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9.迷いの森

 

「あんた何も聞いてないのかい!」

 

はりつめた空気を壊すように、ばあさんはすっとんきょうな声を上げた。

 

「だ、だって、二人とも……私がいなかった時の話は何もしてくれないアル」

 

私は自分だけが知らない事実に焦るような気持ちになった。

万事屋の一員なのに、一人だけ気持ちどころか、全く別の世界の人間になってしまったような気がした。

何か重大なことがあったんだろうか?

どうして、私はそれを教えてもらえなかったんだろう。

ばあさんは頬をポリポリ掻きながら、困ったような顔をしていた。

 

「何があったアルカ?教えろヨ!ばあさん!」

 

私は思わずカウンターに手を突き、身を乗り出した。

 

「神楽様、本当に何も聞かされていないのですか?」

 

そう言ったたまの声は、いつもの機械的な声なのに、何だか私を気遣うような口振りに聞こえた。

私は何を銀ちゃん達から聞かされてないんだろう。

ちっとも分からないヨ。

私はブンブンと首を横に振った。

 

「てっきり言ってると思ってたけどね、銀時はお前のいない間に一度だけ……その、見合いをしてね。甲斐性のない男だろ?見合い話が出るなんて私も驚いたよ」

 

じゃあ、昨日訪ねてきた人はそのお見合い相手の人?

私はあの人が誰なのか、その正体が分かって少しスッキリした。

だけど、ショックは大きかった。

どうして、銀ちゃんも新八もそのことを教えてくれなかったのか。

私が知ったら、破談させられるとでも思ったんだろうか。

……なんだヨ。

やっぱり私は万事屋に戻って来ない方が良かったんだ。

言ってくれたら、教えてくれたら、こんな無神経に帰って来なかったのに。

 

「どうも前に依頼を受けた大企業のお嬢さんらしくてね、どういうワケか向こうさんが銀時をスゴく気に入っててね。それなのに、銀時は一度食事をしただけで断りをいれちまって……せめて三回は会って欲しいってお願いされてるんだよ」

 

それであの人、銀ちゃんに会いに来てたんだ。

やっぱり勘違いされてるんだろうな。

 

「そうアルカ。金持ちなら逆タマに乗ればいいアル」

 

私は今すぐにでも、銀ちゃんに何か言ってやりたくなった。

どうしてこんなに大事なこと、私に言ってくれなかったんだって。

 

「腹立つアル。なんであいつら黙ってたネ。家帰って問い質してやる!」

 

ばあさんは煙草の煙を吐きながら、私をなだめるように言った。

 

「照れくさかったんじゃないのかい?お前だって、銀時に恋人の話はしないだろ」

 

そう言われると、確かに銀ちゃん達にはしなかった。

と言うよりは、ひた隠しにしていた。

銀ちゃんも私には話づらい事があるの?

 

「そのへんを汲んでおやり。男はベラベラとそんな色恋の話をするもんでもないしね」

 

そういうのも分かってあげるのが大人の女アルカ……だったらやっぱり私はまだまだガキだ。

 

私は箸を置くと両手を合わせた。

 

「ご馳走さんアル。ばあさん、味が濃かったネ。昔より腕落ちたんじゃないアルカ?」

「お前のその口の聞き方、全くガキくささが抜けてないね。本当に……ちっとも、何一つ変わりやしないよ」

 

そのばあさんの言葉は、私に“変われ”とも“変わるな”とも言ってるように聞こえてしまった。

どっちなの?

 

戸を閉めた私には、もうそれを聞き出すチャンスは与えられなかった。

万事屋へと伸びる階段を一段、一段ゆっくりと上がっていく。

そう言えば、サドとパーティーに行くなんて浮かれてた気分は、どこかへ消えてしまった。

それより今は銀ちゃんとあの人の事が頭に浮かぶ。

あの人は昨日の夜、この階段をどんな気持ちで昇ったのか。

そして、どんな気持ちで降りたのか。

胸が張り裂けてしまいそう。

きっとそうに違いない。

 

「ただいま」

 

玄関の戸を開けると銀ちゃんが立っていた。

 

「ん、おかえり」

 

いつもと何一つ変わらずにいる銀ちゃんが憎たらしく思えた。

少しは何か……私はそこでようやく、昨日の夜に起きたもう一つの出来事を思い出した。

それも鮮明に蘇る。

 

すぐ耳元で聞こえた銀ちゃんの低い声。

目を瞑ってても感じる眼差し。

お酒のアルコールと混ざった甘い匂い。

そして、頬に感じた銀ちゃんの熱。

 

私はすぐに銀ちゃんから目を逸らすと物置へと飛び込んだ。

ジッとなんてしてられなかった。

 

結局、私はその日一日、銀ちゃんを避けるように過ごした。

それは、どう接したら良いか分からなかったから。

私は銀ちゃんをまともに見れなくなっていた。

いつまでこのままなのかな。

私が自分の居場所だと信じて疑わなかった万事屋は、ただの幻想だったのかな。

あのままパピーと宇宙で過ごし続ける事が私にとっても万事屋にとっても、誰にとっても一番良いことのように思えた。

 

 

 

翌日、私は再度吉原を訪れていた。

日輪の茶屋を覗けば、客の多い時間帯なのか忙しそうだった。

 

「日輪、今大丈夫アルカ?」

「あぁ、グラさん。悪いけど少し待ってて」

 

そう言われたので、私は少し散歩がてら吉原の町を歩く事にした。

それにしても、昼間からかぶき町に負けず劣らず人が多かった。

だけど、ここは吉原で何をする場所か私もだいたい分かってた。

詳しい事は知らないけど、男がお金出して女とイヤラシイ遊びをする事は分かっていた。

 

そう言えば、トッシーはすっかり常連なんだろうか。

狂ったように遊ぶなんてサドに言われてたけど、やっぱり何か理由があるんだろうか。

遊ぶことで満たされない何かが満たされたり、溜め込んだものが吐き出せたりするのかな。

そんな事をぼんやりと考えていた。

 

「神楽ちゃーんッ!」

 

遠くで自分を手招きする晴太が見えて、私は散歩を中止して茶屋へと戻った。

 

「グラさん、ごめんね。とりあえず、お茶でもどうぞ」

 

日輪に差し出された湯飲みを受け取ると遠慮なく口を潤した。

 

「で、例の彼はどうだった?」

 

私はその質問に、口に含んでいたお茶を全て晴太の顔目掛けて吹き出した。

 

「酷いや!」

「ひ、日輪が急にヘンな事言うからネ!」

 

日輪はアハハと笑いながら、晴太に布巾を差し出していた。

 

「……一応、その、一緒に……」

 

私は上手く言えなくて、そこまで話すので精一杯だった。

日輪はその様子を見て嬉しそうに笑うと私に封筒を差し出した。

 

「大江戸プリンスホテルで開かれるんだけどね。詳しい日時は中の招待状に書いてあるから」

「わかったアル。日輪の代理をしっかり務めてくるアル」

「そんなに堅苦しいパーティーじゃないから、意気込まなくていいんだよ。気楽に楽しんでおいで」

 

パーティーなんて初めてで、ましてや日輪の代理なんだからちゃんとしなきゃって分かってても、私の体は正直でお腹がグウグウ鳴っていた。

 

「それで報酬なんだけど……」

「こ、こんなにアルカ?」

 

日輪はとてもただ代理を務めるだけの金額とは思えないお金を包んでくれていた。

代行業なんて普段よくしてるけど、たった数時間でこんなに受け取るのは、いくら貧乏でも気が引けた。

 

「それでドレスでも新調したらいいじゃないの」

 

なんだか日輪は私よりも楽しそうに笑っていた。

確かにドレスはいつも着てるチャイナドレスはあるけど……ちょっと浮きそうネ。

 

「ありがとう。そうさせてもらうネ」

 

私は礼を言って帰ろうとした。

だけど、私は日輪に一つ尋ねたいことがあった。

それはずっと私を悩ませる問題について。

銀ちゃんが私にしたあの事。

 

私は何か勘繰られても構わないと、日輪に思い切って聞いてみた。

 

「なぁ、日輪。例えばだけど、晴太が私くらいの年だとして、日輪がそのっ……晴太にスキンシップでチュウしたりするアルカ?」

 

日輪は不思議そうな顔で私を見てたけど、私の深刻な声や表情から真面目に聞いてる事を察してくれたようだった。

 

「いいや。どんなに可愛くて大事でも……私は本当に晴太を我が子だと思ってるから、もっと別の形で愛情を伝えるはずだよ」

 

そう言った日輪は晴太の母だった。

若くて美人で朗らかで、お母さんなんて呼ぶよりも、まだまだずっとお姉さんなのに、日輪の表情や意志は母だった。

 

「もしそんな事があれば、もう親子なんて呼べやしないよ。ただの男女……それはキスだよ」

 

頭に響く最後のフレーズ。

そう、やっぱりあれはキスだ。

いくら頬だったとしても、生まれて初めてのキスだった。

おかしい。

客観的に考えるとよく分かる。

あれはスキンシップなんて呼べないんだ。

私は日輪の言葉に確信した。

アレはしちゃいけない事。

だったら、どうして銀ちゃんは私にあんな事――

心臓が破裂しそう。

そんなの、理由なんて限られてるヨ。

でも、まさかネ。

 

私は日輪に改めて礼を言うと吉原をあとにした。

このまま万事屋へ真っ直ぐ帰るべきか。

帰れば銀ちゃんがいるのは分かってる。

 

そうだ、サドに連絡しなきゃ。

私は万事屋へは帰らずに、サドに会えないかといつも出会う公園へと足を運んだ。

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