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10.迷いの森

 

「オマエ……アルカ」

 

公園のベンチを占領してたのは、煙草の煙をまとった男だった。

どこかカッコつけてるような態度が私は気に食わなかった。

何て言うか、ただベンチに座って煙草を吸ってるだけで絵になるって言うのか。

 

「俺で悪かったな」

 

トッシーは私を見ずにそう言った。

どことなくトゲトゲしい。

きっと、まだサドと仲直りしてないのだろう。

 

「悪いなんて言ってねーヨ」

「じゃあ、さっきの言い方はなんだよ」

 

私はトッシーの隣に腰を下ろすと、どうせ万事屋には帰りづらいから話を聞いてやる事にした。

 

「まだサドと仲直りしてないアルカ?何があったネ、お前ら」

 

トッシーは何も答えずに煙草だけを口にしていた。

言いたくないのは分かるし、私は部外者だし……でも、気になるのは全く自分が関係ないとも思えないから。

私がトッシーにサドが吉原にいた事を言わなければ。

それがなかったら、あの喧嘩は起こらなかったように思えてならなかった。

 

「何か見てて痛々しいアル。今のオマエ」

「俺の何を知ってんだよ」

「なにも」

 

私はトッシーの事を何も知らない。

だけど、そんな私でも分かる。

今のコイツはなんだか小さく弱く見える。

それは私が成長したからなんだろうか。

それだけなんだろうか……

 

「で、テメェは総悟捜してたんじゃねェのかよ」

 

言われてようやく思い出した。

私はサドに会おうと思ってここに来たんだった。

でも、今日はもう良いと日を改めようと思った。

 

「明日でも良いアル。それより」

 

私はトッシーの事をもう少し知りたいと思っていた。

前までなら、そんな考えにすら辿り着けなかった。

だって、私にとってただの周囲の大人にすぎなかったから。

ずっと対等な関係にないと思ってた。

けど、今は同じ視線で話せてるような気がするから。

その証拠に……ほら、また目があった。

 

「なんでオマエは女を買うアルカ?」

 

微笑んで言う言葉じゃないんだろうけど、私は純粋にどうして買うのか知りたかった。

それは、恋愛感情以外に女を求めることが理解出来ないから。

トッシーは辺りを見渡すと声を潜めた。

 

「こんな所で話せる話か」

「じゃあ、場所変えたら話せるアルカ?」

 

トッシーは額に手をあてると首を振った。

その態度に私に話すつもりがないことが伺えた。

言いたくない事を無理に聞き出すこともしたくないし、私はそこまでトッシーに興味もなかった。

ただ、女を抱く男の心理が知りたかっただけ。

男が女を求める理由を。

銀ちゃんが……銀ちゃんが私に頬とはいえ、口付けをした理由を。

そのヒントが得られそうな気がしていたから、本当にただそれだけだった。

 

「男が女を抱くのに理由なんざねェよ」

 

ギシッとベンチを揺らして立ち上がったトッシーは、足元に煙草を転がすと捻り潰した。

 

「それはオマエだけじゃないアルカ?」

 

もし、どの男もそうだったら、銀ちゃんは理由もなく私にあんな事をしたんだろうか。

そんな罪作りなことを平気でしたならば、私は男なんて生き物に対して軽蔑すらおぼえる。

 

「なら、比べてみるか?」

 

突然、トッシーが私の顎を掴んだ。

何これ。

意味わかんないヨ。

 

「他の野郎と、どう違うか」

 

私を見下ろすトッシーの目はまるで蛇のようだった。

それに睨まれた私は蛙にでもなってしまったんだろうか、蹴りあげて逃げ出す事が出来なかった。

サドのそれとは違う。

顎を掴まれただけで、もう充分に分かってしまった。

サドよりずっと女に慣れている筈なのに、その手は細かく震えていた。

 

顎を掴むトッシーの手に私はそっと手を添えた。

 

「無理すんなヨ」

 

全然怖くなかった。

 

「どういう意味だ?」

 

見上げてる顔が軽く歪んだ。

 

「オマエ、震えてるアルヨ。だから」

「……なら、もう抑えておく必要はねェんだな」

「え?」

 

トッシーの顔が突然近付いて、私は思わず顔を背けた。

そのせいでトッシーはバランスを崩したのか、前のめりになったままガタンとベンチの背もたれに片手をついた。

トッシーの顔が私の耳元に埋って、耳たぶに熱い息がかかる。

その慣れない感触に私は身震いを起こした。

 

「な、急に何してっ」

「無理すんなつったのはテメェだろ」

「?」

 

どういうこと?

私はトッシーの一連の行動が理解出来なかった。

それよりも、こんな午後の公園で一体私は何やってるんだろう。

そんな事に気が付いて、耳元に顔を埋めるトッシーを急いで引き離そうとした時だった。

 

「最後に教えてやる。抱くのに理由はいらねーが、口づけには理由が必要だ。それも明確な理由がな」

 

耳元でそう囁いたトッシーは自ら体を離すと、煙草をポケットから取り出し火を点けた。

そして、何事もなかったように公園から出て行った。

私はそんなトッシーの後ろ姿を耳を押さえながら眺めていた。

 

耳がまだゾクゾクする。

自然と上がってしまってる呼吸に、私は正常ではない事がうかがえた。

心臓が全身へと多量に血液を送り出す。

トッシーは今私に何をしようとした?

私が顔を背けなかったら、あの唇はどこへ着地していたのか。

きっと、それは――

 

私は耳を押さえていた手で今度は自分の唇を押さえてみた。

想像するだけで卒倒してしまいそうだった。

キスに理由があるのなら、じゃあどうしてトッシーは私にしようとしたの?

やっぱり、そういう事?

 

だけど、遊び慣れてるトッシーの言葉は信用ならなかった。

上手く口説いて、この宇宙一可愛い神楽ちゃんを抱いてみたいだけかもしれないし。

 

「……だっ、抱く?」

 

私は一瞬、頭に浮かんだイメージを頭を振ってかき消すと、遊び人とは無縁の男を思い浮かべた。

 

万事屋にはあいかわらず帰りづらかったけど、いつまでも帰らないわけにはいかなかった。

それに、銀ちゃんとも少しずつで良いから向き合っていきたいと思っていた。

……銀ちゃんのことを嫌いなワケじゃないし。

一人でギスギスしてたら、それこそ怪しまれる。

銀ちゃんが私に隠したいと思ってるなら、私も全部見なかった事にして、普段の私に戻るべきだと考えていた。

でも、それが大人の対応なら、私は子供のままでいる方がどんなに楽だろうかと思っていた。

 

 

 

その日も結局、銀ちゃんと新八からお見合いの話をされる事はなかった。

本当はばあさんからじゃなく、私は二人の口から聞きたかった。

ただ、それだけだった。

 

「あー、もう考えるのやめ!」

 

私はお風呂場で湯船に浸かりながら、頭が沸騰しそうになっていた。

夏場にこんな長風呂は良くないと私は急いでお風呂から上がった。

そう言えば、いつドレスを買いに行こうかな?

着替えを済ませると、そんな事を考えながら私は髪を乾かしていた。

 

「長く伸びたな」

 

背後で声が聞こえて鏡越しに見てみれば、トイレから出てきた銀ちゃんがまじまじと私を見ていた。

 

「長い髪が憧れだったからナ」

 

銀ちゃんはそうなのと言うと、他には何も言わずに居間へと戻って行った。

久々に銀ちゃんと会話をしたような気がした。

もしかして、私が避けてるの気付いてたのかな。

まるで銀ちゃんは、思春期の娘との会話に困る父親みたいだった。

まだ本物のパピーの方がナチュラルアル。

 

私はそんな銀ちゃんが少し可哀想に思えて、1日ぶりに何か自分から話してみようと思った。

 

「銀ちゃんは結野アナみたいに短い髪が好きアルカ?」

「髪なんてどーでもいいし。てめーの親父みたいじゃなければ何でも良いわ」

 

銀ちゃんはテレビを観ながら適当に答えていた。

それを見て、私はようやくいつもの自分に戻れた気がした。

 

全部、知らないフリ。

隠し通せてると思ってるなんてマヌケにも程があるけど、私さえそれに目を瞑って流す事が出来るなら、きっとこうするのが賢い生き方なんだろう。

ただ、あの一回きりの話なら。

もし仮に次に下手して、また私が気付いたなら、もう元には戻れない。

あの口づけに理由があるなら尚更。

次はヘマすんじゃねーヨ……

 

私はソファーの銀ちゃんにおやすみを言うと、一刻も早く眠りに就けるように、薄手のタオルケットを頭から被って瞳を閉じた。

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