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26.始まりの鐘

 

「おかえり。朝からどこ行ってたの?」

 

新八は何事もなく私に尋ねた。

最後の会話なんてもう忘れてしまってた様に。

 

「また今日も朝帰りなだけヨ」

 

そう言って冷蔵庫からいちご牛乳を取った私に、新八は大袈裟なため息を吐いた。

 

「相手、誰?」

 

信じてるらしく、私を見る目は少し軽蔑の色が窺えた。

 

「嘘に決まってんダロ」

「嘘に聞こえないし」

 

新八はまだ信用してないらしく、台所の作業の音が急に煩くなった。

モノに当たるなヨ。

 

私はグゥと鳴るお腹に、ようやく何も食べてない事を思い出した。

 

「お腹空いたアル」

「……え、何も食べて来てないの?ってか、銀さんどこに行ったの?」

 

私は何も聞こえなかったフリをすると居間へ戻ろうとした。

だけど、新八は私のそんな態度に気付いて頷きながら言った。

 

「あぁ、なんかあったんだ」

 

私はそんな新八が好きじゃなくて、何も知らないフリをして急いで居間へと戻った。

 

 

 

食事を終えるも銀ちゃんは戻って来なかった。

私があんな態度をとったから、もう顔を合わせたくないなんて思ってるはず。

このまま、ずっと帰ってこないつもりだろうか。

私はただ謝って、元の万事屋に戻りたいと思っていた。

ううん、願っていた。

 

私の勘違いで銀ちゃんにあんな事をしてしまった。

銀ちゃんはずっと私を大切にしてくれてたのに。

今更、こんな事に気付いて自己嫌悪に陥るなんて、本当に私はアホアル。

 

「神楽ちゃん」

 

台所からお茶を持って来た新八は、ソファーに座ると私の名前を呼んだ。

 

「ん?なにネ」

 

何か難しい話をしそうな雰囲気に私はわざと適当に返事をした。

もう、オマエに言われなくても分かってんだヨ。

 

「銀さんと何かあったんでしょ?」

「なんでヨ」

「いや、さすがに雰囲気で分かるし」

 

そうアルナ。

もう、何年も一緒にいて、分からない方がおかしいアル。

分からない方が……

 

「神楽ちゃん、もう全部気付いたなら、答えを出すべきじゃないかな」

「意味わかんねーヨ」

「分かってる癖に。だから、わざわざ朝から沖田さんに会って来たんでしょ?」

「えっ!?」

 

新八はズズズとお茶をすすると、何事もないような涼しい顔をしていた。

もう、新八には全てバレてるんだ。

私の気持ちも、これから何をするかも。

 

「僕はただ、銀さんが……神楽ちゃんが幸せになってくれたら、何も言うことはないから」

「なんだヨ。オマエ、どこの神さんアルカ」

「銀さん、今頃何してるかな」

 

もし、本当に銀ちゃんが帰って来なかったら……。

考えたこともなかった。

いつも側にいるのが当たり前だと思ってた。

どんなに私が勝手しても、銀ちゃんはいつも私の側にいてくれると思ってた。

銀ちゃんは万事屋を必死に守ろうとしてくれてた。

それは万事屋が大好きだから?

それを私は残酷にも壊そうと、銀ちゃんから取り上げようとしていたの?

バカだ、私。なにやってんダヨ。

銀ちゃんを万事屋に連れ戻さなきゃ。

 

「……私、ちょっと出掛けて来る」

 

新八はようやく私に笑みを向けると、行ってらっしゃいと背中を押してくれた。

手遅れかもしれないし、銀ちゃんはもう万事屋をどう思ってるか分からなかったけど、私は全部伝えたいと家を飛び出した。

銀ちゃんを探さなきゃ。

銀ちゃんを見つけ出さなきゃ。

万事屋には……私には銀ちゃんがいないとダメだから。

 

私は思い付く所を回って歩いた。

三丁目の角のパチンコ屋やいつも雑誌を立ち読みしてるコンビニ。

それから、たまに行く映画館にオッサンだらけのサウナ。

リサイクルショップの地球防衛軍に源外のじーさん。

他には……もしかしたら、お見合い相手の家にいるのかもしれない。

これだけ、かぶき町を探し歩いて色んな人に聞いて回ったのに見付からないなんて、後はもうそこくらいしか思い浮かばなかった。

 

私がトッシーを頼ったみたいに、銀ちゃんだって。

それに本当に断ったかも私は知らなかったし、あの女(ヒト)は綺麗な人だったし。

いくら私でも、銀ちゃんが隠していたお見合い相手の家までは知らなかった。

 

今頃、何かを埋めるように……誰かに包まれて幸せなんて感じてるのかな。

それを私が妨げる権利なんてないのに、ダメだって両手を広げて飛び出して行きたい。

なのに、銀ちゃんがどこに居るかも分からない。

ずっと、近くにいてくれたのに。

どんなに私がバカなことをしても、言いたいことも殴りたいのも堪えて、銀ちゃんは万事屋で私を待っていてくれたのに。

分かってる。

いつまでも私の側にいてくれるなんて甘えてたんだ。

銀ちゃんはどこにも行かないって……

今更、私は誰が本当に大切か気付いたんだ。

ずっと近くにいてくれたのに。

 

「近くに?」

 

私はまだ探してない場所を思い出した。

銀ちゃんが駆け込む場所。

どんな女の胸の中より温かくて、頼りがいがあって、そんなに綺麗じゃないけれど、いつだって銀ちゃんや私達を迎え入れてくれる場所――

 

「ばあさんッ!」

 

私はガシャンと乱暴に、スナックお登勢の引き戸を開けた。

まだ、暖簾の掛からない入り口を通れば、暗い室内に煙草の臭いが漂っていた。

 

「今日は昼間っから客がよく来るね。どうなってんだい全く」

 

カウンターの中で酒の並べられた棚にもたれながらばあさんが言った。

銀ちゃんは……銀ちゃんはカウンターの椅子に座りながら、うつ向いてグラスの中を覗いていた。

 

「まぁ、丁度買い出しに出掛けようと思ってたんだ。神楽、お前が相手してやりな。私も暇じゃないからね」

「えっ」

 

ばあさんは煙草を加えたままハンドバッグを手に取ると、私の返事も待たずに店を空けてしまった。

 

銀ちゃんを見ればうつ向いたままで、既に酒を何杯が飲んでるらしく、見えてる耳が赤かった。

私は恐る恐る銀ちゃんに近付くと、ひとつ席を開けて銀ちゃんの横に座った。

 

銀ちゃんがグラスの中に指を突っ込んで、カランカランと氷の当たる音だけが聞こえる。

声を出すのに勇気がいるけど、何のために追い掛けて来たのか。

私は心臓辺りの服を片手でぐっと掴むと、銀ちゃんに思いっきり頭を下げた。

 

「ごめんアル」

 

それに氷の音が鳴り止んだ。

静かになった室内は換気扇の音だけが聞こえるようになった。

銀ちゃんはどんな顔をしてるだろうか。

あんな事をした私を汚いなんて思ってるかもしれない。

もう、どんな言葉も仕打ちも受け入れる覚悟でいた。

 

「なに謝ってんだ、お前」

 

いつもと変わらないトーンの声が上から降り注いで来て、私はそれに頭を上げずに言った。

 

「だって、私……銀ちゃんに酷いことしたアル」

「酷いことってどれだよ?ありすぎて分かんねーし」

「そうアルナ。じゃあ、一番近いのから言うネ。銀ちゃんを勘違いして責めてしまったことアル」

 

銀ちゃんは無言になった。

それが許せないからなのか、それともそんな事かなんて思ってるからなのか。

どう考えても後者なワケないネ。

 

「私の事、許せないって思っててもいいアル。だけど、万事屋辞めないで欲しいヨ」

「は、はぁ?誰も辞めねぇし。分かったから、先に帰ってろよ」

 

銀ちゃんは今までと同じ様に私を許してくれた。

万事屋を守る為に、全て丸く収まる為に。

良かったネ。

こうしていつもの日常が、また安らげる万事屋が帰って来る。

 

「違う!」

 

私は頭を上げると身を乗り出して銀ちゃんに詰め寄った。

だけど、銀ちゃんは私を見ようとしてはくれなかった。

 

「銀ちゃん、もうやめてヨ。我慢しないでヨ」

 

銀ちゃんは無理をして、昔みたいな万事屋であろうと全てに目を瞑ろうとしてくれている。

私を、万事屋を大切に思ってるから。

本当にそうなの?

 

「俺がいつ我慢なんてしたよ?」

 

まだシラをきろうとしてる銀ちゃんに私は悲しくなった。

さっきだって何も言わずに逃げたのに。

今だって全部を酒で言いたいことを流し込んだ癖に。

ばあさんには話したんだろうか?

私だけに何も言ってくれないんだろうか?

どうせなら、ぶつけてしまってヨ。

ここまで来たなら、もう洗いざらい全部話してヨ。

 

「私、もう全部知ってるアル。銀ちゃんが我慢して万事屋守ろうとしてくれてること……あと、お見合いしたことも」

 

その言葉に初めて銀ちゃんの顔が私を見た。

私がその事を知ってるなんて思ってもみなかったんだろう。

 

「それを一回で断った事も知ってるアル」

 

銀ちゃんは両肘をテーブルについて顔の前で手を組むと目を瞑った。

 

「銀ちゃん、私にはまだ他にも知ってる事があるネ」

「なんだよ。俺がパチンコでウン万円スッたことかよ。それともアレか?店の女の子に店長呼ばれたことか?」

 

まだ、そうやってはぐらかす。

 

銀ちゃんが私に一番隠しておきたいこと。

そして、私が何度忘れようと思っても忘れる事が出来なかったこと。

それがどうしてだったのか、今なら私わかるアル。

 

私は銀ちゃんが封じ込めたものをまた呼び起こそうとしてる。

それが、たとえ銀ちゃんを傷付けてしまう事になっても、私はどうしても言ってしまいたかった。

それは自分が楽になれるからじゃない。

ただ、二人で一緒に考えていきたかったから。

これからの二人の事を。

 

二人だけの夜に二人だけしか知らないこと。

だから、やっぱり私と銀ちゃんで考えなきゃ。

幸せになれる可能性があるなら、私は怖くなんかないアル。

進んだ先が薔薇色じゃなくても、それが現実なら私はちゃんと受け入れられるから。

もう、何が大切か私には分かったから。

 

「私……銀ちゃんがキスしてくれたこと知ってるヨ」

 

銀ちゃんの顔が赤くなる。

そして、軽く戦慄する。

その姿に私は確信した。

やっぱり銀ちゃんは知られたくないと思ってたんだって。

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