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11.トラバサミと兎

 

「神楽ちゃん、そこはっ!」

「新八、これだけは全然成長してないネ?」

「うっ……全部真っ白に……真っ白に……」

 

昼から銀ちゃんは、依頼人の家で打ち合わせだとか何とかで出て行っていなかった。

だから、万事屋には私と新八の二人だけだった。

あまりにも暇を持て余した私は、忙しそうに家の中を動き回る新八に誘いの言葉をかけた。

 

「しようヨ」

 

新八は一瞬こめかみに青筋を浮かべるも、私の久々の誘いに手に持ってた箒を投げ出した。

 

「この忙しい時に。絶対、瞬殺してやるッ!」

 

私は華麗にマスの書かれたボードをテーブルに置くと、慣れた手付きで白オセロと黒オセロを二枚ずつセンターにセッティングした。

それが済むと新八は腕捲りをし、私も気合いを込めて拳を突き上げる。

 

「じゃーんけーんぽん!」

「やった!先行アル!」

 

そのまま勢いづいた私は一枚残らず中島をひっくり返して松嶋に変えると、新八を再起不能な程こてんぱんにやっつけた。

 

「よし、ぱっつぁん!オマエに酢昆布の遣いを命じる!さぁ、行くが良い!」

「えーッッ!何それ?約束してた?」

「つべこべ言わず行って来いヨ」

 

新八は文句を垂れながらも、玄関までフラフラっと行くと階段を降りて行った。

本当に図体デカくなっても頭ん中なーんにも変わってないネ。

なんて笑いながら新八が帰ってくるのを待っていた時だった。

万事屋の黒電話が鳴った。

私はハイハイと受話器に手を伸ばすと、聴こえてきた抑揚のない声に大切な事をすっかり忘れていたのを思い出した。

 

「あ、忘れてた」

「第一声がそれかよ」

 

サドがいつしてるか分からない仕事の合間に、わざわざ電話を掛けて来たみたいだった。

それより、ちょっとは考えて電話をして欲しい。

 

「今たまたま、銀ちゃんいないから良かったけど」

「居たらダメなのかよ」

「思春期の娘もつオッサンは色々と面倒ネ」

「あー、そういう事かよ」

 

本当はそうじゃないけど、サド本人にはこう言っておく事にした。

まさか、オマエとパーティーに行く事を秘密にしてるからなんて口が裂けても言えなかった。

 

「で、いつだよ」

「まだ確かめて無かったネ」

「てめーらは年中休業日かもしれねぇが、こっちはそうじゃねーんだよ」

 

分かってるネ!

本当にすっかり忘れてたけど、悪気は全く無かったから、そうガミガミ言われるとなんか腹が立った。

私は受話器を耳に挟みながら、本体を電話線が伸びるギリギリまで持ち出すと、昨日日輪から受け取った封筒を取りに物置へと行った。

 

「あー……」

「なんだよ」

 

招待状の日付は再来週になっていて、サドは仕事じゃないかと今更に思った。

仕事だったら仕方ないと思っていても、きっと無理だってその言葉を聞いたら悲しくなる自分がいる気がした。

どんだけ楽しみなんダヨ。

 

「だから、なんだよ」

「うーん……再来週の金曜だったアル」

「夕方?」

「18時開会だって」

 

電話の向こうのサドが小さく唸って、そして黙り込んだ。

きっと、厳しいんだろう。

急に心臓がドキドキし始めた。

何アルカ……この息苦しい無言。

だけど、私は電話のコードを指に絡めながら、サドが何か言うのを大人しく待っていた。

 

「チャイナ」

 

まさかの自分の名前を呼ばれて、私は胸が破裂してしまうかと思った。

電話ってホントに聴覚を敏感にさせる。

 

「何ヨ」

「場所は?」

「大江戸プリンスの2階アル」

「なら早めに仕事切り上げて、タクシー飛ばせば余裕だな」

 

その言葉に私は顔が思わずにやけてしまった。

こんな時、先を行くテレビ電話じゃなかった事に感謝しなきゃと思えた。

 

「スーツで良いって」

「とりあえず、17時には屯所に来いよ」

「オマエも時間守れヨ」

 

こうやってどこにでもいる普通の男女の会話をしてると思うと、何だかおかしかった。

これが私とあのサド野郎なんて二年前には考えられなかったから。

サドがはっきり私をどう思ってるか知らないし、あのサド野郎だから、いつか突き落とされるんじゃないかなんて心配だけど、それでも楽しめるうちは楽しもうと思ってた。

 

「ただいまー」

 

新八の帰ってきた声が聞こえて、驚いた私は焦ったあまりサドに何も言わずに電話を切ってしまった。

 

「あちゃー、やっちゃったネ」

 

サドが怒って電話を掛けて来ると困るから、私はわざと受話器を外しておく事にした。

 

「はい、コレ」

 

新八が不服そうな顔で私に酢昆布の赤い箱を差し出した。

 

「一個アルカ!?ケチくさいネ」

「買ってきたんだから文句言うなよ!あ、そう言えばさっき駄菓子屋の前のベンチに沖田さんが居てね」

 

私はヤバいと顔をしかめそうになった。

もしかして、私と電話してたのバレたアルカ?

まだまだ暑い気温なのに、一瞬ヒヤリと肝が冷えた。

 

「なんか電話してたみたいなんだけど、沖田さんにしては珍しく笑顔でね、盗み聞きしてたワケじゃないんだけどって神楽ちゃん聞いてる?」

 

私は新八の言う通り、途中から何も聞いてなかった。

もう、何も聞こえなかった。

顔は熱くなるし、心臓は破裂しそうだし、何だか倒れてしまいそうだった。

 

「きっとアレは彼女か……」

「な、ななななワケないダロ!」

「えっ!?神楽ちゃん?まぁ、確かにあの沖田さんの彼女なんて想像つかないけど」

 

私はまだ何か喋ってる新八のいる万事屋を飛び出すと、少し散歩に街を歩く事にした。

ちょっと沸騰してしまいそうな頭を冷ますには、日も傾きだし丁度良かった。

 

さっきの話。

私が一番信じられなかった。

声だけ聞いてたら全然いつもと変わらないし、むしろ無愛想だった。

それなのに笑顔って。

アイツの笑顔なんて、どS心がくすぐられた時に見せる、ニヤリとした表情しか知らなかった。

 

「あら、神楽ちゃん?」

 

聞き慣れた声に振り返れば、姉御と九ちゃんが買い物帰りなのか紙袋を提げて歩いていた。

 

「散歩?」

「う、うん。姉御達は買い物アルカ?」

「そうなの。新しくオープンした洋服屋に寄って来てね」

 

姉御は紙袋から淡い色のブラウスを取り出した。

 

「珍しいアルナ。姉御が洋服買うなんて」

「セールで安売りしてて。ねぇ、九ちゃん」

 

そう言えば、私もパーティーに着ていくドレスを買わなくちゃと思ってた事を思い出した。

 

「その店どこアルカ?」

 

普段、私もチャイナ服以外に着ることがなかったけど、安売りしてるならドレスがあるにしてもないにしても、散歩ついでに覗いてみようと思ったのだった。

 

 

 

「お似合いですぅ」

 

さっきからコイツこればっかりネ。

どのドレスを着てもそう言われたら、どれを買えば良いか益々悩むだけだった。

これなら、無理を言ってでも姉御達についてきてもらえば良かった。

私は試着室のカーテンをまた閉めると着ていたドレスを脱いだ。

 

「だから、さっきから何回言わせる気なの?私が欲しいのは、銀さん好みのおしとやか美人に見える眼鏡なの!持って来いって言ってんのが聞こえないの?」

「銀さんって誰!?だからウチは服屋だって何回言わせるんですかッ!」

 

隣の試着室が何だか騒がしかった。

耳に入ってきた、聞き覚えのある声と名前。

……さっちゃんだ!

私は救いの女神かどうかは分からなかったけど、知り合いに出会えた事に少し安心したのは事実だった。

私は無理を言ってるさっちゃんに更に無理をお願いすると、ドレスを見立ててもらう事にした。

 

「で、ドレスなんて買ってどうするの?」

「ちょっと依頼で出掛けるアル」

「まさか銀さんが着るんじゃないでしょうね!だったら私は眼鏡を買うどころか、タキシード買わなきゃならないじゃないの!」

「ち、違うネ。銀ちゃんは関係ないアル」

 

さっちゃんは私の顔を覗き込むと、軽く笑って眼鏡をキラリと光らせた。

 

「アラアラ、そう言うこと」

 

さっちゃんは急に意欲的にドレスを選び出すと、試着室にいる私に次々と着るように命じた。

 

一番始めに着たのは、ミニ丈のフワッとしたドレスだった。

綺麗なピンク色で首周りはビスチェになっていた。

 

「どうアルカ?ちょっと露出が過ぎないアルカ?」

 

あまりにも開きすぎた胸元は、いつ何の弾みでポロリするか分からないほど危なっかしく思えた。

 

「若い男?」

 

私はサドの事を聞かれたんだと思って頷いた。

 

「却下。そう言うのはスケベなオヤジに受けは良いんだけどね。若い坊やにはダメよ」

「そうアルカ」

 

着なれないドレスの事はよく分からないし、ここはさっちゃんの審美眼を信じるしかなかった。

 

次に着たのはドレスと言うよりはワンピースだった。

黒色でとても落ち着いたシックなものだった。

胸のすぐ下の白いリボンが印象的で、少し大人っぽく見えた。

 

「さっきのより良いわね」

「私もなんかそう思うヨ」

 

さっちゃんも納得したようで、うんうんと頷いていた。

私はこれで良いかななんて思ってたんだけど、すっかり大事な事を忘れてた。

いくらなんでも限度がある。

 

「さっちゃん、0が一つ多いアル」

「却下。予算も言ってくれなきゃダメよ」

 

ドレスより高いワンピースもある事を私は知った。

 

さっちゃんはまたドレスを探しに試着室から離れて行った。

私は試着室の鏡を見ながら、やっぱり自分にはチャイナドレスが一番似合うんだろうなと思ってた。

だけど、たまには少し違った自分になりたい。

 

サドに何か言ってもらいたいなんて思わないけど、せめて普段と違うって、こんな大人な部分もあるんだって知ってもらいたいと思ってた。

それすらも贅沢なんだろうけど、今の私はそんな事が起こらないか、ただ願うほかなかった。

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