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5.紅一点

 

あの日から神楽は俺にベタベタと引っ付かなくなった。

布団は並べて寝てはいるが、抱き着いたりなんて事はなくなった。

正直、意味が分からなかった。

あの日、キスをしたのがダメだったんだろうか?

でもなぁ、どう考えてもあの雰囲気はキスだっただろーが。

いや、やっぱり俺がしたくてそう思っただけで、神楽にはその気がなかったのか。

女の……神楽の考えてる事が全く分からなかった。

今も布団の向こうにいる神楽が何を思ってんのか、俺には謎だ。

 

「相変わらず寝相わりぃな」

 

まだまだ夜は寒いにも関わらず、神楽は薄いパジャマで眠っていた。

掛け布団は擦れ、上半身は布団から全部出ていた。

風邪引くだろ。

俺は体を起こし神楽に布団を掛け直そうと寝ている神楽に近寄った。

 

「お嬢さん、腹出てんだけど」

 

神楽は布団どころか、パジャマまでだらしなく捲れ上がっていた。

よく寒くないなと感心するほどだ。

捲れてるパジャマに手を伸ばそうとして、俺は自分の行動に疑問を抱いた。

一体、何してんだよ?

神楽はもうガキじゃねぇんだから放っときゃ良いだろ。

なんで親でもない俺がそんな事してやんだよ。

もう一人の俺にしてはごもっともな意見だった。

そうやってもう一人の俺の声に耳を傾けたのを境目に、このもう一人の俺はどんどんと饒舌になった。

最近、神楽に触れられなくてどんな気分だ?

本当は抱き締めて欲しいんだろ?

自分からベタベタ引っ付いてみろよ。

なぁ?あのパジャマ、もう少し捲り上げれば何があるか知ってるか?

俺は思わず耳を塞いだ。

どうなってんだ。

幻聴か?

心臓が激しく脈を打ってる。

神楽を見れば何も知らずに眠っていて、小さなヘソだけが俺を見ていた。

 

これの先、あのパジャマを捲り上げれば……

神楽の寝息に合わせて上下する胸が、まるで俺を誘ってるように見えた。

唇で触れた頬の感触。

神楽の肌の気持ち良さを俺の体は知っている。

知ってる以上、また機会がないかと体は期待をする。

今だって……

また体が、下半身が熱くなる。

右手が勝手に下着の中に伸びて、苦しそうに腫れてる馬鹿を取り出す。

やめろ!やめろ!

いくらそう思ったところで、下半身が言葉を聞くことはない。

俺は薄暗い中、神楽の白い体を見ながら激しく右手を動かした。

時折、神楽に無性に触れたくなって左手を伸ばしかけるが、それだけは許されないと留まった。

だが、右手はてんでダメで、動きが止まる事はなかった。

せめて匂いだけでもと、神楽に俺は近付いた。

神楽の直ぐ隣に横になりながら神楽の匂いを胸に取り入れた。

一気に快感が加速する。

なんで同じ人間なのにこんなにいい匂いがするのか。

花に集る蝶の気分がよく分かった。

甘い蜜に与りたい。

たっぷりと味わいてぇと。

そうだ、俺はやっぱり神楽を――

そこで快感の大きな波が押し寄せて、俺はどっぷりと飲み込まれた。

そして、取り込んだものを吐き出せば、体が軽くなった。

 

「ヤバい」

 

しくじった。

いや、やっちまった。

気付けば俺は自分のを握り締めたまま、神楽の体の直ぐ脇に膝をついていた。

俺は青臭いガキみてぇに我を失ったのか、神楽の見えてる腹に……

急いでティッシュペーパーでそれを拭き取れば、神楽も異変を察したのか小さく呻いた。

 

「んんっ」

 

慌てて俺は自分の布団へ戻ると、頭から潜り込んだ。

これがバレたら殺される!

指は触れてないものの、指よりもっとヤバいものを神楽につけてしまった。

しばらく息を殺して寝たフリをしていたら本当に寝ちまったらしく、目を覚ましたら次の日の朝になっていた。

 

「おはよアル、いつまで寝てるネ!今日は依頼入ってたダロ」

 

体が重い。

んでから痛い。

体を起こそうとして、ようやくその理由が分かった。

神楽が上に乗っていた。

 

「……ちょ、朝はダメだろ。神楽ちゃん、朝はそこ乗っちゃダメだわ」

「なら夜なら良いネ?」

 

それはもっとダメだとツッコミたかったが、昨夜の事がバレてないか俺は気が気じゃなかった。

 

「なぁ、調子はどうよ?」

 

神楽は俺から降りると別にと言った。

ならきっと大丈夫だな。

そう安心して体をようやく起こすと、神楽が思い出したかのようにあっと言った。

 

「なんかお腹が……」

 

俺は飛び上がり神楽に背中を見せると、バレてない事を天に祈った。

 

「どうしたアルカ?」

「い、いっいいいいやぁ、別に」

「なんかいつもよりお腹がペコペコアル!」

 

神楽は元気よくそう叫ぶと、さっさと台所へ向かった。

 

「よかったァ」

 

俺はその場にへたりこむと少女のように両手を合わせ、天に感謝した。

もう二度とやらねぇ。

こりごりだ。

俺も布団を片付けると神楽のいる台所へと向かった。

 

「巨大おにぎり出来たアル!」

 

台所へ行けば、五合炊いた米の半分以上を使って握られたおにぎりがあった。

つか、どうやって握った?それ?

 

「もっとなんか作れねぇのかよ」

 

たかがおにぎりを握るだけの癖に、神楽はヒラヒラとしたエプロンを身に付けていた。

それが一番美味しそうで……

あ?え?ちげーよ! 

どうしたのか昨日のせいなのか、俺の神楽に対する想いが露骨になっていた。

もう心も体も神楽を良い女だと感じていた。

朝っぱらだってのに、神楽をまともに見られない。

盗み見るように神楽を見れば、何も気にせずにおにぎりにかぶりついていた。

俺もそれを見てたら腹が減ってきた。

きっと腹を満たせばこんな考えもなくなるだろうと、残ってた白飯で俺もおにぎりを握って食べた。

 

 

 

今日の依頼はただの飼い猫捜しだった為、大した報酬はもらえなかった。

薄い茶封筒を見れば入ってたのは五千円札。

まぁ、でもパチンコの足しにはなるかと封筒を懐へしまった。

が、神楽はそれを許さないのか俺の懐へ手を突っ込むと取り上げようとした。

神楽の冷たい指が封筒を探してシャツの上を這い回る。

ゾクッとした。

 

「やめろ!やめてくれ!お前、それちげーよ!」

「私が猫見つけたアル!半分以上は私のものネ!」

 

道の真ん中でそうやって騒いでいたら、たまたま通り掛かった下の婆さんが俺らに声を掛けた。

 

「なんだい、みっともない。ホラ、店に入んな。腹減ってんだろ?喧嘩ばかりして」

 

その声に俺ら2人は顔を見合わせると、素直に婆さんについてスナックお登勢に足を運んだ。

 

店に入れば既に開店準備は終わってたようで、キャサリンもたまも休憩していた。

 

「そこ座んな」

 

婆さんはカウンターに入ると煙草に火を点けた。

俺と神楽は適当にカウンター席に座ると、キャサリンが看板に電気を灯しに外へ出た。

 

「婆さん、助かったぜ。神楽の奴、腹減っててうっさくて」

「違うアル!銀ちゃんが稼ぎ独り占めするからダロ!」

 

神楽は思い出したかのように俺に飛び掛かると、また着物の中に手を突っ込んだ。

それを黙って見てた婆さんだったが、煙草を消すと鍋の中の料理を皿に盛り俺達の目の前に出した。

 

「美味しそうアル!いっただきまーす!」

 

神楽は俺の懐から手を抜くと、さっそく料理に箸をつけた。

神楽は相変わらずいい食べっぷりで俺も腹が小さく鳴った。

それに神楽も気付いたのか、これ美味しいと料理を取った箸を俺の口へと運んできた。

 

「旨いな」

「美味しいアルナ」

 

そうやって神楽と顔を合わせると、この様子を見ていた婆さんが唸った。

 

「あんた達……」

 

俺はその続きを待ったが、婆さんは結局何も言わずじまいだった。

俺は続きを聞こうと思ったが、店に客が来始めてうやむやとなった。

 

 

 

店は良い具合に客で溢れ、たまもキャサリンも忙しそうに接客をしていた。

神楽も俺の傍から離れ、常連に飯を食わせてもらったりと楽しそうにしていた。

俺は婆さん相手に酒をちびちびと呑みながら、そんな様子を見ているだけだった。

 

「銀時、知ってたかい?神楽目当てに来る客もいるんだよ」

「はァ?」

 

俺は酒の入ったグラスを置くと、神楽を振り返り見た。

今日も短い丈のチャイナドレス姿で、神楽は客と客に挟まれて何かツマミを食べていた。

 

「あの横の野郎共か?あ?」

 

神楽に手出してみろ。

ただじゃ済まねぇからな。

神楽にぶっ飛ばされて痛い目みる羽目になんだぞ!

だから、指一本触れんじゃねぇぞ!

俺がスケベ野郎共を睨み付けてると、婆さんが笑いながら言った。

 

「そんな心配なら縄でもつけときなよ」

「あ?ちげーよ!アレだ。ウチにもいくらかチップ弾めって……」

「ところで銀時。新八を最近見ないけど、どうしてんだい?」

 

俺はグラスに入ってる酒を飲み干すと、ここでも嘘をつかなきゃなんねぇかとうんざりした。

だが、婆さんだろうが誰だろうが、そう簡単に喋るもんじゃねぇだろう。

俺はまたお妙の時と同様に嘘を吐いた。

 

「なんか重病らしくてな」

「えぇ!大丈夫かい?心配だねぇ」

「まぁな」

 

酒が入ってるせいか、俺の嘘は下手だった。

婆さんもこれには直ぐに気が付いたようだった。

 

「……ただの喧嘩ってわけじゃないようだね」

「何がわかんだよ。知らねぇ癖に」

 

婆さんは洗い終わった皿を拭きながら、フッと鼻で笑った。

 

「私だってよく分かるさ。昔はいつも3人で居たんだから」

 

その話は俺も充分知っていた。

その後、3人がどうなったのか、はみ出た1人がどうなったのか、全部と言っても過言じゃねぇ程にな。

俺は酒の入ったグラスに映る冴えない顔の男を見た。

誰かに被る白髪頭。

そういや、婆さんの旦那は岡っ引きだったか。

そして、女が1人か。

ヤケに被るな。

どっかの3人と。

もし、それが俺の知ってる話通りに進むなら、白髪頭は女とは結ばれねぇ。

だが、護り通す。

親友に託された女と町を――

 

俺はグラスの酒を飲み干すと、トンとカウンターに置いた。

馬鹿馬鹿しい。

結ばれるってなんだよ。

新八は既に神楽にフラれてるし、俺と神楽の間には何もねーし。

 

「俺らは違うから。そういう惚れた腫れたは一切ねぇから」

「そうかい。なら、私の勘も鈍くなったもんだね。あんた達見てたら、まるでどっかの夫婦に似てたから」

 

俺はヒヤリとした。

俺の知ってる3人組とは……キャストがまるっきし逆だと。

つーか、神楽と夫婦ってなぁ。

 

「あるわけねぇだろ。よっぽどの物好きに決まってる。神楽を好きになる奴なんてな」

「そうだね。銀時も新八も……アタシもキャサリンもたまも、物好きさね」

 

婆さんには何を言っても敵わなかった。

俺なんかよりずっと老いぼれの癖に、どこか勝てる気がしなかった。

全部見透かされてんだ。

パンツの中もケツの中までも。

気持ちわりぃな。

俺は飲み過ぎたのか何なのか、急に気分が悪くなった。

カウンターに突っ伏せば、固いテーブルに額を打ち付けた。

 

「男同士で決着つけんのも良いけどね、神楽の気持ちをちゃんと聞いておやりよ」

 

何を言いやがる。

まるで俺と新八が神楽を取り合ってるみてぇじゃねーか。

ケツの青いガキと女取り合う程、こっちは若くねぇんだよ。

愛し合ってる仲を引き裂く程、俺は非情じゃねぇんだよ。

そんな事を口にも出せずに伏せてる俺を見て、婆さんは神楽を呼んだ。

 

「神楽!銀時を連れて帰っておくれ」

「また懲りずに飲み過ぎたネ?」

 

神楽は俺の隣に戻って来ると、俺を無理矢理に立ち上がらせた。

そして、俺の肩を抱いた。

どれくらいか振りに神楽を体に感じた俺はバカみてぇに喜んでいた。

ニヤケちまいそうな顔を必死で堪えると、神楽に肩を借りてお登勢の店から出て行った。

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