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5.気化熱

 

 瞼の裏に黄金色の光が見えた。

 清々しい空気と頬に当たる風の冷たさ。しかし、その体は決して冷えてなどいなかった。

 

 神楽は目を覚ますと、朝焼けの空を見ている沖田の後ろ姿を見た。正確には、朝陽が昇る様子をカメラに収めている沖田の後ろ姿だった。

 神楽は自分にかかっていた毛布を跳ね除けると、沖田の隣まで駆けて行った。

 

「うおー! 綺麗アル!」

 

 そう言って神楽は瞳を輝かせると、その大きな目いっぱいに朝焼けの空を映していた。

 すると、それまでカメラを見ていた沖田は、自分の隣に視線を向けると険しい表情になった。

 

「テメーの顔は涎の跡で台無しだけどな」

 

 神楽は沖田を睨みながら、首に巻いているマフラーで自分の口元を拭った。

 

「オマエこそ何それ? 酷いクマ! 人の事言えないダロ!」

「誰のせいで眠れなかったと思ってんだ」

 

 神楽は知らねぇと言うと、グッと体を反らし背伸びをした。

 

「後は写真選ぶだけアルナ」

「それも俺がやってやらァ。テメーは、野郎に無事に渡すことだけ考えてろ。次泥水被ったら、もう俺は知らねーからな」

 

 神楽は沖田の事を片眉を上げて見つめていた。

 気持ち悪い。沖田がどこか親切過ぎるような気がしていた。

 普段ならいくら自分に非があろうとも、こんなに協力的ではないからだ。

 何か魂胆があるのだろうか。神楽はそんな事を思いながら沖田を見つめているも、この男の考えがさっぱり読めなかった。

 

「じゃあ、俺はもう行く。その涎まみれの毛布はお前が処分しろよ」

 

 沖田は眠たそうに目をこすると、カメラを持って海浜公園から出て行ってしまった。

 神楽は毛布に包まると、あともう少しだけ眠ろうと木製のベンチに寝転んだのだった。

 

 

 

 その後写真集は印刷され、沖田の手元に完成品が届いた。だが、神楽に渡せるのは、休みの前日である23日の仕事終わりで、本郷との元々の期日である24日には何とか間に合うと言ったところだった。

 

 神楽は沖田の仕事が21時には終わると聞き、頃合いを見て万事屋から出て行った。

 

 待ち合わせ場所は、近所の公園。

 神楽は風呂上がりでパジャマの上からコートを羽織ってはいたが、剥き出しの手を寒そうに擦り合わせて沖田を待っていた。

 

「早く来いヨナ! 凍え死ぬダロ!」

 

 まだ見えぬ沖田の姿に、神楽は苛立ちを隠せずに震えながら文句を言っていた。

 すると突然、神楽の両頬が氷のような冷たい何かに包まれた。

 驚いた神楽はギャアと叫んで飛び上がると、頬に触れるそれを払い除けた。

 

「あり? 今ので仕留めたかと思ったが、しくじったか」

 

 背後から聞こえてきたその声に、神楽はこめかみに青筋を浮かべると、仕返しだと言って沖田の背中に両手を突っ込んだ。

 

「やめろィ! ギャア!」

「フン、オマエが悪いアル」

 

 神楽はそう言って沖田の背中の温もりを手の平に感じると、少し幸せそうな表情になった。

 冷たくなった指先がジワジワと温かさを取り戻し、血が巡るのを感じる。

 

「オイ、いつまで突っ込んでんだ。テメーもやられてぇのかよ!」

「ケチくせぇアルナ! 別に良いダロ! 減るもんじゃねーし」

 

 その言葉を聞いた沖田の顔に、薄気味悪い笑顔が浮かんだ。

 

「なら、テメーだって同じだろィ!」

 

 沖田は後ろの神楽を捕まえると、神楽の首や頬をペタペタと触った。

 その沖田の冷たい手と擦れる肌に、神楽はゾクリと体を震わせた。

 いつもならこの後、その手を払い除けて、また終わりの見えない攻防戦が繰り返されるのだが、今日の神楽はいつもと違った。

 沖田のその手を容認したのだった。

 

「写真集はどこネ?」

 

 沖田の神楽を見つめる瞳が、一瞬揺れたように見えた。

 

「……そこのベンチの上だ」

 

 神楽はそうと小さく頷くと、先ほどから体が痺れるような心臓の震えに、戸惑いを覚えるのだった。

 

 少しも今の状況が嫌じゃない。

 他人の、沖田の手がペタペタと自分の体に触れているが、それをくすぐったいと思うくらいで、投げ飛ばしてやろうなどと思ってもいなかった。

 しかし、どれも神楽には理由が解らないのだ。

 それに寒さよりも、今は少し暑いくらいに感じていて、なのにどういうワケか目の前の温もりが欲しいなどと思っていた。

 沖田に対しこんな風に思うことなど、今まで一度もなかったのに何故だろうか。

 神楽は真っ白い息を吐くと、軽い眩暈がした。

 

 写真集の一件を通して、沖田の案外真面目な部分を神楽は垣間見たような気でいた。

普段は腹が立って打ち負かしたくて堪らないのだが、たまにこうやって活躍すると、どこか嬉しくなる自分がいるのだ。

 やる気なんて大して無いように見えるのに、その赤い瞳はあの本郷よりも実のところ燃えているのかもしれなかった。しかし、いくら見えている瞳を見つめても、その考えまでは読めずにいた。

 そんな熱を内に秘めた瞳は、神楽のよく知っている誰かにソックリだと思うのだった。

 

「明日、渡しに行くアル」

「そらそーだろィ。イブだからな」

 

 沖田は白い息を吐くと、暗い空を見上げた。

 そして、神楽に触れている手をズボンのポケットへと突っ込んだ。

 神楽はそれをどこか名残惜しそうに眺めていたが、沖田はそれに気付いていないようだった。

 

「あーあ、俺にもサンタ来ねぇかなァ。人の色恋に奔走してやったんだ。何か良い事ねぇと割りに合わねーや」

「ど、どういう事アルカ! オマエ、何か勘違いしてんダロ!」

 

 慌てる様な声を出した神楽を沖田は見ると、神楽の額にデコピンを一発食らわせた。

 

「タコみてーな顔して、何言ってんでィ」

 

 痛い。神楽は思わず目に涙を浮かべた。そして、額を手で押さえると、悔しそうな涙目のまま沖田を睨みつけた。

 

「そんなんじゃねーアル! 尚とはただの友達ネ。あ、あいつだってそう思って――」

 

 だが、神楽の脳裏にこの公園で見た、焼けるような熱い瞳が蘇る。

 あれは強い感情の込められた瞳で、神楽を溶かしてしまう程の熱量を感じていた。

 神楽もさすがにあれ程の瞳に見つめられれば、理由が何であるかは薄々気付いてはいた。だが、神楽にとって本郷は友達なのだ。いつまでも楽しく会話をして、楽しく遊ぶ友達。

見つめ合う以上の事なんて、微塵も望んでなどいなかった。

 

「テメーはそう言っても、アチラはそうもいかねぇだろ。特に明日なんざ、ただお喋りして終わりってワケにはなァ」

 

 神楽は赤い頬で、涙を浮かべて沖田を見ていた。

 自分でもこの胸に渦巻く感情が、悔しいものなのか、悲しいものなのかよく分からない。そんな複雑な乙女心は、神楽本人にとっても難解なものであった。

 

「まぁ、ガキはガキ同士仲良くお手々繋いでデートすりゃ良いだろィ」

「……お、オマエもついて来いヨ。だって元はと言えば、オマエが私にぶつかって」

「最後の尻拭いくらいはテメーでやれ。なんならその重たそうなケツ、ぶっ叩いてやろーか」

 

 神楽は自分の尻を手で隠すと、沖田から距離を取った。このどS男なら本当にやりかねないと思ったからだ。

 

「失礼アルナ! 重くねーヨ! 小振りな尻が私の売りネ! それに、別に一人で余裕アル!」

 

 神楽はベンチに置いてある包装された写真集を手に取ると、逃げるように公園から出て行った。そんな神楽の姿を沖田は面白いと頬を緩ませ眺めていた。

 

 

 

 街はすっかりクリスマスを思わせる恋人達で溢れ、あちらこちらで楽しそうな笑い声が聞こえていた。

 そんな街ゆく人々を神楽は普段は行かない小さなカフェの窓際で、飲み慣れていない紅茶を口に含みながら眺めていた。

 

「なんで男はどいつもこいつも私を待たせるアルカ」

 

 神楽はキレイに包装された写真集と、洗剤の香りがするマフラーをテーブルの上に置いて、本郷が来るのを待っていた。

 すると、目の前を背筋を真っ直ぐと伸ばした少年が通り過ぎた。そして、カフェのドアが開く。

 

「神楽ちゃん、ごめんね」

 

 少し息の切れた本郷は赤い鼻先がとても寒そうで、神楽は思わず駆け寄ると、借りていたマフラーを本郷の首に巻いたのだった。

 

「他に持ってないのに、何で貸したアルカ」

「……最近は寒さにも、少し慣れたんだけどね」

 

 そう言って微笑んだ本郷に、神楽の心臓はうるさく騒ぎ立てた。

 神楽は顔を見られない様に慌てて席に着くと、ぷいっと顔を窓の外へ向けた。

 本郷も続いて神楽の正面に座ると、2人はすっかりとクリスマスを満喫する恋人同士のようだった。街ゆく人々と何ら変わりはない。

 店の外から自分達はどんな風に見られているだろうかと、神楽は少しだけ気になった。

 

「実はね、遅れたのには理由があるんだ。選ぶのに時間が掛かっちゃって」

 

 本郷はそう言うと、テーブルの上に小さな包みを置いた。

 何が入っているのだろうか?

 神楽は黙ったままそれを丸い目で見ていると、本郷が小包みを手に取り神楽に向かって差し出した。

 

「クリスマスプレゼントだよ。開けてみて」

 

 神楽はうんと頷くと、ドキドキと胸を高鳴らせながら包み紙を開けた。

 

「もらって良いアルカ!?」

 

 包み紙の中から出てきたのは、ざっくりと毛糸で編まれた臙脂色の手袋だった。

 神楽はそれを手に着けると、キラキラした瞳で手袋を眺めていた。

 そんな神楽を見つめる本郷も嬉しそうに笑っていた。

 

「でも、何でくれるアルカ? 見返り求められても私、おまえにやれるものなんて無いアル」

「良いんだ。僕が神楽ちゃんにプレゼントしたかっただけだから」

 

 神楽は本郷の言葉に嘘がないと知っていた。いつでも真っ直ぐな瞳がその証拠だった。

 神楽は本郷に礼を言うと、今度は自分の番だとラッピングされた写真集を本郷に差し出した。

 

「同じ写真集は手に入らなかったから……その、代わりのものを作ったアル」

「作ったの?」

 

 本郷は素っ頓狂な声を上げると、早く包装紙を開けたいのか執拗に写真集を触っていた。

 

「オマエは写真集いらないかもしれないけど、妹に渡してやって欲しいネ。喜んでもらえるかはビミョーだけど」

 

 神楽はそう言うと、すっかり覚めてしまった紅茶を口に流し込んだ。

 

「妹にって事だけど、僕が見ても良いかな?」

「それは全然構わないアル」

 

 本郷は包み紙を丁寧に開くと、中から写真集を取り出した。

 神楽もこの時、初めて完成品を目の当たりにした。表紙を見れば、江戸の空を写した綺麗な青空の写真だった。

 同じだ。神楽は沖田が、本当にあの汚してしまった写真集の真似をして作った事を知ったのだった。

 だが、それ以外は分からない。

 本郷がページをめくる度に変わる表情から窺い知ろうと、神楽はジッと見つめていた。

 

 目を輝かせたり、見開いたり、温かい眼差しだったり、目を細めたり。

 何を見ているのだろうか。

 神楽が川で作った虹の写真や、ターミナルの夜景。海浜公園での朝陽。他に沖田が何を撮っていたのか、神楽は思い出そうと試みるも殆んど記憶になかった。

 

「尚の貸してくれた写真集と違って江戸の街だけど、キレイだって思うものを集めたネ」

 

 本郷は聞こえていないのか、何も答えずに写真集を見つめていた。

 

「尚?」

 

不安になった神楽が本郷の名前を呼ぶと、ようやくその視線は神楽へと向けられた。

 

「本当に……こんな色んな表情を見せるなんて知らなかったよ」

「ダロ? 江戸の街もなかなか良い景色撮れるアル!」

 

 本郷は神楽の言葉に困ったような顔で笑った。

 

「きっと僕が撮ってもダメなんだろうな。羨ましいよ」

 

 どこか悔しそうな本郷は、そう言って写真集を閉じた。

 

「これは妹じゃなく僕がもらっても良いかな? 妹には別の物をプレゼントするから」

「そんなに気に入ってくれたアルカ!?」

 

 本郷は照れ臭そうに頷くと、写真集を片付けてテーブルの上で手を組んだ。どこかその様子は落ち着きがなく、神楽は何事かと思い見ていた。

 

「神楽ちゃんと……僕は神楽ちゃんと、ずっと仲良くしていきたいんだ。大切な友達だから」

 

 赤い頬でゆっくりとそう言った本郷に神楽は満面の笑みで頷いた。

 

「私も尚とずっと友達でいたいアル」

 

 本郷とはずっと仲の良い友人でいたい。これは神楽の本心であり、変わらずに持ち続けている想いであった。

 だが、本郷はやはり悔しそうな顔になると、頬をポリッと掻いたのだった。

 

「そうだよね。ずっと友達……」

 

 本郷は神楽に聞こえない声で呟くと、荷物を持って席を立った。

 

「じゃあ、僕は今から妹への贈り物を見に行くから」

「えっ? 私も一緒に見なくて良いアルカ?」

 

 立ち上がった本郷を神楽は大きな瞳で見上げると、いつもの本郷と様子が違うことに気が付いた。

 神楽を見下ろす目は痛々しく、顔を強張らせているのか引きつって見えた。

 神楽はこの様な表情の本郷を、今まで一度も見たことがなかった。いつだって神楽を見つめる瞳は、真っ直ぐで擦れてなどいない強い眼差しだったのだ。しかし、今の本郷はその目に光を宿してはいなかった。

 神楽は顔を熱くさせると、急いで椅子から立ち上がり本郷の腕を掴んだ。

 

「どうしたネ? 尚?」

 

 少し騒がしい2人に店内中の注目が集まった。それに気付いた本郷は、優しい顔付きで神楽の手を自分の腕から外したのだった。

 

「きっと今日の僕は、神楽ちゃんを独り占めしようとするよ? それでも構わないなら一緒に来て欲しい」

 

 神楽の心が震えた。

 いつもは勝ち気で強気な神楽だが、この時ばかりは顔を真っ赤にさせて唾すらも飲み込めないでいた。

 いつか見た熱い瞳とは違う。諦めにも似た深く暗い瞳が神楽に向けられている。

 独り占め――その言葉の意味はだいたい察しがつく。ただの友達でいたいなら、独り占めなどされてはいけなかった。

 神楽は本郷の事は嫌いではなかった。いや、好きであった。だが、その好きは特別なものではないのだ。銀時も新八も定春も好き。順番で言えば、それの少し後くらいの好きなのだ。特別でない内は、独り占めしたい本郷と共には過ごせなかった。

 

「あのっ、私、まだよく分からんアル。けど、オマエの事は……」

「写真集ありがとう。大切にするよ。それと、写真を撮影してくれた彼にもお礼を言っておいて。とても美しい写真だったって」

 

 本郷はマフラーを巻き直すと、写真集を小脇に抱えて入って来たドアから出て行った。

 残された神楽は口の中の苦味に顔を歪めると、どうして本郷は沖田が撮影した事を知ってるのかと、不思議に思っていた。

 

 

 

 あれから。神楽はカフェを出ると、本郷からもらった手袋を着けたまま万事屋までの道を歩いた。

 少しお洒落をしてカフェに入って、男の子と待ち合わせしてプレゼントを交換して……クリスマスイブを年頃の少女らしく過ごしたと言うのに、どうも気分は曇っていた。今にも雪が降り出しそうな心模様は、温かい肉まんでも食べれば晴れ渡るのではないかと、神楽は考えていた。

 

 お洒落なカフェよりも、万事屋のコタツでチャンネル争いをしている方がずっと楽しいし、飲みなれない紅茶よりも、缶のホットココアの方がずっと口に合う。

 神楽は万事屋へ帰る前に、恋しいとコンビニへ立ち寄る事にした。

 

「テメー、こんなとこで何やってんでィ」

 

 コンビニに着けば、店の前で温かそうなドリンクを飲んでいる沖田に出くわした。

 何やってると聞かれても、別段何かしているわけではなかった。

 

「オマエこそクリスマスイブに一人で何してるネ。寂しい奴アルナ」

「どっかの旦那と一緒にするな。俺は休日もこうして自主的に見廻りしてるだけでさァ」

「嘘吐けヨ。サボってばっかのオマエが休みの日まで働くわけないダロ」

 

 沖田は神楽の言葉に言い返す事はせずに、片手に持った肉まんを頬張っていた。

 その沖田の姿に神楽はギュルギュルとお腹を鳴らすと、恨めしそうに涎を垂らして肉まんを見ていた。

 

「それより、写真集はどーなった?」

「渡したアル」

 

 神楽は言葉数少なくそう答えると、沖田は不敵な笑みを浮かべた。

 

「その面は、さては振られたな」

「は、はぁ? 何言ってんダヨ! 意味わかんねーアル」

 

 神楽は白い肌を赤く染めると、自分でも誤魔化し切れていないだろうと分かっていた。

 

「まぁ、テメーみたいなじゃじゃ馬を乗りこなすには、よっぽど調教が必要だろうからな」

 

 神楽はむすっとした顔で沖田を睨むと、沖田の持っている肉まんに噛り付いた。

 

「あ! 何すんでィ!」

「見せびらかす方が悪いダロ。こっちは年中腹減ってんダヨ! それより、オマエ何の写真を選んだアルカ? もしかして、自分の写真選んだんじゃねーだろーナ?」

 

 神楽はずっと気になっていたのだ。何故、本郷が沖田が撮影した事を知っていたのか。

 

「気持ち悪い事言うな。野郎の見る写真集に誰が自分の写真載せるかよ」

「じゃあ、尚は何で……」

 

 神楽は空を見上げた。

 先程からやけに寒いと思っていたら、どうも雪が降り始めたらしい。

 白い小さな雪は風に煽られると、フラフラと神楽の頭や顔については消えていった。

 

 同じ頃、本郷もまた江戸の空を見上げていた。

 降り出す雪に足を止めると、片方の手の平を天に向けて差し出した。だが、どんなに頑張ってもその手に雪を掴む事は出来なかった。

 この身が熱ければ熱いほど、捕らえる事は叶わないのだ。体温に溶かされ、跡形もなく消えて行ってしまう。このまま胸を焦がす熱い想いも全て、消してはくれないだろうか。

 本郷は、手の平に残る小さな雫を見つめていた。この熱ごと奪ってくれと――

 

 立ち尽くす本郷の小脇に抱えられた写真集。

 その後半のページは、神楽の写真で埋め尽くされていた。

 怒った顔、笑った顔、沈んだ顔、眠る顔。どれもこれも自分が見たことのない、新鮮で美しい表情だった。それを写真に収める事の出来る人物は、きっと誰よりも神楽を理解しているのだろう。

 本郷は、そんな神楽の表情を引き出せる沖田に、悔しさと羨ましさを感じていた。

 

 

 

 神楽はまだコンビニの前で肉まん片手に雪を眺めていた。先程よりも降る雪の量はだいぶ増え、地面には薄っすらとベールが掛かっていた。

 隣の沖田は自分の体を抱きながら、赤い鼻先で空を見上げていた。

 

「あーあ、てめぇのせいで帰りそびれただろ。風邪引いたらどーすんでィ」

 

 神楽は肉まんを口に入れると、モグモグと食べながら沖田を見た。

 

「そん時は温めてやるから心配すんナ」

 

 沖田の表情が一気に歪んだ。変なものでも見るような顔で神楽を見つめると、体をブルっと震わせた。

 

「オマエの好きなタバスコで体拭いてやるアル。後はタバスコ粥に、タバスコ風呂でしょ。大丈夫アル! 看病は私に任せろヨ」

 

 にっこりと笑った神楽に沖田はニヤリと笑うと、神楽の持っている肉まんを取り上げた。

 

「ゴルァ! 返せ! 私のアル!」

「てめーも少しは色づいたかと思ったが、食い物の事ばかりだな」

 

 神楽は沖田の頭に齧り付くと、既に沖田の胃の中へと消えて行った肉まんを恋しく思うのだった。

 

2013/11/23

 

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