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2.卒業式数週間前/土方

 

いつも関係ないフリをして、だけどどうしても気になって。

気が付けばいつも目で追っていた。

大抵、輪の中心にいてウルサくしている。

たまにコチラに向けられる視線に飛び上がりそうになるが、興味ないと直ぐに逸らせてみせた。

本当は全然そんなことねェんだよ。

だが、眺め続ける余裕は皆無だった。

 

「お前ら、最後の席替えだー」

 

教室に入って来るなり、銀八がダルそうに黒板に座席数分の四角を描いた。

直ぐに桂がお馴染みの白い化け物の描かれた巾着を持って各席を回り始めた。

席替えかぁ……

教室を見渡して代わり映えしない顔を見ながらも、何だかそれに安心した。

他の奴らは最後の日まで誰の隣りになるやらの話しで盛り上がっていた。

誰の隣りになろうが残すとこ数週間だ。

ましてや、席が隣りになったからと言って何になる。

 

「リーダー。巾着から名前の書かれた紙を引いて読み上げていってくれ。俺は黒板に名前を書いていくから」

「ケッ、面倒くさいアルなぁ。いっつも私ばっかりネ!たまには、新八やるヨロシ!」

「何で僕?神楽ちゃんが頼まれたんでしょ!」

「神楽ァ。オマエがやれ。そして、さっさと席替え終わらせろ」

 

銀八のその言葉に仕方ないと文句を垂れながらも、チャイナは前に出た。

 

“面白くない”

 

俺の心境はそうだった。

何に面白くないと思ったかは定かではなかった。

だから、俺は俺自身が、さっさと授業を始めて欲がってるのかもと思っておくことにした。

 

「じゃあ、引いて行くネ」

 

チャイナが巾着の中をかき回して名前の書かれた紙切れを出す。

この瞬間だけこのクラスは珍しく静かになる。

 

「新八」

「えええ!またこの席!?何だよ!面白くとも何ともないし!それにストーブから一番遠いし……何なんだよ、チクショー」

「新八はその席の守護神アル!よかったネ!じゃあ新八の後ろは……たまアル!」

 

チャイナが名前を呼び上げ、その度に教室が一喜一憂し、桂が名前を淡々と書き、銀八は相変わらず少年誌に夢中。

いつもと変わらねェ風景だ。

俺はそれを机に突っ伏しながら盗み見てる。

興味ないフリをして――

 

「半分は行ったネ。じゃあ、次は教卓の真ん前の席ネ」

 

その席はお団子頭の指定席なのか、いつも決まってチャイナが占領をしていた。

 

「……私アル!」

 

ホラ、またチャイナだ。

どっちにしろ、一番前の席になりたい人間なんざ中々居ねェもんだ。

文句言う奴が居たとしたら、眼鏡を掛けた銀八のストーカーだけだ。

 

「ちょっと!ちょっと!おかしいじゃない!この私が銀八先生の近くじゃないなんて!?最後の席替えにどんだけ黒魔術使ったと思ってるのよ!」

「まだ私の隣りが空いてるネ。運に身を任せる他ないアルヨ……いや、黒魔術するくらいなら、私に酢昆布貢いだ方が賢明ネ」

「その手があったわ!今すぐ売店で買って来るから待ってて!」

「私の後ろは……姉御ネ!」

 

こうしてまたくじは再開され、チャイナの後ろに続く列が順々に埋まって行った。

 

「じゃあ、次は私の隣りアル」

 

公平が大切と猿飛を待たず、チャイナは慣れた手つきで名前の書かれた紙を取り出した。

一瞬、俺の方へ視線が向けられた気がした。

たまに繋がる視線に、耳の辺りが熱くなるのは……いや、耳だけじゃない。

顔まで熱く感じる。

それがチャイナや周りにバレやしないかといつもそこが気になって、何にも気にしてない素振りで机に顔を埋めていた。

しかし、後頭部に感じた痛みで顔を上げざるおえなかった。

 

「いってェ。何しやがる!」

 

振り向けばクチャクチャとガムを噛んだ総悟が間違えたと言って、俺にぶつけたであろう上履きを拾っていた。

 

「俺の頭は下駄箱かよ!ったく、ふざけやがって」

 

何気なしにまた前を向けば“リーダー”と書かれた隣りのマスに“土方”の文字を見つけた。

 

「猿飛に恨まれるな……」

 

誰に聞かせるワケでもなく、そう呟いてみた。

 

 

 

全てのマスが埋まり、各々が机と椅子を新しく決まった席に移動させ始めた。

俺も何でもない顔でチャイナの隣に机を並べ、静かに席に着いた。

 

「トッシー、宜しくネ!」

「ん、あぁ」

 

案の定、あいつの顔が見る事が出来ない俺は、うつ伏せになりながら軽く右手を上げた。

その状態で盗み見れば、相変わらず嬉しそうな顔で教壇に立つ銀八を見つめてやがった。

本当は薄々気付いていた。

チャイナが毎回“席替え”を操作してることを。

じゃなきゃ、新八が毎回同じ席なワケないし、猿飛が銀八から離れる席ばかりなワケないし、コイツが常にこの席なワケがない。

だが、本当に操作が出来るとしたら、最後の席替えにどうしてチャイナの隣りに俺を置いた?

偶々なのか?

 

「トッシー、一番前の席初めてアルか?」

「ん、あぁ」

「意外に早弁も見つからないアルヨ!」

 

そう言うとニッと笑って早速、弁当を机の上に広げ始めた。

そう言えば……こいつ1人で生活してんだな?

弁当は自分でか?

チャイナは俺の視線に気が付くとフォークに卵焼きを刺して俺に突き出した。

 

「欲しいアルか?食べてもいいヨ」

 

俺はその時どうかしていた。

普段ならそんな事もしないし、マヨネーズをたっぷりかける所なのだが……

 

「……普通にうまいな。」

 

そう言ったと同時にまたどこからか上履きが飛んで来た。

 

「土方ぁ~。授業中に一番前で何やってんですかィ。なぁ、皆。丸見えだよな?」

 

総悟の発言に教室中が沸くと、俺は熱くなる顔を伏せ机にへたり込んだ。

 

「何やってんだよ」

 

チャイナのペースに乗ってしまった事にようやく恥ずかしさを覚えたが、これから卒業まで……と考えると悪くもないなと思う自分もいた。

少し落ち着いた所で弁当を片付け出してるチャイナに聞いてみた。

 

「その弁当って――」

「んっ?これアルか?」

「あぁ。自分で作ってるのか?」

「えっ、あっ……これは……」

「席替えに浮かれてんじゃねぇ。一番前でナンパとは度胸あるじゃねーの、土方くん。それに神楽!弁当は休み時間に食え。俺まで腹が減んだろ」

 

銀八に少年誌で叩かれ、結局チャイナとの会話はそこまでとなった。

しかし、授業中に少年誌を持ってる教師に叱られたのは納得はいかなかった。

だが、隣で嬉しそうにしているチャイナを見ると……そんなことどうでも良くなった。

今この瞬間、誰よりも側でこの笑顔を見てるのは間違いなく俺だと言う事実が、銀八への苛立ちや後頭部の痛み全てを吹き飛ばして、よくわかんねェ自信になった。

でもその後に気が付いた。

この僅かな幸福もあと残すところ数週間。

興味が無いフリをして来た数ヶ月と言う長い時間を、この数分で俺は無駄なものに変えてしまった。

悔しいような、望んでいたような。

いい意味で期待を裏切ってくれた席替えに少しは感謝してやるか。

 

 

 

帰り際、チャイナが俺に話しかけて来た。

 

「明日はオマエのお弁当のおかず頂戴ネ!」

「ん、あぁ」

 

まともな会話なんて成立するにはまだ当分掛かりそうだったが、何よりも俺には時間がない。

一日一日、間違いなく終幕に近付いてるってのに俺の心はその明日を待ち望んでいる。

先に期待はしてねェ。

ただ、さよならを告げるその日まで、俺はアイツの一番近くであの笑顔を見られる。

もう俺には、それだけで充分だ。

 

2010/02/14

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