辞令だった。

本心からの言葉じゃねぇんなら、言えなくて良かったのかもな。

新八が吹っ切れねぇ限りいくら普通にしてても、隣に並び立つ俺達を見たくはないだろうから。

そんな事を思いながら一人でパフェを食ってると、窓の外から俺を見ている視線に気が付いた。

たまたま通り掛かったのか、それとも後をつけてたのか、神楽は俺の姿を見つけると店内へ入ってきた。

 

「依頼者って新八だったアルカ?」

「お前に渡してくれって」

 

俺は正面に座った神楽に新八から預かった小包を手渡した。

神楽は直ぐに包み紙をビリビリに破くと、中から京土産の菓子の箱が覗いた。

それに神楽は頬を緩めると俺を見た。

 

「なぁ、銀ちゃん。新八が無事帰ってきて良かったネ」

「あ?まぁ、そうだけど」

 

ニヤニヤして見てる神楽にどことなく嫌な気配を感じた。

神楽は俺の正面でテーブルに頬杖をつくと、更にマジマジと俺を見た。

 

「銀ちゃん、気が気じゃなかったからナ!ようやくこれでぐっすり眠れるネ?」

 

俺はうるせぇと言葉を吐くと、神楽は嬉しそうに声を上げて笑った。

からかってる気持ちもあるんだろうが、神楽はマジで嬉しそうだった。

それがどういう事なのか、今ならスゲェよく分かる。

愛する人の喜びを自分の喜びとし、愛する人の悲しみを自分の悲しみとする。

新八と神楽を通じて俺はその意味を知った。

 

「そろそろ帰るか」

 

店を出ると俺たちは、真っ直ぐに万事屋を目指した。

河川敷を歩きながら、今日の晩飯はどうするかと2人で並んで歩いていた。

空は既に茜色に染まっていて、隣を歩く神楽の横顔も赤く染まって見えた。

それを何気なしに眺めていると、ふいに神楽が立ち止まって俺を見た。

 

「なんだよ?」

 

立ち止まってる神楽を俺は追い越すと、早く帰るぞと歩き続けた。

腹減ってんだよ。

ちょっと寒いんだよ。

あ、トイレ行きたいかも。

だから、とっとと帰ってしまいたかったが、神楽のついて来てる気配がないもんだから、俺は仕方なく足を止めて振り返った。

 

「何してんの?」

 

見れば神楽は自分の胸に手を当てて、うつ向き苦しそうだった。

 

「神楽?オイッ!?大丈夫か?」

 

俺が慌てて神楽に駆け寄ると肩を抱いて背中を擦った。

見れば神楽は涙目で俺に助けを求めてるようだった。

何があった?どうしたんだよ?

神楽は俺の体に体重を預けると、息苦しそうな呼吸の合間に言葉を紡いだ。

 

「銀ちゃんに大事なこと言おうとして……緊張したから紛らわせようと……お菓子一気食いしたら……」

 

要は喉が詰まってるらしく、俺は力一杯に背中をブッ叩いてやった。

 

「わぁ!助かったアル!マジで死ぬかと思ったネ!」

 

人の気も知らずに。

心配した俺の気持ちを返して欲しかった。

つか、こいつは俺に何を言おうとして、こんな事になったんだよ?

良かったと言って一人スタスタ歩いていく神楽に俺は追い付くと、ブラブラしてる右手を掴まえた。

 

「俺は全然良くねぇんだけど!何言おうとしたんだよ?」

 

すると神楽は、人目もはばからず俺に飛び付いた。

前から歩いてくるガキ共も、草むらで犬の散歩してる爺さんも、周りにいる人間の視線が全て俺達に集まった。

 

「離れろ!神楽ァ!オイ!聞いてんのか?」

 

だが、神楽は俺から離れない。

離れないどころか俺の耳に唇を寄せた。

 

「心配した?大丈夫。私は無敵ネ。銀ちゃんから離れないヨ。誰にも奪われないネ。ずっと一緒アル」

 

そして、最後に神楽は言った。

 

「プロポーズ、受けてやるアル」

 

気づいたら俺は神楽を抱き締めたまま、硬い地面に膝をついていた。

力が抜けた。

なのに神楽を抱く腕だけは強くて。

今すぐにでもひとつになっちまいたい程だった。

 

周りの目は痛かったが、今更何て事ない。

いつだって周囲の視線は俺達を変なものでも見るような、冷やかなものだった。

妹みたいに可愛がって、娘みたいに大事にして。

家族じゃないのに一緒にいる。

だけど、今は違う。

もう、そんな言葉を言わせない程に俺は神楽を愛していて、他人の目に映る俺達は街行くただの恋人だった。

 

「こないだ、あん時寝てたんじゃねぇの?」

「なんの事アルカ?」

 

そう聞き返した神楽を俺は抱えあげると、ダッシュで万事屋まで帰った。

もう一度、ちゃんと神楽に言わなきゃならねぇから。

お前に苗字を分けてやると――

だけど、その前に久々の神楽の匂いや柔らかさに目眩がして、俺は万事屋の玄関に入ると、戸を閉めるのと同時に神楽を床に押し倒した。

 

「待ってヨ!銀ちゃん!待てアル!」

「ごめん、ちょっと無理だわ」

「犬より馬鹿アルカッ!?」

 

もう鬼でも犬でも何でも良いか。

俺は神楽の言葉に反論もせず、まんま犬みたいに尻尾を振り続けた。

 

2013/03/21

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