[MENU]

5.灰色ラブレター

 

何部とは書かれてはいないが、以前は部室として使われていた部屋だろう。

神楽は一人でその古びた部室の前に立っていた。

昼休みにお弁当を早々と食べ終わった神楽は、ここに来る為だけに時間を作ったのだった。

戸の向こうに感じる人の気配。

それも一人、二人じゃない。

神楽は小脇に菓子折りを抱えながら、部室のドアに手を掛けた。

 

「高杉ッ」

 

部屋の中には高杉を初め、高杉一派と呼ばれる全員が揃っていた。

気だるい空気に煙草の匂い。

神楽はドアを開けたは良いが部屋の中に踏み込めずにいた。

 

「お前、晋助様に何の用っスか!」

 

来島また子は神楽に近寄るとキツい口調で言い放った。

 

「パピーが、これ」

 

神楽が小脇に抱えていた菓子折りを差し出すと、また子は高杉の方を向き、よく分からないといった顔をした。

 

「入れよ」

 

高杉は部室の真ん中に置かれたソファーで携帯電話をいじりながら、神楽の方は一切見ずに言った。

神楽はまた子に腕を掴まれ室内へ引き込まれると、背後で閉まっていくドアに不安になった。

 

「おい、おめぇら……出て行ってくれねぇか」

 

その言葉に集まっていたメンバーは、誰一人何も言わずに部屋から出ていこうとした。

神楽はそれに嫌な予感がし、自分も菓子折りを置くと直ぐに立ち去ろうとした。

 

「俺に何か用があんだろ」

 

高杉はソファーから立ち上がるとドアに鍵を掛けた。

神楽はそれに焦るも、スキを見せてはいけないと自分を落ち着かせた。

しかし、高杉は鍵を掛けたわりには何も変わらず、またソファーに座ると煙草を片手に携帯電話の画面に夢中だった。

神楽は改めて高杉に菓子折りを差し出すと、助けてもらった事への礼を述べた。

 

「オマエが助けてくれなかったら、どうなってたか分からないアル……ありがとナ。これ、パピーから渡せって」

 

高杉はジロリとまるで睨み付けるように、目だけで神楽を見上げたのだった。

その様子に神楽は、やっぱりコイツは何を考えてるか分からないと恐怖を感じるのだった。

高杉は携帯電話をパタンと閉じ、ポケットへしまうと神楽の差し出す菓子折りを受け取った。

そして、それを適当にソファーの上に放り投げると、神楽の腕を掴んだのだった。

 

「変な事したら、大声出すからナ」

 

その神楽の言葉に高杉はクククと笑った。

 

「誰がてめぇに手なんか出すか。うぬぼれんなよ」

 

そう言われた神楽は、自分の顔がみるみる内に熱くなっていくのを感じた。

高杉は神楽をソファーへ押し倒すと神楽の上に乗ったのだった。

 

「俺がてめぇに興味あるなんて……いつ言った?」

 

神楽は確かに高杉にハッキリと、自分に興味があるなんて言われてはいなかった。

だけど、こないだの朝の出来事。

高杉の言った台詞。

神楽に興味があると遠回しに言ったようなものだった。

 

「じゃあ、なんで私に絡んだネ」

 

神楽は高杉を真っ直ぐに見据えると臆する事なく聞いた。

そんな神楽に高杉はニタリと笑うと、その質問に答えてやった。

 

「理由なんざねぇ。俺は衝動的に動いただけだ。たまたまてめぇが暇つぶしには丁度良かった。それとも、てめぇは俺に他に理由があるとでも思ってたんじゃあるめぇな?」

 

高杉は神楽の上に覆い被さったまま、神楽の顔に掛かる眼鏡を外した。

神楽は高杉のこの行動にいつもどんな意味があるのか気になっていた。

恐怖や嫌悪感など存在せず、視界がボヤけてるせいかは分からないが、高杉の自分を見つめる表情が穏やかにさえ見えていた。

 

「今日は嫌がらねぇな」

 

神楽はワザワザそう言われ恥ずかしくなった。

自分が高杉を少しずつ容認しだしてる事を改めて認識させられたのだ。

悔しいけど、それは紛れもない真実で、不良なんて近寄るのも嫌だったのに、こんな事まで許せてしまう自分が信じられなかった。

 

「まさかてめぇ……俺に惚れたか?」

 

神楽は平気でそんな事を言う高杉が嫌いで仕方がなかった。

感情の読めない瞳、乱暴な言葉、オンナを舐めきった態度。

こんな人間に命を救われた事が……救われてしまった自分が嫌で仕方がなかった。

 

「オマエみたいな不良ッ……誰が好きになるカヨッ!」

 

神楽は高杉を憎しみを込めて睨み付けるも、震える心臓が苦しくて苦しくて仕方がなかった。

許せないほど憎たらしいのに、殴りたいほど嫌いなのに、それを上回るほどに自分の心は高杉の熱を求めている事が分かっていた。

 

「てめぇと俺は住む世界が違う。分かったなら、もう金輪際……関わるな」

 

高杉は神楽を救助したあの日から、教室へ行くことは無くなっていた。

神楽の好きな男は風紀委員の副委員長で、それを知ってる高杉は不良の自分と神楽が関わる事はどんな理由があれ、良いことでは無いと思えてならなかった。

 

真っ白い神楽。

真っ黒い高杉。

両者が相容れないのは勿論の事、周りがそれを認めない。

それにたった一度、神楽を救助したところで、自分の評判が上がる事はまず無いであろう。

むしろ、神楽に迷惑が掛かるかもしれない。

高杉はわざと神楽に乱暴にあたると、自分に二度と関わらせないようにさせた。

だけど、自分の下で揺れてる瞳。

それに心が掻き乱されそうになる。

神楽の自分を見つめる目には、憎しみと苦しみと痛み。

そして、切なさが表れていた。

 

眼鏡の下の神楽の素顔。

もう一度触れたい唇。

 

高杉はフッと最後に優しく笑うと神楽の眼鏡を元の場所へと戻した。

そして、ようやく神楽の上から下りると、部屋の鍵を開けたのだった。

 

「時間だ……」

 

神楽はドアを開けて待つ高杉に何か言ってやりたかった。

本当に乱暴に何かしたなら、二度と関わりたくなくなっただろう。

神楽のラブレターの件をバラしたなら、一生恨み続けただろう。

溺れた自分を助けたのが他の人間なら、こうやって会いに来る事も無かっただろう。

なのにどうして、オマエは優しいのか……もう、何が起きても忘れられなくなってしまいそうだった。

 

最後に柔らかく笑った高杉に神楽は言ってしまいそうだった。

だけど、何もなかったように神楽を真っ白なまま送り出す高杉に、神楽は喉まで出かかってる言葉を飲み込んだのだった。

 

「じゃあナ」

 

神楽はそれだけ言うと、高杉の手の届かないところへ駆け出したのだった。

 

 

 

高杉はその日、いつものように屋上で教師の目を盗み不良行為に勤しんでいた。

いつもつるんでる高杉一派の連中はまだ来ておらず、高杉晋助ただ一人だった。

ここ数ヶ月、また騒動を起こし停学になっていた。

騒動と言っても、人を傷付けるような行為はしておらず、校則で禁止されているバイクの運転が学校側に見つかったのだった。

停学を明けた高杉は久々に来たものの、相変わらず教室に行くことは無かった。

行ったところで、ペースの遅い授業は退屈に過ぎなかった。

高杉は屋上の塔屋の影で煙草を吸いながら、少し心地よい風に気分が良かった。

このまま、仲間が来るまで眠ってしまおうか。

しかし、そんな微睡む中、静寂を切り裂くような叫び声が聞こえたのだった。

 

「バカヤローッッ!」

 

高杉は気分が害された事に少々苛立つと、煙草を口に加えたまま立ち上がった。

声のする方向へ足を向ければ――――真っ白い彼女は真っ白い肌を晒し、グランドに向かって叫んでいた。

あの日と同じように。

 

高杉は顔をしかめるとその背中に向かって歩いて行った。

あの日と何一つ変わらない。

まるでタイムスリップでもしたかのようだ。

高杉は煙草を足元へ投げ捨てると靴で揉み消した。

神楽の背中までゆっくりと近付く。

神楽はそれに気付いてないのか、あの日と変わらずうつ向いている。

高杉は狐につままれたような気分だった。

一体、これは何なのかと。

高杉は一瞬躊躇ったものの神楽の背後から手を伸ばし、神楽の手に持たれてる手紙を取り上げた。

 

――古びた部室で神楽と決別してから、高杉はスグに謹慎処分を受けた。

それは本当にたまたまで、だけど偶然にしては出来すぎていた。

 

“忘れろよ”

 

そう言われているようで、だけど言われるまでもなく高杉は自分の中から神楽を消そうとしていた。

そして、いつの日か会っても何にも思わないくらいに忘れてしまえると思っていた。

だけど、いくら仲間と騒いでいても、一人でいても、朝起きて顔を洗っても、何かを食べても、眠っても。

いつまで経っても高杉の中から神楽は消えなかった。

このままじゃいけないと、高杉は自分に嘘を吐くことにした。

神楽は忘れたと、もう二度と触れ合わないようにと……

 

神楽はあの日と違って高杉に手紙を取られるも、ギャーギャー叫ぶ事も無ければ、取り返そうともしなかった。

ただ何もせずに背中を見せている。

高杉は珍しく震えている心臓に、柄じゃねぇなと苦笑いを浮かべた。

そして、取り上げた手紙に目を落とした。

 

“高杉晋助へ”

 

そこには覚えたばかりなのか、不細工な字でそう書かれていた。

全てあの日と同じに見えるのに、確かに時は進んでいて、ラブレターは役目を果たそうとしていた。

しかし、神楽の拙い字は愛や恋を紡ぎ出すには技量が伴っていないようで、文面からはありきたりな熱量しか伝わってこなかった。

高杉はそれを神楽の前でくしゃくしゃに丸めた。

 

もう、そんな物では足りそうもなかったのだ。

 

高杉は神楽を思いっきりと情熱的に抱き締めた。

自分でも、らしくないとは分かっていた。

だけど、もう高杉を止められる者はいなかった。

二人は何も言葉を交わさずに抱き合った。

高杉は何度目だろうか、神楽の顔に掛かる眼鏡を外した。

すると、端麗な顔立ちの神楽が高杉だけに微笑んだ。

それはとても美しく、壊したくない筈なのに、初めて高杉は自分色に染めたいと願ってしまった。

 

白と黒。

本当に、混ざり合えないのだろうか。

どう足掻いても、一つになんてなれないんだろうか。

もし、水と油のように本当に混ざれないのであれば……

いや、たとえそうであっても、引きあう心はもう既に一つに重なり、溶け出していた。

 

「不良なんて、大嫌いアル」

 

桜色の唇がパクパク動く。

 

「その口、黙らせてやろうか」

 

高杉は顔を神楽に近付ける。

 

「黙らせてみろヨ」

 

挑戦的な神楽に高杉はニヤリと笑った。

そして、静かに目を閉じる神楽に高杉は唇を――

 

「不良は嫌いだけど、高杉は好きアル」

 

それだけを聞き届けると、神楽の唇に重ねたのだった。

 

2011/08/26

 [↑]