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5.分かれ道

 

門の所まで必死に追いかけたけど、私の足を持ってもサドに追いつけなかった。

もう、ダメだ。

二人の距離が益々離れて行くのを感じた。

そう言えば――私はさっき来た時に話した門番へと声を掛けた。

 

「すいませーん」

 

そして、傘の尖端を軽そうな頭へ向けニヤリと笑った。

 

「このクソが!よくも遊女と勘違いしてくれたアルナ!もうすぐでオマエん所の副長が犯罪者だったアルヨ!頭吹っ飛ばされたくなかったらサドの……沖田の行方を教えろバカタレ!」

「おい、バカはてめぇだろィ」

 

ポカリと背後から殴られた頭に私は思わずしゃがみ込んだ。

 

「うぉぉお!頭が割れたアル!」

「大袈裟だろィ。で、なんの用だ。俺はどっかの野郎と違って朝から女と遊んでる程暇じゃねぇんで。あ、そういや我が副長を落とすたァ、相当の手練れと見えるが……なぁ、チャイナ。俺も相手してくれよ」

 

最後囁くようにそう言ったサドに、私はどこまで冗談か分からなくなった。

 

「だだだったら100万用意してみろヨ!そしたら相手してやるヨ!」

 

私はそれだけを言うと急いで万事屋へ帰った。

 

「どこまで冗談か分かりもしねぇや」

 

そう言って頬を掻くサドに背を向けて。

 

 

 

夜、布団に入ると今日起こった騒動を思い出した。

そして、結局サドが私をどう思ってるか聞き出せずに帰って来た事も思い出した。

何しに屯所に行ったのか。

あ、しかも誤解をとくのも忘れてた。

全てはあの門番とトッシーと……自分のせいだった。

 

私がスグに部屋から出なかったから。

何で疑わなかったんだろう。

トッシーも男で、男は獣だって言われてるのに。

まぁ、私が強いから良かったものの、もしもっと強い奴だったらどうなってたか。

そう思う一方、そんなに嫌じゃなかった自分もいた。

どうしてかな。

ちょっと、トッシーに心が揺れた気がしていた。

半裸の男なんて見慣れてるのに。

やっぱり、あの眼差しがイケナイんだ。

 

私は確かめたい事があって、隣の部屋のソファーで眠る銀ちゃんを起こしに行った。

こないだから銀ちゃんはずっとソファーで眠っていた。

私が地球に帰って来たせいなのに、銀ちゃんは文句も言わず堅いソファーで寝てくれる。

申し訳ないと思わないワケがなくて……

 

「銀ちゃん」

「…………なに?トイレ?」

「一人で行けるアル!」

 

私は目を瞑ったまま体を起こす銀ちゃんに頼みごとをした。

 

「なぁ、銀ちゃん。ちょっとお願いがあるネ」

「明日でいいだろ。もう寝ろ」

 

そう言って体をまた倒す銀ちゃんに私はやっぱり諦めようか迷った。

きっと、今からする頼み事は変だって思われるものだから。

たけど、ダメ元で言ってみた。

 

「銀ちゃん、上だけで良いからパジャマ脱いでヨ」

「…………」

「銀ちゃん、お願いアル」

「…………」

 

銀ちゃんは頭から薄い布団を被ると寝たフリをしたみたいだった。

まぁ、断られるのは百も承知だったけど。

 

「じゃあ、もういいアル。変な事頼んで悪かったナ」

 

布団の上から銀ちゃんを撫でれば、私はもう無理にお願いしなかった。

 

「脱げばいいんだな、脱げば」

 

突然、布団を払い除けたと思ったら、私のお願い通りに半裸になった銀ちゃんが飛び出てきた。

 

「何だよ!新手の追い剥ぎか?それとも相撲の練習?せめて朝稽古にしてくれよな、夜は眠いんだもん。誰だってヤだよ?」

「って言いながらも脱いでくれるアルナ!銀ちゃんっ!」

「だぁぁああ!引っ付くな!熱い!離れろ!」

 

私は銀ちゃんにただ脱いで欲しかったワケじゃない。

誰に対しても私の体や心が揺さぶられるのか、ちゃんと確かめたかった。

好きじゃない男にも気持ちが焦ったり、顔が熱くなって恥ずかしくなるのか。

江戸に帰って来てから銀ちゃんは私と少し距離をおいてるみたいだし、確かめるには丁度いい相手だった。

だって、今まで近くにいてもドキドキもしないし平気だったから。

 

「離れないアル」

「はぁ?なんでだよ!熱いだろ!」

「ちょっとは黙っててヨ」

 

私は銀ちゃんとソファーの上で向き合った形で座っていて、銀ちゃんの胸板に頬と体をピタッとくっ付けていた。

銀ちゃんの唾を飲み込む音が聞こえた。

触れてる肌も汗ばんでる。

段々と銀ちゃんの匂いが強くなって、私も少し汗を掻いた。

そして、心臓がバクバクと大きな音を立てている。

ん……立てている?えっ、銀ちゃん?

 

「銀ちゃん、心臓がバクバクって……」

「もう良いだろ!なんか知らねぇけど充分だろ!ほら、早く寝ろガキがっ」

 

またガキって……

結局、銀ちゃんにここまでしといて何も分からなかった。

分からなかったって事はきっと私は銀ちゃんに焦ったり、動揺したりしてないんだ。

って事はやっぱり私はトッシーの事を……?

 

「雰囲気の問題は大いにありそうネ」

 

それにトッシーの場合はそう言う事をするつもりだったわけだから、銀ちゃんとは全然状況が違うし。

そう思ったら、男にはああいう顔が存在して、普段は面に出さずに生活してるのかと思うと、何だか不思議でならなかった。

銀ちゃんも新八も、サドも?

 

「……また、眠れないアル」

 

心臓がドドドドと脈打っていて、静かな寝室は私の心音と時計の針の音しか聞こえなかった。

次はいつサドに会えるかわからなかったけど、次に会えたら今度は絶対にアイツが私をどう思ってるか探ろうと思った。

 

 

 

それから何日もサドには会えなかった。

屯所へはあれ以来行ってないし、私も万事屋の仕事でそれなりに忙しかった。

やっぱり、運命なんてものがあるのなら、初めからなるようにしかならなくて、どんなにツいてなくても上手く行く時は行くし、出だしがいくら好調でも道は途絶えたりもするんだろう。

 

私の今進んでる道はどうなんだろう。

サドまで繋がってるのかな。

霧に包まれた道を歩く私には先は全く見えなかった。

だからきっと、進むしか術はないんだろうけど……

進めないから困ってる。

 

屯所へもう一度訪ねてみようか。

私は悩んでいた。

四六時中、サドの事ばかり考えていて、自分でもたまには考えるナヨって思うのに止められないでいた。

これが恋は盲目って言う奴なんだろうか。

今、目からいちご牛乳を飲もうとしてる私は正しくソレだった。

お風呂から上がって冷たいいちご牛乳を飲み干すと、私は長く腰近くまで伸びた髪の毛を乾かしていた。

 

「ん?」

 

玄関のインターホンが鳴った。

銀ちゃんはお登勢に飲みに行ってるし、新八はもう帰ってるし、私はドライヤーを一旦止めると急いで玄関の戸の前まで行った。

 

「誰アルカ?」

 

そんなに遅い時間じゃないけど、誰かが気軽に訪ねて来る時間でもなかった。

私は戸の向こうの人物が何も返事をしない事に痺れを切らした。

戸に手を掛けると私は怒鳴る勢いで開けてみた。

 

「返事くらいっ……して下さいアル」

 

戸の向こうに立っていたのは、私の知らない見たことも無い女性だった。

スラリとしていて、和服姿がとっても似合う儚げな印象の女性だった。

私は半乾きの髪を整えると女性に改めて聞いてみた。

 

「誰アルカ?」

「……あっ、いえ、やっぱり結構です」

 

逃げるように階段を降りて行った女性を私は追い掛けようかとも思ったけど、私を見て驚いた顔やこんな時間に訪ねて来た事。

私はそこからあの女性が銀ちゃんを訪ねて来たことに気付いてしまった。

 

「さっちゃんとかとは違う感じがするネ」

 

今まで銀ちゃんの周りにはいなかったような、いわゆる普通の女性っぽかった。

あの人、銀ちゃんが好きアルカ?

 

そう言えば、銀ちゃんは私がいなかった二年間、どんな生活をしてたんだろう。

こんな大事なこと、何で今まで気にならなかったんだろう。

私、帰ってきてから銀ちゃんの事、全然考えてなかったかも……ずっとサドのことばっかりで。

もしかしたら、誰かと付き合ってたかもしれないし……まぁ、そんな形跡はないけど。

だけど、そうであっても、おかしくないんだよね。

 

「悪いことしてしまったアルカ……」

 

きっと、私がいない時に普通に家へ上がってたのかもしれない。

なのに、久々に訪ねて来たら風呂上がりの私が居て……私はただの同居人なのに。

 

サドと吉原で会った時、私は遊女達に嫉妬していた。

胸の奥が自分でも嫌になるくらいに醜い事を思ってた。

自分よがりな考えに染まっていって、サドが誰を抱こうが勝手なのに、私はそれを許したくない気持ちでいっぱいだった。

他の女と遊ぶなヨって。

少しは私を見ろヨって。

今でも考えるだけで、少しも良い気はしないのに。

……さっきの女性もそうだったのかな?

銀ちゃんと私が一緒にご飯食べたり、隣の部屋で寝たり、たまに引っ付いたり、銀ちゃんの胸に顔を寄せてみたり。

そんな事をしてるんじゃないかって考えて、胸が苦しくなるのかな。

好きだったら、苦しんでたっておかしくないよね。

 

やっぱり、私は帰ってきちゃいけなかったのかな。

万事屋は私にはすごく安心出来る場所だけど、もしかすると銀ちゃんや新八は私がいるせいで……

 

「それでも、万事屋に居たいって思う私はわがままアルカ」

 

何もかも欲しがったって、全てが満足に手に入るわけないのにネ。

なのに、私はどれも諦めきれなくて、何も捨てることが出来なくて、あれもこれもと手を伸ばす。

腕なんて二本しかないのに。

 

私はその二本の腕を伸ばすと定春に抱き付いた。

 

今はまだ何も決断を迫られる事はないけど、いつかその日が来れば私は何を選ぶんだろう。

反対に私は誰に選ばれるんだろう。

その時はこの二本の腕で……たった一つを抱き締められるかな。

今は何も考えられないから、私は居間のテレビを点ける事にした。

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