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8.迷いの森

 

初めて入ったサドの部屋はあまり物は置かれてないのに、どこか男臭さを感じる部屋だった。

 

「適当に座れ」

 

そう言われて私は畳の上に直に座った。

サドは私の真横で胡座をかくと、二人して光のサンサンと入る障子に向かって並んだ。

なんだか変な感じだった。

 

部屋に入ればだいぶ落ち着いたのか、サドの眉間のシワはすっかり消えていた。

それには私も少し表情が緩んだ。

 

「てめーが用事なんて珍しいな」

「かもナ」

 

改めてパーティーに誘うとなると緊張した。

一緒に行ってくれるか分からないけど、私は断られて当たり前くらいに思っていた。

別に“好きだ”って告白するわけじゃないし、ただ私の依頼に付き合ってもらえないか聞くだけだし、そんなに気負いしていなかった。

 

だけど、やっぱり緊張する。

好きだってバレてしまいそうで……

だからって、いつまでもグズグズ言ってられない。

私は意を決してサドに話してみた。

 

「日が合えば……万事屋の依頼に付き合って欲しいアル」

「はっ?俺が?」

 

その言い方はまずかったのか、あからさまにサドは変な顔をした。

 

「えっと……その、私への依頼で……えっと」

「なんだよ。ハッキリ言えよ」

 

私は思ってるよりも緊張しているのか、声を出そうとするとセットで涙と鼻水が出てきそうになっていた。

どうしよう。

涙だけなら何か可愛いけど、鼻水まで一緒にとなるとちょっと自分でも笑えなかった。

 

「うぐっ……え、えっと……ちょっと、パパパパ……」

「パイルドライバー?」

「ち、違うアル。パパパパ……」

「パンツ?パンツをどうしろって?」

 

私は限界だった。

このままだとワケも分からずに泣いて、顔面を濡らしながらただただ気持ち悪いだけだった。

それは避けたい。

前までなら何ともなかったのに。

むしろ平気すぎて吐瀉物までぶちまけてたのに。

好きになったら、こんなにも自分を良く見せたいアルカ?

 

「パンツって誰の?俺の?お前の?」

「ちがッ、違うヨ」

 

私はかろうじてそれだけを口にするとサドの部屋を飛び出した。

 

心臓が破裂しそう。

だった一言が言えなくて、なんて馬鹿なんだろうって自分が情けなくなった。

 

「おい、チャイナ」

 

結構走って屯所から遠退いたと思ったのに、すぐ後ろからサドの声が聞こえた。

 

「幻聴アルカ」

「バカ、すぐ後ろにいんだろィ」

 

叩かれた頭に幻聴じゃない事を知った。

あのサドが喧嘩以外に私を追い掛けるなんて、二年前にはなかったのに。

私は初めて、二年と言う歳月がもたらした恩恵を受けたような気がした。

 

「パンツじゃねーならなんでさァ」

 

私は今なら言えそうな気がした。

勢いやタイミングに身を任せるなら今しかないように思えた。

サドに背中を見せながら、私は長く垂れてるツインテールの先を指で弄くると、ようやく続きを口にした。

 

「パーティー」

「パーティー?」

「うん。一緒に……」

 

逃げ出して、顔も見せずにこんな事を言う私は、どう考えても“好きです”と言ってるようなもんだった。

確かにその気持ちには代わりないけど、実際はただパーティーに誘ってるだけ。

サドはどんな顔でこの話を聞いてるんだろう。

私は振り向く事が出来なかった。

怖いからなんて理由じゃない。

涙と鼻水で顔が汚れてるからだ。

 

「一緒になんだよ?」

「ぐすっ……一緒に行けヨ!」

「命令かよ。で、旦那と眼鏡じゃなく、なんで俺?」

 

それは死んでも言えないから、私は適当に話を作った。

 

「その日、別の依頼もあるから……行けなくて」

 

いつまでも背中を見せてるわけにもいかないから、私は涙と鼻水をハンカチで拭うと、ようやくサドを振り返り見た。

サドは特に何って事もなく、あいかわらず飄々とした態度で私を見ていた。

 

「てっきり、てめーが俺に惚れてるんじゃねぇかと」

「だから!そうやって勘違いされんのがウザいから言いづらかったんダロ!」

 

サドは冗談でそう言ったんだから、私も図星だと悟られない振る舞いをした。

そして、私はもう一つ言わなければならない事があった。

 

「こないだの朝のことだけど」

 

サドは忘れてたのか考える素振りをして、それから嗚呼と小さく言った。

忘れてるくらいなら、ワザワザ思い出させるまでもなかったと私は苦く笑ってみた。

 

「オマエを訪ねたら門番とトッシーが私を遊女と勘違いして、それで」

「そんなこと心配してたのかよ。くだらねー。弁明しなくても分かってらァ」

 

そう言ったサドの顔が全然らしくなくて、私は思わず笑ってしまいそうになった。

ひねくれてて素直じゃない癖に、こうしてたまに照れたりしながら柄でもない事を言う。

きっと、私はサドのこういう所に惹かれてるのかも。

急に胸の奥がジワッと温かくなった。

 

「日時はまだ聞いてないから、分かったら連絡するヨ」

「そうしてくれ」

 

そんな会話をして、私はサドと別れた。

 

万事屋へ帰る足取りは軽かった。

だって、パーティーにあのサド野郎を誘ってOKをもらったんだもん!

私は嬉しくなってクルクル回りながら、夕暮れの近づくかぶき町を歩いた。

 

そう言えば、サドとトッシーは仲直り出来るだろうか。

人の関係に口を挟む権限はないけれど、何となくただの喧嘩には見えなかった。

二人の争いを思い出しても……あ!そう言えば、あの時サドは確か女を一人も買ってないって言っていた。

私はその発言を思い出すも、それが喜びにはならなかった。

じゃあ、なんであの町にいたんだろう。

そんな疑問が頭に浮かんだ。

きっと、二人の間には口には出せない秘密があって、そのせいで喧嘩にもなったんだろう。

サドが吉原にいたのもそのせいヨ。

私には関係ない事なのに、目の当たりにしたせいか気になっていた。

 

「随分と機嫌がいいんだね」

 

家の近くまで帰ってくると、下のスナックの開店準備をしているばあさんに会った。

 

「分かるアルカ?」

 

ニヤニヤと笑って階段を駆け上がろうとした私を、ばあさんはたった一言で引き留めた。

 

「今日のお通し、味見してくれないかい」

 

これだけは、今も昔もやめられない。

私がこの世で一、二を争う好きなこと。

ただで美味しいものが食べられるなんて、これ以上ないくらい素敵な事だった。

 

開店前の店内はまだ薄暗く、たまとキャサリンも準備に追われて忙しそうだった。

ばあさんはカウンターの中に入ると、慣れた手付きで皿に煮魚を取り私に寄越した。

 

「何があったんだい?頬を緩ませちまって」

「べーつにーっ」

「語尾に音符マークでも付いてるね、その言い方」

 

私はばあさんに引き留めてもらって正解だと思った。

もし、このまま万事屋に帰っていれば絶対に何があったか聞かれただろう。

今は目の前のばあさんがミロのヴィー……それは言い過ぎだけど、救いの神に思えた。

こんなに美味しいもの食べさせてくれるなら、私にとってはいつだって神だけどネ。

 

「恋人でも出来たりしてね」

 

私はそんな事までバレバレな程、顔ににじみ出てるんだろうか。

危うく箸を落としそうになった。

 

「街歩けばモテモテだけど、私に釣り合う男なんていないアル!」

「そうかい」

 

ばあさんは伏せ目がちに笑うと煙草を取り出し火をつけた。

 

「じゃあ、万事屋で腐ってくのかい。勿体ないね」

 

腐るなんて聞き捨てならなかったけど、確かに万事屋を出ていくなんて今の私には想像出来なかった。

今回は修行で二年間、万事屋を留守にはしたけど、この先また出ていく事は考えづらかった。

だって、万事屋が私の居場所だから。

 

「だけど、銀時に嫁でも出来たらどうするつもりなんだい」

 

突然、耳に入った“嫁”と言う言葉に私の体は痺れた。

考えてもみなかった……事もなかった。

いつか、銀ちゃんだって誰かと結婚するかもしれない。

そうしたら、私は万事屋を出てどうするの――?

 

問題はもっとずっと先にあると思ってたのに、まさかこんなにも早く向き合わなければならないなんて、予想だにしてなかった。

いや、違う。

見てみぬフリをしてたんだ。

 

昨晩、銀ちゃんの留守に訪ねてきた人。

あの人は一体誰なんだろう。

新八も銀ちゃんも、明らかに私をはぐらかした。

何かを隠してる。

それに銀ちゃんの……あの行動。

 

私はあの人が誰なのか、どうしても知りたかった。

それが分かれば、銀ちゃんのとった行動の意味や、この胸のモヤモヤが幾分か晴れるような気がしたから。

だから、私はばあさんに言った。

 

「銀ちゃん、私がいない間に女出来たアルカ?」

 

その質問にばあさんをはじめ、キャサリンもたまも一瞬ピタリと動きを止めた。

はりつめた空気。

私が言った事は口にしたらいけないものだったんだろうか。

暑い季節なのに、ヒヤリとした冷たさを肌に感じた。

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