現実トリップ:01
今夜も銀時は、どこかスッキリとした顔で万事屋へと帰って来た。そんな銀時を出迎えた神楽は、玄関戸を開けた腑抜け面目掛けて飛び蹴りを入れたのだった。
「どこで金使って来たネ! いい加減にしないとぶっ殺すアル!」
既にぶっ殺されかけている銀時は、玄関先で伸びたまま天井を仰いでいた。
「す、すみまひぇん」
謝った銀時だったが神楽はそんな銀時を許してはおらず、更に胸ぐらを掴むと怒りをぶつけた。
「私らに払う給料はない癖にお前が好きに使う金はなんであるネ? 言ってみろヨ!」
いつもいつも銀時は依頼者から払われた依頼料を一人で使い込んでいたのだ。ましてや今日はどうやら風俗店へと行って来たようで、神楽の怒りはピークに達していた。
面白くない。同じ女ならこの私に金を渡せヨと、神楽は思わずにいられなかった。そんな銀時に対する日頃の鬱憤を神楽は吐き出さなければやっていられないと、その夜万事屋の下にあるスナックお登勢で愚痴るのだった。
「なんでアルカッ!? 本当に腹立つネ!」
神楽はカウンター席で隣のたま相手に不満をぶちまけると、グラスに並々と注がれたオロナミンCを飲み干した。それを見ているカラクリのたまは、表情のない顔で空いたグラスに酌をした。
「銀時様のいやらしく金に汚い根性を治す事は、ほぼ不可能と思われます。神楽様が万事屋で働く以上、それらの悩みから解放される日は永久に訪れないのではないのでしょうか」
神楽様はハァと溜息を吐くと、自分のなだらかな胸に手を置いた。銀時がこの体に興味がないことなど分かっているのだ。それだから給料を払う気が起きないと言うのは認められる理由ではないが、もし自分がボンキュッボンのお姉さんだったなら、もう少し待遇も違うのではないかと思っていた。
「もっと乳がデカかったら、外の女じゃなく私に給料払うアルカ?」
「……その代わり、対価を求められる恐れもあります」
確かに銀時なら、給料渡す代わりにその乳を云々とくだらない事を言いかねなかった。いや、そうではない。自分に対して銀時が言う筈がないと神楽は思った。他の女性に対してはあるだろうが、今まで自分に対しては冗談でも“そういう言葉”は使わなかったのだ。
「でも、銀ちゃんは私にそういうこと言わないアル。ボンキュッボンじゃないからネ。まぁ言われても嬉しくなんてないけどナ」
銀時が冗談でも言わないのは揉ませる乳が無いからなのか。それとも神楽だからなのか。しかし答えを知ろうにも、銀時の考えを確かめる術はないのであった。
「本当にそうでしょうか?」
たまは何を考えてなのか、そんな事を口にした。
「どういう意味アルカ?」
神楽は眉間にシワを寄せると軽く首を捻った。
「銀時様は神楽を大切に想っていらっしゃるので、乳を揉ませろなどとふざけた事は仰らないのではないでしょうか?」
神楽はたまのその言葉に恥ずかしさが込み上げて来ると、固まった表情のまま頭を左右に激しく振った。
「なワケないダロ! 大切だったら給料払うに決まってるネ!」
「そうでしょうか? 私には、神楽様が特別な存在なので、汚したくないように思えるのですが」
そんな事をもし本当に銀時が思っていたとして神楽の気持ちが晴れる事はなかった。正直、給料を支払われないと言う事実よりも、銀時がいかがわしい店にお金を落としている事に腹を立てていた。きっとこの気持ちは嫉妬だ。神楽は気付いていた。だから、あれ程までに銀時に怒り狂ったのであった。
神楽はカウンターテーブルの上に視線を落とすと、たまに言った。
「気休めなんて良いヨ。お前は本当にいい子アルナ」
「神楽様……」
神楽はにっこり微笑んでみせると、もうスッキリしたと言い残し店を後にするのだった。
二階の万事屋を仰ぎ見た。明かりはついていない。また今夜も何処かでどうにかなっているのだろう。神楽は悲しむよりも呆れたような表情になると、一人で夜を過ごすのだった。
数日後のある朝、神楽は意外な訪問者によって目を覚ました。
「神楽様、起きてください」
新八とは違う、清々しい澄んだ声。神楽は薄目を開けると、自分の押入れを覗くカラクリを見つけたのだった。
「たま? 家賃なら銀ちゃんに言ってヨ」
そう言って二度寝しようとした神楽をたまは無理矢理に起こすと、服を着替えるようにと言って物置から出たのだった。ワケも分からず起こされた神楽は、洗面を済ませ着替えると、たまの後について万事屋を出て行ったのだった。
アパートの階段を下りながら、神楽はたまに尋ねた。
「どこに行くアルカ? 朝ごはんなら、卵かけ御飯でいいアルヨ」
「そうですね。では、卵かけ御飯を食べながらでも話をしましょう」
そう言ってたまが神楽を連れて来たのは、平賀源外の作業場であった。
「さぁ、神楽様。源外様が作られた卵かけ御飯製造機で作った卵かけ御飯です」
神楽は料理の得意ではない自分にも作れる卵かけ御飯を機械が作った事にいささか疑問を抱いたものの、何故ここへ連れて来られたのかとそちらの方が気になっていた。
「神楽様、先日言っておられましたよね? 銀時様は、神楽様が子供だからふざけた事を言わないのだと」
神楽はたまに銀時の事を愚痴った夜を思い出した。確かに言っていた。銀時がふざけた事を言わないのは、自分がボンキュッボンじゃないからだと。
「ですが、やはり私は思うのです。銀時様は神楽様を大切に想っていらっしゃるので、大人や子供に関係なく“乳を揉ませろ”などと言わないのだと」
このたまの言葉にそれまで黙って機械をいじっていた源外がプッと吹き出した。
「たまの言う通りだ。銀の字は女ならガキだろうが、見境なく乳くらい触るんじゃねぇか」
「なんでそんな事、爺さんに分かるアルカ?」
「いんや、俺にもわからねぇな。だから、おめぇさんがその目で確かめて来い」
源外はそう言ってニカッと笑うと、神楽をこっちへ来いと手招きした。
「なかなか面白ェもんが出来ちまってな、丁度試したくてウズウズしてたところだ」
神楽は機会じかけの椅子に座らされると、胸を覆うプロテクターのような道具を渡された。
「も、もしかして、デカくしてくれるアルカ!?」
「さぁな……だが、まぁ一時的にはそうなる可能性もあるだろうよ」
源外はそう言って何か機械に繋がる装置のボタンを押すと、カタカタと機械仕掛の椅子が動いた。
「な、何アルカ! 説明しろヨ!」
「一時的に神楽様の魂を五年後へと転送し、五年後の神楽様に乗り移る装置です。たまたま源外様がこの機械を作られたとの事で是非神楽様にと」
神楽はたまの説明をほぼ理解出来なかった。
魂を取り出す!? 転送!? 五年後!?
「まぁ、銀の字がおめぇさんをどう思ってるのか、直接見てきな」
「ちょっと待つアル!」
「大丈夫です。神楽様がどのような姿であっても、銀時様は神楽様を大切に想っていらっしゃる筈です。そうじゃなかった場合は、銀時様を力づくで矯正させるのでご安心を」
神楽は体がフワフワと浮かび上がるような感覚に包まれた。その感覚が強くなるに連れて視界が白くなる。
「違う! 待って!」
「いえ、信じています!」
「だから、戻り方――」
神楽は最後まで言い切る前に魂を転送されてしまった。椅子に残された体はまるで眠っているかのように動かない。それを源外とたまは気不味そうな表情で見つめていた。
「戻り方を教えるの、忘れちまったな」
「私、後を追って伝えに行きます!」
しかし、源外は首を振った。
「残念だが、カラクリのおめぇには魂が宿っちゃいねぇよ」
たまは顔色を真っ青に変えたように見えると、急いで作業場から飛び出したのだった。
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