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4.分かれ道

 

朝起きると私は自分が持ってるチャイナドレスの中で、とびっきり大人っぽいのを選んだ。

真紅の生地にうっすらと浮かび上がる刺繍。

派手すぎず、地味すぎず。スリットは大胆に入っていて、ハート型にくり貫かれた胸元が何より一番大人っぽかった。

それに着替えて居間へ行くと、ご飯の並べられたテーブルを囲む二人と一匹が私から急いで目を逸らせたのだった。

 

私は銀ちゃんの隣に座ると、正面のソファーに座る新八を見た。

箸を持つ手がガタガタ震えていて、笑いを堪えてるのか何だか知らないけど殴ってやろうかと思った。

 

「神楽ちゃん、悪いけど隣に座ってくれる?」

「はぁ?」

 

私は意味も分からず立ち上がると、言われるがまま新八の隣に腰掛けた。

すると次は正面の銀ちゃんが、持ってるお味噌汁のお椀をガタガタと震わせていた。

コイツら……一体、なにアルカ!

私はバンっとテーブルに手を突くと、身を乗り出して銀ちゃんに詰め寄った。

 

「朝から何アルカ!人の事見てプルプル笑って!」

「わ、笑ってねーよ!分かったから身を乗り出すな!前のめるな!座れ!そして、早く飯食って出掛けろ!」

 

私は慌てふためく銀ちゃんが私の顔を見てない事に気が付いた。

もしかして、もしかすると、もしかするの? 

私は自分の胸元に目をやった。

ハート型のくり貫きから、私のよく育った胸がセクシーに覗いていた。

今までなら、銀ちゃんも新八も私がどんなに頑張ったって気付かなかったのに、今日はさすがに私の大人っぷりに気付いたらしい。

 

「オマエら!ようやく気付いたネ!神楽様のセクシーさに!オホホホ」

「知らねぇよバカ」

 

銀ちゃんはスグに私から目を逸らせると、テレビに映る結野アナを観ていた。

 

「やっぱり、女は奥ゆかしさが大事よなー」

「そうですよね。着物っていいですよね。あ、浴衣もいいかもなァ」

 

カチンときた。

何だか暗に私のこの格好を批判されてる気分だった。

でもいいネ。

別に銀ちゃん達に何言われようと、私の特攻服はこれなんだから。

私は早々と食事を切り上げると出掛ける用意をした。

アイツに……サドに思いを伝えるなんて死んでもしたくないけど、サドが私をどう思ってるか、それはどうしても知りたかった。

知ってどうする?

結局、私はいつか想いを伝えるんだろうか。

それとも、そうなる前に諦めてしまうんだろうか。

何も分からないけど、日輪が言ってたように、アイツに惚れて幸せだって堂々と胸が張れる恋愛をしたかった。

その為にも私は泣いてたらダメなんだ。

バカみたいに、また笑い合える努力を私は怠りたくなかった。

 

「行ってきます」

 

傘を持って万事屋を飛び出せば、夏の陽射しが私の肌に噛み付いてくるようだった。

真選組屯所へ行っても会えるか分からなかったけど、私はとりあえずそこへ足を向かわせた。

 

 

 

ドーンと偉そうに構える門は、相変わらずふてぶてしく見えた。

簡単に入れてもらえるか分からなかったけど、とりあえず私は突っ立てる門番に声を掛けてみた。

 

「オイ、オマエ!中に入れるヨロシ」

 

そう言って傘の尖端に付いてる銃口を男の頭部に向けた。

と、前の私ならそんなコンタクトの取り方しか出来なかった。

だけど、今の私はもう少し慎ましく、穏やかに話す事が出来るようになっていた。

 

「すいませーん。ちょっとお伺い……」

「あぁ、入って。突き当たりの左側の部屋だから」

 

門番は私の体を舐め回すように見るとそれだけを言った。

気持ち悪い。

こういう時、銀ちゃんが脇酸っぱく言ってた言葉の意味がよく分かる。

男はみんな獣だと。

地球産と違ってもの珍しいのもあるかもしれないけど、知らない男にあんな目で見られるのは気分が良くなかった。

 

「突き当たりの左側の……」

 

私は敷地に入り、言われたままの部屋を目指した。

屯所内にはそんなに人がいないのか、すれ違う者はいなかった。

やっぱり、あんな猿共も内乱が続くとあっちゃ、珍しく仕事をしてるのか。

 

私は言われた部屋の前に着くと、何て言おうか今更悩んでいた。

急にこうして訪ねてくれば、変に思われるのは間違いないし。

昨日の事もあったから、もしかすると勘違いされるかもしれない。

100万円を貰いに来たと。

それより、なんで門番は私がサドを訪ねるって分かってたネ。

もしかして、先を読まれてた?

急に不安に駆られた私は、やっぱり帰ろうと部屋の戸に背を向けた。

 

「入れよ」

 

突然、聞こえてきた声に背後から部屋の中へと連れ込まれ、私は薄暗い室内で何も分からないままなぎ倒された。

 

「いったァ……」

 

何が起きたか分からなくて、だけどハッキリとしてるのは、今倒れた自分の体の上に男が乗ってる事だけだった。

 

「何してッ!」

 

男は私の下半身にしかまるで興味がないかのように、私の下着を脱がせようとした。

 

「やめろヨ!獣アルカ!」

 

私は男を蹴って突き飛ばすと、急いで立ち上がった。

サド……じゃない?

私は男が誰なのか分かってしまった。

この部屋に入った時におかしいと思った。

なんでこの部屋、こんなに煙たいのって。

煙草の匂いが締め切った部屋に充満していた。

 

「……アル?」

 

薄暗い部屋から急いで出ようとすれば、私は何かにつまずいてしまい、派手に転んでしまった。

 

「け、獣!こっち来たらコロスからナ!」

 

男はそう叫ぶ私に構わず、畳の上で転んでる私の顔をライターの火で照らした。

 

「テメェ……万事屋のチャイナか?」

「この変態ッ!」

 

トッシーは急いで部屋の電気を点けるも、敷いてる布団に突っ伏しピクリとも動かなくなった。

一体、この一連の変態行為は何だったんだろう。

私は自分が何しにここに来たのかを忘れ、この件について詳しく知りたくなった。

 

「謝るなら土下座して、私の足でも舐めるヨロシ」

「黙れ」

 

トッシーは浴衣を着ていて、いや厳密には着ていなくて……上半身だけはだけていた。

 

「誰かと勘違いしたアルカ?」

「何でテメェが部屋の前に立ってんだよ」

 

トッシーは布団に突っ伏したまま、モゴモゴと喋っていた。

それが聞き取りづらいから、私はトッシーに少し近付いた。

そして、座った姿勢のまま前屈みになり、畳に両肘をついて顔を寄せた。

 

「オマエ、女いたアルカ?」

「…………黙れ」

「も、もしかして、オマエ……朝から……」

「うるせェ」

 

トッシーは相変わらず顔を上げず、この一連の行動をよっぽどの恥だと思ってるのか、いつもの様子とは違って見えた。

って言っても二年間会ってなかったし、元々だってそこまで深い付き合いも無かったから、これがこの人のありのままなのかもしれないと思った。

 

「遊じょ……風俗嬢を呼んだか知らないけど、そんなにお盛んとは京でも相当遊んだアルカ?いい身分アルナ。サドもオマエも吉原に出入りするなんて、真選組はよっぽど」

「サドもってどういう意味だ」

 

今まで何を言っても顔を上げなかったトッシーが私の方をようやく見た。

ちょっと私はトッシーに近付きすぎたらしく、トッシーの顔がすぐ鼻先にあった。

 

「えっ」

「だから、サドもって……総悟も吉原に出入りしてんのかよ」

「こないだ吉原でオマエの後を追うサド見たアルヨ」

 

私は何か余計な事を言ってしまったんだろうか。

トッシーの焦るような表情に、私はどうしようと更に焦っていた。

 

「で、テメェは何であんな所にいたんだ」

 

疑うような目付きに私は気分を害した。

 

「しかも、俺の部屋に……テメェ、万事屋辞めて売られたか?」

「銀ちゃんはそんな事しないアル!オマエ、何言うネ!」

 

トッシーは寝転んだまま枕元の煙草を口に加えると火を点けた。

 

「チャイナ」

 

煙草の煙を吐き出したトッシーは、私の方を見ずに言った。

 

「さっきからソレ……」

 

私は両肘を突いた間から見える自分の胸の開きにようやく気が付いた。

やっぱり銀ちゃんもコイツも気付いたくらいだし、これにはあのサドだって絶対に私を大人と認めるはず。

私は今朝、銀ちゃん達にも言ったように、トッシーにも高笑いをしながら勝ち誇ったように言ってやった。

 

「オホホホ!ようやく私が脱お子様した事に気付いたか!分かったら私に跪くがいいネ!」

 

だけど、トッシーは片肘を突いて体を横に向けながら、私をジロリと見てるだけだった。

 

「……って冗談だけどナ」

「脱お子様ってどういう意味だ。男でも知ったか?」

「オマエら猿共と一緒にすんなヨ!私は誰彼構わず寝たりしないアル!」

「でも、そうやって危ねェ服は着るんだな」

 

誰にでも見せたいワケじゃないネ。

私は一人だけに見せたいのに。

オマエ等が勝手に見てくるだけで、私はサドだけに見て欲しいのに……

なのにサドはちっとも私を見てくれない。

 

「抱けたら女なんて誰でもいいアルカ?」

「……ある程度の容姿は大事だろ」

 

トッシーは天井を仰ぎながら答えた。

吐かれた煙はスグに上まで昇り、あっと言う間にフワッと広がった。

私もトッシーの横にゴロンと仰向けになりながら同じように天井を眺めていた。

 

「じゃあ、何で顔も確認しないでスグに抱こうとしたアルカ」

「…………」

「体さえ慰められればそれで良いアルカ……そんなの、分かんないヨ」

 

男は好きでもない女と寝られるものなんだろうか。

体さえ満たすことが出来れば、それでいいんだろうか。

心も自然と満たされるんだろうか。

その考えが理解できない私は、やっぱりまだガキなんだろうか。

恋なんて……男なんてよく分かんない。

まだまだ、私の覆われた視界は開けずに、トッシーが次から次と吐き出す煙に包まれていた。

 

「あっ!」

 

飛び上がるトッシーに私も体を起こした。

そう言えば、私もこんな所でのんびりしてる場合じゃなかった。

 

「……追い返すか」

 

ブツブツ言うトッシーは何処かへ電話を掛けようとしてた。

あ、そうだと、私もトッシーにサドの居場所を尋ねようと思った。

 

「なぁ、サドは今日、仕事アルカ?」

「総悟に会うつもりか?やめとけ」

「何でヨ」

 

トッシーは結局どこへも電話を掛けずにケータイを枕元へ投げ出した。

そして、私の手首を掴んだ。

 

「何すんだヨ」

 

よくよく考えれば、半裸の男と布団の上にいるなんておかしな事だった。

いつもなら投げ飛ばして、さっさと部屋から退散するのに。

トッシーの私を見つめる眼差しが、すごく意味のあるものに思えて私は逃れられなかった。

惑わされる。

私は自分の体温が上昇するような錯覚に陥った。

心が、体が……痺れたみたい。

銀ちゃんや新八とは違う、女に慣れた男の匂いがした。

なんで分かるんだろう。

私が女だから?

本能ってやつかな。

きっと、私を100万で買うなんてふざけた事を言う奴より、ずっとずっと卑しくて貪欲な目付きをしていた。

 

「土方さーん、朝から女呼びつけるとは良い身分でさァ。丁寧に罵って帰し……やした……から」

 

声が聞こえたと思ったら、既に戸は開けられ、私達二人を見下ろす瞳が激しく揺れていた。

 

「……へぇ、そうかィ」

 

サドはいつもの表情よりずっと冷めた顔付きになると、戸をスーッと閉めて何事も無かったように私の前からいなくなった。

 

「勘違いされた……どうしよう」

 

私は動揺を隠せなかった。

きっとサドは私が本当に体を売ってるなんて思っただろう。

私は追い掛けて誤解を解こうと思った。

このままじゃ、更に距離が離れてしまう。

だけど、隣の男がすんなりとそうはさせてくれなかった。

掴んだ私の手首を離してくれなかった。

 

「離せヨ」

「テメェ、総悟のこと」

 

次の瞬間、私はトッシーを投げ飛ばしてた。

どうしても、その続きを今は聞く自信が無かった。

私は急いでトッシーの部屋から出れば、サドが歩いていった方へと向かった。

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