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14.トラバサミと兎

 

ふと、銀ちゃんは今頃何をしているか気になった。

 

最後に一度だけ。

 

そう呟いた女性を抱き締めてキスなんてしてるんだろうか?

それで、同情や体の反応だけで女性を慰めたりしちゃうのかな。

そんな事を考えてしまうと今の自分と重なって、私は何も言えなくなった。

 

トッシーは顔をあげると懐から煙草を取り出し口に加えた。

そして、火を着けようとして懐からライターを取り出したけど急に気が変わったのか、口に加えていた煙草を抜き取ると私に言った。

 

「総悟か」

 

その名前をどんな意味を込めて呼んだのか、私にはもう分かっていた。

だけど、この状況で答えないのは卑怯なのかもしれないけど、私は何も言わないことにした。

 

「なら、万事屋の野郎か」

 

それでも何も言わない私にトッシーは軽く首を振ると、今度は加えた煙草に火を点けた。

フワッと煙草の匂いが鼻につく。

 

「まさか眼鏡か?」

 

私はトッシーから煙草を奪い取ると空き缶の中に押し込んだ。

このまま行けば朝まで問われ続けられそうな気がした。

もう、終わらせなきゃ。

 

「オマエじゃない……それだけは言えるアル」

 

 

 

その後、どうやって一人になったか覚えてない。

だけど、確かにさっきまでトッシーはいたはず。

だって、しっかりと煙草の匂いが残ってるから。

 

誰かに求められる事に嫌な気はしなかった。

それは、ひとりぼっちだった私を万事屋に必要としてくれた銀ちゃんや新八に対してそうだったように、トッシーに対しても感謝の気持ちがある。

だけど、一人の女として求められる事に戸惑いがあった。

人間と人間の付き合いなら上手くやっていく自信もあるけど、一人の男と一人の女としての付き合いには相手が誰であろうと自信が持てなかった。

 

もし、今さっきここに居たのがサドだったらどうしたんだろう。

そんな事が頭に過ったけど、まずこんなやり方をアイツはしないと直ぐに考えるのをやめた。

それに私を好きかどうかなんて……

 

まだテーブルに並べられたままだった食器を片付けると、私は入浴をしにお風呂場へと向かった。

 

全て脱ぎ捨てて浴室へと入れば、シャワーを勢いよく浴びた。

曇り気味の鏡は見慣れた体を映していて、すっかり大人にしか見えない胸やクビレがいつからこうだったのかと不思議に思った。

二年前と比べてだいぶ成長しているはずなのに、私の恋愛に対する考え方はなかなか幼いままだった。

それでも、サドをパーティーに誘えた事は大きくて、少しは年相応の恋愛をしてるように思えた。

それくらいが私には丁度なんだ。

それなのに、キスとか愛するとか……

 

トッシーが出ていく前を思い出した私は顔が熱くなった。

 

“なら、俺はテメェを一生忘れられねーのかもな”

 

そう言ったトッシーは私の手を取ると唇を――

呆然としている私を残してトッシーは帰っていった。

強引なのに凄くドキドキしていた。

今も思い出すと、唇を落とされた部分がヤケドしたみたいに熱くなる。

私はそこにそっと唇をつけてみた。

 

「神楽?」

 

突然、お風呂のドアの向こうから声が聞こえて私はとび上がった。

私は何となく体を隠すとドアの向こうに返事した。

 

「なっ、何アルカ?」

「ただいま」

 

銀ちゃんは信じられないくらい、早く帰って来たようだった。

 

「早かったアルナ」

 

銀ちゃんは適当に返事をするとそこから立ち去った。

それにしても早過ぎる。

てっきり朝まで帰らないと思っていた。

もしかして、本当に決着をつけにハッキリと断りに行ってきただけなんだろうか?

私は早目にお風呂から上がると、早速銀ちゃんの様子を窺おうと思っていた。

 

居間へ行くと既に着替えた銀ちゃんがソファーで寛いでいた。

私はテーブルの上に乗ってる小包を見つけるとスグに飛び付いた。

 

「コラ!勝手に何してんだよ!」

「いいじゃん。どうせ私のダロ」

 

包みを開ければ美味しそうな匂いが漂って、それが何か私には分かってしまった。

 

「うおっ!シュウマイアルカ!ありがと銀ちゃん」

 

私はご飯を食べ終わってたにも関わらず、今すぐにでも食べてしまおうと思っていた。

だけど、銀ちゃんがダメだと私からシュウマイを取り上げた。

 

「なんでヨ!それ私へのお土産ダロ!」

 

銀ちゃんは私の手の届かない高いところへシュウマイを持ち上げてしまうと、何だか苛立ちながら私へと言い放った。

 

「あぁ、そうだ!帰って来るまではそのつもりだったけどな。ちゃんと留守番してれば良かったのにな」

「どこにも行かないでちゃんと留守番してたダロ!」

 

私は銀ちゃんに飛び掛かるとよじ登って、シュウマイを奪いに行こうとした。

銀ちゃんはそうはさせないと、私を振り落とそうと必死だった。

 

「イジワル!」

「はぁ?なんでだよ!お前が悪いんだろ!降りろバカ」

 

私は食べ物に対する執着だけは人一倍強く、そんな銀ちゃんの言葉を無視してシュウマイへと手を伸ばし続けた。

さすがに銀ちゃんは根負けしたのか、腕を下ろすと私の手が届く高さにシュウマイを置いたのだった。

 

「いっただきまーす」

 

銀ちゃんは私の向かいのソファーに座って、膝に頬杖をつきながら私を見ていた。

 

「味わって食えよ」

「美味しいアル!」

「はぁ……そりゃあ良かったよ」

 

銀ちゃんは私に呆れたような顔を見せていて、私のありあまる食欲に今更何か言いたいのかと不思議に思った。

そう言えば、呑みに行くなんて言ってたのに銀ちゃんはお酒を飲んでいなさそうだった。

さっきも銀ちゃんからはお酒の匂いがしなかったし、するとすればこの部屋に漂った煙草の……

 

「あっ」

 

私はようやく銀ちゃんの言っていた言葉の意味が理解できた。

銀ちゃんが自分ちの異変に気付かないわけがなかった。

私はダラダラと汗が出てくるのが分かった。

きっと、ちゃんと留守番をしてなかったと銀ちゃんは勘違いしてる。

 

「私、ちゃんと留守番してたヨ」

「あぁ、そう」

 

そんな返事だけじゃ、銀ちゃんがどう思ってるか分からなかった。

慣れない煙草の匂いに、私が銀ちゃんの留守中に悪さをしてると思ってるのかもしれない。

どうやって身の潔白を示そうか。

 

私は銀ちゃんの隣に座ると少し……いや、だいぶ緊張しながら言ってみた。

 

「疑ってんダロ。だったら、銀ちゃんが確かめても良いヨ。私が白だって」

 

すると見ている先の銀ちゃんが頬を僅かに赤くするのが分かった。

 

「は、はぁ?何言ってんだよ」

「銀ちゃんは私が……悪い子だと思ってるんでしょ?だから、確かめてヨ。銀ちゃん自ら私の潔白を証明してヨ」

 

銀ちゃんも私と同じく汗をかきだすと、目を瞑って何かを考えているようだった。

きっと、そうネ。

勇気のいる事だから、銀ちゃんも悩んでるアルナ。

目を開けた銀ちゃんは震える声で私に言った。

 

「どうやって証明なんてすんだよ。無理だろ、そんなもん」

 

私は恥ずかしかったから、唇を人差し指を差して示してみた。

これでお願いと。

すると銀ちゃんは首を横に激しく振ると立ち上がった。

 

「分かった。お前は白だ。もう充分だ」

 

銀ちゃんはそう言うと逃げるようにお風呂場へと向かっていった。

 

「良かった」

 

私はドキドキしたけど、どうにか実践する前に白だと銀ちゃんに伝わってほっとした。

煙草を吸うような不良だと疑われるのは絶対に嫌だった。

息の匂いで吸ってないって判断してもらうしか方法はなかったけど、さすがに私もそれは恥ずかしくてやりたくはなかったし。

本当に実践する前で良かったと、私は改めて安心していた。

 

 

 

銀ちゃんは少し長めのお風呂から上がってくると、テレビを観ていた私の頭に手を置いた。

 

「なぁ、神楽。何もなくてもなぁ、俺の留守中に男あげるな」

 

私は銀ちゃんを見上げると不思議に思った。

なんで、トッシーが来たこと知ってるアルカ?

私は訝しげに銀ちゃんを見つめた。

 

「返事しろよ」

「……うん」

 

結局、銀ちゃんが出掛け先でどうだったかを窺うことは出来なかった。

ただ、なんとなく吹っ切れたような、何かを決意したような雰囲気を感じられた。

そんなものだけで判断するのはおかしいけど、きっと銀ちゃんはあの女性との関わりを何らかの形で終わらせて来たように思えた。

 

それは頭を下げて、すみませんと言ってきたのか、それともこれで忘れてくれと、最後に優しさを与えて来たのか。

私には分からなかった。

だけど、もし後者だとすれば、私はやっぱりいい気分じゃなかった。

 

私はギリギリでトッシーを断った。

銀ちゃんは?

 

最近、一緒に寝室で眠るようになった銀ちゃんの心の内が私には分からなかった。

頬にキスをした銀ちゃんと、手の甲にキスをしたトッシー。

それだけで判断すれば、銀ちゃんの方がアウトだ。

そんな事を考えると、朝まで二人で何事もなく眠ってるのが凄く変なことに思えた。

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