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三つ巴:07

 

【近藤勲:13】

 放課後を告げるチャイムと同時に近藤は教室を飛び出した。ここまで来ると今日のところは何が何でも沖田に捕まりたくはないのだ。鞄を胸に抱えて走る近藤は、ダッシュで下駄箱まで階段を駆け下りた。

「あ、あれ! 靴が無え!」

 どういう事なのか。近藤の下駄箱から靴が忽然と姿を消していたのだ。

「なんでだ?」

 そうして汗を掻いていると後から近藤の靴を持った沖田が階段を下りて来た。それで全てが分かった。どうやったって今日は沖田から逃げることが出来ないのだと。

「近藤さん、何かあるならハッキリ言ってくれ。俺が何したってんでィ」

 近藤の靴を掲げてそう言った沖田に近藤は年貢の納め時だと沖田と二人で外へ出ると、中庭のベンチに座ったのだった。

 

 近藤は全てを話す決意をした。今の自分の気持ちはハッキリとはよく分からない。だが、神楽に対して今までにない鼓動の高鳴りを感じていた。

 それは悪いことなのか?

 可愛いクラスの女子にときめくなんて、ごく日常的なことなのだ。それをわざわざ隠しておくことの方がずっと悪いことのように思えた。

 近藤はゆっくり口を開くと、今日何があったのか全て話すことにしたのだった。

「……保健室で目覚めたら、俺はチャイナ娘をどういうわけか抱き締めててなぁ」

「ふぅん」

 沖田は大して興味がなさそうな返事をした。それが少し近藤の緊張を和らげると話を続けた。

「別にただそれだけだったんだが、どうも照れくさくてな」

 単純だからなのか、向こうがこちらに好意的な雰囲気だというだけで簡単に惚れてしまうのだ。お妙も好きだが、近藤の中でお妙は高嶺の花だ。正直、青春真っ盛りの近藤には見ているだけの美しい花よりも、実際に触れ合える身近な花の方が良いということだ。だが、その想いはきっと隣の沖田よりはずっと温度の低いものだろう。大して興味なさそうな顔をしている沖田だが、近藤は噛み締めている奥歯に沖田の悔しさを見つけたのだった。

 

 

 

【沖田総悟:14】

 話を聞き終えた沖田は、買ったばかりの缶ジュースに口を付けると喉を潤した。

 なんでィ、そんな事かよ。

 沖田の気分は幾分か軽くなった。それは神楽と近藤の間に何も芽生えていないことを知ったからだ。しかしそれでもシコリは残る。土方にはきっと話してあるのだろう。どうして自分にだけは秘密にしようと思ったのか。やはり真相を知ったと言っても疎外感は半端なかった。

「俺が知ればチャイナの奴に余計な事するとでも思ったんですかィ?」

 実際は近藤との事を山崎から聞き、それについてよく思わなかった沖田は神楽を泣かせたのだ。あの歪んだ神楽の泣き顔を思い出すと、胸の中が激しく痛んだ。

「そんなんじゃねぇんだ」

 近藤はそう言うと沖田を真顔で見つめた。そんな近藤の表情は非常に珍しいもので沖田は思わず眉を寄せた。

「他にどんな理由があるんでィ?」

「総悟」

 近藤はふらりとベンチから立ち上がると、中庭の池に向って小石を蹴った。たった一つの小さな石。それが泥の煙を巻き起こすと、中庭の池は一気に濁った。沖田はその様子を黙って見ていると近藤の落ち着いた声が聞こえた。

「お前、チャイナ娘のことが好きだろ?」

 思いもよらぬ言葉であった。眉をピクリと動かした沖田は手に持っている缶をベンチへ置くと、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。

「つまんねー冗談はやめてくだせィ」

「冗談なんかじゃねぇよ」

 近藤はこちらに背を向けたまま再び小石を蹴った。

「好きなわけねーだろィ」

 苛立ち気味に返事をした沖田を近藤は振り返り見た。その顔はどこか沖田に同情するような哀れむもので、それが余計に面白くなかった。

 沖田はベンチから立ち上がると空になった缶を持った。

「俺の用は済んだんで帰ります」

 しかし、近藤は沖田に近付くと逞しい腕で沖田の肩を掴んだ。

「正直話せば俺は、チャイナ娘が好きだ……お妙さんの次にだが」

 突然の告白。沖田は目を大きく開いて、足下に視線を落とした。

「……俺じゃなくチャイナに言えば良いだろィ?」

 沖田の鼓動が激しいものへと変わる。向き合いたくない現実があるという事を思い知らされた。

「チャイナ娘に言っても俺はフラれるだろうから言わねぇが、やっぱりお前に隠しておくなんて事はしたくねぇんだ」

 近藤に掴まれた肩が痛い。逃げ出せば容赦無く殴られる気がする。

 俺が何やったってんだ?

 なのに胸に手を当てなくとも、思い当たることはたくさんあるのだ。

「俺はバカだから、ちょっと可愛いなぁなんて思ったらすぐに惚れちまう」

 近藤は笑ってくれと言わんばかりにそう言ったが、沖田は笑えなかった。気分もあまり優れないのだ。

「なぁ、総悟。今日の今朝のこともそうだが、好きならもう少し別の歩み寄り方があるだろ」

「だから好きなんて言ってねーだろ! 俺はあいつに嫌われたいだけでさァ!」

 沖田は声を荒げると近藤の手を振り払おうとした。しかし、絶対に逃がしてくれる事はなさそうだ。先ほどよりも肩を掴む手に力が加えられた。

「お前もホント捻くれた奴だな。わざわざ嫌われる為に特攻するバカがいるか?」

「ここに居んだろィ」

 もう分かっているのだ。神楽と近藤の話を聞いた瞬間から自分の本心など。嫌われたいと願うことがどんなに愚かであるのかも全部。だが、沖田には嫌われなければならない理由が存在したのだ。

 どうやっても捻くれて素直になれない自分の性格はよく理解している。なのに日々募る想いはその身よりも大きく成長し、破裂しそうに膨らんでいた。放置しておけば勝手に萎むだろうと思っていたのに、何も知らない神楽は沖田に絡んでくる。

 苦しかったのだ。新八なんかを見ていると、当たり前に神楽の隣に立ち笑い合っている。そんな光景を何気ない顔して見てはいたが、本心を言えば耐えられなかった。自分との距離間の違いに。沖田はこのままでは自分が死んでしまうような気がした。そこで苦しみから逃れる方法として考えついたのは徹底的に嫌われて、簡単には触れ合う事の出来ない場所まで神楽を遠ざけることであった。

 稚拙だと言われればそうなのかもしれない。何故なら今まで恋愛など全く興味がなく経験もなかったのだ。向き合い方など分からない。正直、ずっと向き合わないで済みのなら自分の心などと向き合いたくはなかった。だが、それももう無理だろう。

「総悟、お前このままだと本当に嫌われちまうぞ」

 煩い。そう言って一蹴することは出来なかった。嫌われたくないと思う気持ちが自分の中を大きく支配していくのだ。あれだけ嫌われたいと願っていたと言うのに。

「好かれる努力ってのは、正直よく分からん。けどな、嫌われる為に頭使うってのは間違ってる。何よりもチャイナ娘が傷つくだろ」

 いつも強気な神楽の泣き顔。やはりあの表情を作らせてしまった自分は悪であり、謝らなければならないのだ。神楽にきちんと頭を下げて。しかし、その為には自分の気持ちが露呈するリスクも犯さなければならない。だが、もう近藤にもバレてしまっているのだ。我が身可愛さに神楽を傷つけるのはもうやめよう。

 沖田は意を決したように近藤の顔を見上げると言った。

「まさか近藤さんにこんな事で説教食らうとはな。安心していいですぜィ。近藤さんの大好きなチャイナ娘には、もう絡んだりしねーんで」

 いつもの皮肉かと思ったが、沖田の顔は生気に満ちていた。それを目に映した近藤は沖田の肩から手を離した。

「……そうか。今日は悪かったな」

 沖田は口元だけで軽く笑うと、別にと小さく呟いた。本当は結構寂しかった。だが、そんな事は死んでも口に出せない。格好つけたい年頃なのだ。

 近藤に背を向けた沖田は背中の向こうにひらひらと手を振ると、近藤は何か思い出したように沖田へと駆け寄ってきた。

「オ、オイ! 総悟ォ!」

 近藤は周囲を見回すと、声のボリュームを落として言った。

「因みにあいつ結構、おっぱいあったぞッ!」

 神楽を抱き締めた近藤は、どうやら神楽の胸の膨らみをしっかりチェックしていたようだった。しかし、沖田はそんな近藤に手の平を見せたのだった。

「確かこんくらいでしたぜィ。あいつのチチ」

「えッッ! お、お前! もしかして触ったッ!?」

 沖田は叫ぶ近藤を中庭に残して、再び下駄箱の方へと戻って行った。

 

 下駄箱に来たのは他でもない。神楽がもう帰ったのかを知るためだ。見れば神楽の靴はまだ残っていて、沖田は神楽を待つことにしたのだった。自分が突然素直に謝罪出来るのかとか、神楽が許してくれるかとか問題は山積みであったが、日が過ぎれば溝は更に深くなるように思えたのだ。

「あり? 土方さんもまだ残ってんのかよ?」

 それに気付いた沖田は、土方の靴の中にいつも持ち歩いている虫のおもちゃを突っ込むと下駄箱にもたれて神楽を待った。

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