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22.女神の泉

 

私はすぐ後ろに立ってる新八に尋ねた。

 

「何があったアルカ?」

「何って……」

 

私がサドを追い掛けなかったのは、追い掛けたからって引き留められない事を知ってるから。

きっと、解決しなきゃいけない問題はサドじゃなく、万事屋(ウチ)にある気がしたから。

 

私は新八にもう一度尋ねた。

 

「私が寝てる間、何があったアルカ?」

 

新八は私が怒ってる事に気付いてるのに何も答えなかった。

それは新八の覚悟を表していた。

私に何されても良いくらい、自分の行った事に強い信念を抱いてるからだろう。

それは侍らしく、とても立派だけど、今の私にはそう受け止められる程の広い心が足りなかった。

 

「新八、オマエ最低アル」

 

私は吐き捨てるようにそう言うと物置へと閉じ籠ろうとした。

だけど、さすがに新八も何か思ったのか、私の腕を強く掴んだ。

 

「分かった。話すよ」

 

そう言った新八は私を厳しい顔で見ていた。

まるで私が悪い事でもしたかのように。

 

少し落ち着いた私は新八と居間へ戻ると、サドに何があったのか、新八が何を思ってるのか、話してもらう事にした。

 

 

 

私が担ぎ込まれて来た時、新八はたまたま私が倒れてる現場にサドが居合わせたんだと思ったらしい。

私達の関係を知らない新八にすればそれは普通のことだった。

だけど、サドと話している内にサドと私が一緒に居たことに気が付いた。

 

それに対して新八は、私達の繋がりがどうしても見えなかった。

寄れば触れば喧嘩するくせに。

そんな二人がどうしてと不思議に思っていた。

だけど、私が万事屋を飛び出す前に話していた“泊まった話”を思い出すと、私が誰とパーティーに出掛けて誰と朝まで一緒に過ごしたのか、新八はそれが分かってしまった。

あぁ、沖田さんかって。

 

「それにさ、沖田さん、神楽ちゃんの事を名前で呼んでたから。なんて言うか、何かあったことは明確だったし」

 

そんな事を私は聞きたいわけじゃない。

サドが私を見ずに飛び出して行ったのは、新八の言葉が原因のはずだから。

その言葉が何なのか、私はどうしても聞きたかった。

 

「そんな話はどうでも良いアル」

「……あのね、神楽ちゃん」

 

新八は私をなだめるような口調でそう言うと、下がってきた眼鏡を指で押し上げた。

 

「僕にとって万事屋はなんて言うか……家族みたいなもので、銀さんと神楽ちゃんの三人でいつまでも、騒がしくも一緒にいられたらなんて思ってた」

 

急にそんな話を始めた新八に私は少し動揺した。

新八が万事屋に対してそんな風に思ってたなんて知らなかったから。

そして、何よりも私と同じ思いだったから。

 

「だけど、神楽ちゃんが出ていって気付いたんだ。いつまでもそんな事は出来ないんだって。それでも、神楽ちゃんの戻るって言葉を信じてた。帰って来たらまた、万事屋として三人でやっていけるって」

 

私はその新八の期待を裏切らずに、二年の歳月を経て戻って来た。

それは万事屋が私の安らげる、唯一の居場所だから。

……そうだよネ?

 

「神楽ちゃんもまた万事屋を一緒にしたくて戻って来てくれたんだよね?」

「うん」

「僕や銀さんやかぶき町のみんなに会いたくて戻って来てくれたんだよね?」

「そうアル」

 

新八が何を確かめたいのか意味は分からないけど、私はそう尋ねる新八が怖くて思わず目を逸らした。

 

「だけど、知ってたよ。僕達よりも大切な人が出来たこと。それは悪い事なんかじゃ全然ないし、むしろ良い事なんだ」

「比べた事なんてないアル」

「それは秤が違うからでしょ」

 

だって、同じ秤で比べるなんて私には無理アル。

サドと万事屋は比べられない。

どっちも私にとって大事だから。

 

「銀さんも分かってたよ。いつかこういう日が来るって。だけど、神楽ちゃんを受け入れた。子供じゃなくなった神楽ちゃんを」

「分かってたってどういう事アルカ?」

 

銀ちゃんは私がサドを好きな事も、サドと今みたいな関係になる事も全部知ってたの?

だから、何も私に聞かなかったし、怒らなかったの?

 

「神楽ちゃんがいつかお嫁に行くまで、もしそれまで万事屋に居たいと思うなら居させてあげようって、神楽ちゃんが帰って来る前に銀さんは言ってたんだ」

「……私の居場所だから?」

「それは神楽ちゃんが決める事でしょ?だけど、神楽ちゃんが万事屋をそう思うなら、そうなんじゃないかな」

 

銀ちゃんも新八も私を本当の家族の様に思ってくれていたんだ。

そして、私が帰って来るのを待ってくれていて、ちゃんと居場所を作ってくれていた。

そんな話を突然ではあったけど私は聞けて、胸の奥がじわっと温かくなった。

 

「だから、僕は許せなかった」

「……サドの事アルカ?」

 

途端に私の胸から温かさが消えていき、ズキリと痛みだす。

 

「沖田さんが本当に神楽ちゃんを大切に思ってるなら、もっとちゃんと見て欲しいって思って。体だけじゃなくて、もっとちゃんと」

 

体だけ?

そんなワケないヨ。

だって、アイツは私を離したくないって……だけど、体だけだと言う新八の言葉を否定出来る、確かな証拠を私は持ってはいなかった。

だって、それは目に見えないものだから。

いくらサドが私を愛してくれていても、他人にその大きさを示す事は出来なかった。

 

「だから、言ったんだ。一過性の熱にしか過ぎないなら、神楽ちゃんを大切に出来ないなら、関わらないで欲しいって……ごめん」

「あ、あやっ、謝ってどうにかなる問題じゃないダロ!」

「だけど、沖田さんは反論も何もしなかった!それって暗に認めてるからだろッ!」

 

私は歯を食い縛って新八の胸ぐらを掴みにかかった。

鼻の奥が痛くなって、唇が震えだす。

私は悔しかった。

自分の事なのに新八に口出しされる事が。

それに好きな男のことを悪く言われる事も。

だけど、何よりもサドが新八のその言葉を否定もせずに立ち去った事が悔しくて、悲しくて、私はこの気持ちをどうすれば良いか分からなかった。

それを新八は察したように言った。

 

「殴れよ、僕を」

 

だけど、私を見据えるその目は真っ赤だった。

そんな真剣な新八に感情のままに拳はぶつけられない。

私は新八の胸元から手を離すと震える拳を開いた。

殴ったって何も解決はしない事は分かってるから。

 

「……辛いんだ、もう」

 

新八は頭を項垂れると悲痛な声をあげた。

その声が私の耳に入り込み、体中を切り刻む。

 

「見てられないよ。もう、あの人はズタボロだ」

「あの人?」

 

私の鼓動がトクンと音を立て跳ねる。

 

「そうだよ。自分の気持ちを押し殺して、万事屋を……三人の居場所を守ろうとして、だけど溢れ出す気持ちは止められなくて。もう、神楽ちゃんだって気付いてるだろ?」

 

私を真っ直ぐな目で貫いた新八に、私は“あの人”の顔を思い浮かべる。

そして、かぶき町に戻って来てからの記憶が次々に頭の中を駆け巡る。

 

暗闇の中で私の名前を呼ぶ声。

 

引っ付いた背中の大きさ。

 

襖の向こうの寝息。

 

感じる熱い眼差し。

 

甘ったるい匂い。

 

頬にかかる吐息。

 

「溢れ出す気持ち?」

「そうだよ。見てて分かるし。もう、既に隠せてない事くらい。下手なんだよ、あの人」

 

そんな事ないってずっと思ってた。

もし、そうならどうするべきか考えもしなかった。

ただ、私も万事屋を守りたかっただけ。

明確な答えを出せば壊れてしまいそうで。

だから、サドとの事も隠したくて、黙っていようと思ってたのに。

 

「僕は見てきたから分かるよ。神楽ちゃんを誰よりも大切に思ってるのは……」

「言うなヨ!」

「なんでだよ」

 

サドだって私を大切に思ってるはずだから。

だから、誰よりもなんて言わないで。

 

「神楽ちゃん、違うよ。誰に大切に思われてるかじゃなくて、誰を大切に思ってるかが大事だから」

 

新八は私に訴えかけるように言った。

私が誰を大切に思ってるかなんて……そんなのサドが一番だって決まってるアル。

 

「僕さえ今の状況に目を瞑れば上手くいくのは分かってるんだけど。でも、そんな安らげない今の万事屋は本当にみんなの居場所なの?」

「居場所アル」

「沖田さんのこと、好き?」

「……うん」

「そっか」

 

新八はそう言うと暗くなり出す室内に灯りを点けようと電気のヒモを引っ張った。

カチカチと音が鳴って蛍光灯の白い光が部屋を照らす。

 

「銀さん、今日は早目に帰らせて頂きます」

 

その新八の言葉に、廊下に立ち尽くしている銀ちゃんの姿を私は見付けた。

いつから居たんだろう。

新八はずっと気付いていたの?

 

早々と万事屋を去った新八のせいで、私は銀ちゃんと万事屋にたった二人だけになってしまった。

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