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7.青天の霹靂

 

ジャンジャンと言う賑やかな音に後ろ髪を引かれながら、俺はパチンコ屋から出た。

先日入った報酬を増やそうとして、残念ながら四分の一になった。

一度は五倍に膨れたんだけどよ……

今は何を言っても遅かった。

とにかく全部をパチンコ台に注ぎ込む事だけは阻止できた。

俺にしてはマトモじゃね?

そう思うのは、人間の防衛本能が働くからなんだろうか?

神楽にバレたら締め上げられるなと恐怖しながら、俺は夕暮れの町を万事屋目指して歩いていた。

いつもパチンコなんか絶対に辞めてやると何度も誓って店を出るが、必ずまた足を運んぢまう。

なんて俺は欲望に正直なオトコだろうか。

 

町の風は日に日に冷たさがなくなってるものの、懐が寒いせいか心なしか体まで冷える。

ストレスフリーが今の社会は大事だと、今夜は熱燗でも呑みに行くかと俺は呑気に考えていた。

金はねぇから店のツケだなんて思って万事屋の階段を昇っていた。

 

「野郎には言うなよ」

 

玄関先から男の声が聞こえた。

誰だ?

俺は階段を降りて建物の物陰に身を潜めると、上から降りて来る男を待った。

明らかに依頼人じゃねぇ。

しかも、俺には言うなと来たもんだ。

内容は知り得なかったが、神楽と2人で秘密を共有する事に俺は苛立った。

神楽に秘密を作るなとは言わねぇが、聞いてしまった以上知りたくなる気持ちはどうしようもなかった。

 

カツカツと靴の音が近付いてくる。

それに伴って漂う紫煙。

嗅いだことのある、いけ好かねぇ臭い。

黒い制服。

廃刀令のこのご時世に堂々と帯刀してやがる。

顔を見ればよく知ってる男だった。

真選組の副長さんかよ。

野郎は俺に気付かず目の前を通り過ぎると、離れた場所に待たせてたパトカーに乗り込んだ。

俺はそれを確認すると一気に階段を掛け昇り、玄関の戸を開けた。

 

「ひっ!おかえりアル」

 

神楽は玄関の前にまだ居て、何かを背後に急いで隠すと物置に引っ込んだ。

やっぱり野郎と何かあったらしい。

無性に苛立つ。

俺はイライラしたまま、神楽が隠れるように入った物置の戸を叩いた。

 

「オイ、コラ!何か隠してんだろ?出てこい神楽ァ!」

「うっせーアル!なんも隠して……モグモグ……ねぇヨ!」

 

何か食ってるのは明確だった。

土方の野郎にでも餌付けされたんだろ。

一人で美味いものを食ってる事も腹立つが、簡単に食べ物に釣られるバカにも腹が立っていた。

神楽は全てを平らげたらしく、ようやく物置の戸を開けると俺を睨みあげた。

何だよ、その目。

開き直りか?

 

「何も隠してないアル!今までパチンコ行ってたアホには関係ないアル」

 

あ、バレてんのね。

俺は途端に強く言えなくなると、神楽から逃げるように居間へ向かった。

神楽はそんな俺に呆れたような顔をするも、一緒になって居間のソファーに座った。

つか、さっきまで室内に副長さんが居たらしく、煙草の臭いが充満していた。

 

「げほげほ」

 

俺はわざとらしい咳をしてみた。

それに反応した神楽は向かいから俺の隣に移ってくると、背中をトントン叩いた。

 

「……風邪ネ?」

「なわけねぇだろ。くせぇんだよ!タ・バ・コ!」

 

神楽は顔を赤くして黙り込むと、俺の背中から手を離して俯いた。

つか、こんだけくせぇのにバレねぇとでも思ったんだろうか?

俺は隣の神楽のアゴを無理矢理掴んで顔を上げさせた。

 

「それとオマエ、何か貰って食っただろ?」

 

プンプン甘い匂いさせやがって。

糖の匂いくらい簡単に見つけられんだよ。

たまには俺にも残しとけって!

 

「つか、何食べた?プリンか?いや、この匂いはクッキーか?」

 

神楽の唇に鼻を近付ければ、バターの匂いや砂糖の匂い、色んな匂いが混ざっていた。

だが、すぐに煙草の臭いが鼻に入ってきやがる。

そういや、いつもは香る神楽の花のような匂いもしない。

あちこちが煙草くせぇ。

まさか。

馬鹿馬鹿しい考えが頭にフッと浮かんだ。

いや、ないって。

そんな事は分かりきっていたが、俺の心にモヤがかかりだす。

そして、一度曇り始めた心はどんどん加速して、暗闇へと一歩一歩近付いていく。

俺の留守に男を上げて何してた?

俺には言えねぇことってなんだよ?

たかが菓子に釣られて秘密を守るか?

神楽の瞳を見れば、不安や動揺が現れていた。

 

「神楽、アイツと何してた?」

「だ、誰のことアルカ?」

 

まだシラを切れると思ってんのか?

これには完全カチンときた。

俺は神楽を強く抱き締めると耳元に顔を埋めた。

 

「銀ちゃん?」

 

焦ったような神楽の声に俺はゾクゾクした。

 

「真選組の土方と何してた?あ?菓子で釣られて……」

 

ムカつく。

そんな感情だけが今は俺を支配していた。

本当にガキみてぇ。

自分の思い通りにならない神楽に苛立ってる。

いつだって思い通りになんてならなかったのにな。

なのに、今だけはそんな当たり前のことすらどうだって良かった。

そんな俺は神楽の耳に唇を寄せると言ってやった。

 

「セックスでもしたか?」

 

神楽は何も言葉を返さなかった。

反応すらない。

それが余計に苛ついて、俺は神楽の耳たぶを軽く噛んでやった。

そこでようやく神楽は俺を突き飛ばすと、急いでソファーから立ち上がった。

俺はそれを床に転がった状態で下から眺めていた。

 

「……今日はピンク」

 

神楽は顔を真っ赤にすると俺の顔面をガシガシ上から踏みつけた。

痛い!いたたた!

神楽は寝ている俺を引き摺り起こすと、無理矢理に神楽の正面に立たせた。

明らかに怒ってる。

神楽の顔は俺をきつく睨み上げていた。

だが、その目は次第に涙で濡れていき、何も言わないままポロポロと泣き始めた。

 

「……いや、お前。だって」

 

あんだけやった癖に情けなく言い訳を始める俺に、神楽は腹にパンチをした。

少しだけそれに救われた。

俺は目が覚めたような気分だった。

 

「ダサいアル!銀ちゃんのそれ、ただの嫉妬言うネ!」

 

心臓が針で突かれたように痛んだ。

嫉妬って……

否定出来るわけがなかった。

アレはまんま負の感情だった。

俺を支配すると言うよりは蝕んだ。

そんなのに振り回されて、俺は自分を制する事もできずに神楽に当たった。

 

「真選組の奴らとそんな事あるわけないアル!それは銀ちゃんが一番分かってるでしょ?」

 

神楽は俺に抱き着くと悔しそうに泣いていた。

だよな。俺はどうかしてた。

神楽があいつらとンな事するわけねぇんだよ。

冷静になってみれば簡単にわかんのに、心が闇に隠れてるとそんな事が見えなくなっていた。

 

「あー!わかってる!わかってる!」

 

俺は神楽をそっと抱き締め返した。

神楽が他の男とアレとかソレとかするわけねぇんだよ。

だって神楽は俺の事を……

 

「ええええ!俺の事?」

「急にうっさいアル。何アルカ?」

 

俺の胸で涙を拭った神楽が顔を上げた。

泣いたせいか神楽の白い頬はすっかり紅潮し、涙で濡れたまつ毛が艶っぽく映った。

軽く首をかしげて俺を見つめている神楽にキューっと心臓が縮んだ。

抱き締めてんのに抱き締め足りねぇ。

何だこれ。

神楽をもっと近くに感じたくて堪らない。

 

「な、なァ、神楽」

「何ネ?」

 

コイツはその……こうやって抱き着いてきたりすんだから、俺の事を嫌いなわけねぇんだよな?

なら、神楽も俺をもっと感じたいとか思ってんだろうか?

 

「お、お前、好きな奴いんの?」

 

言ってくれれば、俺もラクになれんだけど。

どっちかに振り切れれば、俺もここから踏み出す事が出来るはずだ。

 

神楽は瞳を揺らして俺を見ていた。

困ってんのか?

それとも悩んでんのか?

怖いのか?

神楽は険しい表情になると、俺から体を離した。

サァっと熱が引いていくのが分かる。

頭から爪先までどんどん冷たくなっていく。

ついさっきまで誰よりも近くにいた神楽が、今は手の届かない遠い所へ行ってしまったような気がした。

なんで?

なんでだよ。

俺はそのままの思いを口に出した。

 

「なんで?」

 

神楽は俺に背を向けると震える声で小さく言った。

 

「私、新八と今度会ってくるアル。その時……」

 

続きを聞くのが怖かった。

今日、神楽に何があった?

土方に何か吹き込まれたか?

俺も目の前の神楽と同じように体が震えていた。

 

「銀ちゃん。私、キスしたり……セックスしたりするかもしれないアル」

 

そう言って神楽は居間から出て行った。

俺はそんな神楽を追い掛けずにはいられなかった。

説明しろよ。

俺が納得する説明をしろ。

俺の目を見てちゃんと言えよ。

 

「なんで新八なんだよ!好きじゃねぇんだろ!」

 

玄関から出ていこうとしている神楽の肩を捕まえた。

勢いあまって神楽ごと玄関戸にぶつかったら、思ったよりも大きな音が鳴り響いた。

神楽を戸と俺の間に追い詰めると、真面目な声で言った。

 

「説明してくれよ」

 

神楽は嫌だと首を横に振った。

何でだよ。

土方の野郎が神楽に、余計なことを吹きこんだは明確だ。

神楽がンな事を思い付くはずがねぇ。

仮にあったとして、なんでこんなに苦しそうなんだよ。

 

「アイツが持ってきた菓子食ったからか?んなもん屯所の前にゲロっとけよ!何があったんだよ……なぁ、なんでだよ」

 

神楽はそれでも首を横に振るだけで何も言わなかった。

これ以上は無理だ。

 

俺は神楽を戸の前から退かせると、万事屋を飛び出た。

会って直接聞いてやる。

俺は真選組屯所に足を向かわせた。

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