桃色傀儡

 

11,沖田side


 突然の雨に見舞われたあの日。沖田は初めて神楽の口を犯した。それは今まで気持ち好いと思っていた手コキの何倍もよく、だがどちらも好きであった。つまりは神楽が触れてくれるのであれば、なんでも良いのだ。今週末も会う約束をしているのだが…………今からそれを考えるだけでたぎってくる。

 しかし、その予定は神楽の一言で白紙になった。

「今週末、お前んちに行けなくなったネ」

 昼休み、廊下に出た所で神楽に声を掛けられたのだ。沖田は少し考えて神楽の腕を取った。もう少し人気のない所で話したいと思っての行動だ。

「こっち来い」

「はあ? なんでアルカ?」

 そう言って嫌がった神楽ではあったがは大人しくついてくると、二人は体育館裏に移動した。ここまでくればもう良いだろうと沖田が白い腕を離すと、神楽が訝しげにこちらを見ていた。

「何アルカ?」

「こないだの……俺にやったアレが嫌だったわけじゃねーだろ?」

 沖田としては無理矢理に神楽の口を使ってしまった事が、心を離してしまった原因ではないかと疑ったのだ。すると神楽はハハハと笑ってみせた。

「違うアル! そうじゃないネ。ちょっと…………用が入っただけネ」

 いつも通りの神楽で安心した。どうも本当に用事が入っただけらしい。

「……次会う時は、もっとお前が悦ぶことしてやるネ。ちゃんと溜めて待っとくアル」

 そんな事を言って神楽がこちらに近付いてくるものだから、沖田は体を引き寄せるように抱くと口づけをした。だがそれだけで終わらない。神楽の尻に回っている手が悪さをし始めたのだ。スカートを捲って、下着の上から尻を撫でる。

「お、おいッ……学校ダロ……」

 神楽は諌めるように言ったが、それが余計に欲情を煽った。

「どうせ誰も見てねえだろ?」

「そういう問題じゃないアル…………」

 だが、ここで火がつけば収まるまでに時間が掛かる。沖田は神楽のパンツの縁をなぞりながら真面目に考えると、ここではやはりダメだと大人しくなるのだった。しかし、やめた途端に神楽の顔が物欲しそうな、媚びるようなものに見えてくるのだ。

「触って欲しかったのかよ」

「は、はあ? 誰も言ってないダロ!」

 怒ってそう言った神楽であったが、沖田の背中へと回した手を解くことはなかった。

「あー……次の授業、欠席するか」

 そう言って再び沖田の手が動き、神楽のパンツ脇から中へと指が入っていく。すると程なくして指先に水分が付着した。背中に回された神楽の手に力が加わる。

「やめろ……ダメって言ってる……アル」

 だが、沖田の手は止まらず神楽の肉に埋もれていくと、ピチャピチャと音が立ち始めた。それと同時に神楽の甘い声が耳に入る。

「そ、うご……やめッ……んんッ……きもちいアル……」

「堪んねーや……」

 沖田の下腹部にも熱が集まる。体育館裏とは言え、授業の準備に来る生徒がいないとも限らない。なのに、もう止まらないのだ。

 沖田の頭に先日の雨の夜が思い起こされる。絡んだ舌、柔らかな口穴。想像するだけでまた堪能したいと喉が鳴る。沖田は神楽の太ももに熱の塊を押し付けると耳元で囁いた。

「やめて欲しくねーんだろ? テメーも……」

 すると神楽は沖田の肩に顔を埋め、小さく頷いた。

「もっと……グチャグチャにして欲しいアル……」

 正直に言葉を口にした神楽に沖田はニヤリと笑うも、その言葉通りにしてやるつもりはなかったのだ。焦らして、苦しむ顔が見たいと思ってしまった。サディストの片鱗が顔を覗かせる。

「なら、その前に俺のをしゃぶれよ」

 神楽の顔がこちらを見る。少々嫌そうに眉を寄せるも黙って足元にしゃがむと、沖田のズボンのファスナーを下ろした。そして、下着の中から熱の塊を導き出すと、神楽は目を伏せて小さく舌を這わすのだった。

 ピチャピチャと卑猥な音が聞こえる。もったいぶったような舐め方に沖田も呼吸を荒らげた。技術的な気持ちよさはそうでもないのだが、あの神楽が自分に跪いているのだ。その姿を見ているだけで達してしまいそうであった。

「いい面でさァ。こっち向けよ」

 すると神楽の潤んだ目がこちらを睨みつけた。だが、赤い頬は興奮を隠しきれず沖田のモノで口腔内を刺激され、性的に感じているようであった。

 そんなことを考えながら見ていると腰が勝手に動き、またしても神楽の喉を犯すように沖田は擦りつけた。

「んッ……ぐッ…………」

 苦しそうな神楽の声が聞こえて来たが、もう止まらない。沖田は神楽の頭を押さえながらひたすら陰茎を突っ込んだ。すぼまった唇が竿をしごく。そして、柔らかな舌に擦れるたびに言い様がない興奮が身を包む。普段は物を食べ、言葉を喋る口が男を慰める道具として扱われている事に堪らなく勃起するのだ。

「あ、イク……」

 喉の奥に浴びせた精液に神楽がむせた。そして、口の中からゲホゲホと精液を垂れ流すと、涙と白濁液が混ざり合いなんとも淫らな表情に見えた。

「…………私、保健室行ってくるアル」

 フラフラと立ち上がった神楽の後ろ姿を目にして、沖田はそこでようやく罪悪感が芽生えた。神楽が苦しんでいる姿に欲情し、もっと嫌がる顔を見たいと思ってしまった。果たして今の行為に愛情はあったのだろうか。沖田はただ神楽を《性処理の道具》としか見ていなかった事に気が付いた。だが、もう遅い。神楽は沖田から逃げるように保健室へ向かってしまったのだ。

 やっちまった……

 だが、そんな言葉では済まないことはもう分かっていた。断れない神楽が悪い、と責めることだけはしない。自分がきっと悪かったのだ……きっと……

 沖田は神楽を追いかけて行こうかとも思ったが、今は神経を逆撫でるだけかもしれないと追わない事にした。何よりなんて言葉をかければ良いのか分からないのだ。謝って済む問題とも思えないが……だからと言って謝らないわけにもいかない。

 体だけ妙にスッキリした沖田は、地面に溢れている白濁液を苦々しい表情で見つめているのだった。


 授業も身に入らない。沖田は神楽のいない、空いている席を頬杖をつきながら横目で見ていた。

 酢昆布でも持って頭下げに行くか……

 そう思っているのだが、非常に馬鹿げていると思ったのだ。フェラチオをさせて悪かった、そんなふうに謝るのは滑稽以外の何ものでもない。沖田は溜息をつくとふと窓の外……向かい合っている校舎の三階に目をやった。

「あ……?」

 今、一瞬だが端の教室のドアに吸い込まれて行った人間が神楽に見えたのだ。だが、そんなはずはないと見間違えたと思うことにした。それほどまでに頭の中が神楽で溢れているのだろう。だが、この約三十分後。それが見間違いでないことを沖田は知るのだった。



 教室へと戻ってきた神楽の様子。目を合わせない。他にも染み付いた煙草のニオイ。微かに赤い頬。そして、神楽が出て行った後からドアを開けた――――――銀八の姿。

 

 真夜中。ベッドの上で天井を見つめている沖田は、朝まで眠れそうになかった。今日見た光景が、神楽の様子が、疑念を呼んだのだ。

 神楽は具合が悪いと保健室に向かったはずなのに、何故か国語科準備室から出てきて……そして、銀八も出てきた。もしかすると何か相談をしていたのかもしれないが、それでも沖田は嫌だと思ってしまった。神楽が自分以外の男と二人だけで会うことに対してだ。しかも密室である。他の生徒はみな授業中で邪魔するものの居ない環境。それも煙草のニオイがこびりつくほどの時間、共に過ごしていたのだ。

 だが、神楽に限ってそれはないと信じている。自ら口を使って奉仕するくらいなのだから、俺に心底惚れている……そう思っていた。それなのにそれすらも銀八に仕込まれたものなのではないかと疑う気持ちが湧いてくるのだ。沖田は寝返りを打つと奥歯を噛み締めた。

 あいつ、週末どこに行くつもりだ?

 こんなことを考える自分に反吐が出る。醜い束縛だ。焼けつくような胸に思わず体を起こすと、自分の左側……何もないシーツの上に目をやった。初めて夜を越えた日。ここで神楽が眠ったのだ。あの夜からまだそんなに時間が経っていないのに、神楽の気配は少しも残っていなかった。だが、これも自分が神楽に対して体を求めすぎた結果のような気がしていた。

 結局、こんなことがあって沖田は神楽には謝ることが出来なかった。

 

 どうにもならない方向に歯車が回り始め、あとはバラバラに分解されるだけのような気がした。それでもどうにか繋ぎ止めたいと躍起になってみたい。ぶち破れるだけの原動力が欲しいのだ。

 やはり神楽に直接問い質す以外に術はないのかも知れない。それを鬱陶しいとウザがられ、小さい男だと鼻で笑われても、構わないと言えなければ神楽との明日はないのだろう。

 沖田はやるせない気持ちに包まれた。たとえ、必死になったとしても神楽の気持ちがこちらに向いていなければ全て意味がないのだ。全く、何一つ意味がないのだから。