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12.トラバサミと兎

 

さっちゃんが次に持って来てくれたのは、深紅のロングドレスだった。

ホルターネックの首周りに、胸元はV字に深く切り込まれ、大胆にも背中は大きく開いていた。

そして、足元は豪華なフリルスリットが入っていた。

着てみて思った事。

 

「なんか、チャイナドレスみたいネ」

「でも、ホラ。背中はこんなにも開いてるのよ」

 

何となくチャイナドレスに似てるのに、すごく新鮮で大人っぽくて、だけど背伸びしてるようには見えなかった。

自分でもよく分かる。

似合うって。

しかも、今度はちゃんと予算以内。

それを確認すると、私は一番自分に自信が持てるこの“赤いドレス”を着ていく事に決めた。

 

他にもドレスに合わせて靴とバッグ、ストールを買った。

 

「お買い上げありがとうございました」

 

店を出る頃にはすっかり日が暮れていて、空には月が昇っていた。

 

「さっちゃん、ありがとうネ」

「本当ならスタイリスト料を取るとこだけど、今回はその顔に免じてタダにしてあげる」

 

今の自分の顔は容易く想像がつく。

機嫌が良いのは間違いない。

 

「私を見習って、しっかり落として来なさいよ」

 

さっちゃんはそう言うと、照れ隠しなのか夜のかぶき町に一瞬にして紛れてしまった。

見習うって……そのタフさをだよネ。

でも、落とすとかそう言うのは分からないけど、もし私が本当にサドとどうにかなっちゃいたいと思ってるなら、どこかで踏み出すしかないんだよね。

 

「どうにか……」

 

ヘンな事を想像しちゃって、せっかく冷えた頭もまた沸騰しそうになった。

とりあえず、お腹もペコペコだし銀ちゃんも帰ってるだろうから、万事屋へと帰ることにした。

 

「遅かったね。どこ行ってたの?」

「ショッピングアル」

 

新八はふーんと、さほど興味無さげに返事をすると、ご飯を食べる準備を始めた。

どうやら、この様子だと急に飛び出した事は怪しまれてなさそうだった。

 

それよりも、当日はなんて言って出掛けよう。

姉御に相談するべきか……ダメネ。

きっとすぐにバレてしまう。

夕方からあんなドレスを着て出ていくなんて、ちょっと散歩!とかじゃ済まないアル。

せめてパーティーに出席する事だけでも言っておいた方がいいのかな。

まさか、サドと一緒だとは思われないだろうし。

うーん……もし、仮にどこに行くか尋ねられたら、日輪の代理でパーティーに出るって事だけは言っておこう。

でも、銀ちゃんと新八の事だから、ご馳走とかただ酒が飲みたくてついて来るかもしれないネ。

だったら、日輪の依頼で出掛けるって言い方だったら大丈夫かな?

当日、どうやって上手く万事屋から脱け出すか。

私は頭の中で何度も予行演習を繰り返し、イメージをしっかりと掴んだ。

 

夕食を済ませ、お風呂からも上がり、私は今日一日色々あって疲れたのか、いつもより早く布団に入った。

うとうとと微睡み、このまま気持ちよく眠れそうだなんて思ってたのに、襖の向こうの居間にいる銀ちゃんの話し声で目を覚ましてしまった。

誰か来てるの?

 

枕元の目覚まし時計を見るともう日付が変わりそうで、誰かが訪ねて来るには時間が遅すぎた。

私はゆっくりと布団から脱け出すと、仕切る襖に耳をくっ付けて銀ちゃんが何を話してるのか少しだけ聞いてみた。

 

「だから……言ってんだろ。無理だって、うん」

 

どうやら銀ちゃんの話してる相手は受話器の向こうにいるようだった。

誰だろう。

低く落とした声に激しさはなく、むしろどこか柔らかさまで感じるのに、銀ちゃんの苛立ちが私は伝わった。

電話の相手に苛立ってるのか、別の事で苛立ってるのを人にぶつけてるのか。

間違いなく前者なんだろうけど、それにしては少し気遣うような穏やかに聞こえる口調が、どういうワケか分からなかった。

 

「うん、わかったから。だから、もう二度と電話してくんな。次が最後だから。お前に会うのはそれが最後な。わかったら寝ろ」

 

ガチャンと乱暴に置かれた受話器。

今の会話から相手が誰か分かってしまった。

見合い相手のあの人だろう。

きっと、まだ銀ちゃんを諦めきれなくて、それで――

 

突然、寝室に光が入って眩しさに思わず目を閉じた。

手で光を遮りながら何が起きたか見てみれば、襖を開けた真ん中に銀ちゃんが立っていた。

 

「ご、ごめんアル。聞くつもりはなかったネ」

「はぁ?なんの話?」

「なんの話って……ちょっと銀ちゃん?」

 

銀ちゃんはどういうワケか私の布団の隣に自分の布団を敷き始めた。

ここで寝るつもり?

何もしていないのに顔が、頬が熱くなる。

 

「じゃあ、おやすみ」

 

何事もなく隣で眠りだす銀ちゃんに私は矛盾を感じていた。

私と一緒に眠るのを拒んだのは銀ちゃんなのに。

それなのに酔っ払って眠る私にキスなんてするし。

その上、気まぐれなのか、また一緒に寝ようとする。

何がしたいのか分からない。

銀ちゃんは私を苦しめたいの?

 

私がもうガキじゃないから、銀ちゃんはソファーで寝ることになったんダロ?

それなのに、口ではガキだなんて言うし。

一体、どっちなの?

どうしてあんな事をしたの?

それは、私を甘んじてるから?

舐めてるから?

キスをしても、私には理解出来ないなんて思ってるから?

トッシーが言ったようにキスに理由が必要ならば、銀ちゃんの理由(いいわけ)は一体何?

聞いてあげるから教えてヨ。

もう、こんなに苦しいんだもん。

知りたくて聞きたくて仕方がなかった。

 

苦しめたかったんだろうか。

単に酔ってたからなんだろうか。

もしかして、頬っぺたが気持ち良いから?

ただ私を好きだから?

 

何一つ態度の変わらない銀ちゃんは大人故の上手さで隠してるのか、それとも単に忘れてるからなのか分からなかった。

何度も忘れようと、過去の事にしようと思ってるのに、ふとした拍子に私の記憶は呼び起こされ、その度に銀ちゃんの眼差しが、匂いが、熱が、私の頬に触れた唇が、今自分の身に起こってるかのように蘇る。

 

それを私は……分かってる。

忘れられないのは自分が悪い事も。

だから、私は馬鹿なことを考えていた。

こんなに私は苦しんでるんだ。

銀ちゃんも同じだけ苦しめばいいのに。

そしたら、おあいこだ。

そうなれば、私はきっとこんなに苛立たないなんて事を考えていた。

 

午前0時を回った頃。

馬鹿な考えに取り憑かれた私は、銀ちゃんの寝顔を座って眺めていた。

柔らかい癖のある髪を撫で、銀ちゃんの頬っぺたを指で押してみた。

ここが標的。

そうは言ってみても、そこに唇を引っ付けてみる勇気はなかった。

だって、やっぱりそれだけは大切にとっておきたかったから。

 

銀ちゃんを苦しめることが出来れば、私の気持ちは落ち着く筈。

それを信じて疑わない私は、眠ってる銀ちゃんが目を覚ますようにわざと乱暴に揺すってみた。

 

「んー」

 

嫌そうな声を上げて銀ちゃんが瞼を擦る。

私は銀ちゃんの上に馬乗りになると、精一杯出来るギリギリの所まで、銀ちゃんの顔に自分の顔を近付けた。

 

本当に二人の顔が近くて、うっすらと瞳を開けた銀ちゃんと目があった。

きっと、このまま重力に身を任せれば、なんの躊躇いもなく唇と唇が重なってしまいそうだった。

でも、キスはしない。

相手が銀ちゃんだから……他の誰でもなく銀ちゃんだから、私の体はそれを許さない。

 

「ぎぃゃぁああ!」

 

突然、目の前の銀ちゃんが叫んで、私は急いで銀ちゃんの上から飛び降りた。

 

「お、女の霊がぁあ!」

 

確かに蒼白い顔だったかもしれない。

長い髪がタラリと垂れていて、ただならぬ苦しみが怨みとなって銀ちゃんに通じたのかもしれない。

だからって、それにしたって。

 

でも、どうやら隣で布団にくるまって、ガタガタ震えてる銀ちゃんを私は苦しませる事には成功したらしい。

なんだか納得がはいかなかったけれども、幽霊にビビってる銀ちゃんを見てたら、自分の胸の内側の苦しみなんてどうでもよく思えた。

それできっと良かったんだ。

 

結局、銀ちゃんは朝まで汗だくで布団に潜り込んでいた。

朝起きるも昨日のことは本当に幽霊だと思ってるらしく、出社してきた新八にギャーギャーと騒がしかった。

まさか、私だとは思ってないみたいだった。

どんな形であれ仕返しが成功したんだから、あの事はもう本当に忘れてしまおうと思った。

 

だけど、それは簡単なことじゃなかった。

ふとした時に見せる銀ちゃんの表情や声。

それがあの日の夜のものと重なるから。

何だか私の隙を探るような、気を抜けば今度は頬だけで済まないような、そんな気配を銀ちゃんから感じていた。

実際はどうか分からなかったけど、私の自意識過剰で済むならそうであって欲しいと思ってた。

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