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2.beats me

 

 土方は部屋に戻ると、ネタ星人の言葉を思い出し、ベッド脇のキャビネットの上の電話に手を伸ばした。

 受話器を上げれば自動的にダイヤルされたらしく、呼び出し音が三回鳴った。

 

「ご用件をどうぞ」

 

 先ほどのネタ星人の声が聞こえてきた。土方は物は試しだと、まずは今、一番食べたいものを注文したのだった。

 

「マヨ丼を頼む」

「食事はダイニングテーブルへと運んでおいた。これからも、食事はそこへ運ばれる。食べ終われば、皿などは自動的に消滅する。では」

 

 電話が切れると土方は半信半疑の気持ちで、リビングダイニングへと繋がるドアを開けた。

 

 リビングへ出れば、左手のダイニングテーブルを見た。

 そこには、自分の想像通りのマヨ丼が置かれてあり、食欲をそそる良い匂いが漂っていた。

 

「いや、安心するのは早ェ。問題はその味だ。奴らには、あのマヨ丼の味まで再現出来るとは思えねェ」

 

 土方はイスに腰掛けると、用意されていた箸を手に恐る恐る丼を持ち上げた。

 顔の真正面に持ってくるが、匂いは紛れもなく土方の好物であるマヨ丼で、体はそれを安全なものだと見なしているのか、口の中に唾液が溢れた。

 

「こういう時は、動物的感覚に頼るのが一番だ」

 

 土方は丼のフチに口を付けると、一気に中の飯を掻き込んだのだった。

 

「お腹空いたアル! ご飯どこにあるネ!」

 

 マヨ丼の香りに呼び寄せられたのか、神楽が部屋からフラフラと出てくると、土方の隣に座り鼻先をマヨ丼に近付けた。

 それに気が付いた土方は食べかけの丼をテーブルの上に置くと、自分の口元に鼻を近付けている神楽を手で押しやった。

 

「悪いがコレは俺のモンだ。欲しいなら自分で注文してこい」

 

 すると、神楽は怒ったようなカオをすると、そっぽを向いた。

 

「誰がそんなモン食いたがるネ! 全然、欲しくないアル! ぎゅるるる!

ぎゃっ! 違うもん、屁だもん」

 

 神楽は自分の腹に手を置くと、捨てられ雨に濡れた仔犬のような瞳で土方を見た。

 

「なっ!?」

 

 土方は額に手を置くと、どうしようかと考えた。

 正直、電話で注文さえすれば、一瞬の内に料理は運ばれてくる。これをあげるよりは、注文した方が神楽の為にも良さそうではあったが、土方は少し気分が高揚していた。

 普段、誰からも美味しそうだと言われないマヨ丼。それを食べる自分をまるで気持ち悪いとでも言うような顔で誰もが見ていた。

 なのに、今自分を見つめる神楽の瞳は、それらのものと随分とかけ離れていた。

 マヨ丼を求め欲する眼差しは、土方からマトモな判断力を奪っていた。

 

「……仕方ねェ。残りはテメェにくれてやる」

 

 そう言って土方は席を立つと、自分の部屋へ戻ろうとした。だが、どうしても神楽がそれを食べ切るところを見届けたいと、その足を止めたのだった。

 

「うっぷ、やっぱりチョット無理かも、うっぷ」

 

 神楽は一口食べて箸を置くと、マヨ丼を土方に突き返したのだった。

 それをやっぱりかと言う表情で見下ろしていた土方は、少し涙目になりながら残りのマヨ丼を胃の中に収めたのだった。

 

「でも、宇治銀時丼に比べたら、まだちょっとは土方スペシャルの方がご飯っぽいネ」

 

 神楽は呆れたような表情でそう言ったが、その口調は柔らかいものだった。

 そんな神楽のことを土方は黙って見つめてると、神楽は驚いたような目で土方を見ていた。

 

「お、オマエ、丼の器まで食ったアルカ?」

 

 ネタ星人の話の通り、食べ終わった食器はすぐに消滅してしまったらしく、どこにも存在していなかった。

 土方は先ほどネタ星人から聞いたことを神楽に伝えてやった。

 

「そういう事だったアルカ。ただの"いやしんぼう"かと思ったアル」

「どういう仕組みか詳しくは分からねェが、どうも奴らは、あらゆる物質を光速移動させる事が出来るらしいな。それを利用して、ここへ俺らを連れて来たんだろう」

 

 神楽は興味がないのか、土方の話に相槌も打たずうわの空だった。

 だが、急にそうだとイスから勢いよく立ち上がると、自分の部屋へと戻って行った。

 土方は神楽の行動に首を傾げていたが、しばらくしてドアから飛び出てきた神楽の姿に、部屋に何をしに行ったのか分かったのだった。

 

「こういうのは大事アル! せっかく、リゾートに来たなら、やっぱり真っ白いワンピースネ!」

 

 神楽は土方の前でくるりと一周回ってみると、少し赤い頬で笑っていた。

 土方はそんな神楽に軽く笑みをこぼすと、煙草をポケットから取り出し口に咥えた。

 

「テメェは花より団子かと思ってたが、なかなか興が分かるじゃねェか」

「オマエもそんな暑っ苦しい黒い服なんか脱げばいいネ」

 

 言われて気付いたが、真選組の黒い隊服はこの開放的なリゾート地には似つかわしくなかった。土方は何となく上着とスカーフ、ベストを脱ぐと白いシャツ姿になった。

 

 リビングダイニングは壁一面が大きな窓になっており、そこから続く広いテラスとその向こうに見える青い海が、日々の生活を忘れさせた。

 

「長い時間は遊べないけど、ちょっと海まで行って来るアル」

 

 神楽は白いパラソルを手に外に繋がる玄関から飛び出ると、土方を一人残して砂浜まで駆けて行った。

 その様子を土方は、テラスで煙草を吸いながら眺めていた。

 

 水飛沫が太陽の光を受けキラキラと輝き、その中を神楽が素足ではしゃいでいた。

 時折、神楽の着ている柔らかいワンピースのスカートが、潮風に揺られて、白い腿が覗き見えた。

 それを遠巻きに見ている土方は、目のやり場に困るとテラスの柵に背を持たれて後ろを向いた。

 

「どうなるかと思ったが、出だしは悪くねェな」

 

 隣の部屋から出て来たのが神楽だと分かった時、土方は安心したような、不安になるような、何とも言い表しづらい気分だった。

 見ず知らずの人間でなかった事には安心したが、いつもいがみ合っている、あの万事屋の神楽だったのだ。

 普段から万事屋の連中のことをトラブルメーカーだと思っていた土方は、これ以上の何かとんでもない事に巻き込まれ兼ねないのではないかと杞憂していた。

 だが、今自分の目に映ってる彼女は、どこにでもいる普通の女性だった。

 こちらに危害を加えることもなく、寄せては返す波と戯れている。少し子供のようなあどけなさを残すその姿に、どこか微笑ましさを感じる程だ。

 こうやって何も考えずに少女を眺めているなど、普段の生活からは考えることが出来なかった。

 このままでは、牙が抜け落ちてしまうような気さえした。

 土方は、こんな生活があと一ヶ月も続く事に少し恐怖を感じていた。

 

 煙草を吸い終えると、土方はシャワーでも浴びるかと部屋に戻った。

 リゾート地のコテージと言うこともあり、部屋にはシャワーブースが用意されていたが、それとは別に温泉と思われる露天風呂もあった。

 土方は電話で着替えを頼むと、それらを持って露天風呂へと向かった。

 

 

 

 土方は風呂から上がり、白いシャツと隊服のような黒いズボンに着替えると、部屋へ戻る為に露天風呂から続く廊下を歩いていた。

 その廊下からも青い海が見えるのだが、ふと見れば神楽の姿が見当たらなかった。

 さすがに遊ぶのをやめて部屋へ戻ってるのかとも思ったが、室内はやけに静まり返っていた。

 こういう時、動物的勘が働くのか胸騒ぎがした。

 

「確か、あの娘は――」

 

"長い時間遊べない"

 そう言って出て行った事を思い出した。

 土方は夜兎の事に詳しいワケではなかったが、日光に弱いと言う話を耳に挟んだ事があった。

 リビングに着くも、コテージに戻ってる気配もなく、見える範囲の浜辺にもいなかった。

 背筋が凍るような感覚に襲われた。

 嫌な予感がしている土方は、砂浜で突っ伏す神楽を想像した。

 

「待て! 待て! 待てッ!」

 

 土方は砂まみれになるのも気にせずコテージから飛び出すと、透き通る海に浮かんでいる神楽まで駆けて行った。

 そして、浮いてる神楽を必死に抱き寄せると、鬼のような形相で睨みつける神楽に平手で殴られたのだった。

 

「急に何すんダヨ! オマエ、そういう男だったアルカ! このケダモノッ!」

 

 神楽はその真っ白な体を両手で抱くと、殴られた頬を手で押さえたまま呆然としている土方に背中を向けた。

 どうやら神楽はワンピースの下に白い水着を着ていたらしく、海で泳いでいた。

 そんな事を知らない土方は力が抜けてしまったのか、遠浅の海にガクッと膝をついた。

 すると、神楽が土方を覗き込み不思議そうな顔をした。

 

「何だったアルカ? 本当に」

 

 まさか自分を心配して助けに来たなどと知らない神楽は、緩んだビキニの紐を結び直すと、呑気に笑っていた。

 土方はそんな神楽の姿に良かったと思う一方、無性に苛立ったのだった。

 

「テメェ、日光に弱いんじゃねェのかよッ!」

 

 そう言うと、土方は神楽に水をぶっ掛けた。

 すると、神楽は目を丸くするもスグにニヤリと笑うと、土方に仕返ししたのだった。

 

「なんか分かんないけど、ここのは太陽じゃないみたいで大丈夫アル!」

「ああ、そうか。クソッ! なら、良かったなッ! 」

 

 二人はそうやって水を掛け合うと、時間が流れるのも忘れて遊んだ。

 水面を蹴っては、高い水飛沫が飛び散る。

 神楽も土方も相手が誰かなど考えていなかった。

 互いの事はよく知らなかったが、そんな事は"楽しい"と言う事実の前では、どうでも良い事だった。

 まるで子供に戻ったように、二人は飽きるまで遊んでいた。

 

 気付けば、大きな夕陽が海の向こうへ沈んで行こうとしていた。

 神楽は土方と少し離れたところに腰を下ろすと、すっかりと赤く染まった海に満足そうな顔をしていた。

 

「海で遊ぶの初めてだったネ。もう、すっごく最高アル。でも、遊び過ぎて日に焼けちゃったかな?」

 

 そう言って、神楽は水着の肩紐をズラして、元々の皮膚の色と比べていた。

 そんな神楽を土方は見る事が出来ず、空に輝きだす星を眺めていた。

 

「俺もガキの時以来だ。こうして何も考えずに馬鹿やるのなんてな」

「ふぅん。夜兎じゃなくてもそんなもんアルカ。勿体無いネ」

 

 神楽は膝を抱えて目を瞑ると、波の音と潮風に微睡んでいるようだった。

 それを横目で見ていた土方は立ち上がり、神楽の肩に落ちていたワンピースを掛けると、コテージの方へと歩いて行った。

 神楽はそれに顔を上げると、水着の上からワンピースを被り、土方の後について帰ったのだった。

 

 

 

 夕食を終え、土方は自室へと戻って来た。

 ようやくホッと息がつけると、土方は部屋のテラスに出て、珈琲を片手に煙草を吸っていた。

 土方は神楽があそこまで大食いだったとは知らず、凄まじい食欲に圧倒されたようだった。だが、何かと騒がしい時間ではあったが、一人で食事をするよりはマシだと思った。

 いくら良い環境に身を置いても、一人きりならば、随分と味気ないものだろうと考えていた。

 神楽が居てくれて良かった。

 土方はたまには騒々しいのも悪くないと思っていた。

 普段も大して静かな環境に身を置いてはいなかったが、真選組と言う組織が人斬り集団である以上、心の底から緊張が解れることはなかった。

 だが、今だけは違う。厄介ごとに巻き込まれたのは不本意だったが、誰も邪魔をしない空間と言うのは、なかなか心身に良い影響を与えると思っていた。お陰で、土方の表情は珍しく柔らかいものだった。その表情だけを見れば、鬼などと恐れられている青年に到底は見えなかった。

 だが、残念な事にこの平穏も長くは続かなかった。

 土方は滞在3日目にして、危機的状況に直面するのだった。

 

 

 

 昼食を終えた後だった。

 土方はリビングのソファーで一服をしようと煙草を取り出し、口に咥えた。だが、その煙草は神楽によってスグに取り上げられてしまった。

 

「未成年にはまだ早ェだろ」

 

 神楽はムッとした顔をすると、それをボキッと折ってしまった。

 

「何してんだ!」

 

 土方はソファーから立ち上がり神楽に詰め寄ると、神楽も負けじと土方に詰め寄った。

 

「言おうと思ってたけど、ここはお前だけの場所じゃないネ! 吸うなら部屋行って吸えヨ!」

「……嫌ならテメェが部屋に引っ込め」

 

 いつもの副長特権をかざして押し通そうとしたが、あいにく相手は真選組とは全く関係のない神楽だ。言ったところで、自分の思い通りに動いてくれる筈がなかった。

 案の定、神楽は怒ってしまい、土方の持っている煙草全てを取り上げようとした。

 だが、土方もそれを取られては困ると、神楽相手に奮闘していた。

 

「オマエ(の煙草の煙)におかされて、私の体がおかしくなったら、どう責任取るつもりアルカ? (この部屋の)中はいやヨ! 外でやってヨ!」

「なんて言い方してんだテメェ!」

 

 二人でギャーギャー揉み合っていると、リビングのモニターにネタ星人が映ったのだった。

 

「殺し合い、よくない。我々は争いを好まない。今すぐやめなければ、ペナルティーを与える」

 

 その声に神楽と土方は掴んでいた手を離すと、モニターのネタ星人の言葉に大人しくなった。

 ペナルティーが何かは分からなかったが、物質をワープさせる能力があるだけに、想像を絶するような何か恐ろしい罰を与えられるような気がした。

 

「まさかニンゲンという生物がこれほどまでに交戦的だったとは。我々の情報は間違っていたのか。とりあえず、この場はこれで収めなさい」

 

 ネタ星人はそれだけを言うと、リビングのテーブルの上に何かを届けてモニターから消えたのだった。

 土方は届けられた一つの箱を手に取ると、ローマ字で書かれている文字を読んだのだった。

 

「GEKIUSU002……何てモン寄こしてんだッッ!」

 

 土方は咄嗟にリビングの窓から浜辺目掛けて箱をぶん投げると、GEKIUSU002と書かれた箱はあっという間に見えなくなった。

 

「オマエ、何捨てたアルカ! あれで仲直りしろって言われたダロ! ぶん投げたって事は、私と仲良くやっていくつもりがないアルナ。もう、知らんアル 」

 

 神楽はそう言って自分の部屋へ戻ると、しばらく出て来る雰囲気はなかった。

 土方は体中の酸素を全て吐き切るような溜息を吐くと、額に手を置きソファーへと腰掛けた。

 

 面倒なことになった。土方はそう思っていた。

 自分の事を大して面倒見が良いとは思っておらず、ましてや少女の扱い方など知らないも同然であった。

 どうするべきか全く分からない土方は、不慣れな事に頭を悩ませていた。

 

「万事屋の野郎はよくやってるな」

 

 神楽と長年生活している銀時に少しだけ感心した。こうなった場合、銀時はどうするのか。土方は考えてみた。

 悪かったと素直に謝るのか、それとも神楽に謝らせるのか。

 そもそも、何故怒ったのか。その原因を考えれば考えるほど、土方は自分に非があるように思えて仕方がなかった。

 ならば、ここは素直に謝ってみるべきか。

 土方はソファーから立ち上がると、神楽の部屋のドアの前に立った。

 そして、軽くノックをすると、望みは薄かったがドアが開かれるのを待った。

 

「なにアルカ」

 

 案の定、神楽はドアを開けずに不機嫌そうな声で答えた。

 土方はとりあえず、さっきのは誤解だと自分の気持ちを口にした。

 

「別に俺はテメェとやり合いたいワケじゃねェ。勘違いされる事をしたのは、なんだ、その、悪かったな」

「……じゃあ、煙草は自分の部屋だけで吸えヨ」

 

 土方はせめてリビングのテラスは許してくれと言うと、神楽は少し考えてからイイヨと答えた。

 そして、僅かに神楽の部屋のドアが開いたのだった。

 

「さっき捨てたの何だったアルカ」

 

 神楽は瞳だけを隙間から覗かせると土方に尋ねた。

 土方はその質問に答えるかどうか迷ったが、神楽のまだ疑うような目つきに、嘘でもいいから何か答えるべきだと悟った。

 

「あ、あれはコンド……」

「コンド?」

「コンドー……近藤さんの使用済みパンツだ」

 

 適当に何とか答えるも、あまりにも出まかせな事に疑われないかと不安になった。

 だが、神楽は妙に納得したらしく、それならブン投げてもおかしくないと言っていた。

 

「オマエ、思ってたよりも悪い奴じゃないアルナ」

 

 神楽は伏せ目がちにそう口にすると、ドアをパタリと閉めてしまった。

 土方は下を向くと、神楽の少し照れくさそうに見えた表情に、僅かながら歯をこぼしたのだった。

 

 ほのかに火が灯ったような、どこか温かい気持ちになった土方は、リビングからテラスへ出ると煙草に火をつけて海を眺めた。

"悪い奴じゃない"

 その神楽の言葉から僅かだが、繋がりを感じていた。少しはこの自分から何かを見出した故に、紡がれた言葉だろう。やはり、良い評価をもらえるのは悪い気はしなかった。

 いい奴になろうなどとは思わなかったが、悪い奴である必要もないと思っていた。

 深く関わり合いになる事はないだろうが、共に過ごす日々くらいは、それなりに付き合っていけたらと土方は考えていたのだった。

 

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