[ MENU]

7.love me

 

 グラスの中の酒を飲み干した土方は、少しふらつく足で室内へと戻った。軽くしか飲んでいないのだが、アルコール度数の高い酒は、十分に体内を駆け巡ってるようだった。

 土方は自分の部屋のドアの前に立つと、隣り合っているドアが気になった。このドアの向こうは、神楽の部屋へと繋がっている。

 

「そういやあいつ、鍵掛けるようになったか?」

 

 土方は酒が入ってると言う事もあってか、後先考えずにドアノブに手を掛けると、いとも簡単にドアを開けてしまった。

 土方は額に汗を掻いたが、そのドアを閉める事はなかった。そのままフラリと薄暗い部屋へ入って行くと、神楽が寝ているであろうベッドへ近付いた。

 

「いや、これは違う。ただこいつが泣いてねェか確かめに……」

 

 土方は自分に言い訳をすると、神楽のベッド脇へと立った。思わずゴクリと喉が鳴る。

 月明かりが照らす神楽の肌は雪の様に白く、その白さが神楽の桜色の唇を引き立てる。それだけじゃない。着崩れた浴衣から、惜し気もなく晒されている手足は、程よい肉付きで神楽の女らしさを余計に感じた。

 

 伏せられた神楽の睫毛は濡れてこそはいなかったが、見えている顔は決して穏やかには見えなかった。

 何がそんな顔にさせるのか。土方はもう少しだけ近付くと、神楽の顔を覗き込んでみた。

 

「悪い夢でも見てんのか?」

 

 土方は少し躊躇ったが、軽く神楽の髪を撫で付けた。これくらいなら許されるだろう。しばらくそうしていた。

 だが、もしここで神楽が目を覚まし、自分がこの部屋に居る事がバレてしまったら、色々と疑われる事は避けられなかった。

 

 土方は神楽の頭から手を離すと立ち上がった。そして、黙ったまま、何も知らずに眠っている神楽を見下ろした。

 夜這いに来たとは言わないが、ほんの少し何かを期待していた事は否定出来なかった。それが何かは自分でも分からなかったが、心が浮ついてる事は隠し様のない事実であった。今も脈は速く、顔が熱い。

 焦った土方はこのままではマズいと、眠っている神楽に背を向けた。

 

「待って……」

 

 背後で声がした。それは小さくか細く、とても弱々しいものであった。だが、土方はドアノブに手を掛けると、何も聞こえなかったフリをして出て行こうとした。

 

「なんでアルカ?」

 

 神楽の声がすぐ近くで聞こえる。背中には熱も感じる。

 土方は自分の胸へと回された白い腕を見下ろすと、眉間にシワを作り目を閉じた。

 

「すまねェ。酒のせいか部屋を間違えた」

 

 神楽は土方の背中に頭を擦り付けると、その言葉に嫌々と首を横に振った。

 

「……そんな嘘、ひどいアル」

 

 そう言った神楽の声は震えており、その瞳が濡れていることを窺わせた。

 

 また自分が泣かせてしまった。

 土方は胸に大きな穴が空いてしまったような、言いようのない喪失感に襲われた。やはり、この自分が神楽を笑顔にしてやる事など出来ないのだ。こうして背中にすがられても……何故だか、遠い昔にもこんな様な事があったことを思い出した。

 

 あの日も土方は、その背中の向こうを振り向きもせずに、真っ直ぐ前だけを見て歩いて行った。

 今回もまた同じだ。土方は背中の向こうを振り向きもせずに、ドアを出て行こうとしていた。だが、前と違うのは自分の背中の大きさと、向こうに立ってる女だった。

 

 色んなものを背負えるだけデカくなった背中は、一つの組織を背負うくらいになっていた。そこに惚れた女が増えるくらい、何という事はないだろう。

 ここで受け止めないと"逃げ"だという事には気付いていた。だが、それでも土方は振り向けなかった。自分では無理だと諦めていた。神楽を幸せにすることなど――

 

「オイィィィッ!?」

 

 突然、体が宙を舞った。そして、その身は神楽がさっきまで寝ていたベッドへと勢い良く落下した。

 土方はすっかりと忘れていたのだ。自分の背中に居たのは、か弱く護られるだけの女ではない事を。

 

「これ以上、私に優しくするなヨ!」

 

 ベッドの上で仰向けになっている土方の腹に乗った神楽は、涙を流しながら大きな声で喚いた。だが、土方は何のことだかサッパリ分からなかった。

 

「何の話だ?」

「私、全部知ってるアル」

 

 神楽は涙を手の甲で拭くと、前のめりになり土方の顔に近付いた。

 

「……あの日、キスしてくれたのだって、お前が早く地球に帰りたいからダロ?」

 

 神楽は土方の胸倉を掴むと、ずっと溜め込んでいた涙の理由を吐き出したのだった。

 

「その為に私を利用して、その気にさせるオマエが許せなかったアル。嫌いだってすっごく思ったのに、オマエは……なんか優しいし。それじゃ、いつまでも嫌いになれないダロ」

 

 神楽はそう言うと、悔しそうに下唇を噛み締めた。

 

「確かに地球には帰りてぇが、ンな事が理由でお前を求めたわけじゃ……」

「嘘アル。私、あの後ネタ星人に聞いたネ。私とエッチしたら地球に帰れるって!」

 

 土方は驚いて体を起こすと、土方の腹に乗っていた神楽はバランスを崩し、後ろに倒れそうになった。

 土方は急いで手を伸ばして神楽を抱き寄せると、腕の中にしっかりと閉じ込めてしまった。

 

「ふ、ふざけんな。ンな事なら……その日の内に抱いてんだろ」

「で、でも、じゃあ何でヨ」

 

 キスをした理由。そんなものは、たった一つしかなかった。それを神楽は本当に分かっていないのだろうか? 土方は抱いてる神楽を自分の胸に押し付けた。

 

「本当に分からねェのか?」

 

 激しい鼓動。それが全てを表していた。

 神楽は目を閉じると、耳を土方の胸に引っ付けた。

 

「……うっさいアルナ。でも、私と一緒ネ」

 

 神楽はそう呟くと、土方の背中へと腕を回した。

 

「オマエ、いつまでもこの部屋のドア、開けなかったダロ? だから、もしかしたらって思っちゃったネ。私の事を本気で好きなのかもって。そう思ったら、余計に苦しくって、夜も眠れなかったアル」

 

 いつまでも顔を上げることの出来ない神楽は、苦しそうな呼吸で、今にも倒れてしまうのではないかと土方は心配になった。

 

「もう、今日は休め」

 

 土方は静かに言った。

 

「そんなの無理アル。無理に決まってるネ」

 

 神楽はようやく顔を上げると、鼻先に迫っている土方の顔に向けて微笑んだ。

 

「私、覚悟してたアル。オマエになら、抱かれてもいいって。だから――」

 

 神楽の顔からすうっと笑みが消えると、代わりに潤む瞳が土方を捕らえる。

 

「今、ここで愛して欲しいネ」

 

 土方は体が熱くなるのが分かった。体中の血液が一箇所に集まり始め、心なしか呼吸が荒くなる。それに、さっきから着崩れた浴衣から覗く、神楽の白い肌がチラチラと視界に入る。

 土方はもう頭で考えても仕方が無いと、諦めようとしていた。愛して欲しい女と愛したい男がいるなら、体を重ねる事など自然の成り行きなのだ。それに、ネタ星人もこれを望んでいる。

 自分の欲も満たせ、地球にも早く帰れるならば、神楽を愛さずに部屋に戻る事など考えられなかった。

 なのに、土方には躊躇せずにいられない理由があった。

 

 いくら他には誰もいないとは言え、カメラが仕掛けられている部屋で、惚れた女を愛する事などしたくなかったのだ。

 どうするか。しかし、神楽を見れば、そんな事などどうでも良いと思わせる程に色香を漂わせ誘っている。

 据え膳食わぬは何とやら。そんな言葉を知ってはいたが、身を以て知ったのは今が初めてであった。

 神楽を抱きしめている土方の腕に力が入る。

 土方は血走る目で神楽を見つめ返すと、頬を染める神楽と共にベッドへと雪崩れ込んだのだった。

 

 

 

 その身はすっぽりと薄手の布団に隠されており、暗闇を照らす月明かりが、僅かに2人を覗き見ようとしていた。

 ベッドの周りを見れば、浴衣と下着が飛び散っていて、2人が何も身につけていない事を表していた。

 

 横たわりながら抱き合ってる2人は全身を汗に塗れながら、目の前の唇に夢中になっていた。

 本来なら、もう唇どころか、もっと深く繋がってしまいたいのだが、やはりそれは地球へ帰ってからだと、土方は裸の神楽をただ抱き締めていた。

 

 神楽を押し倒した時、土方は耳元で小さく言ったのだった。

 

「……奴らを欺くには、フリが一番だ。お前はただ俺に身を任せろ」

 

 その言葉通りに土方は、ただ神楽に口付けをし、その腕に抱いているだけだった。

 表情も見えず、分かるのは互いの興奮した息遣いと肌を火照らせる熱のみ。時折、唾液の混ざり合う音が聞こえるが、そんなものは神楽の鼻から抜ける甘い声に比べたら、土方を熱くさせるには大したことがなかった。

 

 そろそろ限界が迫っていた。

 土方はもう少し神楽を深く知りたいと、体が疼いて仕方がなかったのだ。

 どこまでなら大丈夫なのか。次第にその境界線は曖昧になっていた。

 土方は一旦、その唇を神楽から離すと、そこにいるであろう神楽を無言で見つめた。

 

「……な、何、アルカ?」

 

 息も絶え絶えにそう口にした神楽を土方は仰向けに寝かせると、上から布団ごと覆い被さった。

 そして、また神楽の耳元に口を近付けると――

 今度はそのまま唇を引っ付けてしまった。

 突然のことに神楽は小さな悲鳴を上げると、目の前の土方にしがみついた。そして、その唇の行き着く先を予感して、そっと目を閉じたのだった。

 

 耳、首筋、鎖骨、肩……徐々にその愛撫は下へと向かっていた。それに伴い神楽の甘い声が漏れる回数が多くなった。必死に下唇を噛んではいるが、遂に胸まで下りて来た時、それは言葉となり神楽の口から発せられた。

 

「きもちいいアル」

 

 それまでただ黙って神楽を愛撫していた土方だったが、今にも泣き出しそうな顔になると、押し殺した声で言った。

 

「黙ってられねェのか?」

 

 惚れた女が自分の腕の中で善がっている。これ以上の感動などなかった。それが土方の胸を激しく揺さぶるものだから、今にも滴がポタリと落ちてしまいそうになっていた。

 そうなればいくら自分の体とは言え、制御するのは非常に難しいことだった。

 

「黙ってて欲しいなら、やめればいいアル」

 

 そんなつれない事を口にする神楽に、土方は少し冷静になると、一旦布団から顔を出したのだった。

 

 布団から出れば、窓の外に浮かぶ丸い月がこちらを監視しているように思えた。

 そんなわけない。分かってはいたが、やはりここで神楽を抱いてしまうのは、避けたいことであった。

 そんな冷静な思考とは裏腹に、体はまだ興奮覚めやらぬと言った様子で、ドクドクと脈を打っている。

 布団の中に隠れている下半身は、早く出してくれと訴えかけていた。

 

 フリとは言ったが、フリなど考えてみれば無理な事だった。この体はネタ星人に全て筒抜けなのだ。心拍数や体温、それらが筒抜けならば"ダしたか、ダしてないか"など簡単に分かってしまうだろう。

 気持ちは随分と、体にとって都合が良い方へと傾いていた。

 

 神楽を抱く。ここまで来てしまったなら、そんなに大差などないように思えた。

やるだけやってみるか? そんな気持ちがふつふつと胸に湧き上がってきたが、やはりダメだと頭を振った。

 一人葛藤するそんな土方の様子を、同じように布団から顔だけを出してる神楽が見上げていた。

 

「さっきから何考えてるアルカ?」

「テメェの事だ」

「えっ……あっ、うん」

 

 いや、そうじゃねェと土方は慌てたが、今更何を隠しても仕方がなかった。こんなにも互いに曝け出しているところで、今はどんなに気取ってもう全く格好などつかない。

 

「分かってんだろ? 俺が何考えてるか」

 

 神楽はそっと右手を土方の胸に添えた。

 

「私は……どこで捧げたって構わないアル。相手がオマエなら」

 

 土方はグッと目を瞑ると、神楽にここまで言わせる自分は、随分罪つくりな男だと自嘲気味に笑った。

 

「その言葉だけ聞けりゃ十分だ」

 

 土方はそう言って神楽の頭をくしゃり撫でて、神楽の隣に体を横たえた。そして、手を伸ばして散らかしたものを寄せ集めると、煙草を口に咥えた。

 

 ようやく体温が下がって来た体だったが、今度は次第に睡魔に襲われ、意識とは関係なく瞼が下がった。

 傍らの神楽を見れば、先に眠っており、土方もそろそろ眠るかと煙草を消した。そして、見えている神楽の横顔に口付けをすると、その白い背中を抱きながら眠りに就いたのだった。

 

 [↑]