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24.執行列車

 

薄い色は全てピンク色に染められてる部屋で、私の髪も肌も全てが別のものに見えた。

 

お風呂のいい匂いがして、部屋に湯気が広がる。

ピンク色に染まったタオルで頭を拭きながら、隊服のズボンだけを穿いたトッシーが私に尋ねた。

 

「どうする」

 

私はトッシーに黙って片手を差し出すと、ケータイを貸してと頼んだ。

するとトッシーはベッドへと上がってきて、私の隣に腰掛けた。

 

「まずはテメェがどうしたいか聞かせろ」

 

私は出してた手を引っ込めると、自分の中で下した決断をトッシーに伝える事にした。

 

「……帰らないアル」

「なら、どうすんだよ。俺を殴って一晩中気絶でもさせとくか?」

 

私はそれに首を振った。

すると、トッシーは私の腰を抱いて体を引っ付けると耳元に唇を寄せた。

 

「もう、待ったは利かねェからな」

 

私は体をそのままベッドへ倒される前に、トッシーのズボンのポケットへ手を突っ込んだ。

そして、ケータイを取り出すと一つ条件をつけた。

 

「キスは許さないアル。それ以外は全部オマエの好きにしたら良いネ」

 

トッシーは私を睨み付けるような顔をしたけど、すぐにあぁと頷くと私をベッドへ押し倒した。

 

私はそんなトッシーに構わずにウチへ電話を掛けた。

銀ちゃんは何を言うかな。

また、適当に誤魔化すのかな。

私が他の男といるって分かったら、苛立ったりムカついたりしないかな。

しないかな……

 

少し長いコール音にもしかしたら家に居ないのかもと思った。

私を探しに出て行った?

それだったら、やっぱり私はここに居ちゃいけない。

でも、そんなことはなく、電話の向こうから低い小さな声が聞こえた。

 

「……神楽か?」

 

私はその抑揚のない声に、銀ちゃんが相当参ってる事が伺えた。

それよりも、目の前のトッシーが気になったけど、私は無視をしながら銀ちゃんに話し掛けた。

 

「今日は帰らないアル」

 

そう言って銀ちゃんは少し黙り込んだ。

きっとその要因が自分にもあるって分かってるんだろう。

 

「明日にはちゃんと……」

 

帰るから。

そう言おうとしたのに、私の体に絡みつくトッシーがそれを妨害した。

その間に銀ちゃんが話し始める。

 

「神楽、とりあえず……話そうぜ。これからの事とか。明日でいいから」

「うんっ……あっ、明日アルナ」

「神楽?」

 

私は急いで自分の口を押さえるも、電話の向こうの銀ちゃんは私の異変に気付いてるようだった。

 

「どこにいんだよ?」

「……言えないネ」

 

吐息混じりの声で答えれば、銀ちゃんの声に焦りが見えた。

でも、私がどんな格好で電話をしてるかなんて銀ちゃんには分からないはず。

 

「また、明日ネ」

「オイ!神楽?」

 

私はこれ以上は話していられないと、急いで電話を切った。

額に、手に、体中に汗が滲む。

 

「一体何考えてるアルカ?」

「好きにして良いつったのはテメェだろ」

 

確かに言ったけど、通話を妨害されるのは嫌だった。

もし明日、あの時何をしてたかなんて聞かれたら、どう答えたら良いか分からなかった。

 

そんな事を考えてる間にも、トッシーはずっと前から望んでいた事を地道に遂行する。

だけど、私はメイド服なんてものを着てるけど、一切トッシーに従わずに、むしろそれを邪魔してやりたいと思っていた。

何となく意地悪くなって、トッシーが嫌がる事を言ってやりたくなった。

 

「なぁ、トッシー。私は薔薇の花が好きアル」

「薔薇?トゲが痛ェだろ」

「痛くないヨ……だって、その痛みも気持ち良い事だって、そーごが教えてくれたから」

 

その私の言葉に、トッシーの体が燃えるように熱くなるのが分かった。

 

「総悟?」

「そうネ、沖田総悟アル」

「なら、なんで俺とここに居んだよ」

「そんなの、分かってるダロ」

 

トッシーは分からないと首を振った。

私はそんなトッシーに全部教えてあげるか迷った。

サドにフラれたも同然で、オマエにただ慰めてもらいたかったなんて聞いたら、トッシーはどう思う?

利用するなって言うかな?

それとも、誰かを忘れる為になら理解を示してくれるかな。

……あんなにバカみたいなんて思ってた事なのに、今自分はそれと同じことをしてる。

しかも、そんな事で忘れられるかどうかも分からないのに。

 

「オマエのモノにはならないヨ」

「あぁ、だろうな」

「悔しいアルカ?」

 

トッシーはまた首を振った。

時々、言葉を失うトッシーは、多分私が思ってる以上に私に耽っていた。

理由も分からず肌を重ねて、自分のモノにならないのに悔しくないなんて、どんだけ都合の良い男ネ。

それで良いのかヨ。

 

「オマエ、これで私を忘れるヨロシ」

「こんな急なんて聞いてねェ」

「なら、今やめるアルカ?」

 

やっぱりトッシーは首を振った。

たまに忘れてるのか私の唇を奪おうと迫ってくるけど、私はトッシーのおでこを指で弾き返す。

その度に切なそうな顔で私を見る。

でも、ダメ。

 

「軽くもダメか?」

「ダメ」

「頬は?」

「ダメ、アル」

「俺だからか?」

「……ダメアル……ダメッ」

 

私は身震いをすると、トッシーにしがみついた。

思わず爪を立てて、トッシーの背中の皮膚に痕を残した。

私をこんなにも赤く染め上げるなんて、トッシーはやっぱり女に慣れてる。

乱されて満たされた体にしばらく動けないでいるも、トッシーはつまらなさそうに私から体を離すと、ベッドに腰掛けて煙草を吸った。

私はそれを寝転がりながら見ていると、ある大事なことを思い出した。

サドに好きだって一言も伝えてなかった。

ただ、お互いの熱に惹かれ合ってただけみたい。

それはトッシーと私の、こんな関係との違いなんて何一つ無いように思えた。

正式に交際してたワケじゃないし、お互いに何か神に誓ったワケじゃない。

 

「総悟の女じゃねェんだよな」

「うん」

「なら、俺の女になれよ」

 

目が痛くなりそうなピンクの空間に私は瞳を閉じた。

 

「オマエの女?笑わせんなヨ。私の男になりたいって奴が現れたら歓迎するネ」

 

それを聞いたトッシーは鼻でフッと笑った。

 

「だったら、俺は一生無理だな」

 

夜は更けて、もうすぐ朝を連れて来ようとしてた。

その頃にはすっかり満月も身を潜め、狼男は姿を消した。

もう、二度と二人で夜を越えることはないはず。

だって、私の男になりたくなかったトッシーは、きっと私を忘れられるから。

朝日の中、最後に見た後ろ姿は、何ていうか振られた男のソレとは違って、みっともなくもダサくもなかった。

きっと、私以上にイイ女を知ってるんだろう。

それが誰か私の知るところではなかった。

 

私は朝のかぶき町を一人で万事屋に向かって歩いていた。

堂々の朝帰り。

だけど、銀ちゃんに話すことは山のようにあって、もうビビってなんていられなかった。

銀ちゃんもちゃんと全部話してくれるかな。

不安はもちろんあったけど、ぶつからなきゃいけない所まで来てるから。

それと、サドのこと。

でも、先ずは銀ちゃんと向き合って話さなきゃ。

そんな事を思って私は勢いよく万事屋の玄関の戸を開けた。

 

「ただいまアル」

 

薄暗い室内へ踏み込めば、銀ちゃんは椅子に腰掛けて、机に突っ伏しながら眠っていた。

ずっと、待ってたアルカ?

 

柔らかい朝日が障子の隙間から射し込み、銀ちゃんの顔を照らしていた。

そんな姿に私は、ようやく反省の気持ちが沸き上がってきた。

心配を掛けてしまって、本当に悪かったって。

昨日の夜、私との電話の後、苛立ったりしなかったんだろうか。

いい気持ちじゃなかったはずなのに、どうして私を待ってるかのようにこんな所で寝てるんだろう。

 

銀ちゃんは全然口には出さないけど、本当に私の事を大事に思ってくれている。

それが伝わって、私の胸を打って、素直に口に出して謝りたくなった。

本当に本当に申し訳ない気持ちになって――

 

「ぎっ、ちゃん……ごめんアル。本当にごめんネ」

 

銀ちゃんの傍らに立って白い着物を握り締めれば、ポタリポタリと滴が落ちて灰色の染みがつく。

泣けば昨日の事がチャラになるわけでも、関係が修復されるわけでもないけれど、私は込み上げてくる気持ちに涙を流さずにはいられなかった。

そして、その涙と共に、私の目からはピンク色に染まった夢の残骸が次々に剥がれ落ちていく。

ずっと、私の視界は薔薇色だったのに。

私が今まで見てきたそれは、幻想だったんだろうか。

涙が落ちる度に、朝日の中で眠る銀ちゃんがすぐ近くにいる事を感じる。

でも、それでようやく私は目が覚めた。

広がる景色がハッキリと見えて現実味を帯びだした。

 

「ん?あ、神楽?」

 

目を覚ました銀ちゃんは、伸びをすると泣いてる私に気付いたのか、頭を掻いて困ったような表情になった。

 

「煙草くせぇ」

「私、吸ってないネ」

「バカヤロー、分かってるって」

 

銀ちゃんは私の頭を軽く叩くと立ち上がって洗面所へ向かった。

特に何も私を咎めない。

いつもの銀ちゃんのままだ。

 

「…………」

 

銀ちゃんは本当にこのままで良いと思ってるのかな。

私もこれでいいのかな。

この先もこうやって、全部見て見ぬ振りして、私は銀ちゃんと上辺だけで付き合って行けるのかな。

ううん、行くのかな。

 

理想はもう弾けてしまって、現実が広がってるのに。

そうアル。もう、私はきちんと向き合う事をしなくちゃいけない。

それに、放っておけないのは現実だけじゃない…… だったら、目を背けちゃいけない。

大人でも子供でもない私を認めなきゃ。

そして、全てを明るみに出さなきゃ。

私も銀ちゃんも。

 

銀ちゃんは居間へ戻って来るとソファーへ座り、いちご牛乳の入ったパックに口を付けた。

いつもと変わらない。

変わろうとする姿勢がちっとも見えない。

 

昨日の新八との話を聞いてたのなら、何か弁明くらいして欲しい。

新八の思い込みだって、新八の勘違いだって、本当は全然そんな事がないんだって。

でも、もし本当にそれを認めるのだったら、ちゃんと言ってヨ。

銀ちゃんの口からちゃんと言えヨ。

 

“私を誰よりも大切に想っているのは――”

 

大切だって想ってる証拠見せてヨ。

 

「なんで何も言ってくれないアルカ。私、サドじゃない男とホテルに泊まって来たアル」

 

銀ちゃんはいちご牛乳を飲む手を止めると私を見た。

その目は一瞬大きくなって、そのあとスグに鋭く厳しいものに変わった。

そして、銀ちゃんは右手を大きく振り上げて私目掛けて振り下ろした。

だけど、その手は私には当たらずに銀ちゃんの腿の横に戻った。

 

「なんでヨ、殴れヨ」

 

銀ちゃんの顔は凄く悔しそうだった。

それは殴れなかった自身に対するものだろうか。

私は銀ちゃんの気持ちが、少しも分からなかった。

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