[MENU]

15.射ぬかれた花

 

三時のおやつを食べ終わった後、私はシャワーを浴びていた。

だけど、のんびりしてる時間はなくて、急いでバスタオルを巻いて脱衣場から飛び出せば、台所に立っていた新八と目があった。

 

「ちょっと、神楽ちゃんッッ!?着替えてから出てきてよ!」

「うるさい!今時間がないネ。あっ……そう言えば、昔は反応しないだとか、鼻血は出ないだとか散々言ってくれたアルナ」

 

新八は急いで私から顔を背けるも、耳まで真っ赤で意識してるのがバレバレだった。

もう少し新八をからかっていたかったけど、私はそんな暇はない事を思い出すと、バタバタしながら物置へと飛び込んだ。

時間を確認をするとまだ少し余裕がありそうで、私はハンガーに掛かっている真っ赤なドレスを手に取ると早々と着替えを済ませた。

今日この日の為に用意していたドレスを着れば、身が締まるようで、体に一気に緊張が走った。

とりあえず、姉御にもらった雑誌を参考にメイクと髪をアレンジすることにした。

 

乾かした髪の毛を今日まで何度も練習したコテで巻いてみた。

巻き終わったら、襟足の後れ毛をわざと残し、それ以外の髪を捻りながらピンで止めていく。

最後にバランスを見ながら逆毛を立ててフンワリさせたら、前髪と後ろ髪の境目にカチューシャを着ければ完成。

メイクも何回も練習してさっちゃんに見てもらったから、多分これで大丈夫。

 

全部が済んで姿見を覗いてみれば、鏡に映る自分が信じられないくらいに輝いて見えた。

この深紅のドレスに負けないくらいに、私自身も華やかだ。

薄い黒色のストールと同じく黒色のロンググローブを着ければ、大人っぽさが一気に高まった。

 

私は鏡に向かって微笑むとクラッチバックを手に持って、その場で一周くるりと回ってみた。

 

「完璧すぎるネ」

 

私は浮かれてミスを犯してしまわないようにと、バックの中身をもう一度きちんと確認した。

お財布と招待状。

ハンカチに酢昆布。

あとは念のための家の鍵。

それがあるのを確認すると物置からそっと出た。

台所の新八は忙しいのかコッチを見てはいなかった。

銀ちゃんは……そう言えば、銀ちゃんはいつもの漫画雑誌を買いに出掛けていた。

まだ少し早い気はしてたけど、万事屋を出るには今が丁度良いと、私は急いでストラップ付きのハイヒールを履いて玄関に立った。

 

「ん?神楽ちゃん出掛けるの?」

「ご飯いらないネ!ちょっと出てくるアル」

 

私は新八に何か言われる前に急いで戸を開け飛び出した。

だけど、階段を急いで駆け降りたにも関わらず、私は目の前の人間に苦笑いを浮かべていた。

 

「……ぎ、銀ちゃん」

 

銀ちゃんはスクーターを停めてヘルメットを脱ぐと、私をいつもと変わらない顔で見ていた。

 

「あのっ、えっと」

 

私は用意していた嘘も誤魔化しも何一つ言葉が出ずに、モゴモゴと口ごもってしまった。

 

「12時までには帰れよ」

 

だけど、銀ちゃんはそれだけを言うと階段を登って家の中へと入ってしまった。

銀ちゃんが何も聞かないでいてくれるのは私には都合が良かった。

だって、嘘を吐かなくてもいいから。

多分、友達と出掛けるとでも思ってるんだろう。

 

私は気持ちに少し余裕が出来た気がした。

なんとなく、足取りも軽かった。

私は鼻唄を歌いながら、まだまだ日の長い夕方の街を屯所に向かって歩いて行った。

 

 

 

私はお馴染みの屯所の門番に何度目かの挨拶をした。

 

「オイ、オマエ!沖田を出せヨ!」

 

門番の男は黙って屯所内をあごで差すと、私は一応どうもと軽く会釈をした。

門の中に入れば、頭の中の記憶を手繰り寄せ、私はサド野郎の部屋を探し当てた。

どれくらいぶりだろう。

逃げ出して飛び出した日が遠い昔に感じた。

 

「オイ、サド!部屋までわざわざ来てやったネ。ありがたく……」

「入りやがれ、バカ女」

 

聞こえて来たサドの声に私は乱暴に戸を開けた。

バカとは何だヨ。

そう言ってやりたかったのに、戸の向こうにいたサドに私は言葉を失ってしまった。

 

見慣れないダークスーツにサドの瞳の色に似た深紅のネクタイ。

子供臭さなら私といい勝負なのに、今のサドはちゃんと大人の男だった。

サドは髪の毛をセットしていたところだったようで、鏡越しに私と目があった。

 

「馬子にも衣装でさァ」

「まご?まごって孫アルカ?」

「バカにも衣装って言や分かるか?」

 

私はサドから顔を背けると小さく舌打ちをした。

やっぱりアイツはどんな姿でもアイツなのに、私はどうしようもないくらいにドキドキしていた。

それがすごく悔しかった。

 

サドは髪をセットし終わると、私を改めて眺めた。

その視線が慣れなくて、どんな顔をしてたらいいか分からないし、何よりも怖かった。

だって、似合わねぇなんて言われるのは嫌だし、やっぱり少しは褒められたい。

だけど、サドのサディスティック故にそれは叶わない事は分かっていた。

 

「やっぱり、貧乏人はこれだから……」

 

サドはうんざりしたような顔でそう言うと、ジャケットのポケットから長細い箱を取り出した。

そして、それを私に向かって投げ渡すと、行くぞと部屋から出て行った。

私はそれがなんなのか全く気付いていなかった。

何も考えずにその箱を開けると、思わず一度フタを閉めた。

手が震える。

だって、これは紛れもなくサドが私へと向けたプレゼントだったから。

 

私は深呼吸してもう一度フタを開けると、中に入っていたネックレスを手に取った。

キラキラとしたラインストーンが散りばめられたゴージャスなネックレスだった。

まさか、あのサドが私にプレゼントなんて信じられなかった。

だって、いつも私をバカにするじゃん。

 

私は顔がにやけてしまって、でもその顔だけは絶対にサドには見せたくなかった。

ゆっくり感動に浸っていたかったけど時間がない事を思い出すと、急いでネックレスを着けてサドを追い掛けた。

 

外に出ると既に停まって待っていたタクシーにサドは乗り込んでいた。

私も急いで乗り込むと、行き先を運転手に大江戸プリンスだと伝えた。

 

隣のサドは特に普通で、私はお礼を言い出すタイミングを失ってしまった。

そもそも、コイツの事だし本当にプレゼントかどうか怪しかった。

もしかしたら、あとでレンタル料とか請求されるかもしれない。

それだけは絶対に困る。

私は意を決すると、隣でケータイを弄るサドに言ってみた。

 

「ネックレス……」

 

まだそう言っただけなのに、サドはケータイから目を離すと私を見た。

それに続きが言えなくなった私はきっとバカみたいに顔が赤いんだろうな。

固まってる私をサドはニヤリとした嫌な顔で見ると、やっぱりバカにしたような口調で言った。

 

「色気より食い気のてめーは、たまにそうやって顔赤くしてろィ」

 

やっぱり、なんかもう全部がバレてる事に、この時ばかりは自分の肌の白さを恨んだ。

お礼はいいそびれたけど、もうそんな事はどうでも良くなってしまった。

せっかくこんなにお洒落したんだから、一言くらいまともな褒め言葉をこの男の口から聞きたいと思っていた。

 

「着きましたよ」

 

運転手がそう言ってドアを開ければ、大きなホテルならではの風景が広がっていた。

私は支払いを済ませると、ピカピカに磨かれたガラス貼りのエントランスをくぐり抜けた。

既に私達みたいな格好をした人々が集まりだしていて、皆ぞろぞろと会場である広間前で挨拶を交わしていた。

私は緊張をしながら受付を済ませると、サドと二人で大きなドアが開かれるのを待った。

 

「いっぱいアルナ」

「そりゃあ、そうだろィ。有名な企業のパーティーならこれくらい当然でィ」

 

そんな話をしているとドアが開き、人の群れに流れが出来た。

一気に押し寄せる人の波に私はよろめきそうになり、思わず目の前のサドの腕を掴んだ。

 

「ずっとそうしてろィ」

 

本当にコイツはあの沖田アルカ?

見上げたサドの顔はやっぱりいつもと変わりがなくて、驚いてる私を一体どんな事を思って見てるんだろうと不思議だった。

ハッとして、私は急いでサドから腕を離すと一人で歩ける事を伝えた。

だけど、その間も次々に後から来る人に押されて、慣れないハイヒールの私は危なっかしく立っていた。

 

「何してんだよ」

 

サドは私の腕を掴むと無理矢理に組ませて私を歩かせた。

初めてのパーティーの上にサドと腕を組んで歩くなんて、緊張しないはずがなかった。

銀ちゃんや新八なら何てことないのに、隣にいるのがあのサドってだけで私の鼓動は加速していった。

 

サドはどうなんだろう。

女と腕を組むくらいじゃ緊張しない?

それとも、私とだから緊張しない?

ここから見える横顔じゃ、何一つ私には分からなかった。

next  [↑]