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1.卒業式1ヶ月前/新八【新→神(→銀】

 

毎年、春の近づきを日に日に感じるこの時期。

吐く息の白さすら気にならない程に喜びを感じていた。

まだ見ぬ明日(みらい)へと期待に胸を躍らせながらも、少しの不安に緊張感が走り、しかし、いつも春は普段から平凡な僕にも唯一、花が咲いたように輝かしい季節を与えてくれる。

なのに、どうしてかな?

こんなに待ち遠しくない春なんて、生まれて初めてで。

キミを見ていると、無常の儚さをまざまざと見せつけられる様だった。

そうだよね。

僕達は季節を与えて貰ってるわけじゃなかった。

自らの力でその季節を駆け抜けて行ってたんだ。

それに気付いた僕は途端に呼吸が上手く出来なくなったのか、胸の苦しさに思わずよろめいた。

 

「新八、大丈夫ネ?」

「うん、何だかちょっと体調悪いみたい。」

 

今日も一緒に下校してる神楽ちゃんが心配そうに僕を覗き込んだ。

僕よりもずっと寒そうな格好をしてるのに、神楽ちゃんはこの寒空の下も元気だった。

いや、今日も元気なフリを一生懸命に演じていた。

 

「新八、肩貸してやろうカ?」

「ううん。ありがとう……それよりもさぁ……」

 

神楽ちゃんは静かに僕の顔を見ると困った様な顔で笑った。

――何も言うなヨと。

 

 

僕は何でも知っていた。

神楽ちゃんがこの学校に来てからの事だけど。

一緒に帰った回数は一番なんじゃないかって思う。

毎日の様に背中に感じる殺気はあったが、何とか命だけは奪われずにここまで来れた。

夜に一緒に学校へ忘れ物を取りに行った事もあったし、姉上達も交えて休日に遊びに行く事もあった。

そして、神楽ちゃんの生活する寮のアパートに上げてもらったこともあった。

でもやっぱりこの下校の時間が一番お互いの話をしたと思う。

家族の話や、食べ物の話。

でも、一番多かったのはクラスメートの話。

……そして、担任の銀八先生の話。

銀八の話をする時の神楽ちゃんは、僕が妬けちゃう位に満面の笑みで楽しそうだった。

ハッキリと何か言うワケじゃなかったけど、ほんのりと染まった頬が神楽ちゃんの銀八への親しみ以上の何かを表しているように思えた。

僕は気付いてた。

神楽ちゃんの心底の気持ちも、僕自身の心底の気持ちも。

目の前の幼い笑顔で笑う神楽ちゃんが大切だった。

何よりも、どんな事よりも。

そうやって笑う神楽ちゃんを守りたいって思った気持ちは嘘じゃなかった。

でもやっぱり平凡な僕には‘守る’なんて大それた事、出来そうにもなかった。

だってもう、最近はめっきりそれが見れなくなっていたんだ。

 

「神楽ちゃん、あのさ……」

「だから、何も言うなヨって言ったネ!」

「うん、でも……」

「オマエが言いたい事くらい検討つくネ!私と……」

「え?私と??」

「ハッキリ言うヨロシ!ダメガネが。私とチュウしたいアルなぁ?」

「チ、チ、チュウ??ッッて、おいッ!なワケないでしょッッッ!」

「アハハハ!新八、あほアル。本当面白いネ。やっぱり童貞はからかいがいがあるネ」

 

またこうやって無理に笑ってみせる神楽ちゃんは、改めて優しい子だなって思った。

心配しないで、なんて絶対に言わない神楽ちゃんだからこそ、こうやって無理してでも明るく振る舞って僕を安心させようとしてくれる。

だけど、気付いてるんだよ。

その笑顔が偽りだって。

ねぇ、自分に嘘を付く事に一生懸命になるのはやめようよ。

 

「神楽ちゃん、誤魔化すの終わりにしよう。」

 

僕は左手を伸ばし、コートの上から神楽ちゃんの腕を掴んだ。

 

「離すヨロシ!あ、新八!やっぱりチュウしたいアルな。だったらさっき……」

「もう、終わりにしようってばっ!」

 

珍しく声を荒げた。

僕は正直余裕なんて全然なくて、本当にいっぱいいっぱいだった。

震えそうになる声を抑えながらも言葉を続けた。

 

「卒業まで、あともう1ヶ月しかないんだよ……どうして?もっと、別のコトに頑張りなよ!」

「急に何の話しアルか?意味わかんねーヨ」

「いいから聞いてよ」

 

神楽ちゃんの腕を僕は離さなかった。離してなるかと、必死に左手に力を入れた。

だけど簡単にそれを振り解いた神楽ちゃんは、近くにあったバス停のベンチに腰を下ろした。

隣の空席をポンポン叩くと、僕にそこへ座る様に促した。

 

「これしか術を知らないネ」

 

僕がベンチへ座ったと同時にそう聞こえてきた。

 

「違うんじゃない?本当はどうすればいいか分かってるのに出来ないだけなんだよ。勇気がなくて臆病だから」

 

その言葉に神楽ちゃんの表情が一瞬、強張ったように見えた。

僕の発した単語は決して優しい言葉ではなかったから、神楽ちゃんの表情は正解なんだと思う。

 

「僕も。神楽ちゃんも」

 

それを付け足すとようやくフゥと息を吐いた。

僕には勇気がない。更に臆病なんて病気まで持ってる。

だからこそ今、心底の気持ちを話し始める準備をしなくちゃ。

僕達に残された時間は、一生のうちから見ればほんの僅かなんだ。

ねぇ、神楽ちゃん。

その微々たる時間の中で何をしようが、どう生きようが関係ないなんて思ってた?

違うよ。そうじゃないよ。

 

「神楽ちゃん」

「うん」

 

やや俯き気味の神楽ちゃんは小さく返事をした。

僕は決して、キミの全てを知ってるワケじゃない。

だけど、誰よりもあの人を想う横顔を見て来た数は、世界で……いや宇宙で僕が一番だと思うんだ。

だから言う権利があるはず。

いつも通りに今日もお節介を――

 

「淋しい時は淋しいって思ったっていいんだよ。銀八に……先生に卒業が辛いって、先生と離れるのが苦しいって言ってもいいんだよ!無理に笑うなよ!どうして元気なフリなんてするんだよ。僕の前だけでもせめて……泣いたっていいんだからねっ!」

 

いや、最後の言葉は許可ではなく、ほぼ僕からの頼みだった。

笑顔の神楽ちゃんが大好きだからこそ、気持ちに嘘をついてまで笑ってなんか欲しくなかった。

何よりもお節介な僕は、神楽ちゃんがさらけ出せる場所を作ってあげたかったんだ。

正直、僕が頼りになれる自信はなかったけど、何かしたいって思うのは自分でもどうしようもなかった。

 

「……じゃあ、泣いたら、淋しいって話したら、銀ちゃんに卒業がや、やっ……やだって言ったら……うっ」

 

真っ青な瞳に涙を溜めた神楽ちゃんが、肩を震わせながらも僕をしっかりと見詰めていた。

 

「まだまだずっと一緒に居たいって言ったら、銀ちゃんは一緒に居てくれるアルか!?」

 

そう強く言った神楽ちゃんは、今にも溢れ出しそうな涙を零さないように天を仰ぐと、立ち上がり僕に背中を向けた。

 

「こうして悲しんだって何も変わらないアル!残された時間が僅かなコトくらい私だって分かるネ!だから、今日まで泣かなかった……同じ時間を過ごすなら笑っていようって思ってた……なのに……ううっ……」

 

今、僕の目の前で大切な神楽ちゃんが肩を震わせて泣いている。

本当なら一番泣かせちゃいけない筈なのに。

なのにどこか嬉しかった。

もしかしたら、こんな僕はクラスメートの沖田さんよりもどSなのかもしれない……

神楽ちゃんが泣いてるのに喜ぶなんて――

 

「うっ……ううっ……」

「!?」

 

僕は酷い人間だ。

 

「ううっ……」

 

「新八?」

 

僕は、僕は……

 

「なっ、なんでオマエまで泣いてるアルか!」

「うくっ……そんなの……ううっ……決まってるじゃないかぁあ!」

 

神楽ちゃんが大好きだから。

大好きな人が辛いと僕も苦しくて、大好きな人が泣いてると僕も悲しくて、大好きな人が喜んでると僕も嬉しい。

しゃがみ込んで今まで溜まってた想いを全部吐き出すかの様に神楽ちゃんは声を出して泣いた。

僕ももう止まらなくなって嗚咽をあげた。

確かに、泣いたって何も変わらないのかもしれない。だけど、偽りの笑顔を作って過ごす事もそれは同じに思う。

一度思いっ切り泣いて、泣いて、泣いて……

そしたら、案外スッキリして本当に笑えるかもしれない。

 

「無理な笑顔を作るのに努力するよりも、本物の笑顔を取り戻す努力の方が大事なんじゃないかな?同じ笑顔なら……本物の方がいいでしょ?」

「……………」

 

グチャグチャの顔で、町往く人々に笑われて、だけど僕は構わなかった。

神楽ちゃんが本当に笑える様になるなら、どんな事だってするつもりだったから。

神楽ちゃんもようやくコッチに顔を向けるとベンチに座った。

2人して眼鏡を外して顔を拭った。

 

「オマエ、いい事言ったネ。笑う事が大切なんじゃないアルなぁ……本物が大事ネ」

「伝わったなら、嬉しいな」

「今、少しオマエが男前に見えるネ」

「えっ、眼鏡外してるからじゃない?」

「あははっ……そうかもナ!」

 

沈み始めた夕日が建物や木々や人々に当たって、あちこちが赤く染まっていた。

僕ら2人もその景色に溶け込んで風景の一部になった。

季節はもうすぐ春を告げようとしている。

 

「新八、優しいネ」

「どうしたの、神楽ちゃん。珍しい」

「ありがとナ」

 

そう言って、赤い顔で柔らかく笑った神楽ちゃんを僕は一生忘れない。

こんなにも春が待ち遠しくないのに、何故だか僕は明日からの生活が少しキラキラと輝いて見えた。

 

2010/02/12

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