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修羅場:02(銀八side)

 

 仕事終わりに銀八は新八と会う約束をしていた。神楽の元カレかどうか探る為だ。だが、あの新八だけは絶対にないと確信していた。

 適当な居酒屋に新八を呼び付けた銀八は、何も知らずにやって来た冴えない眼鏡姿の新八を手招きした。

「おい、こっちだ。ぱっつぁん」

「銀さん、久しぶりですね」

 新八はテーブル席に座る銀八の向かいに腰を下ろすと、お腹が空いたなどと呑気に言った。この様子じゃやはり絶対に新八ではないと思ったが、銀八は眼鏡を光らせるとメニューを見ている新八にさりげなく話を切り出した。

「そういや、他の連中とは会ってんのか? 神楽とか九兵衛とか」

 すると新八はああと適当に返事をして、店員を呼び出すボタンに手を伸ばした。

「割とよく会ってますよ。姉上に会いに二人ともよく来ますからね」

 そう言うと、伺いに来た店員に料理を注文したのだった。

 大学生になったと言うのにどこか垢抜けない姿。そんな新八が神楽と交際していたとはとても思えない。仮に交際していたとしても、手すら握れなかったに違いない。そんなことを考えると銀八は、適当に食事をしたら今日は帰ろうと思っていた。

「あっ、そう言えば神楽ちゃん……」

 おしぼりで手を拭きながら新八が、突然神楽の名前を口に出した。

「なんだよ。神楽がどうかした?」

「いやー、まさかアイドルになるなんて思ってもみませんでしたよ。同級生がアイドルかぁ」

 そう言った新八の表情は思春期の男子そのもので、更にそこにアイドルヲタク特有のベチャっとした脂臭いものが付けたされて見えた。

 コイツ、そういやアイドルヲタクだったな。

 それを思い出した銀八は新八と神楽の交際など微塵も疑ってはいなかったが、念の為に聞いてみた。

「あのさ、お前。神楽に惚れてるって事はねぇよな?」

 すると新八の顔色はみるみる内に赤くなった。

「ぼ、僕がですか? 何言ってるんですか銀さん。言っておきますけど、僕は頑張り屋で歌も上手くて、う◯こもしないお通ちゃん一筋ですから! アイドルなのにゲロを吐くなんて、まずあり得ませんよ!」

 しかし、こちらを一切見ない新八に銀八は、それらが嘘であることを見抜いた。

「だからお前はいつまでたっても童貞なんだよ。アイドルだってクソもすれば、ゲロも吐くだろ」

「どどどど童貞ちゃうわッッ!」

 激しく動揺する新八は、勢いよく椅子から立ち上がった。

「何が言いたいんだよォオオ! 僕は寺門通親衛隊隊長・志村しん……」

 立ち上がった勢いで新八の鞄が床へと落ちてしまい、中身が辺りに散らばった。それに目をやった銀八は、見慣れた少女の写る雑誌やDVDがあることに気が付いた。それに静かに手を伸ばすと、白眼を剥いている新八へと何食わぬ顔で差し出した。

「一筋の意味を教えてやろうか? それ以外は興味無えってことだよ。って事でこれは俺が貰って帰るわ」

 銀八はそう言って神楽の写る雑誌やDVDを自分の鞄にしまうと、席を立ってしまった。新八が元カレとは思えないが、惚れているのは間違いなさそうで、さすがにあまり良い気がしないのだ。

 店を出た銀八は、ポケットからペロペロキャンディーを取り出すと口に咥えた。

「……長谷川さんも全く無えだろうが、ついでにあたってみるか」

 銀八は長谷川の居るオフィスビル群へと向かって行った。

 

 地上四十四階建て。見上げると首が痛くなる程に背の高いビル。そこに長谷川が居ると情報を掴んでいた。

「どうやりゃこんな所に就職出来んだよ、あのポンコツが」

 銀八は大きな玄関からビルの中へ入ろうとして、自動ドアの隣でうずくまっている生物に気が付いた。

「……まさかな」

 一瞬、その生物がサングラスを掛けている気がしたが、銀八は無視をして通り過ぎようと――――足首を掴まれた。

「先生だろ……助けてくれよ……もうここのゴミ箱漁るなって……俺に死ねって言うのか? 酷い話だろ?」

 銀八は酷いのはお前の生き方だと思ったが、さすがに元教え子の人生を否定するのはよくないと言葉を飲み込んだ。

「で、いつからこんな生活してんだよ」

「いつってそれ聞く? 気付いたらだよ! 学生に戻りてぇよ……このままじゃ、いつまで経ってもカミさんに……」

 銀八は“カミさん”という言葉を聞いてようやく思い出した。長谷川には高校生の頃からずっと交際していたハツと言う女性がいて、十八歳になるのを待って結婚したのだ。少し腹は立つ気がするが、神楽などこの男の眼中にはなかった。

 銀八は哀れな教え子に食べかけのペロペロキャンディーを差し出すと、足首を掴む長谷川を振り切りその場を後にした。

「残りはヅラと――沖田君か」

 可能性としては沖田総悟が一番あるような気がしていた。ただ、それも何となくなのだ。何か明確な証拠があるわけではない。

 銀八は今日のところは帰ろうと、自宅へ足を向かわせるのだった。

 

 

 

 しばらく神楽が仕事で会えない日が続いた。それが思ったよりもキツイらしく、銀八は新八から取り上げたDVDを一人で観ているのだった。ただ大量の料理を水着姿で食べたり、制服姿で食べたりするだけのDVD。それでも銀八は神楽が側にいるような気がして、こういうのも悪くないなとアイドルの良さが少し分かった。

 それにしても神楽の元カレは誰なのか。どれほどの関係だったのか。一人で居ると色々と考えてしまう。こうなったら桂と会って少し話してみるか。銀八はケータイで桂に連絡を取ると、すぐに家に桂が来る事になった。

 桂とは子供の頃からの付き合いで、昔からこうしてよく家に招いては勉強をみてやっていた。だが、高校生になった頃だった。長髪は規則違反だから切れと言った銀八に腹を立て、桂は反抗的な態度を取るようになってしまった。そのせいで昔よりは距離が出来てしまった気がしていた。だが、桂はバカである。それが幸いして以前のような関係に戻りつつあった。

 そんな事を思い出していると、来客を知らせるインターフォンが鳴った。銀八は玄関へ小走りに向かうとドアを開いた。

「久しぶりだな、先生」

 桂は相変わらずの長髪でそこに立っていた。

「ほら、入れよ」

 銀八は面倒臭そうな表情をするも、桂は気にすることなく家へと上がった。

 

 テーブルの上に広がるスナック菓子やつまみ、お茶にビール。久々に会ったせいか今の生活がどうだとか長髪は鬱陶しいだとか、二人は色々と話が弾んだ。そこで銀八はそろそろ良いだろうと、神楽の元カレについて単刀直入に聞いてみた。

「おい、ヅラ」

「まだ言うのか! 俺はヅラじゃない桂だ!」

 銀八はテーブルを挟んで右に座る桂の頭を強めに叩いた。

「良いから黙って聞け。神楽いるだろ?」

 その瞬間、銀八は桂の表情がサァと切り変わるのを目撃した。普段から至って真面目な面構えなのだが、それが更に引き締まったように見えた。たったそれだけなのだが、銀八を不安にさせた。

「リーダーがどうかしたか?」

 桂はそう言って静かに湯呑みに入ったお茶を飲んだ。

「あいつって誰と付き合ってた? お前知らねぇ?」

 桂はゆっくりとテーブルに湯呑みを置くと、さぁと言って首を傾げた。それがやけに嘘臭く、銀八は眉毛をピクリと動かした。

 こいつは何かを知っている。

「……ふぅん、そう。まさかとは思うがてめぇじゃねぇよな?」

 すると桂は銀八をたしなめるような目付きで見つめた。

「もしそうだったとして、俺が答えると思うのか?」

 銀八も負けじと桂を強い眼差しで見つめ返すと、瞬きもせずに言った。

「答えるまで帰さねぇから、そのつもりでいろよ」

 本気であった。何か仮に知っているのなら、銀八はそれを何がなんでも引き出すつもりでいたのだ。それはどこか異常性を感じる。だが、桂はそんな言葉に怯えることはなく、涼しい顔でスナック菓子に手を伸ばした。

「まあ、良い。俺も今夜は暇だ。付き合ってやろう。だが、先生――いや、銀八。貴様も俺にさらけ出せるのか?」

 確かに他人の深いところを探るとなれば、己もさらけ出さなければならない。銀八は一瞬目を泳がせたが、神楽の事が知りたい欲には勝てず頷いたのだった。

 それを見た桂は小さく笑うと、少し遠くを見つめた。

「ならば、答えてやろう。俺はリーダーと交際などしていない」

「……じゃあ何なんだよ、そのもったいぶった態度は」

 銀八は苛立ってビールのアルミ缶を握り潰した。そんな感情的な銀八を桂は冷めた目で見ている。

「交際などしていないが、俺も貴様と同様に――彼女が好きだった」

 銀八は息を吐いた。バレてんのかと。しかしその想いが今も継続しているとは口には出さなかった。いや、それすらもバレている可能性は高かった。

「リーダーが誰と交際していたか俺は知らないが、惚れた男がいる事には気付いていた」

 桂はどこか懐かしそうに話すと、フッと小さく笑った。その表情がどこか絵になって、銀八は思わず顔を歪めた。

「なんで分かったんだよ」

「ありきたりだが、突然“女らしく”変わったから、なんて事だ。化粧をしたり、沖田総悟と派手にヤリ合わなくなったり、ジャージを穿くのをやめたり……」

 よく見てること。銀八は少々感心したのだった。だが、桂ではないと分かった今、神楽の元カレはやはり沖田総悟である線が濃厚であった。

 正直、勝てる要素があまりにも無さ過ぎる。今や沖田総悟は若手注目株の人気落語家なのだ。テレビや寄席での活躍っぷりは半端ない。しかもアイドルである神楽と同じような世界にいるのだ。いくら銀八が神楽と交際しているとは言え、未来が保証されているワケではない。元カレが本当に沖田ならば……銀八は自分が捨てられてしまうような気がしていた。

「ケッ、どこまでヤったんだろうな」

 そんな品のない言葉を吐いた銀八を桂は、やはり冷たい目で見つめていた。

「情けない男だな。貴様は」

 銀八はついにテーブルに突っ伏してしまうと、バカヤローと声を張り上げた。だが舌がもつれ、呂律は回っていなかった。

 桂は酔っ払いの相手は御免だと帰る用意を始めた。銀八もそれにはもう一人でも平気な気がして、引き止めるような事はしなかった。桂じゃないと分かれば、だいぶ気が楽になったからだ。

「次会う時までには髪切れよ」

 桂は無言で立ち上がると、テーブルに頬を付けたままの銀八を見下ろした。

「……次に会うことがあればそうしよう。銀八、リーダーを泣かせることだけはするな。彼女の過去も受け止めてやれ」

 桂は長い髪を揺らして玄関へ向かうと、さよならも言わずドアを開けたのだった。

バタンとしまる金属製の重いドア。それを銀八は夢との狭間で聞きながら、軽く舌打ちをしたのだった。