4,神楽side
ずっと他人ごとだと言って透明な殻の外から見ていた世界。そこに神楽は身を置いていた。恋愛という形のない不思議な空間だ。全てが手探り状態であった。
沖田の熱い唇、自分のものとは違う大きな手――――それが体の上を滑って刺激を与える。
「痛いッ!」
神楽は急いで身を起こすと涙目で体を抱いたのだった。沖田の乱暴な指がパンツの中を這いずり回ったのだ。デリケートな部分なのだからもっと大切に扱って欲しいと神楽は…………言えずに『痛い』と言う言葉でいつも片付けていた。
「今日はもう帰るアル……」
なんとなく悪くなった空気に神楽は沖田の家を飛び出すと、自宅へと逃げ帰ってしまった。もうこれで三度目である。次は…………こうして次のことを考えると少々胃が痛くなる。
なんで……上手くいかないアルカ?
小鳥のさえずりのような可愛いキスをして、それから胸を触られて…………そこまでは順調なのだが、いつもその先が上手くいかないのだ。
自宅へ戻った神楽は制服のままベッドに倒れこむと、沖田が乱暴に触った下腹部へと手を伸ばした。触られること自体は嫌いではない。寧ろ嬉しく思うのだ。そこにはもちろん恥ずかしさはあるのだが、それでも触れられる悦びを感じていた。それなのに沖田の指はいつだって何の考えもなしに中へ入ろうとする。神楽としてはそう焦るなと思っていた。それに気持ち良い所はそこじゃないと、もっと女性の体を知ってくれと思っていた。たとえば、こんな所に触れるだとか――――――
神楽は右手をパンツの中へ突っ込むと、クリトリスを優しく擦って刺激した。ふわっと体が軽くなる。すぐに割れ目は濡れて、指が肌を滑っていく。溢れ出る愛液に塗れ、指を軽く動かすだけでクチュクチュと音が漏れ出るのだ。
「そうごッ…………」
甘い声で愛しい彼の名前を呼んだ神楽は、苦しそうな呼吸で更に指を小刻みに動かした。敏感なカラダ。決して扱いにくいとは思わない。だからこそ思ってしまう『自分なら、こんなに上手に出来るのに』と。一体、いつになれば沖田と体を結ぶことが出来るのだろうか。クリトリスを擦る神楽はそんなことだけをただひたすら考えていた。
「あッ……きもちいアル…………」
神楽はあっという間に果ててしまうと、ベッドの上で目蓋を閉じるのだった。
◇
あれだけ騒がしかった噂話もすっかりと落ち着いた頃。神楽は昼食を食べ終わると、更に何かパンでも食べようかと売店に向かっていた。そして、目当てのメロンパンを手にすると、たまには屋上でのんびり楽もうと一人で階段を上がるのだった。
ドアを開けると少し強めの風が吹き、スカートが舞い上がった。しかし、誰も居ないのを確認すると神楽はスキップで屋上の真ん中へと躍り出て、そして大の字に寝転がると空を仰ぎながらメロンパンに齧り付いた。
「沖田くんって凄いのな……」
急にそんな声が風に乗って聞こえてきた。神楽は慌てて体を起こすと…………塔屋の影からこちらを見ている白衣の男が目に入った。
きっと今の発言は、風で大きくめくれ上がった神楽のスカートの中を見ての発言だろう。神楽は担任である銀八へ駆け寄ると、ドロップキックを食らわせたのだった。
「んだとゴルァ! 今、何言ったアルカ? 沖田が何って? ああッ!?」
そう言って神楽が銀八の胸ぐらを掴むも、全く堪えていない目がこちらを見下ろしていた。咥え煙草で冷めたような眼差し。神楽は手を離すと塔屋の壁に寄りかかった。
「……パンツ見たアルカ?」
「見るなって方が難しいだろ」
確かにそうである。隠す気もなかった自分の落ち度だ。
「でも、まあ……俺は好みじゃねえから。そういう子供パンツって言うの? もっとこう、なんつうか…………」
銀八は煙を吐くと、神楽の隣に並んで立った。
子供パンツなんて履いている覚えはないのだが、反対を言えば大人パンツと言うものでもなかった。多分、銀八が言っているのは、紐みたいなヤツとか何かそういうものだろうと神楽は思った。
「……で、あれからどうよ?」
今更それを聞くかと神楽は、銀八を見上げると眩しそうに片目を瞑った。
「知ってんダロ? あれだけ噂なってたネ。当たって……砕けなかったアル」
しかし、神楽はそれを笑顔で報告できなかった。今ぶち当たっている問題のせいなのだ。
「上手く行ってんの?」
銀八の鋭い視線が突き刺さる。だが、これに対して正直に答えるつもりもないと、神楽は嘘を吐いた。
「うん、上手く行ってるネ。そんなの当たり前アル」
きっといつものように笑えている。銀八へと引っ付いて腕を組んでいたあの日々と変わることなく。しかし、眼鏡のレンズ越しに見える目が神楽の心臓の動きを止めた。全てを見透かしたような、昔からよく知っているような鋭く深い眼差しだ。
「お前のその面見て分かんないヤツなんていんの? 上手く行ってないって書いてんだろ」
神楽はすぐに観念すると下唇を噛み締めて俯いた。
それはバレてしまった事への悔しさもあるのだが……それだけではなかった。この顔を見ても『上手く行っていない』と気づかない身近な人間への不信感だ。沖田は神楽の悩みに気付いていない。と言うことは、この自分を見てくれていないのではないか、と不安な気持ちが膨らんだ。
沖田が神楽をいつまでも抱かない理由――――――それは好きじゃないから。そうじゃないかと疑ったのだ。
「相変わらず喧嘩ばっかりやってんのか?」
煙草の煙を吐き出しながら銀八が問えば、神楽も顔を上げて軽く首を傾げた。
「…………そうじゃねえアル」
「なら、あちらさんに女でも出来たとか?」
神楽は目を大きく見開くと銀八を見つめた。その線は全く疑っていなかったのだが、もしかすると他に女が居るから抱かないのではないか。そう思ったのだ。
「やっぱり居るアルカ? 女!」
「いや、知らねえよ! なんで俺が沖田くんの女性関係を把握してると思ってんだよ。つうか……」
銀八は煙草を消すと、ズボンのポケットから棒付きキャンディーを取り出した。そして包み紙を剥がして口へ突っ込むと、聞き取りづらいがこう言った。
「キスとかしたの?」
神楽はその質問には顔を赤くすると、顔を銀八とは反対方向へと向けた。
「う、うっさいアル。カンケーないダロ」
しかし、そうは言ったが沖田のことを相談するなら銀八以外にいないと思っていた。クラスメイトには言えない。親兄弟になんてもっと言えない。神楽は再び銀八を見ると幼い子供のような表情をした。
「なぁ、銀ちゃん……あいつ、ビョーキかもしれないネ」
すると銀八の顔は歪み、何かを考える顔つきになるとゆっくりと目玉を動かし神楽を見た。
「あれか? つまり、セックスしてないってこと?」
「ド直球アルナ! でも、うん……そういうことアル」
しばしの沈黙が流れる。屋上に吹く風が神楽のスカートと髪を揺らす。穏やかな空気が流れているような錯覚に陥るが、昼間からとんでもない話をしているのだ。しかし、もう避けては通れないと神楽は腹をくくっていた。セックスが上手くいかない事が理由で別れたくはないのだ。
「あの年齢で勃たないってことは絶対にないな……もしあるとするならお前の……色気の問題じゃねェの?」
何となく気付いてはいたのだ。自分の未成熟な体と、どこか乳臭い態度。いい大人の女なんてものとは正反対の所にいて、触れられる度に『痛い』と叫ぶ。改めて考えれば、それで興奮しろと言うのはドSとは言え厳しいのだろう。神楽は思わず頭を抱えそうになった。原因があるとするならこの自分自身なのだ。
そんな神楽を見ている銀八は棒付きキャンディーを舐めながら、死んだ魚のような目で言った。
「どうせ『よっしゃ! 来いやァア!』とか言ってんだろ? せめて色気出す努力くらいしてみろよ」
さすがにそんな事を言いはしないが、甘い言葉など告白の一件以降、何一つなかった。それは沖田も同じである。言葉が足りない。色気が足りない。それではどうやったって体を結ぶことなど不可能なのだ。
しかし、神楽も興味が無いわけではない。胸を触られて気分が好くなると、もっと深い所まで触られたくなったりする。だが、いつだってそれは痛みの伴うもので、なかなか上手くはいかなかった。
色気さえあれば全部上手くいくアルカ……?
「でも、どうやるかなんて分からんアル。教科書もないし、そんな勉強どこでやったら良いのかも分からんアル……もう分からないことだらけネ」
「それはつまり……教えろって意味で良いんだよな?」
特に真面目でもなく、どこかふざけたような声が降ってきた。神楽の顔は自分のつま先に向いていて、銀八がどんな顔をしてそれを言ったのかを知らない。そのせいなのか神楽の答えは『Yes』であった。
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