こちらの後日談です

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my only sunshine/近神

 

ミィっと小さな鳴き声をあげる仔猫は、神楽の目の前で元気そうに餌を食べていた。

先日から真選組屯所で預かっている猫なのだが、まだ名前がなかった。

 

「チャイナまだ名前は決まらんのか?」

「決まってない事もないアル」

「お!そうか。で、どんな名前だ?」

 

神楽は顔をうつ向けると、小さな声でポツリと呟いた。

 

「たい……よう」

「たいよう?」

「うん」

 

縁側で並んで座っているので近藤からハッキリと神楽の表情は伺えなかったが、先ほどからどうしたのかヤケに大人しい神楽に少し心配になっていた。

 

「いい名前だな。良かったな!たいよう!」

 

近藤は仔猫を抱き上げると神楽の膝の上に置いてやった。

 

「名前をつけるってのはな、情を移すような作業だ。チャイナがこいつと離れたくない気持ちも分かる。だけどな、いつまでもここに置いておくわけにもいかなくてな……」

 

近藤は神楽が仔猫と離れたくなくて元気がないのだろうと思った。

実は、預かるとは言ったが世話をきちんとしてやれる程に暇ではなかった。

数日間ならどうにかなるが、これがずっととなると少し難しかった。

この猫の為にも早く世話をしてあげられる飼い主を見つけてあげる方が良いのだ。

 

「わかってるアル。だから私もあまり仲良くしないようにしてるネ」

 

神楽は自分に擦り寄ってくる猫を複雑な表情で眺めていた。

 

「酷かもしれねぇがここに居る間だけでも可愛がってやってくれ。たいようには罪はないからなぁ。まぁ、寂しいのは俺も同じだ」

 

神楽は寂しいと言うわりに笑顔の近藤に意味が分からないと怪訝な顔をした。

――簡単に同じだなんて言うなヨ。

神楽は仔猫を抱き上げるとそっと頬に擦り寄せた。

その仕草を眺めていた近藤は何となく気恥ずかしくなり目を逸らした。

そして、胡座をかいていた足を投げ出すとゴロンと横になった。

ここ数日、神楽が屯所に訪れるようになって近藤は何かが変わったような気がしてた。

それが何か分からなかったが確実に変化してるように思えた。

何か分からないと言うよりは口で表現出来ないような抽象的なものだった。

色も匂いも形もない。

そんなものが変化しているように思えた。

 

「なぁ、ゴリ」

「ん?」

 

近藤は体を起こすと後ろ手をつきながら神楽の話に耳を傾けた。

 

「私、悪いことしてるアル」

「どういう意味だ?」

 

近藤はきちんと座り直すと神楽の横顔に対し垂直に体を向けた。

 

「うん、実は私……もう、たいようの飼い主になってもいいって人見つけてるアル」

「おぉ!そうか。でかしたな。で、それのどこが悪いことなんだ?反対に褒められるもんだがな」

 

顎に手を当てて首を傾げる近藤を、神楽は横目で見るとため息を吐いた。

 

「私は本当はこの話……ずっとお前に言わないでおこうとしたアル。それでも褒められるアルか?」

 

そう言った神楽の表情は怒ってるような、泣き出しそうなとても複雑な表情だった。

近藤は神楽の想いが分からないわけではなかったので、目を瞑って首を横に振ったのだった。

 

「そうだなぁ。難しい話だな。でも先ずはたいようの引き取り先が決まったことを祝わねぇとな」

 

神楽は決して自分を怒らない近藤にどうすればいいかわからなかった。

近藤が仕事の合間を縫って仔猫の面倒をみたり、餌や予防注射などのお金を払ったりしてるのを知ってるのに、自分が仔猫に会いたいが為に隠していた事はただのワガママだと分かっていた。

分かってるのに言わないでいる事がスゴく悪い事だと思っていた。

だから、隣で笑う近藤に胸が痛くなり良心が揺さぶられたのだった。

 

「ごめんアル」

「そんな湿気た顔は今日の天気に似合わんぞ?とりあえず、たいようの貰い先が見つかったんだ。喜んでやんねぇと。チャイナの知り合いなら、きっと大丈夫だろう」

「……うんッ」

 

神楽は近藤の言葉に気持ちが軽くなった。

怒る気がさらさら無いと言うよりは、近藤と言う人間の器のデカさを感じたのだ。

そこがこんなゴリラでも真選組の局長を務められる所以なのだろう。

神楽はそう思ったのだった。

 

「ゴリ、お前今日休みアルなぁ?」

「ん、あぁ」

「今から新しい飼い主……サヤカちゃんにたいようを渡しに行くアル」

「そ、そうか」

 

急な話に近藤は驚いたが神楽がそう決めたのならと近藤は何も言わなかった。

 

「じゃあ、お別れだな。元気でやれよ!」

「シーッ!」

「あ、あれ。俺嫌われてんの!?」

「アハハハッ!」

 

いつも通りの無邪気な顔で笑う神楽に近藤は少し安心した。

もう、大丈夫そうだと。

 

「ほら、早く行くアル!」

「へ?」

 

神楽は近藤の着物を引っ張ると立たせようとした。

 

「お前も一緒に行くネ!」

「ん、俺もっ?」

 

近藤は立ち上がると急いで草履を履き、神楽に引っ張られるがまま仔猫の飼い主の家までついて行くことにした。

 

 

 

「神楽ちゃん、ありがとう!たいようを大事に育てるからね。また神楽ちゃんもゴリラさんも会いに来て下さい」

「今、この子ゴリラって言わなかった!?ねぇっ!?」

「ゴリ、ちょっと黙るネ。うん、サヤカちゃん。また会いに来るヨ」

 

神楽はサヤカちゃんに抱かれるたいようの首元をくすぐると、たいようも神楽の指に鼻先を擦り寄せた。

 

「ミィ」

「良かったネ……じゃあナ」

 

神楽は掠れ気味の声で小さく別れを告げると、足早にサヤカちゃんの家から……たいようの元から離れて行った。

暫く下を向いたまま無言で歩く神楽に、近藤は何か言葉をかけようと思うも、自分が慰めてやれるような立場でもないかと小さな背中を眺めているだけだった。

ただ、周りの好奇に満ちた視線に居心地が悪くなり近藤は神楽から少し離れて歩いた。

自分があんな美少女と並んで歩くことはやはり変なんだと。

その周りの視線をはね除けられる程に二人は親密でもなかった。

それは当たり前のことなのに近藤の中では仔猫をキッカケに、どこか今までとは違った関係を築けている気がしてた。

だけど、それも自分の思い過ごしだと苦笑いを浮かべた。

 

「ん?」

 

急に道端で足を止めた神楽に近藤はぶつかった。

 

「どうした?チャイナ?」

 

神楽は背中を近藤にふっつけたまま、ただ立ち尽くしていた。

慣れない距離感に少し緊張はしたが、それよりも明らかに元気のない神楽が心配で堪らなかった。

 

「大丈夫だ。また、会いに行ってやればいいじゃねぇか。サヤカちゃんも言ってたろう」

「大丈夫、大丈夫って何ネ」

 

怒ったような口調の神楽に近藤は眉を潜めた。

 

「これだからゴリラは人間とは違うアル!」

「ハハ……」

「笑ってんなヨ!お前はさっきからずっとそうネ!笑って……ばっかりでッ!」

 

そこで近藤は漸く神楽の声の震えに気が付いた。

自分の体にまで伝う神楽の肩の揺れや時折つまる声。

それが何を表してるかなんて簡単に分かってしまったのだ。

 

「チャイナ……」

 

近藤は神楽の震える肩を掴もうと手を動かすも結局、躊躇いが大きく何もせずに元の位置へと戻すのだった。

 

「たいようやお前が大丈夫でも……ぜ、全然、私が大丈夫じゃないネ……ううっ」

 

神楽は声をあげて泣き出すと近藤の方を向き胸元に顔を押し付けた。

 

「ちょっ、チャイナぁ!?」

「……ヒソヒソ……何あれ?」

「……ゴリラかしら……警察呼ぶ……ヒソヒソ……」

「ち、違いますからッッ!俺が警察なんで安心してくださいッッ!」

 

近藤は周囲の疑いの眼差しに青ざめながら神楽を肩に担ぎ上げると、猛ダッシュで真選組まで帰って行った。

 

「フゥ」

 

屯所まで着くと神楽を肩から降ろし近藤は額の冷や汗を拭った。

相変わらず、神楽は下を向き元気がなさそうだった。

何か神楽を元気付けてやれないかと近藤は色々と考えを巡らせた。

 

「中でジュースでも飲んで行くか?」

 

その言葉に神楽は漸くうつ向いていた顔をあげたのだった。

しかし、その顔は近藤が思っていたものとは随分違い、真っ赤な頬がどこか気恥ずかしくなった。

――そういえば、さっきは胸に顔を埋めて……

途端に近藤も耳まで赤くなると急にたどたどしい態度をとった。

 

「こっ、こちらへ、どうぞっ!」

「お、おうネ」

 

客間に通された神楽は出されたジュースを一気に飲み干した。

味わう程の余裕もないのかすぐにズズズと空のグラスが音を立てる。

 

「チャイナ、お代わりは?」

「いらないアル」

 

中々、会話の続かない二人に沈黙が訪れる。

近藤は先ほどの神楽の表情が頭から離れないでいた。

自分があの表情を作った張本人だとしたら、どうしてやることが良いのか。

 

「また……また、会いに行こうな」

 

神楽は近藤をチラリと見ると小さく頷いた。

そして、氷だけが入ったグラスを弄りながらポツリ、ポツリと話し始めた。

 

「たいようがいつか貰われて行く事は分かってたアル。それに、自分の寂しいって気持ちにも気付いてたアル」

「そうだな」

「だけど、口に出して言えばお前が困るのも分かってたから言い出せ無かったネ」

「俺に気を遣ってくれてたのか!?」

「私だって一人前のレディーアル!それくらい出来るネ。だ、だけど……たいようが居なくなった今、もう一つ気付いた事があるネ」

「なんだ?」

 

近藤は神楽が急に自分を真っ直ぐに見つめて来た事にドキッとした。

何か自分の気持ちの奥底を見透かされるような恐怖心にも似た気分だった。

しかし、神楽の言葉は意外なものだった。

 

「たいようじゃなく、お前に会いたいって思うようになったアル」

 

近藤はすかさず答えた。

 

「困らねぇ。チャイナ、俺は困らねぇからな」

 

神楽はその近藤の言葉にフフフと笑った。

近藤もあまりにも必死過ぎたかなと照れ笑いをした。

仔猫だけが自分と神楽を繋ぐものだと思っていたが、それだけじゃなくちゃんと二人の間には絆が結ばれていた。

そのことが分かって近藤は嬉しくなったのだった。

 

「時間が合えば暇つぶしにもなってやる。たいようにだって会いに行こう」

「絶対だからネ。」

 

神楽は小さな小指を近藤に突き出すと指切りをせがんだ。

近藤は小さく笑うと自分の小指を神楽のそれに絡めたのだった。

 

「ゆっびきっりげんまん~」

「チャイナァア!俺の小指がッッ!」

「嘘ついたらこれくらいの痛みで済まないと思えよー」

「破んないからッッ!その前に俺の小指もげるからッッ!」

「ゆびきったー!」

「ぐはっっ!」

 

神楽は満足そうな顔を浮かべると涙目でうずくまる近藤に言った。

 

「お前、本当にいい奴アル……ありがとナ」

 

それだけ言って帰って行く神楽の姿を近藤は苦笑いで見送った。

 

「猫みてぇに気ままだな」

 

太陽の下へ日向ぼっこしに来る猫と、そんな猫を焦がしてしまわないように遠くから見守る太陽。

どこまで近付かずにいられるか。

自分でも段々分からなくなっていた。

焦がさず、燃やさず――

神楽が自分に対してどこまでの想いでいるかは分からなかったが、近藤自身が熱くなる胸にいつまで誤魔化していけるかは、もっとずっと分からなかった。

ただ、また神楽に会えるのを楽しみに痛む小指を眺めてるのだった。

 

2011/02/06

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