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16.射ぬかれた花

 

会場に入れば、主催者が挨拶をしに壇上へと登っていた。

私の腕はあれからずっとサドと組んだままで、初めての距離に心臓はもうバクバクだった。

私の胸とサドが近いから、それがバレてしまうんじゃないかと心配な程だった。

 

それなのに、私の素直な体はたくさんのご馳走の匂いにヨダレが垂れてしまいそうで、長ったらしい挨拶は良いから早く終われヨなんて思っていた。

立食なんて落ち着いてご飯を食べていられないけど、今日はいつもより少し控えめに食べようと思っていた。

 

「ぎゅるるるぅ」

「てめぇ、さっきからうるせーよ」

「仕方ないダロ!こんなご馳走滅多に食べられないアル」

 

私はサドから腕を離すなら今だと急いで体を離した。

そのタイミングで丁度挨拶も終わり、私は一目散に目当ての料理の置かれているテーブルへと向かった。

 

「うわぁ!すごいネ。これ食べていいアルカ?」

 

たまたま隣に居合わせた男に尋ねると笑いながらどうぞと言った。

私はお皿を持つと適当に料理を取って、いつもよりは少し上品に口へと運んでみた。

 

「美味しいアル」

「それは良かったですね」

 

隣の男はまた笑いながら……と言うよりは微笑みながら私を見ていた。

見た感じは銀ちゃんくらいの年齢っぽかったけど、銀ちゃんと違ってお金を持ってそうな匂いがプンプンした。

 

「もっと料理を取りましょうか?」

「うん!お願いアル」

 

男は人にこき使われるよりは使う側の人間っぽいのに、私の為に色んな料理を取ってくれた。

 

「やっぱりホテルの料理は違うネ。美味しいアル」

「そうですか。あっ、飲み物はどうですか?」

 

男は本当に気が利いて、伊達にモテ男の雰囲気を出してないなと思った。

私は男から適当にグラスを受け取ると、綺麗なピンク色をした液体を口に流し込んだ。

 

「……アレ?これお酒アルカ?」

「ダメでしたか?」

 

初めて口にしたお酒の味は思ってるより甘くて、アルコールの匂いさえ気にならなければもう少し飲んでみたかった。

 

「だ、大丈夫アル」

 

私はすっかりとパーティーを楽しんでいて、そのせいで大切なことを忘れていた。

男と色々と話してる内に、この男がIT企業とか言うE.T.でも制作してそうな会社のシャチョーさんだって事が分かった。

私も仕事を聞かれたけど万事屋なんて知らないだろうから、銀ちゃんも一応社長だし私も適当に社長秘書だと言っておいた。

 

「そうだ。今度もっと美味しいイタリア料理でも食べに行きませんか?」

「まじでか?ピザアルカ?何人前ネ?何人前まで食べていいアルカ?」

 

会話も弾んでパーティーは楽しいなって思っていたら、男がまたピンク色の飲み物を持ってきた。

気づけばさっきのグラスはすっかり空で、私は新しく受け取ったそれを飲もうとした。

飲み過ぎかな?

体がふらついて、倒れそうになった。

それに気付いた男がすかさず、大丈夫ですかと私の肩を――

 

「ここにいたのかよ」

 

私がよろめいて体を預けたのは、私のドレスとお揃いの深紅のネクタイを着けた男だった。

 

「どちら様ですか?」

「この女のフィアンセでさァ」

「フィフィ?」

 

私はサドの言った言葉の意味が分からなかったけど、何だかサドの胸の中に顔を埋めると気分がよくて、全部がどうでもよくなった。

 

サドが来るとさっきまで話してた男は立ち去り、代わりにサドが次々に話し掛けてきた。

 

「なんで勝手にいなくなってんだよ」

「だって、ご馳走食べたかったアル」

「で、あの男は誰だ。あとで窃盗罪で縄かけてやらァ……それよりお前、酒飲んでんだろィ。俺は我慢してるってのに」

 

私はサドの胸から体を離すと、まだグラスに残ってるお酒を一気に飲み干した。

フラフラするけど何だか凄く楽しくて、サドには悪いけど一人でパーティーを楽しんでいた。

 

「オマエも飲んだらいいアル」

「あのなぁ」

 

サドは私の腕をがっちりと掴むと、もうチョロチョロと動き回るなと怒っていた。

私もさすがにちょっと迷子になりそうだと、仕方なくサドと腕を組んでいた。

そう言えば、さっきより恥ずかしくなくなってる事に気が付いた。

そう思ったら、今ならこの胸に煌めくネックレスのお礼も上手く言えるような気がした。

気分が良いからなのか分からないけど、私は隣のサドの顔を覗き込むと、あまりサドには見せることのなかった笑顔で言ってみた。

 

「ネックレス、ありがとネ」

 

サドは片眉をつり上げると、私の首に掛かってるソレに触った。

 

「勘違いすんなよ。一緒に歩く女に俺の犬だって分かる首輪を着けたかっただけでさァ……俺のものだって」

 

私は最後の言葉しか耳に入って来なくて、その言葉だけをサドが言ってくれたとしたら、私も迷わず言えそうだったのにな。

オマエだけの私だって。

だけど、そんな言葉はおろか、私は何も話せないくらいに呂律が回らなくなってきた。

初めて飲んだお酒はアルコール度数が高かったらしく、私は隣のサドに頼らず歩けなくなってしまった。

 

「おいっ、チャイナ?」

 

ロビーのソファーまでどうにか歩くと、サドは近くにいたホテルの人間に水を持ってきて欲しいと頼んでくれた。

 

カッコ悪い。

フラフラするけどそれは凄くよく分かった。

こんな大人な格好をしても、全然振る舞いはレディじゃない。

履き慣れないハイヒールに足もそろそろ限界だった。

 

「ほら、水だ」

 

冷えた水を流し込んでも私の頭は鈍いままで、このままだとここで眠ってしまいそうだった。

それに気付いたのか、サドは時計を見ると私に言った。

 

「万事屋まで送ってく」

 

私はサドの体を借りると立ち上がった。

だけど、すっかり体は重く、サドにしがみついていなければ歩けない程だった。

ぼやけてる視界や頭なのに、心臓がトクントクンと音を立ててるのがよく分かる。

私はサドの胸に頬を寄せると、もう少しこのままでいたいなんて思ってしまった。

サドも何も言わずに私の肩に手を掛ける。

だけど、分かってる。

サドは私とこれ以上の関係には進まないと。

私も知っていた。

この枠を飛び越えるには、それなりのリスクも負わないといけないことを。

 

エントランスに向かってゆっくりと二人で歩く。

このホテルを出たらタクシーに乗って、サドと二人で万事屋に帰って……

 

「!?」

 

私は忘れていた。

サドと二人で出掛けるのを銀ちゃんに隠していたことを。

絶対にこれだけはバレたくなかった。

だって、私がサドと二人でどこかに行くなんて、好きじゃなかったらしないのを銀ちゃんは知っているから。

だから、どうしても隠しておきたかった。

 

足を止めるとサドが私を見てるのが分かった。

上から感じる視線に戸惑いの色が見える。

 

「なんだよ。もう歩けなくなっちまったのかよ」

「……一人で帰るアル」

「はぁ?無理に決まってんだろィ」

「大丈夫」

 

そう言って無理矢理にサドから体を離すも、アルコールの回った体は思い通りに動いてくれなかった。

やっぱり、このままじゃ一人で帰れない。

サドも直ぐに私の肩を抱くと、無理だと小さく呟いた。

でも、二人でなんて帰れない。

私はサドの胸に顔を埋めると目を瞑った。

 

「このままじゃ、帰れないアル」

「だから、送るって言って」

「帰りたくないヨ」

 

私はズルい。

銀ちゃんのせいにして……ううん、銀ちゃんにバレたくないのは本当ネ。

 

サドは私の肩に置いていた手をそっと私の背中に回した。

そして、エントランスから少し離れたソファーに私を座らせるとどこかへ行ってしまった。

 

どこに行くの?

その言葉が掛けられなかった。

今なにか言葉を紡ぐと、私の瞳から涙が溢れてしまいそうな気がしていたから。

あのサドに抱き締められただけで、私はもう充分だった。

なのに、神様は意地悪なほど私にチャンスを与えてくる。

戻って来たサドは私を抱えるように立たせると、今まで以上に強く私の腰を抱いた。

私もサドにもう全て身を任せていた。

 

これからどこへ行くんだろう。

サドは上から降りてきたエレベーターに私と一緒に乗り込んだ。

扉が閉まれば二人だけの空間で、私の体温は益々あがっていく。

エレベーターの窓から見える夜景が、ぼんやりとした私の目にも綺麗に映っていて、思わず言葉を洩らしてしまった。

 

「綺麗」

 

サドはそれに気付くと同じように窓の外を眺めた。

だけど、サドとガラス越しに目があう。

 

「あぁ、綺麗だ」

 

サドはそう頷くと、抱き締めてる私の背中を軽く撫でた。

私はそのサドの行動にドキドキしっぱなしで、だけど次第に重くなる瞼に体は逆らえなかった。

 

どこまでも上がっていくエレベーターが、私を普段の生活とはもう遠くかけ離れた世界へ連れて行こうとしていた。

抱き締め合ってる私達はもう元には戻れないの?

 

私は薄れていく意識の中、赤く燃える瞳を見た。

それが私に近付いて……

 

目を閉じてしまう最後の最後。

私は確かに熱を感じた。

濡れていく私の唇にかかる熱い息。

だけど、私の意識はそこで途切れて、あれが夢だったのか現実だったのか、結局分からないまま眠りに就いてしまった。

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