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25.執行列車

 

「なぁ、神楽。お前、それで満たされたか?」

 

銀ちゃんは立ち上がったまま、私を真っ直ぐに見るとそう言った。

満たされたかなんて……そんな聞き方しないでヨ。

 

銀ちゃんは私に怒ってる。

ううん、正確には怒ってた。

殴ろうとした銀ちゃんは怒ってたけど、何かを思って私を殴ることをやめた。

その時点で私への憤りは落胆へと変わった。

だけど、あんなに感情的な銀ちゃんは始めて見た。

それは私が大切だから?

それとも、反対に大切じゃないから?

 

「そうやって傷つけて……何やってんだよ」 

 

私の行動で誰が傷つく?

自分を勝者だと言ってたサド?

成り行きで私に利用されたトッシー?

朝まで寝ずに待ってた銀ちゃん?

それとも、この私?

 

「沖田くん、神楽のこと好きなんだろ?お前だって……なんでそうなった?」

「サドは私のこと、好きじゃないヨ。私だって……」

「嘘つくなよ」

 

銀ちゃんは私にそう言ったけど、そっくりそのまま銀ちゃんに返してやりたかった。

嘘ついてるのは銀ちゃんも一緒だって。

人のこと、言えないダロ。

 

それが伝わったのか銀ちゃんは私から目線を外した。

 

「ガキの癖によ、毎晩別の男と何やってんだよ。お前の親父に合わせる顔がねーよ」

 

また、ガキって言った。

やっぱり、いつまで経っても私は銀ちゃんからすればガキでしかないの?

大人になれば毎晩別の男とホテル行ってもいいの?

それに、パピーに合わせる顔がないって……

 

「銀ちゃんは私の何アルカ?」

「何って、アレだろ……保護責任者」

 

そんな難しい日本語分かんねーヨ。

だけど、銀ちゃんが本当にそんな冷たい響きだけの関係と思ってるなら、それは悲しい事だった。

本当の家族でもないし、友達でもない。

それでも、誰よりも一番近くで銀ちゃんの生活を見てきたのに。

銀ちゃんだって、それを知ってるはず。

だから、きっと銀ちゃんはわざとそんな言葉を選んだに違いないと思った。

それが私を苛立たせた。

 

「じゃあ、私と銀ちゃんは保護者と子供の関係アルカ!」

「あぁ、そうだ」

 

私のキツイ口調に対して、銀ちゃんの受け答えは柔らかい物腰だった。

その余裕が余計に私を苛立たせる。

 

「私のこと、本当にガキだと思ってるアルカ!」

「だな」

「だったら、これくらい何ともないアルナ!」

 

私は銀ちゃんの目の前でチャイナドレスのボタンを外した。

一つ外す毎に私の鼓動は煩くなる。

指も震える。

 

「オ、オイ、何してんだよ!」

「見れば分かるダロ」

「神楽、やめろ」

 

私はそれでも手を止めなかった。

全てのボタンを外して、サイドのファスナーに手をかけると、明るい陽射しの中で肌をさらけ出した。

こんな姿、一度も銀ちゃんに見せた事なかった。

 

「見ろヨ。ガキのなんて平気ダロ」

「いい加減にしろ」

「しないヨ!」

 

私は下着姿で嫌がる銀ちゃんを無理矢理にソファーへ押し倒すと上に跨がった。

銀ちゃんは抵抗を止めなかったけど、私にすればそんなの抵抗の内にも入らなかった。

 

「ガキなら見ろヨ。その目開けて見てみろヨ」

「マジでやめろ、神楽」

 

銀ちゃんは決して目を開けようとしなかった。

きつく瞑った目は私を映そうとはせずに、現実からも自分の心からも逃げてるように見えた。

そんなのずるいネ。

銀ちゃんだけずるいヨ。

 

「もう、逃げんなヨ!私をガキじゃないって認めろヨ!なんで銀ちゃんだけッ」

 

銀ちゃんを責めてしまえば、自分が楽になれるような気がした。

これは甘えだって分かってるのに、自分をガキじゃないなんて思ってる。

やっぱり、そんな私は子供なのだろうか。

こんな事をして、私は銀ちゃんにガキじゃないって言って欲しいの?

一体、何を望んでるの?

銀ちゃんに私はなんて言葉を――

 

「ジリリリン」

 

電話の音がなり響く。

それに銀ちゃんは目を開けた。

そして、下から私を見上げてる。

だけど、それは私の想像してたものとは違った。

その目はちっとも逃げてなかった。

現実から目を背けてもいなかった。

全てを受け入れていた。

覚悟の決まっている瞳だった。

 

私は銀ちゃんを誤解していた。

ずっと逃げてるって、私をガキなんて言うのは認めるのが怖いからだって思ってた。

だけど、違う。

銀ちゃんは全てに一切蓋をして、何もかもを封じ込めた。

だから、一緒にまた寝るようにもなったんだ。

それで分かった。

あのキスはきっと最初で最後のキスだった。

 

私は銀ちゃんの上から飛び降りると、チャイナドレスを急いで羽織り電話に出た。

 

「もしもし」

 

銀ちゃんはその隙に体を起こすと、どこかへと出掛けて行った。

私は電話に集中すると、いつまでも何も聞こえない受話器の向こうへと怒鳴ってみせた。

 

「誰アルカ!」

「……沖田だ」

 

少し前まで愛し合ってたのに。

暗いトーンはそんな事実が無かったかのように思わせた。

 

「今更、何アルカ」

 

私に非はないと思ってた。

サドが勝手に私との関係をダメだと思い込んで出て行っただけ。

せめて、何を思って出て行ったかサドの口から聞きたかった。

 

「今から会えねぇかィ?」

「分かった。その代わり、屯所で会うネ」

 

そう約束をすると言葉少なに電話を切った。

 

 

 

数日前と何も変わらないサドの部屋。

ただ二人の間の距離や熱だけが違っていた。

 

「座れよ」

「仕事は?」

「今日は昼間は非番でィ」

 

私は用意されていた座布団の上に座った。

サドは立ったまま戸の前で立ち尽くしていた。

まだ一度もその顔を見せてはくれなくて、昨日の事を悪いと少しは思ってるみたいだった。

 

「何の用事アルカ?」

「分かってんだろィ」

 

弱気な背中がサドらしくなかった。

 

「……俺ァ、新八くんに言われた事。何一つ否定出来なかった」

 

だったら、やっぱりサドは私をその場限りの感情で愛したの?

私を大切にしたいとは思えなかったの?

好きだって言ってくれたけど、それも全部雰囲気に飲まれて出た言葉にしか過ぎないの?

 

「大切にするってどういう事か今の俺にはわからねぇ。一緒にずっと居ることか?それともテメーを守ることか?」

「そんなの……」

 

私にも分からなかった。

どんな行動や想いが相手を大切にするかなんて。

 

「俺ァ、ずっと恨まれて上等で生きてきた。京に行っても変わらず刀を握って血を浴びた。わかるか、チャイナ?恐怖なんて感情が薄れちまう異常性」

 

私だって綺麗事だけで生きてきたワケじゃない。

命を脅かして生きてきた。

分からないはずなかった。

 

「それがこっちに戻って来て、テメーに会って俺は変わっちまった。お前を失う事が恐怖になった」

「失うって死ぬってことかヨ?」

「俺の縁者なんて疑われれば何されるか分かったもんじゃねぇ。それに……」

 

サドはようやく私を振り返り見ると目を細めた。

そして、苦しそうな声を出す。

 

「誰かにチャイナを奪われる事が最大の恐怖だった」

 

私はそう言ったサドから思わず目を逸らせた。

見ていられない。

それはサドがあんまりにも辛そうだったのもあるけど……

 

「だけど、思い知らされた。テメーを大切に思ってる俺以上の存在がいるってな。新八くんの言った通り、俺はチャイナを見てなかった。上辺だけしか」

「なんで皆、勝手に決めるネ?」

 

私は自分の声が震えてるのが分かった。

とてつもない緊張が体を強張らせる。

 

「私の事を一番誰が大切にしてくれてるなんて、そんなの私が決める事アル」

 

サドは力なく笑うと首を軽く横に振った。

 

「自分でも分かってんだろィ。俺はてめぇを縛り付けておきたいだけでさァ……犬みてーに鎖に繋いで」

 

サドは私の隣にドサッと崩れるように座り込むと、私の長い髪をすくった。

 

「なんで、どうでも良い奴しか俺に跪かねぇんだよ。少しくらい俺が欲しいって泣いてくれよ……もう、俺ァ自信がなくなっちまった」

 

そんなサドを私は冷めた気持ちで見てるのが分かった。

その瞬間、私の中にあった少しの未練は断ち切れた。

 

恋なんて、一種の幻だ。

ずっと薔薇色の幻覚を見ていた私は今朝、ようやく灰色に染まる現実と向き合った。

だから、魔法が切れたんだ。

まだ余韻に浸っていたかったけど、もう心が決めていたから。

 

「私にもお前が欲しくて仕方がなかった日々はあったヨ。それに、オマエだけアル。私からキスしたのは。だから、良い思い出にしてヨ」

「……そういや、テメーに言われた事なかったな。好きだって」

 

結局、私は一度もサドに言わなかった。

それは言えなかったのもあったけど、もしかすると――

 

「俺も結局、敗者でィ」

 

私はサドにどうしようもないくらい恋をしていた。

会いたくて会いたくて、二年間ずっと忘れた事なんてなかった。

だけど、あんなに好きだったのに、好きだと思ってたのに、私の記憶の中にサドの温もりはちっとも残らなかった。

いつも私に寄り添うのは、いつかの頬に落とされた唇の熱だけだった。

 

私は屯所を後にすると、万事屋へと帰った。

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