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your my sunshine/近神

 

パピー。

この街の人間はみんな優しいネ。

私、寂しくないヨ。

もう1人じゃないアル。

銀ちゃんや新八、アネゴやさっちゃん。お登世の三人、ヅラにエリー。

みんながいつも側にいてくれます…ちっ、マダオもいれててやるか。

それから、腐れ縁のあいつらネ。

みんな優しいヨ。

温かいネ。

 

 

 

神楽は週末になるといつも決まって父親に手紙を書いていた。

今週あった万事屋の事件や、仕事のこと。

その他、腐った豆パン騒動や豆パン腐食事件等について。

手が真っ黒くなる程、可愛らしい便箋にギッシリと文字を詰める。

会った時なかなか話しが出来なくとも、手紙だと何故だか素直に話せるのだった。

 

「よし、書けたネ」

 

書いた手紙を封筒に入れキッチリ封をすると、それをポケットに入れ万事屋を出て行こうとした。

しかし、直ぐに玄関で引き返すと部屋へ戻り、引き出しの中をガサゴソと何やら探し始めた。

 

「無いネ」

 

どうやら切手を探しているようだった。

しかし、いくら引き出しの中を探してもお目当ての紙切れは出て来ず、しばらくボーっと突っ立っていた。

 

「銀ちゃんも新八もいないアル。定春、今日は出すの諦めるアルか?でも、鮮度が落ちるアル……」

 

どうしても父親に、書き立てホカホカの手紙を届けたいと神楽は思うのであった。

 

「そうネ!自分であの紙切れ買うアル!」

 

神楽は豚の貯金箱を叩き割ると破片に紛れた小銭をわし掴み万事屋を飛び出した。

 

 

 

真選組の局長……近藤は午後のひとときを喫茶店で過ごそうかと街の中まで来ていた。

 

「今日は気分がいいな。休みの日に晴れなんて何ヶ月ぶりだ。あ、ぶりとか言ってたらなんかお腹が……」

 

そんな休日を満喫する近藤の目に軽い人だかりが飛び込んで来た。

何かと思って覗き込めば、赤い中華服に身を包んだ少女が郵便局の入り口で何やら叫んでいたのだった。

 

「あらァ……万事屋のチャイナか?」

「早くするネ!鮮度が落ちるアル!コレだけ出しても紙切れ売ってくれないアルかッッ!」

「これだけって……一円玉20枚じゃ買えませんってば!つーか紙切れって何ですか!切手でしょ!欲しけりゃ80円持ってきやがれ!」

「おまえら!さては、手紙の鮮度を落とさせて地球を乗っ取る気ネ!遠山の金さんは許しても、万事屋の銀さんにただ働きさせられてる私が許さないネ!」

「ちょ!やだ……やーだ、この子!早く帰れ!誰か助けて下さい!ブヒッ、痛い痛い……いたたっ」

 

近藤は騒ぎの中心に飛び出ると、困り果ててる郵便局員に一万円札を渡たしこう言った。

 

「あの子に切手を!早く!」

 

郵便局員は近藤からお金を受け取ると言葉を吐き捨てながら、直ぐに切手を取りに行った。

 

「せめて500円玉で出せよ!釣りが面倒くせーだろ!ばー……」

「あれ?今なんか凄い事言わなかったあの人!?」

 

立ち尽くしている近藤に神楽は近付くと、とりあえず礼を言った。

 

「いや、構わねぇ。困ってる市民を助けるのもまた俺の務めだ。」

「そうアル!たまにはゴリも人間らしいアルなぁ!」

 

ホッとしている神楽に切手を持った郵便局員が声を掛けた。

 

「あの、はい、切手です。もうあんな武力行使、使わないで下さいね!次したらブラックリストに載せますから!それからアンタっ!次、一万円札で80円切手買ったら逆立ちでコーラ飲んでもらいますからね!」

「なんで俺……そこまで言われんの?」

 

神楽は切手をペロリと舐めると手紙に張り、ポストへ無事投函を済ませた。

 

「手紙かぁ。星海坊主殿にでも書いたのか?」

「……別に誰だっていいネ」

 

少し恥ずかしそうな表情の神楽に、近藤の少し傷付いていた心も癒されたのだった。

 

「これから喫茶店で珈琲でも飲もうかと思うんだが、どうだ?チャイナも一緒に」

「喫茶店アルかぁ。私、珈琲飲めないアル」

「ハハハ、心配するな!ジュースもある」

 

神楽は切手の御礼のこともあり、珍しく近藤に付き合ってあげることにした。

そんな2人の間に突風が吹き荒れた。

近藤の手に持たれたお釣りの札や小銭が悪戯に舞い上げられ、道路脇の排水溝にキレイに吸い込まれて行った。

その時間ものの3秒。

 

「ハハハ…ハハッ……」

「たまには、こういう事もある、ネ」

 

神楽は呆然と排水溝を見つめて笑う近藤に、そんなことしか掛ける言葉が見つからなかった。

 

「ハハハ、ついてねぇなぁ。休日に晴れたかと思えばこうだもんな」

「い、今のは諦めるアル。とりあえず、珈琲飲んで元気出すネ!!ハハっ」

「全財産だったんだよォ……ちくしょう」

 

近藤は、何故だか見上げた空が灰色に見えた。

 

 

 

「悪いな!チャイナ!しかし、珈琲おごる金があったなら切手買えただろうに」

「気にするなネ。さっきの御礼アル。その代わり、今日1日は私を女王様と呼ぶヨロシ!」

「なんだ?そんなんで良いのか?女王様!今日は俺を下僕にこき使ってくれてかまわねぇよ」

「下僕……なんか、それはちょっと遠慮しとくネ」

 

二人を微妙な空気が包んだところで、注文していた珈琲とレモンスカッシュが運ばれて来た。

 

「しかし、女王様。星海坊主殿も心配だろう。こんな遠い土地で一人、暮らしてるなんて」

「大丈夫ネ。助けてくれる人が周りにたくさん居るアル。何も心配はいらないアル!」

 

ストローから口の中へ広がる酸味に神楽は少し顔を歪ませた。

 

「でもアレだ。さっきみたいにわからねぇ事や困ってることじゃないがあるなら、ちゃんとそういう奴らに頼れよ。今回はたまたま俺が通りかかったから良かったがな」

 

近藤はチュウチュウとストローを吸う神楽を見ながら、ごく身近にたくさんいる甘え下手な連中を思い浮かべた。

自分で解決しようと奮闘するのは悪いことじゃない。

だけど、もう少し……

 

「ゴリ」

「ん?なんだ」

 

神楽はストローからようやく口を離すと、空になったグラスの氷をつつき出した。

 

「あとでちょっと頼みがあるネ」

 

近藤は嬉しそうに笑うと一回深く頷いた。

それを盗み見る様に眺めた神楽は、どうしてかこそばゆい感じがした。

そして、頼りない所もたくさんあるけどさすが皆が慕うだけの人物だなと思った。

グラスを綺麗に空にさせると、二人は席を立ちレジで会計を済ませ外へ出た。

 

「で、女王様。頼みってなんだ?」

 

神楽は自分よりもずっと大きな近藤の手を引くと、こっちこっちとズンズン街から遠退いていった。

小走りに自分の手をとる少女に、近藤は年甲斐もなく顔を赤らめた。

――手を握られるなんてこと、今まで無かったかもなぁ。

妙に甘酸っぱい懐かしい感覚に包まれた近藤は、神楽に掴まれる手にほんの少しだけ力を加えたのだった。

 

「ここネ」

 

着いたのは見慣れた公園だった。

 

「あ、遊ぶのか?」

「違う。あれネ」

 

神楽の指差す先を見れば、滑り台の裏側に汚い箱が置かれていた。

近藤は近寄ってその箱を覗いてみた。

 

「ミャア!」

 

中には可愛いらしい子猫が一匹。

目を輝かせてこちらを見ているではないか。

 

「ミィ」

 

近藤はしゃがみ込んで子猫を抱き上げると神楽の方を振り向いた。

 

「困ってるのはコイツのことか?」

「うん、そうネ。うちには定春がいるから銀ちゃんがダメだって……」

 

そう呟き俯く神楽に近藤も胸が痛くなった。

しばらく、近藤は自分の胸の中で小さくも必死に生きている子猫を見て考え込むと、抱きかかえたまま急に立ち上がった。

 

「ゴリ、猫ちゃんどうするアルか?食べるつもりネ?」

「いや、いい考えがある」

 

ニッと笑った近藤に神楽も何だか気分が明るくなった。

二人はそのまま公園を出ると屯所へ向かった。

 

「ここで……ゴリが飼うアルか?」

「とりあえず、引き取り先が見つかるまでな」

 

そう言って風呂場で子猫を洗う近藤を見下ろしながら神楽は何か違和感を覚えた。

見えている男の背中が、自分よりずっと広くて大きいのは知っている。

だけど、先ほどまでとは明らかに違うのだ。

 

「……………」

 

広くて大きいだけじゃなく、頼もしくて温かくて。

今は無性にその背中に飛びつきたくて仕方がなかった。

 

「よしっ!!」

 

子猫を綺麗に洗い終わった近藤が振り返れば、自分を見下ろしている神楽と目があった。

 

「うわっ……も、もう洗い終わったアルか?」

「お、おう」

 

近藤は自分を見つめていたであろう神楽の瞳にヤケに熱っぽさを感じた。

どことなく恥ずかしげな二人は、すぐに目をそらせると、綺麗になった猫に餌をやった。

その様子を幸せそうにニコニコと眺める神楽の横顔に、近藤の胸がまた熱くなった。

 

「チャイナ」

「女王様アル」

「女王様、いつでも見に来いよな?」

 

神楽はモリモリ餌を食べる子猫から視線を外すと近藤を見た。

 

「あれだ……今日の珈琲のこともあるから。今度は俺に奢らせてくれ」

「うん」

「それと、名前考えてやってくれ」

「私がつけて良いネ?」

 

神楽はまたニッっと笑う近藤の笑顔にいつも感じない想いを抱いた。

 

「次来る時までに考えとくネ!」

 

そう言って子猫の頭をチョンと叩くと別れの挨拶をして屯所から出て行った。

 

「行っちまったなぁ」

 

近藤は名もない子猫に話しかけた。

 

「早くお前も名前が欲しいだろう……次はいつ訪ねてくるだろうな」

 

窓から見える青空。

近藤は空の色の美しさに目が眩みそうだった。

 

「こんなにも江戸の空は綺麗だったんだな……」

 

小さな女王様を思い浮かべた近藤は子猫を見て小さな声でこう呼んだ。

 

「女王……クイーン!おい、クイーン!」

「ニャア!」

「気に入ったか!じゃあ、名前が決まるまでクイーンって呼んでや……あぁ、お前オスか」

 

 

 

神楽は万事屋までの帰り道、頭の中をぐるぐる巡る考えに心臓が震えていた。

手紙には腐れ縁なんて書いたけど、次はちょっとだけパピーにゴリのこと教えてあげるネ。

心優しいメスゴリラみたいな奴って……

 

「いや、やっぱりこう書くネ。大きくて温かいお日様みたいな奴って!ピッタリネ!」

 

神楽は早速明日、屯所へ向かおうと思うのだった。

決して子猫の名前が決まったからではない。

素直に会いたくなった。

お日様みたいなアイツに。

新しく芽生えたこの気持ちに、早く暖かなお日様の温もりを与えたくなった神楽だった。

 

2009/12/19

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