[MENU]

2.赤の他人

 

神楽は少し反省したのか次は優しく手のひらで背中を洗った。

 

「なんだよ。急に背中流したいなんて」

「……別に」

 

素っ気ない返事だったが、その声には温もりがあった。

照れてんのか。

俺の気持ちに寄り添うような神楽の優しさに、また鼻の奥がツンと痛んだ。

つか、いつから俺はこんなに心動かされるようになったんだろう。

正直、ダルい。

心が動かされる度に感情が俺を支配して、笑ったり怒ったり悲しんだり。

そういやそれが嫌で、それが怖くて俺はずっと一人だったことを思い出した。

 

「神楽、なんつーか……ありがとな」

 

思わずそう呟くと神楽の手の動きが止まった。

そして軽い沈黙になった。

何か照れ臭いんだけど。

ちょっと何か言ってくれよ。

俺はチラリと神楽を見ると、顔を両手で覆っていた。

 

「ッ神楽?」

 

まさか泣いてるとは思わなくて。

いや、だって……

神楽は慌てる俺に気付いたらしく急いで涙を誤魔化した。

 

「ちょ、ちょっと目にゴミ入っただけアル」

 

神楽はそう言うと俺の背中に溢れている泡を洗い流した。

ザザァと排水口に吸い込まれていく泡を見ていたら、俺自身も流されていきそうな気分だった。

これからどうするか。

なるようにしかならねぇのは分かってんだけど……

 

「銀ちゃん、私の背中もお願いネ」

 

背後にいる神楽がそんな事を言った。

マジか。

だが、俺はそれには振り向きもせずに神楽に言葉を返した。

 

「自分で洗えんだろ」

 

冗談すら言えなかった。

神楽はきっと冗談で言っただろうに。

案の定神楽に冗談に決まってると言われて、俺は乾いた笑い声をあげた。

何故か今日だけは神楽の言葉が冗談には聞こえなかった。

家族だから背中を洗い合えると思ったか?

いや、神楽じゃなくて俺がそう思ってたのかもな。

俺の背中を流し終えた神楽は、風呂場に俺を残して出て行った。

 

 

 

風呂から上がると神楽は寝室に布団を敷いていた。

俺の布団と……誰の布団?

神楽は俺が布団を指差すと、自分の風呂を済ませてくると寝室から出て行った。

やっぱりそう言うことだよな?

今日だけだろうが、多分俺を心配して……

神楽の先回りの優しさに、アイツも随分大人になったんだなと気付いた。

そら、新八も惚れるよなと。

 

俺は布団の上にごろんと寝転がると、少し肌寒さを感じながらもしばらくそのままだった。

新八は神楽をいつから好きだったか。

そんな事を考えていた。

まさか神楽の事をこんな風に思ってたなんてな。

あいつらこそ兄妹みてぇなんて思っていた。

でも結局、本当の兄妹じゃなかったからこんな事になったんだよな。

本当の兄妹なら惚れた腫れたもなく、きっとこの先もずっと一緒に居れたんだろな。

所詮、家族ごっこだったってわけかよ……

 

思い返せば、いつどんな時も神楽の隣にいたのは新八だ。

神楽を護り、助け、護られ。

血の繋がりよりずっと強い絆がそこにはあるように見えていた。

神楽も新八を振ったとは言え、大切な仲間を失ったことは辛いだろう。

もう俺らは戻ることが出来ねぇんだろうか?

 

俺はついに寒くなったと布団の中に体を入れた。

それと同時に神楽が寝室へと入ってきた。

そして、何を言うわけでもなく俺の隣にある布団へと潜り込んだ。

 

「俺なら大丈夫だから、押し入れに戻れよ」

「…………」

 

神楽は無視したのか、何も言い返さなかった。

もしかすると神楽が大丈夫じゃねぇのか?

なら、俺はもう何も言うつもりはなかった。

じゃあ、寝ますか。

部屋の灯りを落とすと俺は神楽に小さくおやすみと言った。

でも、やっぱり神楽から言葉が返ってくることはなかった。

 

 

 

「銀ちゃん、ねぇ」

 

微睡み、もう少しで落ちると言う所で神楽に声を掛けられた。

やけに近くで声が聞こえる。

つーか、普段は冷たい布団が暖かい。

 

「なに?」

 

窓の外から差し込む月光が僅かに部屋を照らしていて、薄明かりの中神楽をみつけた。

それもすぐ近くに。

一体何なのか。

俺の体の上に覆い被さるように見下ろしてる神楽は、俺を小さく揺すっていた。

 

「銀ちゃん、起きてヨ」

「だから、なに?」

 

神楽はようやく俺が起きてる事に気が付くと、急に首辺りにしがみついてきた。

 

「苦しいっ!」

「銀ちゃん、やっぱり私……新八に好きだって言ってくるアル。それで万事屋に」

 

俺は神楽の頭を撫でてやると、ゆっくりと引き剥がした。

 

「で、新八が万事屋に戻ってくると思ってんのか?そんな甘かねぇよ」

 

今更、神楽が好きだと伝えた所で、本心など新八には見抜かれてしまうだろう。

それにもう前のようにゃいかねぇよ。

 

「神楽。あいつがお前とキスだ、セックスだと思ってても新八を受け入れる事が出来るか?」

「ばっ、そんな事ッ」

「そういう事を望んでたっておかしくねぇよ。あいつも男だからな」

 

神楽はさすがにそんな事までは考えてなかったようで、言葉に詰まっていた。

神楽は男ってもんを知らなさすぎんだよ。

好きでもない男にそう言う対象として見られるということ。

そして、好きでもない男に好きだと嘘を吐くということ。

神楽に本当に覚悟があるだろうか?

あったとしても、結局は新八をただ傷付けるだけだろう。

それは誰も望んでいない事だった。

 

「だったら新八を諦めなきゃいけないアルカ?」

「今のところはな」

 

そっかと小さく言った神楽は納得出来たんだろうか。

んな聞き分けがいいとは思えない。

それでも今は何も出来ないと、大人しく眠るはずだろう。

 

「分かったアル」

 

神楽ははっきりと声に出した。

そうでも言わなきゃ納得出来ねぇんだろうな。

そんな呑気な考えは次の神楽の言葉で一瞬にして消えちまった。

 

「分かったネ。じゃあ、一から新八を作ろうヨ。銀ちゃん」

「は?」

 

俺は神楽の言ってることの意味が分からなかった。

 

「私に恋愛感情なんて持たない、だけどずっと一緒の新八を作るアル」

 

何言ってんだ?

不可解なことを言う神楽に対する恐怖なのか、全身に鳥肌が立った。

俺は思わず半身を起こすと、目の前の女が神楽であるのかを確認しようと暗がりの中、目を凝らして見た。

 

「か、神楽?大丈夫か?」

「ねぇ、銀ちゃん」

 

布の擦れるような音が聞こえる。

何してる?

俺は身構えて神楽の姿を必死に捉えようとした。

 

「子ども、作ろうヨ。それで“新八”って名前つけようヨ」

 

そう言って神楽は俺に抱き付いた。

待て待て待て!

ゾクッとして髪が全て逆立ちそうだった。

俺は抱きつく神楽を引き剥がそうとして、伸ばした手を引っ込めた。

 

「マジかよ……お前、パジャマは?」

「脱いだアル」

 

って事は、今神楽は下着一枚で俺にしがみついてる?

柔らかく女らしい体つきが、俺の薄手の寝間着越しにはっきりと分かる。

寒いはずなのに汗が噴き出す。

 

「子ども作るって。あのなぁ意味分かって言ってんのか」

「……本当の家族なら新八は居なくならなかったアル」

 

確かにそうかもしれねぇが。

それでも別の理由でバラバラになることはあるだろ?

例えば――

 

「分かったから、とりあえず離れろ」

 

神楽は言葉に従うと、俺からゆっくりと離れた。

そしてまた布の擦れる音がした。

さすがにパジャマを着たようだった。

つか、どこからが本気で冗談かわかったもんじゃねぇ。

急のことに軽い目眩がした。

 

「あんまり考え込むな。今日は寝ろ」

「うん、そうアルナ」

 

あっさりと神楽は大人しくなると、また自分の布団へ戻っていった。

にしても、神楽も相当参ってるみてぇだな。

やっぱり自分を責めて……

ふと頭に今日の風呂場での神楽の姿が浮かんだ。

バスタオル一枚で、白い肌を惜し気もなく晒して。

あんな姿を見ることは、暮らし始めてから一度もなかった。

別に俺だってガキの体を見たいとも思わなかったし、神楽もその辺はきちんとしていた。

それが今日はずっと隣にあって、そしてさっきはたわわに育った胸まで押し付けられた。

俺の目に映った姿や体が受ける感触はすっかり大人の女で、直視出来ない程に性的だった。

それでも相手は神楽だ。

そう、神楽だ。

ないって……ねぇよ。

否定し続けてるにも関わらず、嫌なほど分かった。

身体の奥が熱くなるのが。

オイ!やめろ!

神楽はさすがにダメだろ!

そういうんじゃねぇんだよ!

 

「……嘘だろ?」

 

今まで俺は一度足りとも神楽を性的な目で見たことはなかった。

可愛いとは思っても、それは親愛であり父性のようなものだった。

ずっとそうだと思っていた。

たとえ、何があってもだ。

なのに今俺は……

 

俺は熱く硬い膨らみを自分の下半身に見つけた。

対象は間違いなく隣の神楽だ。

軽く右手を添えれば、ソレは情けないくらいに期待していた。

治まれと強く願っても、体は膿を出すまで治りそうもなかった。

顔が熱くなる。

あり得ねぇって。

だって、神楽だから。

神楽なのにな。

 

「……許せよ」

 

神楽の寝息が聞こえてきたのを見計らって、俺はゆっくりと下着に手を突っ込んだ。

焼けそうなくらいに熱い。

背中の向こうには神楽が眠ってる。

いつ起きたっておかしくない状況だ。

バレたらヤバイのは目に見えてる。

なのに、膨張は抑え切れない。

今までにはない興奮を感じていた。

 

俺は神楽の白い肌と胸の感触を思い出すと、頭に淫らな神楽を浮かべた。

そして、その妄想の神楽に言葉を与えてみた。

 

“銀ちゃん、子ども作ろうヨ。”

 

こうなったらただ握って終わりのわけがなく、勝手に手は動き強く擦っていた。

呼吸が次第に荒くなる。

一人でヤってる癖に堪らなく快感を感じていた。

まるで思春期のガキみてぇに。

頭が真っ白になるまで、ただひたすら俺は擦り続けた。

隣の神楽には指一本も触れずに。

無我夢中で己の欲望のままに体を刺激し続けた。

段々と身体が軽くなって、そして呆気なく全てが終わった。

もう、何て言うか信じられねぇ。

その一言に尽きる。

 

ぶちまけた後、俺は事切れたかのように動けなくなった。

もう何も考えたくもねぇし考えられない。

罪悪感、自己嫌悪、虚無感。

なのに、次々に色んな感情が俺を襲う。

俺は神楽を汚してしまったのだろうか。

娘?妹?家族?

結局神楽がそのどれでもない事を俺は思い知った。

他人だ。

新八の言う通り俺と神楽は他人だった。

それでも神楽が俺を家族だと思う限り、俺は家族でいてやろう。

離れたくないのは紛れもない事実だからな。

 

俺は汚れた何もかもを洗い流そうと風呂場へ立った。

ただ俺が汚してしまった妄想の神楽だけはもう二度と洗えないと、少し泣きたくなった。

next  [↑]