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4.卒業式前日/神楽【神→銀】

 

おお、ロミオ。

アナタはどうして――教師なの?

 

「先生、明日でいよいよ終わりアルナ」

「お前が無事に卒業なんて、本当奇跡だな」

「それは言い過ぎネ!」

 

夕暮れの教室で今日も私は先生とお喋りをする。

いつもよりも言葉を噛み締めて。

 

「で、明日直ぐに発つのか?」

「うん。パピーが卒業式に来てくれるから、そのまま直ぐに。あっ、荷造りはもう出来てるから、宅配で後で送ってネ」

「そうだな。デケー荷物は宅配で送ってやるよ」

 

って先生は言うけど、でっかい荷物なんて私には無いんだよ。

鞄1つでこの街に来たんだから。

あるとすれば、この学校で作った思い出だよ。

先生は眼鏡を外すと窓際に立って煙草を吸い始めた。

 

ねぇ、先生。

今、私がどんな気持ちか考えてもみないでしょう?

時が……止まってくれないかなぁ。

何にも知らない先生の夕陽に照らされた横顔。

私はそれを目に焼き付けようと必死に見た。

あまりにも目を大きく見開いてるせいか、目の前が段々霞んで見えて来た。

先生がそれに気付いて変な顔をしてる。

 

「何、泣いてんだよ。明日の予行練習ですかコノヤロー」

「そうネ。明日しっかり泣いて、卒業式を満喫しなきゃならないアルからな!」

「別に卒業式に、泣かなきゃいけねーワケでもねぇだろ」

「へへっ……でも、でもいいネ。最後くらい涙に濡れたマドンナも悪くないネ!」

「だーれがマドンナだ」

 

そうやってふざけてるのに、私の瞳が乾くことはなかった。

何でかな?

全然、止まらないヨ。

先生はポケットからハンカチを出すと、私に貸してくれた。

 

「俺が泣かせたなんて勘違いされてみ?明日父兄に何言われるか分かったもんじゃねぇ」

 

口で何と言われようが、さりげない先生の優しさがいつもありがたかった。

独りぼっちだった私は、先生のお陰で今、こうして笑えてる。

本当にそう思うネ。

でも、そうやって先生と過ごす時間が楽しいものであればある程、私は胸が張り裂けてしまいそうヨ。

 

ねぇ、先生。

今、私は沈みゆくあの夕陽を引き上げに行きたいヨ。

明日なんて来なければいいのに。

 

「先生は3Zのみんなと離れるの寂しくないアルか?」

 

先生にこんな質問したって無駄な事くらい分かってた。

だけど、会えなくなるから聞いてみたかった。

私達のこと……私のことをどう思っているか。

 

「そうだな。まぁ、卒業したから永遠の別れでもねーしな……あ、そうだ。確か、柳生の家って金持ってたなぁ……これからは堂々と借りに……」

「もう、いいネ。わかったネ」

 

やっぱり。先生はこれっぽっちも寂しいなんて思ってなかった。

いいネ。本当にそれは期待してなかったから。

だって、期待出来ない関係だから。

私がどんなにこの胸を焦がしていても、先生に伝わることもなければ、反対に何か送られて来るものもないから。

いつだって、私だけが先生を見つめてる。

そう、ただ見つめてるだけ。

……こんなに近くに居るのに。

 

「そろそろ、帰るか」

 

先生が煙草を吸い終わると私の方を向いた。

だけど私は返事が出来なかった。

帰って寝て、朝になればもう全てが終わりアル。

今の私には明日になってしまう事が何よりの恐怖だった。

 

「まだ帰らないアル」

「はぁ?」

「だから、まだ今日は帰らないアル」

「なら、俺はもう帰るからな。さすがに明日は寝坊出来ねぇだろうし」

 

――行っちゃうの?いやだ。待ってヨ。置いていかないで。

 

「じゃあ、明日。ちゃんと下のジャージは脱いで来いよ。あっ!あとな……」

 

先生のいない教室なんか、私は別に欲しくない。

 

「戸締まりだけはちゃんとしてくれよ」

 

先生のいない未来なんて、私は全然望んでない。

 

「おーい、神楽ぁ?聞いてるか?」

 

先生のいない世界でなんて、私は生きていけない。

 

「おい……神楽?」

 

先生のいない私なんて、私なんて、私なんて……

 

「私なんてっ……私……なんて」

 

私じゃないヨ!

机に伏せた顔はもうグチャグチャで、誰にも見せられなくって、それが先生なら尚更で。

こんな瞬間は一人になりたくもなったりして、頭ん中までグチャグチャでまとまらなくて。

仕方ないよ。

だって、明日で全て終わっちゃうアル!

 

「……どうした、神楽」

 

今までに無い位の優しい声。

そんなのって凄く残酷だ。

そんなんじゃ、全部何もかも言ってしまいたくなる。

今までずっと言わないで来た私の努力を、簡単に水の泡にさせないで。

もう、優しくするなヨ!

 

「銀……ちゃ……」

「学校でそう呼ぶなって言ってんだろ?」

 

私の頭を撫でる手は紛れもなく先生の手で、今までに無い距離に私は心臓が耳の中にあるんじゃないかと思った。

 

「銀ちゃんだって、生徒に手出してるアル」

「バ、バカヤロー!なんて言い方すんだオメェは!本当に手を使って頭を撫でてることは手ェ出してるなんて言わねーの」

「覚えておくネ」

 

結局、私は日が沈むまで顔を上げることが出来なかった。

 

「神楽。いい加減帰るぞ」

「……うーん」

「なんだよ、その返事は」

「私は、明日でここと本当にお別れアル。みんなとも先生とも会えなくなるネ。だからっ……」

「お前が会いに来れねーなら、俺らが会いに行けばいいだけだろ」

 

先生はサラっと普通にそう言うと私にヘルメットを渡した。

結構簡単に言っちゃうんだね。

先生にとったら、私はただの生徒。

一々、ドキドキなんてしないアルよな……

無言で駐輪場まで歩くと先生の鈍く光るスクーターが1つだけポツンとあった。

 

「こうして帰んのも今日で最後だな」

「そうアルな」

 

先生がスクーターに跨ると私もヘルメットをつけて後ろに飛び乗った。

今日だけはもう少し、近くに寄り添っていいですか?

いつもより近い距離が、先生の体温を凄く私に伝えてる様な気がした。

たまに、こうして二人乗りで帰る時。

私はもしかしたら特別な存在なのかもって勘違いする。

思わせぶりな先生が憎いけど、この場所が他の人のものじゃなくて良かったって思う。

先生に掴まるフリをして、抱き締められたらなぁ。

だけど、震える心臓が私の体を思うようには動かしてくれなかった。

 

「神楽」

「何アルか?」

「あのなぁ……」

 

信号待ちで先生が話し掛けて来たけど、直ぐに青信号に変わったのでまた口を噤んで走り始めた。

何が言いたかったアルか?

それよりも段々と寮のアパートに近付くに連れ、私の張り裂けそうな胸は本当に痛みだした。

好きって言えたらラクになるのかな。

アパートに着くと先生は駐輪場にスクーターを停めた。

 

「明日は絶対遅れんなよ」

「分かってるネ」

「それから、さっき教室で言ったけどな、ジャージは脱いで来いよ」

「分かってるって」

 

階段を上りながらこちらを見ずに、色々口やかましく言う先生の背中を眺めた。

結局、先生が言いたかったことはそれで…最後まで先生は先生で、私はただの生徒だった。

そうなんだ――先生は教師で、私は生徒。

階段を上り終わると、隣り合う部屋のドアにお互い鍵を差し込んだ。

 

「じゃ、じゃあ……先生。明日ネ!先生こそ寝坊するナヨ」

 

私は早口にそう言って部屋に駆け込もうとした。

こんなにも近くに居るのに、ずっと側に居たいのに、明日で全てが終わるなんて。

……もう、限界だった。

私から見える先生は、ぐーたらで、でもたまにカッケーくって、私よりもずっと大人で悔しいくらい落ち着いてて、でもいつも何を考えてるか分からない表情で。

それでも、私は先生が大好きだった。

先生の優しさを知ってるから。

その何を考えるか分からない瞳でも、私は見つめられるといつも息が止まりそうだった。

でも、どこかで止まってもいいって思ってた。

先生になら、私の呼吸くらい操作されても構わないって……

だけど今は無理ネ。

こんな形で苦しいのは限界アル。

本当に時間……止まってくれないかなぁ。

 

「おい、神楽ァ」

 

閉めようとした玄関のドアの隙間に先生が足を挟み込んだ。

 

「何アルか?私、早くお風呂入りたいアル」

 

玄関に入り込んだ先生に私は背を向けてそう言うだけで、いっぱいいっぱいだった。

 

「あのな、卒業したら俺はお前の先生じゃねぇし、お前は俺の生徒じゃねぇ。わかるか?」

 

私はただ頷いた。

 

「だからな、いつでも会っていいし、遊んでいいし、飯食いに行ってもいいんだよ」

「……うん」

「だから、その……卒業が終わりなんて思うな。一生の別れじゃねぇんだよ。それにな、始まりかもしんねーよ?俺はそう思いたいし、そう信じてる……じゃあな、明日遅れんなよ。あっ!もし、俺が起きて無さそうなら起こしに来いよ」

 

一人でベラベラ喋って先生はドアを閉めた。

 

「始まりを信じてる……」

 

先生の言った言葉をもう一度心の中で繰り返すと、痛かった胸も少しスーッとした。

そっか、卒業すれば先生は銀ちゃんで、私は宇宙最強の可愛い女の子。

さっきまでこの世の終わりだった心は、いつの間にか晴れやかになり、私を僅かな光が照らした。

その瞬間、先生への想いが今まで以上に膨張し、いても立っても居られなくなった。

私は思わず押し入れに入り、おっきな声で叫んだ。

 

「銀ちゃんが大好き過ぎるネ!」

 

2010/02/16

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