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4.桃色遊戯

 

家に到着した俺らは何も知らずに万事屋への階段を昇った。

昇りきる前に俺と神楽は玄関の前に佇んでいる人間を見つけた。

 

「銀さん、神楽ちゃん」

「アネゴ……」

 

仕事が休みなのか、それとも休んだのか、伏せ目がちの表情でお妙が一人立っていた。

 

「なんだよ、新八も相変わらずシスコンだな」

 

誰もクスリともしなかった。

いつから立っていたか分からないお妙は、随分寒そうだった。

さっきの神楽と同じだ。

なのに俺はただ、その事実を事実としてしか見てなかった。

 

「……入れよ。新八のことだろ。俺も明日辺りそっち行こうかと思ってたんだ」

 

俺はお妙を居間へ通すと、ソファーに腰掛けさせた。

怒鳴り込みに来たわけではないらしく、むしろ今にも泣き出しそうな顔に見えた。

苦手だ。

俺は神楽に熱い茶を頼むと、お妙と2人で話を始めた。

 

「新八、どうしてる」

「昨日は一日中ずっと部屋にこもってて。理由を聞いても何も話してくれないから」

 

どうやらお妙は新八が万事屋を辞めて帰って来たとは思ってないようだった。

それで俺に理由を聞きに来たってわけか?

正直、俺は当事者じゃねぇ。

神楽の口から話させるか?

いや、新八が言いたくねぇなら俺らは何も言っちゃいけねぇ。

俺は白を通すことにした。

 

「こっちも急に仕事放棄されちまってよ、困ってんだ。何があったんだか」

「……そう。銀さんも知らないのね」

 

お妙は俺を少し怒ったような顔で見ると、それとは裏腹に柔らかい口調で言った。

それが何よりも怖さを感じた。

 

「今朝はどうしてた?」

 

俺が足を組み替えながらそう尋ねれば、お妙は視線を逸らせた。

 

「それがね、急に近藤さんに話をしに行ったかと思ったら……真選組の隊服を着て戻ってきたの」

 

胸の奥がズキンとした。

なんだよ……俺に黙ったままはないんじゃねぇの?

正直、新八が万事屋を飛び出す理由に俺は関係がなかった。

なのにどういう事か、新八は俺に話もなく真選組へと入隊した。

水臭い。

いや、なんつーかちょっと腹立つ。

捨てられた気分だった。

 

「あっそう。ふーん……へぇ、新八が真選組にねぇ。いーんじゃねぇの?こっちじゃ味わえない、金、名誉、女が味わえんだから」

 

本当はここを辞める口実が欲しくて神楽を利用したんじゃ?

そんな事が頭に浮かんだ。

新八にとって神楽も俺もすっかり大切なものではなくなったんだろうな。

悔しさよりは可笑しさが込み上げてきた。

一緒に過ごした時間はなんだったんだってな。

 

「なら、銀さんが辞めさせたわけじゃないのね?新ちゃんに一体何が……」

「お茶入れたアル」

 

神楽が盆に湯飲みを二つだけ乗せて居間へ入ってきた。

お妙の前に湯飲みを一つ置き、もう一つは俺の前に置くとチラリとこっちを見た。

どうしようか迷ったが、俺はソファーを少し詰めて座ると、神楽が隣に座った。

 

「まぁ、新八から直接話聞く方がいいんじゃねぇの?もっと言えば新八が話したがらねぇなら、無理に聞いてやるな。アイツももう大人なんだからな」

 

そう言って神楽の入れた茶を飲むと、お妙も釣られて湯飲みに口をつけた。

 

「そうよね。新ちゃんも、もう子どもじゃないんだものね」

 

隣の神楽は俺がテーブルに置いた湯飲みを持ち上げると、真剣な表情でそれに口をつけた。

 

「じゃあ、私は帰ります」

 

そう言ってお妙は腰を上げると、今まで新八が世話になったと頭を下げた。

俺も神楽も急いで立ち上がると頭を下げながら顔を見合わせた。

随分他人行儀だと思ったが、初めから他人だった事を思い出した。

どれくらいかして頭を上げると、お妙が先に顔を上げていて俺たち2人を目を細めて眺めていた。

 

「何だか2人とも……」

「ん?」

「なんでもないわ。じゃあね。銀さん、神楽ちゃん」

 

そう言ってお妙はもう一度だけ頭を下げると、万事屋から出て行った。

お妙は最後何を言いたかったのか。

2人とも……なんだ?

案外平気そうだってか?

お妙の目に俺達はどう映ったのか。

それはお妙にしか分からなかった。

 

「新八、真選組って。やっぱりもう戻ってこないアルナ」

「何があったか知らねぇが、戻れるわけないだろ。お前が一番よく分かってんじゃねぇの?」

 

神楽はそこから黙ると静かに湯飲みを片付けた。

新八と神楽の間に何があったのか。

ただ新八が神楽に想いを伝えて、それが受け入れられなかった……なんて話じゃないんだろうな。

 

「銀ちゃん」

 

神楽は台所から戻ってくると、俺の隣に腰掛けた。

 

「なんか疲れたアルナ」

 

そう言うと神楽は俺の肩に頭を乗せた。

神楽にはパーソナルスペースってもんがねぇんだろうか?

毎回毎回、当たり前に俺に接触してきやがる。

今までならなんともなかったのにな。

俺はため息を吐いた。

 

「銀ちゃんも疲れてるアルカ?温泉でも行っちゃうネ?」

「どこにそんな金があんだよ」

「福引きで当たんないアルかなァ」

 

神楽はズルズルと俺の方へ体重を掛けてずり落ちていくと、そのまま俺の膝の上に頭を乗せた。

ガキじゃねぇんだからよォ。

俺は眉間にシワを寄せると険しい表情で神楽を見た。

すると、それまでベラベラと喋っていた口が閉じ、俺を真っ直ぐに見上げていた。

デカイ目が俺だけを映し出していて、その眼差しに吸い込まれそうだった。

昔からその目に見つめられんのはなんか苦手だ。

俺の全て、パンツの中まで見透かされちまいそうで、どこか恥ずかしさもあった。

俺は逃げるように急いで顔を上げた。

 

「でもまぁ、2人分ならどうにかやれば行けねぇこともないだろ」

「本当アルカ!」

 

神楽は余程嬉しかったのか、俺の腰に顔を埋めてしがみついた。

バカ!離れろ!

そう思って頭を叩こうとしたが、自分で勝手に決めたルールを思い出した。

次に抱き着かれたら……俺もやり返す。

でもなぁ、こっからじゃ神楽に届かねぇんだよな。

だったら仕方ねぇ。

だから、俺は代わりに神楽の頭を撫でた。

定春でも撫でるかのように。

そういや、ずっと神楽はそういう存在だった。

ペットつーと人聞き悪いが、マスコット的な。

言わば性的な要素は一切なかった。

愛らしい、可愛い。

飽くまでも俺は父であり、兄であり、親戚のおっさんだった。

なのに――俺が変わってしまったんだろうか?

いや、神楽が変わったんだろ?勝手に。

体は日に日にでかくなって、食う量もバカみてぇに増えて、力だってどんどん星海坊主に近付いてきやがった。

それだけ聞いたらどこの野郎かと思うが、風呂場でタオル越しに見えた体はすっかり女の丸みを帯びていた。

今だってソファーの上でバタバタとウルサイ足が短いスカートから伸びていて、動く度に白い太ももや白い……アレやらがちらつく。

目のやり場に困るけど、バレねぇなら見ていたい気持ちもあった。

それは前までに俺の中にはなかった感情だ。

俺が男である以上、その沸き上がる気持ちは仕方ねぇことだ。

ただ何か行動に起こすなら、神楽が傷付かねぇ範囲に留めなきゃならねぇ。

そこは絶対だ。

神楽にぶっ飛ばされるからなんて話じゃねぇ。

いくら前科持ちの俺でも、犯しちゃならねぇ罪だけは踏まえていた。

 

「銀ちゃん」

 

神楽は体を起こし、俺の膝の上にこちらを向き跨いで座ると、対面する形になった。

この座り方は、えーっとそのヤバいんじゃねぇの?

思わずアゴを上げて首を反らせた。

 

「2人で万事屋、頑張ろうネ」

 

神楽は笑ってそれだけ言うと、やっぱり俺を抱き締めた。

なんだコレ。

今までで一番心臓がうるせぇんだけど。

俺の顔の横に神楽の顔があって、すげぇ近い。

神楽の匂いが、神楽の温もりが鮮明に分かる。

なんか言わねぇと怪しまれるか?

だけど、俺の喉はからっからに渇き、神楽の名前すら呼べなかった。

どうすりゃいいんだよ。

両手が震える。

これは神楽を抱き締めたがってんのか?

耳が熱くなるのが分かる。

あ、顔まで熱いわ。

今きっと分かりやすいくらい顔が赤いんだろな。

 

「銀ちゃん、あのネ」

 

そう言って神楽が俺から体を離そうとしたから――

俺は遂にやっちまった。

この両手は思ったよりも小さな神楽の体を抱いた。

案外、細ェんだな。

でも、しっかりちゃんと神楽は俺の腕の中にいた。

顔を見られたくねぇからちょっと強めに、押し込めるように神楽の頭に添えた右手に力を入れた。

そのせいか神楽の顔の熱が俺にまで伝わってきた。

ってことは、俺のも伝わってんだろうな。

神楽の呼吸が耳元で聞こえる。

思いの外、深い呼吸をしてるようだった。

俺もそれを見習って深く呼吸をしてみたが……ヤバい!

神楽の匂いに目眩がする。

お陰で心臓だけじゃなく、俺の体のあらゆるところが活発になりはじめた。

このままだと色々誤解されかねねぇと、神楽を抱き締める腕を元の位置へと戻そうとした。

 

「もう少しだけ……」

 

囁くような小さな声が耳元で聞こえた。

神楽の吐く熱い息が耳にかかる。

甘えてんのか何なのか。

神楽の太ももにも力が入り、俺は神楽に全身で抱き締められた。

勿論、体は密着して俺に押し付けられる。

もう少し良いも何も、基本的に神楽から逃れる事は難しかった。

それは力が強いってのはあるが、今は……俺自身が離れたくねぇと思っていた。

本当は全部バレちまっても良いから、抱いていたいと強く思っていた。

興奮してんのも、ちょっと照れてんのも、もっと触れていたいのも、全部バレてもいいから。

 

「銀ちゃん」

 

神楽がすぐ近くで俺を呼んで、それから赤い頬で俺を見た。

近いなんてもんじゃない。

抱き合ってんだから、ほぼ重なってしまいそうな距離だ。

近すぎてピントすら合わなくなる。

これって目を閉じろと体が発してんだよな?

神楽の吐く息が熱い。

それを俺の唇は既に知っている。

ピクンと体が反応して、神楽にそれに気付いたのか一瞬驚いた顔をした。

しゃーねぇだろ……不可抗力だ。

もう、抵抗する方が馬鹿げてる程に近い。

体は神楽を求める。

でも、ダメだろ。

握手もハグも挨拶で済むけどキスは?

キスは一線越えてんじゃねぇの?

あ、アメリカではキスもするか?

フル回転した頭は言い訳をきちんと見つけると、なんの迷いもなく神楽に――

神楽の赤く染まる頬に唇を付けた。

見た目まんまに熱い頬は俺の知ってるものの中で、一番柔らかく気持ちの良いものだった。

食べてしまいたい。

そんな欲求が生まれる程だ。

 

俺はようやく神楽から体を離すと早く降りろと言った。

神楽は俺を膨れっ面で見ていて、どういうわけか指をボキボキと鳴らしている。

はぁ?えっ?ちょっと何?

そう口に出そうとしたが間に合わず、俺は吹っ飛ばされた。

神楽は天井に頭から突き刺さる俺を放置すると、そのまま居間から飛び出した。

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