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6.紅一点

 

やっぱり柔けぇ。

神楽の体に居心地の良さを感じていた。

俺が仮に犬だとしたら、きっと恐ろしいくらいに尻尾を振り回してただろう。

店から出た俺らは万事屋へ帰る為に、階段のある建物の裏へ回ろうとした。

 

「銀時とリーダーか?」

 

聞き慣れた声に俺と神楽は足を止めた。

振り向けば、長髪の男がビニール袋いっぱいのんまい棒を抱えて立っていた。

 

「よォ、ヅラ。婆さんとこに飲みに来たのか?」

「ヅラじゃない桂だ!そのつもりだったが、んまい棒を買いすぎてしまってな……ちょっとリーダー、食べるのを手伝ってくれないか?」

「はぁ?どういう事だよ!帰れ帰れ!」

 

神楽は俺の言葉も無視して、勝手にヅラを万事屋へと招き入れた。

コイツは本当に食い物に弱いな。

大丈夫かと少し心配になった。

ヅラもヅラで遠慮など一切なく、神楽に言われるがまま上がり込んだ。

俺はと言えば気分が悪く、台所の壁にもたれてしゃがみこんでいた。

 

「はい、水アル」 

 

神楽は俺に水の入ったグラスを渡すと背中を擦ってくれるわけでもなく、直ぐにヅラのいる居間へと行ってしまった。

現金な奴だね、女ってのは。

俺は水を飲み終えると、フラフラと眠気に誘われながら居間へと向かった。

 

居間へ入ればソファーに座った2人がボロボロと、んまい棒にかじりついていた。

異様な光景だ。

んまい棒の匂いが部屋に充満していた。

ヤバい。気持ち悪い。

俺は神楽の座ってる方のソファーへうつ伏せに倒れ込むと動けなくなった。

眠い。無性に眠い。

でも、起きていたい。

そんな抵抗も虚しく、俺は神楽とヅラの2人を残し、眠りの国へと誘われた。

 

 

 

どれくらい眠ってたか。

まだ気分は優れず、あれからそんなに時間が経ってないようだった。

俺は体を起こそうと思ったが、そんな気力はさすがにないとそのまま目を瞑り続けた。

どうやらまだヅラは居て、神楽と何やら話している。

耳だけは元気らしく、2人の会話が鮮明に聞こえてきた。

 

「……リーダーと新八くんとの間にそんな事があったとはな。銀時は知ってるのか?」

「う、うん」

 

何の話だ?

ヅラと少し弱気な神楽の様子にどこか胸騒ぎがした。

この話は俺が聞いていても問題ねぇのか?

あったらここで話さねぇよな。

俺は起きてる事が2人にバレないように、寝ている振りを続けた。

 

「でも正直、最近よく分かんないアル。銀ちゃんが私をどう思ってるのか」

「銀時も天の邪鬼だからな。訊ねたところで素直に答える事もないだろう」

 

俺の胸はズキンと痛んだ。

いつだって曖昧な言葉で濁してきた。

態度で示せばわかんだろうと、なかなか言葉には出来ずに。

あの日、新八に神楽をどう思ってるかと訊かれ、結局俺は何も答えることが出来なかった。

きっと神楽の口から直接その質問をされたとしても、俺は何一つまともに答えることが出来ねぇんだろうな。

 

「だが、行動や態度でその答えを示してるんじゃないか?アイツは昔からそういう所がある」

「……それが余計にワケわかんないアル。私を嫌ってるとは全然思わないけど、やっぱりどこかガキ扱いネ」

 

神楽のその言葉に待ったを掛けたくなった。

俺が最近いつてめぇをガキ扱いしたってんだよ?

手だって繋いだし、お前を抱き締めたし、キスだってしただろ!

後はお前が知らないだけで、夜とか世話になってんだよ!

とにかくガキ扱いはあり得なかった。

じゃあ、何が神楽にそう思わせたのか。

俺は知りたくて堪らなかった。

 

「なぁ、ヅラ。オマエ、キスした事アルネ?」

「ヅラじゃない桂だ!俺はその辺のチャラチャラした奴等と違って安易に女性との接触を」

「ないアルカ。じゃあ、例えば好きな人とキスする事になったら……オマエは唇どこに付けるアルカ?」

 

そうか。

思い出した。

神楽を抱き締めてキスをしたあの日、俺はきっと神楽の期待を裏切った。

俺が唇を付けた先。

それは神楽の唇じゃなく……頬だった。

それは気持ちを確かめ合った仲でもねぇのに、そういう事をするのはマズイと察しての事だった。

唇を奪って良いなら奪っていた。

まぁ、結局は俺が弱気だったって話か。

じゃあ、終わった後にぶっ飛ばしたのは“なんで唇じゃないんだよ”って事か?

てめぇこそ口で言えよ。

言ってくれたら、俺だってアレだ、自分からガツガツやれたワケだし。

つーか、何だよこの関係。

曖昧で危険過ぎるな。

俺は自分の気持ちと向き合う必要があることを悟った。

 

「てめーら、人が寝てんのにうっせぇんだよ」

 

俺はどうにか体を起こすとソファーに座り足を組んだ。

それには神楽も真っ赤な顔で俺を見ると、小さく飛び上がった。

そして、風呂に入ると言うと、逃げるようにして居間を飛び出した。

アイツってこんなに分かりやすかったか?

俺は思わず頭を掻いた。

 

「お前が起きなければ、リーダーに直接俺が、どこに唇を付けるか教えてやれたのにな」

 

正面に座るヅラが時折見せる黒い表情を覗かせた。

こういう場合、大抵が俺をけしかける為の台詞だ。

本心じゃねぇ……はずだ。

 

「神楽にぶっ飛ばされて終わりだろ。ほら、もう帰れよ堅物」

「堅物か」

 

ヅラはそう言って不敵に笑いソファーから立ち上がると、んまい棒をムシャムシャと食った。

そして、ボロボロとカスを撒き散らしながら居間から出て行く途中、ピタリと足を止めた。

 

「本当に大事なんだな、リーダーの事が」

 

それだけを言い残してヅラは玄関から出て行った。

大事だったら何なんだよ。

つか、アイツこそ本当にんまい棒が好きだな。

そんなことより、俺は仰向けになると天井を眺めながらこれからを考えた。

俺は神楽をどう思ってるか。

手も繋いだ。

抱き締めた。

頬へキスもした。

だけど、言い方さえ変えれば家族だってする事だ。

ただ、眠ってる神楽に白濁色の体液を掛けた俺は――

それでも自分の気持ちを決定づけるものがなかった。

神楽は俺にとって何だ?

反対に神楽にとって俺は何?

今夜はこのままソファーで眠るか。

どうせ神楽も気まずくて、枕並べて眠るんのも嫌だろう。

俺も動くのがダルい。

少し寒いが、このまま眠よう。

と思ってはいても、神楽の肌が恋しかった。

つか、キスした日以降なんで俺に触れなくなった?

これが駆け引きってヤツか?

それとも別に理由があんのか……

そんなことを考えてる内にまた俺は眠りに落ちた。

 

 

 

喉が乾いて、俺は真夜中に体を起こした。

 

「あれ?」

 

いつの間にか布団で眠っていたらしく、俺は寝室で目を覚ました。

隣から聞こえる寝息。

多分、神楽が運んだんだろう。

大人の男を布団に運べる女なんてなかなかいねぇよなと、急に可笑しくなった。

そんな事が出来るなら、俺の唇だって奪えんだろうに。

つか、なんで神楽は俺とキスしてぇんだよ。

つまりは……

俺はフラフラと台所へ行けば空のグラスに水を汲んだ。

冷てぇ。

台所の壁にもたれて何気なしに窓の外を見れば、月が高く昇っていた。

でっかい満月。

なかなか焦れったい俺はそんな物にすら、すがりたくなった。

狼男にでもなって、上手いこと言って食べちまいたい。

だが、それは許されねぇ。

 

寝室に戻って居間との境の襖を開ければ、ヨダレ垂らして眠ってる神楽に苦笑を浮かべた。

本当に安心しきってんだなと。

そんな神楽の気持ちを裏切らない為にも、やっぱり俺は眠ってる神楽には指一本触れちゃいけねぇ。

本当に触れたいなら、神楽が起きてる時にちゃんと言わなきゃなんねぇんだよな。

俺が神楽をどう思ってるか。

でも、こんなに近くにいんだ。

触りたくて、神楽をこの体に感じたくて堪らなくなる。

俺はよからぬ考えを消すのに頭を振ると、寝てる神楽の姿を見ないようにして布団に入った。

今日はもう無理にでも寝てしまおう。

そう決めて目を瞑った。

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