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三つ巴:08

 

【神楽:15】

 神楽は飛び出さんとする心臓に胸を押さえていた。背後の土方はどう思っているだろうか。ちらりと振り返り見るも、暗くなり始める室内では窺い知ることは出来なかった。

 すぐに離れることの出来なかった神楽は、自分がおかしい事には気付いていた。ただ温かいからではない。自分以外の人間に触れていることが気持ちよかったのだ。近藤の時もそうだ。触れて抱き締められる事があんなに心地良いとは思わなかった。

「……ごめんアル」

 神楽は謝ると立ち上がり、気持ちを切り替えようとした。そうしないと土方を意識してしまい上手く振る舞えないのだ。

 今抱いた気持ちは知られてはならない。それに別に好きではないのだ。恋なんてものもやはりよく分からない。ならば尚更もう少しだけ引っ付いていたかったなど、知られてはならないのだ。

 神楽は上の方に一つだけある窓を指差すと、背後の土方に言った。

「あそこから叫べば、誰か気付いてくれるかも知れないアル」

「肩車でもしねぇと届かねェだろ」

 肩車……

 神楽は何か閃いたように土方を振り向き見た。

「それアル! 肩車なら届くアル!」

「なら、やってみるか……いや、待て! テメェを担ぐのは別に構わねェが……アレだ……格好がよくねェだろ」

 何か歯切れの悪い言葉を並べる土方だったが、神楽は構わずに肩車の準備をしようと土方の前へとしゃがみ込んだ。

「おぅ! ばっち来いネ!」

 土方くらいなら神楽は担ぎあげる自信があったのだ。

「なんで俺だ。テメェが乗れ!」

 しかし、神楽は時間がないと土方の股ぐらに頭を突っ込むとそのまま土方を担ぎあげてしまった。

「オイ! 待て! 下ろせッ!」

「じっとしてろヨ! 頭の後ろ……キモいから」

 神楽は土方を肩車したまま窓の下まで移動すると、どうにか土方の手が窓にかかり開けることが出来た。

「誰かいるアルカ!?」

「いや、ここは体育館の裏側だ。用があるやつなんざ、不良かマイナーな同好会の連中と限られてるだろう」

 どうやらそこには不良すらもたむろしていないらしく、通りかかる者は誰もいないようであった。だが、土方は念の為に大声を上げると、誰かいないか尋ねてみた。

「オイ! 誰かいねェのかッ!」

 しかし、辺りは静かなままで何の返事も返って来ない。やはり明日の朝まで暗い体育倉庫で過ごさなければいけないのだろうか。そんな不安が二人にのしかかった。その時だった。一人の生徒がふらりと姿を現したのだ。

「あれ? 今副委員長の声が聞こえたような……」

 土方は即座に叫んだ。

「ここだ! 山崎ッ!」

「誰かいたアルカ!?」

 どうやら同じクラスの山崎退がいたらしく、土方は直ぐに助けるように言ったのだった。

 これで無事に家に帰ることが出来る。神楽はホッと安心した。するとお腹がグゥと鳴って、突然全身から力が抜けてしまった。

「もう、だめアル」

 神楽はそう言うと土方を肩車から下ろして、その場へとへたり込んだ。昼休みに銀八と屋上でパンを食べて以降、神楽の胃には何も入っていないのだ。お腹が空いて空いて堪らなくなった。

「ゲッ、何も入ってないアル」

 スカートのポケットに手を突っ込むも酢こんぶ一つ入っておらず、神楽は鼻を鳴らして不満を表した。

「山崎のヤツが今鍵を取りに行ってくれている」

 へたり込んでいる神楽へと近づいた土方は、先ほどからグゥグゥと鳴る神楽の腹に今ようやく気付いたようであった。

「本当はテメェにやりたくはねェが、状況が状況だ仕方ない。口を開けろ」

 神楽は土方の言葉に瞳を輝かせると喜んで口を開けた。どうやら何かもらえるようなのだ。飴だろうか、それともガムか? 神楽はそんなことを考えながら待っていると、口の中に生ぬるいなんとも言えない食感の物体が流し込まれた。

「な、なに入れたアルカ!?」

 神楽は思わず飲み込むも、独特の匂いと味に吐き気を催した。

 きっとこれは飲んじゃいけない代物アル……

 神楽は土方の胸ぐらを掴むと何か言ってやろうと思ったが、あまりの気分の悪さに言葉が出ないのだった。

 

 

 

【沖田総悟:16】

 最終下校時刻を回ってもまだ戻らない神楽を待っている沖田は、下駄箱で一人ケータイを見つめていた。すると、突然目の前の廊下を神楽が通り過ぎ、それを追って土方までもが通り過ぎて行った。

「あ? 一体なにごとでィ」

 すると、スニーカーを手に持った山崎が二人に遅れてやって来たのだ。

「あれ? 沖田隊長?」

 驚く山崎を無視して沖田は二人に一体何があったのかを尋ねた。すると返って来た答えは思いもよらぬものであった。

「二人で体育倉庫に閉じ込められてたんですよ……」

 沖田はそれだけを聞くと、山崎の話も途中に駆け出したのだった。神楽と土方は何故走っていたのか。沖田はその謎を知りたくて、突き当りの水道の前で騒いでいる二人の元へと駆けつけた。見れば口をゆすぐ神楽と、何かに怒っているような土方がいた。

「オエエエ! 最悪アル! あんなもの飲ますなんて何考えてるアルカ!?」

 涙目の神楽は気分悪そうに口元を押さえている。一方の土方は苛立ちを隠せないのか足をパタパタと床に打ち付けると、神楽を恐ろしい顔で見下ろしていた。

「テメェが欲しがったんだろ!」

 どうやら倉庫で一悶着あったらしい。二人の言葉から推測するに、土方が神楽に“あんなもの”を飲ませたのだ。しかもそれは元々、神楽が欲しがったものらしく……

 沖田の持っている知識では“あんなもの”は限られていた。一つしか思い浮かばないのだ。額に汗を掻いた。

「ま、待て。確かにあんなものを飲ますなんて土方さん……分からなくもねーですぜィ」

 突然現れて土方の肩を持った沖田に神楽の怒りの矛先は向けられた。

「今日は本当に一体何アルカ! お前は私を苦しめる為だけに存在してんのかヨ!」

 そうだった。沖田は今日神楽を泣かせてしまい、謝るためにずっと待っていたのだ。こんなくだらない事でその機会を逃すのはバカバカしい。

 沖田は即座に神楽の方へ寝返った。

「いや、土方さん。やっぱりあんた狂ってる。どういう状況でそうなったが知らねぇが、羨ましいから死んでくだせィ」

 その言葉に土方は怒るかと思ったが、突然静かになると沖田に背を向けて目頭を押さえた。

「は? なにやってんでィ?」

 見れば泣いているのか何なのか、土方はどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。そして、ポケットからマヨネーズを取り出すとキャップを開けた。

「そうか、遂に総悟もマヨ飲みの良さが分かったか」

 そう言って土方は沖田の口へと――――だが、沖田はそれを心の底から拒否した。土方の腕を強く掴むとマヨネーズを遠ざけた。

「土方さん、俺は勘違いしてやしたぜ。あんたがチャイナ娘に飲ませたものを」

「あ? 他になに飲ませたってんだ。つか何でここにいんだ! テメェは関係ねーだろ!」

 沖田は土方から腕を離すと、こちらを訝しげな表情で見ている神楽を目に映した。

「カンケー無えのはあんたの方だ。俺はチャイナに用がある。土方さんは――――」

「嫌アル」

 神楽はそう言うと逃げるように沖田の脇をすり抜けた。しかし、ここで帰らせてしまっては関係の修復などもう無理なのだ。沖田も急いで神楽を追い駆けようとして――――土方に腕を捕まれてしまった。

「離せよ!」

 しかし、土方は恐ろしい顔で沖田を見ている。行くなと言いたげな目だ。

「嫌がってんだろ。いい加減やめておけ」

 大人ぶって落ち着いた態度。ましてや沖田の心情など何も知らない癖に知っているような口振り。それが沖田の癇に障った。土方の胸ぐらを掴むと、沖田にしては珍しく苛立ちを爆発させた。

「あんたに何が分かんだよ!」

 近藤のことでも土方に対しては不満があった。委員長と副委員長という間柄のせいか、何かと近藤と土方がペアで動いた。沖田にしてみれば疎外感は半端無く、後から委員会に入ったにも拘らず、土方が副委員長という役職をもらったことについても面白く無いと感じていた。そんな土方に神楽のことにまで口を出されると、もう黙ってはいられなかった。

 テメーは俺からチャイナ娘まで奪っていくのかと――

 すると突然、沖田の頬に拳が当てられた。急のことによろめいた沖田は床へ尻もちをついてしまった。何が起こったのか。痛み出す頬に殴られたことを知った。

「ふ……ふざけんな」

 そう言って沖田は土方を睨みつけたが、土方もまた同じ表情をしていた。

「ふざけてんのはテメェだろ」

 立ち上がった沖田も負けじと土方を殴ろうとして、背後から山崎に羽交い締めにされてしまった。

「ザキ! テメーまでふざけんなッ! 呪い殺すぞ!」

 しかし、山崎はもう沖田に屈しなかった。

「こっちこそ呪い殺しますよ! いい加減にして下さい!」

 その間に土方は沖田の前から立ち去ると、そこでようやく山崎は沖田を解放したのだった。だが、沖田はもう山崎を殴らなかった。神楽との関係が修復できないという現実を目の当たりにして、頭が真っ白になったのだ。

 もう、終わりでさァ……

 しかしやはり腹は立っていて、殴らない代わりに山崎のスネを思いっきり蹴ってやったのだった。