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3.桃色遊戯

 

それから俺の神楽に対する見方が変わった。

もう、今まで通りには振る舞えそうもなかった。

聞こえてくる声、仕草、表情。

神楽の何もかもが“女”のそれだった。

昨夜で全てが変わってしまった。

俺は神楽を一人の女だと認めざるを得なかった。

だが、それでも家族だ。

神楽がそう思い続ける限り。

そんな俺の考えも何も知らない神楽は、今日も昼間っからベタベタと引っ付いてくる。

 

「銀ちゃん、気分転換にどこか行こうヨ」

 

台所で食器を洗っている俺に神楽が覗き込むように言ってきた。

今まで気にならなかった神楽のそんな行動に俺は目眩がした。

つか、ちけぇんだよ!

俺は視線を逸らすと適当に返事をした。

 

「ん、あぁ、そうだな。天気もいいしな」

 

神楽は特に怪しむことなく俺に飛び付くと、気分良さそうに笑っていた。

その間も俺は神楽の柔らかい体に眉を潜めていた。

こんな事やってりゃ、そりゃ新八も勘違いするよなと。

神楽が夜兎じゃなけりゃどうなってた事か。

 

「銀ちゃん、どこ行くネ?」

「行きたいとこねーのかよ」

 

神楽はうーんと悩むと何処でもいいなんて言いやがった。

多分、本当に何処でもよかったんだろう。

万事屋から出て、少し風に当たりたい。

少なくとも俺はそう思っていた。

 

家の事をある程度やり終えると、神楽のものと同じ色のマフラーを着けて、俺はスクーターのキーを持った。

先に万事屋を出ていた神楽はスクーターに横向きに座ると、寒空にも関わらず短いスカートから白い太ももを覗かせていた。

俺はヘルメットを被ると神楽の頭を小さく叩いた。

 

「ズボンを穿け、ズボンを」

「なんでヨ。全然寒くないもん!平気アル」

 

そう言うことじゃねーよ。

神楽はどんな風に見られるか特に気にしてないらしい。

男がそのミニスカートとニーハイソックスの間に何を見てるか、神楽は知らないようだった。

 

「早く出発してヨ!ほら、走れヨ」

 

神楽は俺の腰に抱き着くとキャッキャと笑っていた。

随分、楽しそうじゃねぇか。

新八の事はすっかりと忘れちまってるように思えた。

それとも“フリ”なのか?

俺はスクーターのエンジンを掛けると、地面を蹴った。

神楽と2人、どこへ行こうか。

 

 

 

しばらく適当に走った。

会話もなく、ただのんびりと。

たまに信号待ちで神楽が何かを言って、俺がそれに相槌を打った。

そういや、神楽と2人でこうして出掛ける事は滅多にないことだった。

いつも後ろに乗っていたのは神楽じゃなく、新八だったからな。

下手くそな歌が少し恋しくなった。

 

「銀ちゃん、停まって!」

 

神楽が急に叫んだ。

海沿いの道を走っていたスクーターは減速して、堤防沿いに停止した。

神楽は座席から飛び降りると、青空から舞い落ちてくる雪を見上げた。

 

「晴れてるのに。変アル」

 

寒いとは思ってたが、まさか雪が降るとはな。

青空からの雪なんて珍しいものだった。

神楽はそんな雪にはしゃぐと、子どもみたいに笑っていた。

そんな笑顔に俺は安心した。

なんだよ、いつもの神楽じゃねぇかって。

 

「少し歩くか」

 

小さく神楽は頷くと、俺はスクーターを押して歩いた。

神楽は元気だったが、見えてる太ももが寒そうだった。

 

「お前、脚寒いだろ」

「寒くないって言ってるアル」

 

強がりか何なのか。

赤くなり始めている肌が充分に寒そうだった。

俺らはスクーターを適当に置くと砂浜に降りた。

 

誰もいない。

だだっ広い海。

当たり前か。

先を歩く神楽はこっちこっちと俺を手招きすると、放置されたままの取り壊されていない海の家に入り込んだ。

 

「ここ前に来たアルナ」

「そうだったか?」

 

神楽は砂まみれのベンチを手で払うとそこへ腰掛けた。

 

「覚えてないアルカ?銀ちゃんの頭はほんとっポンコツアルナ」

「てめぇの頭に比べりゃマシだけどな!」

 

こんな季節にわざわざ脚見せるなんて俺には信じられなかった。

ただでさえ江戸の町じゃ珍しい格好だってのに、こんな短いスカート……

俺は神楽の正面に突っ立ったまま上から太ももを見下ろしていた。

 

「……なんか、やっぱり寒くなってきたネ」

 

神楽は手にハァっと息を掛けると俺を上目遣いで見た。

きっと意味はねぇんだろう。

あったとしても“そろそろ帰ろう”くらいのもんだ。

媚びるようなそれとは違って、普通に俺を見ているだけだった。

なのに俺は神楽の言葉や行動に裏がある気がしていた。

いや、あって欲しいなんて思ってた。

ただ単に神楽に近付く口実が欲しかった。

昨晩、神楽によって快楽を味わった俺の体は強く神楽を求めていた。

虚像じゃなく、本物に触れたいと――

 

「つめてぇ」

 

俺は神楽の手を取ると躊躇うこともなく握った。

見てるままに白い手は氷のように冷たかった。

それを俺が擦ると神楽は少し驚いた表情で俺を見ていた。

怖がるわけでもなく、拒むわけでもなく。

だからって調子に乗ると痛い目を見そうで、俺は適当に手を離した。

やり過ぎはヤバい。

それだけは分かる。

 

「よし、帰るか」

 

神楽より先に小屋から出ようと出口に向かって歩き出した所で、俺は足を止めた。

それは自分の意思ではなかった。

神楽が背中から抱き着いたせいだった。

なんだよ。

背中から胸へと回された腕にギュッと力が入った。

いつもの無邪気さはそこにはなくて。

お陰で俺の心臓は押し潰されそうに苦しくなった。

 

「ぎ、銀ちゃん、温かいアルナ」

 

そう言った神楽は小刻みに震えていて、どこに俺の温もりを感じてるのか分からなかった。

 

「そんなに寒いのかよ」

 

俺は頭のつきそうな低い天井を見上げた。

どうするべきか。

神楽は何を望んでる?

それが分からなかった。

自分の望みすら明確には分かんねぇのに、神楽の思いなんて汲めるわけがなかった。

 

「帰るか」

 

俺のその言葉を神楽はどんな表情で聞いただろうか。

俺の歩みを止めたってことは、神楽の望んでる答えはこれじゃなかっただろう。

それでも俺の中の品行方正が出した答えはそれだった。

正直、葛藤がある。

だけど、今まで通りに変わらずやっていきたい思いもある。

手を握るのと、抱き締め返すのとじゃわけが違う。

俺は神楽の腕を体から離した。

 

「帰らねぇの?」

 

そう言って振り返り神楽を見た。

神楽はうつ向いていて、小さく頷くとそのまま俺を抜かした。

 

「あー!めんどくせぇな!」

 

なんでそんな……そんな放っとけない感じなわけ?

俺はすかさず神楽の横に並んで、それから冷たい手を握った。

それに神楽は俺の顔を見上げた。

白い頬はたちまち赤く染まって、俺を安心させるいつもの笑顔を見つけた。

 

「……やっぱり銀ちゃん、温かいネ」

 

神楽が俺の手を握り返した。

本当に氷みたいに冷たい神楽の手は、少しでも誤ると砕けて崩れ去ってしまいそうだ。

神楽まで失いたくはない。

握り返した神楽も同じ気持ちなんだろうか?

本当に寒かっただけなんだろう?

 

「銀ちゃんからこういうのって珍しいアルナ」

「そうかもな」

 

自分からベタベタと手を取ったりはしなかったが、今までだって大事にしてきた。

これからだってそのつもりだ。

実際に大事に出来るかは分からねぇが。

 

俺と神楽はスクーターの停まってる場所まで手を繋いで歩いた。

神楽はあの小屋で何がしたかったのか。

俺はずっと考えていた。

あんな風に抱き着くことは昔からあったが、今日はそこに躊躇いがあった。

自然の流れではなかった。

ああした事で俺に何かを伝えたかったはずだ。

言葉に出来ない何かを。

 

スクーターに辿り着くと、俺と神楽の手は自然と離れた。

そして、来た時と同じように神楽は横向きに座席に座った。

 

「なんだよ」

 

神楽が俺を見ていて、どこかくすぐったい。

むず痒くなる。

俺はヘルメットを被ると、スクーターへ跨がった。

神楽が俺の腰へ捕まったのを確認すると万事屋を目指して走り出した。

 

今日は神楽に抱き着かれてばかりだな。

別段、嫌な気はしなかったが、どうすれば良いかわかんねぇよ。

やっぱりあの小屋で俺に抱き着いた神楽は、抱き締め返して欲しかったんだろうか?

もし、俺が神楽の望むまま抱き締め返してたとしたら、どうなってたんだろうな。

それは確認しようがなかった。

その答えが本当に知りたいなら、実際にやってみるしかねぇんだろな。

手も繋いだんだ。

抱き締める事だって、きっと別に普通だろ?

アメリカ人なんか朝から晩までハグしまくってんだからな。

 

俺は決めた。

もし次、神楽に抱き着かれたら、俺も抱き締め返してやろうと。

体を引っ付ける事なんて、今まで散々してきたじゃねぇか。

ただそれが“抱き締める”って行為じゃなかっただけだ。

他人から見れば勘違いを受けるかもしれねぇが、俺らは家族なんだからそれくらい普通なんだよ。

ただそん時の俺の心臓は、どんなリズムで胸を叩くだろうか。

それを知ってしまったら――

 

きっと大丈夫だと言い聞かせた。

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