1.赤の他人
本当の父娘じゃないんだから。
本当の兄妹じゃないんだから。
本当の家族じゃないんだから。
その言葉がまるで俺と神楽の関係を否定してるようで腹が立った。
んな事は充分に分かってるからこそ、尚更腹が立つ。
言われなくとも俺はそれを理解してるつーの。
ある日、長谷川さんが言った。
「神楽ちゃんは銀さんの娘じゃないだろ。銀さんも父親ってタイプじゃねぇしな」
ある日、ヅラが言った。
「ヅラじゃない桂だ!ところで銀時。リーダーはお前の妹ではない。分かってるとは思うが皆のリーダーだ!」
ある日、ど変態くの一が言った。
「アナタたち、正直言うと血の繋がりなんてこれっぽっちもないのよ!それなのに家族ごっこなんかしちゃって。私も仲間に入れなさいよ!むしろ私に入れなさ……ギャア!」
どいつもこいつも知ったふうな口ぶりで。
何もかも全てを理解した上で俺達は生活している。
一般的じゃねぇのなんて承知だ。
こんな事、普通なら成り立たねぇだろう。
独身男が年頃の娘と1つ屋根の下で暮らすなんて。
それに自負があった。
誰にも出来ないことを俺達はやってるなんてな。
ただの仲間。
その曖昧な関係の中に俺達は擬似的だが、父娘、兄妹、家族、友人、たくさんの意味合いを含ませていた。
それは万事屋の俺達だけが分かっていれば、他人に何を言われようが構わないとずっと思っていた。
俺は思っていた。
ある日、新八がいつになく真面目な声で言った。
「銀さんにとって神楽ちゃんは何ですか?」
俺は居間のソファーで漫画雑誌を読んでいたが、新八の真剣な雰囲気に思わず雑誌をソファーへと置いた。
新八はと言うと、ゆっくりと俺の正面のソファーへ腰を下ろし、もう一度同じ質問を口にした。
「銀さんにとって神楽ちゃんは何ですか?」
二回目にも関わらず、あまりにも唐突な質問に俺は理解が出来なかった。
何だ?急に。
俺はざっと言葉を探してみたが、スグに何とは言い出せなかった。
「僕は神楽ちゃんを家族だと思ってます」
あまりにも淀みのない瞳で新八が言ったもんだから、俺は圧倒された。
「あぁ、まぁ俺もそんな感じだ」
「本当ですか?」
新八はどことなく苛立っているようなトゲのある言い方をした。
何だよ。
俺で憂さ晴らしか?
新八は何も答えない俺にフッと笑って顔を逸らすと横を向いた。
「家族って言っても、僕の場合は……ねぇ、銀さん。必ずしも家族って血の繋がりがないのを知ってますか?」
「……義理の親子とかか?」
何があって新八はこんな話をしはじめたのか。
居間で一日中寝転んでいた俺には見当もつかなかった。
「で、なんだよ」
新八は前のめりになり手を組むと、落ち着きのない目玉で俺に言った。
「夫婦って家族だけど、血の繋がりはないんですよ」
まだ俺は新八が言いたい事を理解出来ずにいた。
それを新八も察してるのか、大げさに頭を振ってみせると今度はしっかりと俺を見て言った。
「僕は神楽ちゃんをお嫁さんのように思ってます」
俺は思わず腹を抱えて笑っちまった。
ロクに恋愛もしたことないくせに、嫁とか早すぎるだろ!
彼女もいたことがないやつが嫁って!
俺は新八の冗談のような話を涙をぬぐいながら聞いた。
「銀さん!僕は真面目に言ってます」
「プロポーズもなしに嫁か!笑わせんな。新八、どうした?何があった?」
「銀さん、答えて下さい。銀さんは神楽ちゃんをどう思っていますか?」
新八はテーブルに手をつき身を乗り出すと、俺に再々度答えを求めた。
だが、今度の場合はどう思ってるかと聞いてきた。
この辺りから俺も新八が本気でいる事に気付いた。
そして、嫌な予感に心臓がバクバクと言い出す。
「……か、神楽は仲間だろ」
「都合のいい言葉ですね。はっきり言って下さい」
俺に詰め寄る新八に焦れば焦るほど、言葉が出なくなる。
父娘?兄妹?家族?友人?
ぐるぐると色んな単語が駆け巡る。
神楽はなんだ?
俺にとって神楽は――
「他人ですよ。僕も銀さんも神楽ちゃんも。他人です。それだけは忘れないで下さい」
新八はそう言うと立ち上がった。
そして、今にも泣き出しそうな笑顔を俺に見せた。
「神楽ちゃんのことが好きなんです。もう後戻りできない程に好きなんです。ご免なさい銀さん。もう、万事屋にはいられない」
喉がキュッと絞れて、俺は声を上げられなかった。
同じように動かない体は、背中を見せた新八を追いかけることも出来なかった。
家族だと思っていた新八は俺の前から去って、そして万事屋からも姿を消した。
「銀ちゃん?」
頭が真っ白になって気が抜けて、固まったままの俺をいつから居たのか、居間の入口で神楽が見下ろしていた。
「私のせいアル」
そう言って神楽は俺の隣に座ると背中を擦ってきた。
あったけェ……
どこか安心できた。
「家族だろ、家族だって」
俺はそんな言葉をしばらく繰り返し呟いた。
口にしたところで何かが変わるわけでもなく、神楽を好きだと去って言った新八は戻って来なかった。
「でも、やっぱり他人アル」
俺の背中を擦る神楽の手がピタリと止まった。
神楽の言った言葉に俺はお前まで言うかと悲しくなった。
やっぱり俺は独りなんだ。
そうだよな、こいつらには血の繋がった家族がいるんだ。
そんな当たり前の事に今更ながら胸の奥が冷たくなった。
「なら、出ていけよ。他人同士が寝食共にするかよ」
「するヨ。だって私達、家族でしょ。他人だけど家族でしょ?」
神楽も目の周りを赤くさせ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
……どいつもこいつも泣き虫なこった。
俺も鼻の奥がツンとして、奥歯を強く噛み締めた。
新八は家族になれないと去って行ったが、神楽は家族だと言い傍に居てくれる。
やっぱり俺と神楽は家族なんだ。
誰がなんと言っても家族なんだ。
俺は自分に何度も家族だと言い聞かせた。
神楽は俺が落ち着いたのを見計らってか、今考えている事、思っている事を話し始めた。
「新八の気持ちに私は答えられなかったアル。新八は好きだけど……そういう好きじゃないから」
「新八の気持ち知ってたのか、そっか」
神楽は俺の背中から手を離すと、ソファーの上で小さく膝を抱えた。
「2人家族になっちゃったネ」
「だな」
「……増やそっか」
神楽のその言葉にドキリとした。
どんな意味で言ったかは分からねぇが、やけに大人びた表情が俺によからぬ事を考えさせた。
こんな時にも関わらず不真面目な事を考える自分に嫌気がさした。
いや、もしかするとこんな時だからこそ、いつも以上に頭の中もふざけるのかもしれなかった。
いつも賑やかな万事屋が葬式の様にしんみりと静まり返っていた。
神楽も膝を抱えたままコロンと転がっていて、もう二度と起き上がってこないように思えた。
「お前のせいじゃねぇ。よくある事だ」
危険は充分に予知できたはず。
年頃の男と女が共に過ごせば、どちらかが好意を抱く事は簡単に想像が出来た。
でも、新八と神楽に関しては絶対にないなんて思っていた。
なんでだろうな。
「銀ちゃん、私はずっと一緒アル。だから、どこにも行かないでネ」
「……バカ野郎」
俺はコロンと転がっている神楽の頭を小突いた。
可愛い事言いやがってと言う気持ちと、どうせお前もいなくなるんだろと言う信じていない気持ちがあった。
本当はお願いだから傍にいてくれと頭を下げたいくらいなのにな。
俺はようやく体に力が入るとソファーから立ち上がった。
「風呂入ってくるわ」
今夜は早目に寝よう。
眠いような、なんだか目が覚めたような、よく分からない感覚だった。
もしかすると悪い夢だと思いたいのかもしれねぇ。
俺は脱衣場に着くといつも通りに着物を脱ぎ捨て、下着も脱ぎ捨て真っ裸になると気持ちも少し軽くなった気がした。
なんとなくだが距離と時間をおけば、新八がまた戻ってくるような気がした。
シャワーの栓を軽く捻り頭から湯を浴びると、緊張していた身体がほぐれていくようだった。
「銀ちゃん」
扉の向こうで神楽の声がして、シャワーを止めれば扉にぼんやりと浮かび上がるシルエットに俺は眉を潜めた。
「神楽?」
「背中流してやるアル」
俺の返事も待たずに浴室へと入ってきた神楽はバスタオル一枚を体に巻き付けただけだった。
顔が熱くなるのと、妙な体の震えがよく分からない怒りになった。
「何してんだよ!出てけっ!」
「なんで怒鳴るネ」
神楽は無理矢理に俺をイスに座らせると、背中に湯を掛けた。
「家族なんでしょ?これくらい普通アル」
そんな神楽の言葉に何も俺は言えなくなった。
急いで股間にタオルを掛けると、これはこれでありなのかと神楽に任せる事にした。
「あ、優しくやって……ぎぃやあああああ!」
案の定、神楽の馬鹿力は俺の背中を痛めつけたのだった。
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